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熱血指導とパワハラの分かれ目(2)

プレジデントオンライン / 2012年9月28日 10時30分

いま水面下でパワハラに悩む社員が急増中だ。どの一線を越えるとパワハラに該当するのか? 法曹界の専門家らが、対策を含めてわかりやすく解説する。

■ダメージが大きいメンタルヘルス絡み

パワハラと切っても切れない関係になりつつあるのが、メンタルヘルスの問題を抱える社員が増えていること。とくにうつ病に悩むケースが増えている。厚生労働省が発表した09年度にうつ病などの精神障害になって労災認定を申請した人の数は、09年度より209人増の1136人となり、過去最高の水準に達した。

実は、うつ病の労災認定は99年に示された「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」に基づいて行われている。その指針が09年4月に見直され、新たに「ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」という項目が追加された。それも判断の強度を一番強い「III」とした。労働問題に詳しい千葉博弁護士は「それだけうつ病による労災認定がおりやすくなっている」と指摘する。

何も労災の申請に至らずとも、上司からパワハラを受けて休業を余儀なくされることもある。「この場合、労働基準法の第19条でいう業務上の理由で疾病に該当するということになれば、その療養期間は解雇できなくなる。当然、休業手当を払い続ける。貴重な戦力が欠けたうえにコストもかかるわけで、会社側としては大きな負担になるはずだ」と菅谷貴子弁護士は警告する。

とはいえ、人によって精神的なストレスに対する耐性は大きく異なる。ある部下にとっては何でもない注意を促す言葉であっても、別な部下にとっては精神的なダメージになってしまう場合もある。前出の岩出弁護士は「最近の労災認定に絡んだ裁判の流れを見ていると、部下本人の性格に合わせて指導したかどうか、本人基準を重視するケースが増えてきている」と指摘する。もし、それが一般化してくるようなことになれば、部下に対する弱腰の姿勢が助長されることもありえる。

と同時に、会社サイドにとって大きな痛手になるのが、優秀な上司を処分しなくてはならなくなる可能性が高くなることだ。優秀であるがゆえに、「自分にできるのだから、部下もできて当たり前」「このくらいの試練は自分も耐えてきた」と無意識のうちに考えてしまう傾向が強い。それでふと気がつくと、部下からパワハラで訴えられていたということになってしまう。

部下からの訴えを受けて何らかの懲戒処分を行えば、その後、彼らを重要なポストへ就けることは難しくなる。その結果、会社の将来を背負って立つべき人材の能力を存分に活かせず、会社全体のパワーがダウンする。ちなみに会社内で事を収めようとすると、パワハラを行った上司に科せられる示談金の額は数百万、なかには500万円を超えるケースも珍しくない。その交渉の過程で、今度は上司が精神的ダメージを受けることすらある。

また、未払い残業代の問題と絡んでくるリスクもある。会社経営の現場に詳しい永塚弘毅弁護士は「上司のパワハラを避けるため早朝出勤や深夜残業を行い、後から未払いの残業代を請求してくることがありえる。未払い賃金には年6%の遅延利息が付くうえに、退職時までに支払っていないと退職日の翌日から年14.6%に跳ね上がる。また裁判になると、未払い賃金と同額の付加金の支払いを命じられることもあって、支払いが数百万円に膨れあがることも考えられる」と指摘する。

■上司は気負いすぎない、それが防止の近道に

ことほどさようにパワハラは、人材、コストの両面で会社にとって看過できない問題になっている。では、会社としていま打つべき手とは何か。

クオレ・シー・キューブの岡田代表は「古態心理学(パレオサイコロジー)の研究者であるA・ベイリーがいうように、攻撃行動は哺乳動物の種に内在する行為であること、つまり人間である限り、誰もがパワハラをしてしまう可能性があることを前提に、自分自身の心理や言動を振り返ってみることが大切だ」と語る。岡田代表は研修に参加した上司の人たちに「部下に対して肯定的な発言と否定的な発言のどちらが多いですか」と尋ねる。すると、「否定的発言ばかりだった」という回答も珍しくないという。

以前のように強い人間関係で結ばれていた会社組織であれば、厳しい叱責を上司が行っても、部下は「自分を鍛えるために、あえて振ってもらった愛のムチ。何としてでも、それに応えなくては」と考えたもの。それだけ両者は信頼の絆で結ばれていたのだ。

しかし、リストラで人員が削減されて1人当たりの仕事の負荷が重くなり、日常のコミュニケーションも十分にとることができなくなっているなか、組織内の人間関係は希薄になるばかりだ。それなのに、「多少、攻撃的な言動をしても、部下はオレのことを理解してくれる」と思い込んでいると、パワハラ上司のレッテルを貼られて、大きな落とし穴にはまる可能性が高い。「過信は禁物。自分中心に物事を考えてしまう“自分軸”を捨て去ることが大切だ」と菅谷弁護士はアドバイスする。

また、上司は組織の目標を達成すべく計画を立て、部下を通してそれを実行していくことが仕事だ。「絶対にうまくやらなければならない」「状況は私の思う通りでなければならない」という気持ちが当然働く。しかしながら現実には、その通りにはいかない、そこで、怒りや不安が生まれてくる。

心理学者のA・エリスは、「これらの自分自身を追い込むような非合理的な考え方が強ければ強いほど、自分自身を必要以上に怒らせたり、不安にさせ、その揚げ句の果てに自分の望みを絶対的な命令へとエスカレートさせてしまう」と指摘している。だから「自分自身があまり気負いすぎない。それが、パワハラをなくしていく大事なポイントだ」と岡田代表はいう。

細かい点ではあるが、自己防衛を図る部下が増えていることにも気を配っておきたい。「後で証拠になるかもしれないと考え、懐にICレコーダーをしのばせ、上司の言葉を録音しているのはもはや常識だ」と関係者は異口同音にいう。そうなると、上司も部下に対する指導に際して、第三者に立ち会ってもらうなどの対抗策を講じることも必要になってきそうだ。

さらに注意しておきたい点が、メールを利用した部下への叱責である。メールの言葉は無機質で、どうしても相手に対して一方的に伝わってしまうことが多い。そうなると愛のムチと感じるどころか、パワハラ上司に対する敵愾心を植え付けるだけ。まずいことに、メールはそのまま決定的な証拠として残ってしまう。ましてや同報メールで同僚にも配信すると、名誉感情をいたずらに毀損し、不法行為に当たると認定される公算が大きい。

そして何よりも一番大切なのは、会社のトップが率先してパワハラ問題に対する意識を高めることである。「ディズニーランドでゴミをポイ捨てする人がほとんどいないのは、それが文化になっているから。パワハラのない会社組織にしていくためには、トップが先頭に立って取り組むことが重要だ」と菅谷弁護士は強調する。

この点で前出の千葉弁護士が注目しているのが、10年5月に京都地裁でいい渡された判決である。居酒屋チェーンに勤めていた息子が過労が原因で死亡し、その責任は社長ら役員4人にもあるとして約1億円の損害賠償を両親が求め、約7800万円の支払いが命じられた。今後、パワハラの問題でも同じように会社トップの責任が問われることも十分に考えられ、もはや他人ごとではなくなっているのである。

本当に部下の成長を願って指導を行っているのか、いま一度、上司は自分の胸に手を当てて考えてみてはどうだろう。少しでも引っかかることがあれば、大事に至らぬ前に改善の手立てを講じる必要がある。

※すべて雑誌掲載当時

(プレジデント編集部 伊藤 博之 宇佐見利明=撮影)

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