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NHK大河ドラマは史実を無視しすぎている…信長の妹・お市の方が柴田勝家と再婚した本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年8月6日 18時15分

浅井長政夫人(お市の方)の肖像画(画像=高野山持明院蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

織田信長の妹、お市の方とはどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「最初の夫である浅井長政と死別した後に、柴田勝家と再婚した。どちらの婚姻も自らの意思で行ったものではなく、権力者の意向によるものだった」という――。

■戦国時代の女性が担っていた重要な役割

戦国時代の女性、とりわけ大名の親族や縁者の地位は、思われているほど低くはなかったともいえる。豊臣秀吉の側室で、秀吉の死後、大坂城(大阪市)における主導権を握った浅井茶々、いわゆる淀殿のような例もある。

たしかに、嫁ぎ先では生家を代表して、事実上の外交をしなければならないことも多かった。それなりのプレゼンスを認められていなければ務まらなかった。

とはいえ、それは嫁いだのちのこと。戦国大名や国衆の娘は、ほとんど例外なく政略結婚の駒だった。隣国との安全保障を維持するための、事実上の人質とされたのである。

家臣の娘であっても主君に無断で結婚することは許されなかった。戦国時代は、とくに領国の境目における離合集散が常で、女性の結婚を管理していなければ、家臣が娘を敵方と結ばせて離反することにもつながりかねなかった。

家康の生母である於大の方がいい例だろう。父の水野忠政は今川方の国衆だったため、同じ今川方であった家康の父、松平広忠のもとに娘の於大を嫁がせた。こうして家康が生まれたのだが、忠政から家督を継いだ於大の兄の水野信元が織田方についたため、今川氏との関係に配慮した広忠は、於大を離縁している。

このため、NHK大河ドラマ「どうする家康」のなかでは、松嶋菜々子演じる於大は家康の生母なのに、リリー・フランキー演じる久松長家(俊勝)の妻だったのである。

■女性に人権はなかった

また、戦国大名や国衆が謀反を起こしたときは、その妻(さらには子供)も残酷な処刑の対象になった。たとえば、天正6年(1578)10月に突然、織田信長に反旗を翻した荒木村重の場合。

村重が居城の有岡城(兵庫県伊丹市)を脱出すると、信長はそこに残されていた女房衆を皆殺しにしており、『信長公記』には「百二十二人の女房一度に悲しみ叫ぶ声、天にも響くばかりにて、見る人目もくれ心も消えて感涙押さえ難し」と記されている。続けて、村重の一族と重臣の家族36人も、京都市中を引き回されたうえ、六条河原で斬首された。

あるいは、すでに関白になっていた豊臣秀吉でさえ、家康を臣従させるために、妹の朝日姫をわざわざ離縁させ、家康のもとに正室として嫁がせた(その時点ではすでに独り身だったという説もある)。さらには、秀吉に危害を加えられるのを恐れる家康を上洛させるために、自分の生母の大政所までも家康のもとに人質として送った。

このように、戦国大名や国衆の子女には(母親をも含めて)、今日でいう人権はまったくなかったといっていい。

そして信長も、先述した浅井茶々(淀殿)の母である実妹の市を、政略結婚の道具に使った。

■接着剤としてのお市の方

周知のとおり市は最初、近江(滋賀県)浅井長政のもとに嫁いだ。その時期については永禄2年(1559)から11年(1568)まで諸説あり、いまも定まっていないが、宮島敬一氏は永禄6年(1563)を下らない時期だと結論づけている(『浅井氏三代』)。

信長は永禄3年(1560)の桶狭間の合戦で今川義元を討ったのち、美濃(岐阜県南部)の斎藤氏と敵対していた。その斎藤氏は同年秋ごろ、浅井氏と敵対する近江の六角氏と同盟を結んだ。その結果、信長と浅井氏がともに斎藤氏と六角氏の双方を敵に回すかたちになった。だから金子拓氏がいうように、「敵の敵は味方のたとえのとおり、これによって浅井氏・織田氏は同盟を結んだのではないか」と考えられる(『織田信長 不器用すぎた天下人』)。

要するに、市は織田・浅井同盟の「接着剤」として使われたのである。むろん、その際に市の意思は考慮されず、市の側に、こうして「接着剤」となることを拒む余地はまったくなかった。

そして、これも周知のとおり、長政が信長に反旗を翻したのち、天正元年(1573)に小谷城(滋賀県長浜市)を落とされて父の久政とともに自刃して果てた際、茶々、初、江の3人の娘とともに救出され、織田家に引き取られている。

■秀吉と勝家が衝突したワケ

さて、天正10年(1582)6月2日、兄の信長が明智光秀の謀反に遭い、京都の本能寺で横死すると、市の運命はふたたび転変することになる。

「どうする家康」の第30話「新たなる覇者」(8月6日放送)でも、市のその後の運命が描かれる。ドラマでは彼女の運命がどう描かれるのだろうか。

6月27日に尾張(愛知県西部)の清洲城(清須市)で、いわゆる清洲会議が開かれた。これは平山優氏によれば、「信長の後継者(家督)は誰かということと、それを支えつつ、織田領国の支配・管理をどのように行うかという領国分掌の二つが重要な主題」で、「会議を主導したのは、いうまでもなく山崎の合戦で明智光秀を撃破し、亡君信長の仇を報じた羽柴秀吉であった」(『天正壬午の乱』)。

清洲城
清洲城(写真=Oliver Mayer/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

その結果、信長とともに死んだ嫡男、信忠の遺児でまだ3歳の三法師を後継に据え、それまでは重臣の合議で支配・管理を続けることになった。

ちなみに、秀吉と並ぶ織田家の重臣であった柴田勝家は会議で、「織田(神戸)信孝(信長三男)を推したが、直系の子孫が家督を相続するのが順当とする秀吉に押し切られてしまった」(平山氏同著)

そして押し切られた勝家に、市が嫁ぐことが決まったのである。

■意外な人物の主導で決まった市の再婚

ドラマでは、家康(松本潤)は清須会議の結果と、そこにおいて市(北川景子)が勝家(吉原光夫)との再婚することが決まったという話を聞いて、「これでお市様もお幸せになることじゃろう」と言う。

市は賢いので、秀吉を警戒して先手を打ち、みずからの意志で秀吉(ムロツヨシ)に対抗しうる勝家のもとに嫁ぐことにした、という描き方のようだ。

しかし、勝家が堀秀政に宛てた天正10年(1582)10月6日付の書状には、秀吉と申し合わせて主筋の女性と結婚する承諾を得た旨が書かれている。すなわち、清須会議で敗北し、不満を募らせる勝家に対するガス抜きとして、勝家が望んだ市との結婚が承諾された可能性が指摘されている。

ほかに信長の三男で勝家が擁立をねらった織田信孝が仲介したという説もあるが、いずれにせよ、市がみずから自分の嫁ぎ先を決めたり、そのように画策したりすることだけはありえない。すでに述べたように、この時代の女性は、自分の運命を自分で決めることはできなかった。したがって、家康が「これでお市様もお幸せになる」という感想を抱くこともありえなかった。

■家康が思っていた織田家の跡継ぎ

とはいえ、市には覚悟だけはあったことだろう。

本能寺の変からわずか10カ月後の天正11年(1583)4月、勝家は賤ケ岳の合戦で秀吉に敗北。敗走して居城であった越前(福井県)の北庄城(福井市)に帰るが、秀吉に急追され、城に火を放って、一族や家臣、女房衆ら80余人もろとも自決した。

その際、浅井長政とのあいだにもうけた3人の娘は、秀吉のもとに届けさせたが、市自身は勝家に逃げるようにいわれながら、それを拒んでともに自害した。享年37。嫁ぎ先は選べないが、せめて生きることを拒む権利はあったということである。

「どうする家康」では、勝家から家康に、市が家康の助けを信じて待っている旨が書かれた書状が届く。しかし、家康は本多正信(松山ケンイチ)のアドバイスもあって秀吉を敵に回す危険を考え、助けたいという気持ちを泣く泣く抑える。

だが、どうだろうか。家康と勝家は本能寺の変ののちの体制について、考え方が異なっていた。勝家は前述のように、信長の三男の信孝を立てたが、家康は当初、秀吉同様に「三法師を奉じて明智を打倒するために上洛すると宣伝していた事実がある」(『天正壬午の乱』)。信孝を奉じる勝家を「助けたい」と思わなかったのではないか。

ドラマだから、市と家康の心のつながりというフィクションを導入するのはいい。だが、女性の活躍推進を目指す現代からの希望的な視点が、強く押し出されてはいないだろうか。それが行きすぎると「歴史ドラマ」ではなく、装束だけが歴史的な「時代劇」になってしまうと思うのだが。

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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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