なぜ母ちゃんは俺に覚醒剤を打ったのか…「小学校の尿検査が怖くて仕方なかった」という非行少年の想い
プレジデントオンライン / 2023年8月20日 15時15分
※本稿は、堀井智帆『非行少年たちの神様』(青灯社)の一部を再編集したものです。
■集団で盗みを何度も繰り返す少年
ショウ君との出会いは、とある児童養護施設の一室でした。
私のミッションは、「彼の盗みをやめさせろ」でした。
施設の子どもたちと一緒に、集団で盗みを何度も繰り返しているとのことで、児童相談所の熱い女性係長から一緒にこの子たちに関わってもらえないかという依頼が来たのです。
それで施設まで会いに行ったのが、初めての彼との出会いでした。
事前情報では、この子は大人との関係づくりが難しい、言うことを聞かない、約束しても守らないなど、ネガティブな情報が中心でした。
なるほど、大人が手を焼いているらしいということは掴めました。
■大人に対して「怒られる」「めんどくさい」
初対面の日、予想通りショウ君の方も待ち構えていました。大人に対して、「怒られる」「めんどくさい」など、子どもは子どもでネガティブな先入観を持っています。
目も合わせないし、無言。話しかけても無視されるので、一人でボケてみたりツッコんでみたりといった、いつもの形で面接が進みました。
今回私は、関係づくりさえできれば、盗み防止のプログラム(認知行動療法)を行う予定にしていました。
グループでの窃盗なので、グループワークを中心に子どもたちへの働きかけを行うのです。
■盗んではいけない理由をちゃんと分かっている
私は必ず、何かしらの問題行動を通して子どもたちに出会います。
実際に盗んだ子どもたちになぜ盗みをしてはいけないのかと尋ねてみると、大抵「犯罪だから」とか、「盗られた人がかわいそうだから」という正解の回答が返ってきます。
盗んでいる本人たちは、盗んではいけない理由をちゃんと分かっているのです。このことからも分かるように、「分かっている」ことイコール「できる」ことではありません。
■「スーパーは自分の冷蔵庫」と言った子ども
この子たちの盗みの対象は幅広く、スーパーでお菓子を盗むこともあれば、ドラッグストアでシャンプーや柔軟剤、ディスカウントストアでドライヤーを盗んできたこともありました。
ドライヤーには驚かされましたが、今まで私が見てきた他の子たちも、驚くようなものを盗ってくることが多々ありました。
小さいお菓子や文具から、成功していくうちに麻痺していき、何でも盗れそうな気がしてくるのですね。
「スーパーは自分の冷蔵庫」と言った子もいました。米袋やスケートボードをトレーナーの中に入れて店を出ようとして見つかった子もいます。これが、クレプトマニア(窃盗症)です。進行して深刻化していくのです。
ともすれば、ショウ君たちにもそのリスクはありました。進行を防ぐためには、怒ったり叱ったりするのではなく、きちんとした治療に繋ぐことが重要です。
盗みの認知行動療法プログラムは全10回、ショウ君はほぼ休まず参加し、とりあえず全過程を終了しました。
■母親が覚醒剤使用で刑務所に
認知行動療法のプログラムは優秀で、支援者としては、とても助けになるものです。ただ、そのプログラムだけで盗みがやめられるかというと、そう簡単ではありません。
根本的な「盗まなければならない理由」があれば、どんなに頭で理解しても心がザワザワして、また盗ってしまうのです。
だから、プログラムだけではなく、彼の抱えている心の傷や日常生活での課題を解決していってあげなければ、真の再発防止はかないません。私には、そのミッションも残されていました。
当初私が聞いていたショウ君の家庭的背景として、まず母親が覚醒剤使用で刑務所にいる点が問題でした。会いに来るという約束を破って、突然捕まり刑務所に行き、何年も音沙汰がなくなっていたので、ショウ君から母親への信用はありませんでした。
■幼いころ亡くした兄の死因は不明
また、幼いころに兄を亡くしていました。当時、警察や児相が介入して捜査・調査しましたが、死因を含めて詳細は不明でした。
母親の話によると、椅子から落ちて頭を打った、とのことでした。
小学校の低学年のころから家出を繰り返し、家に帰りたがらなかったことから、児相に一時保護され、施設暮らしが長い子でした。
兄との死別、母との予期せぬ分離など、彼の心の傷が深いものであることは想像に難くありませんでした。
私は、その傷にも触れるべき時機だろうと考えていました。
何をやっても問題行動が収まらないときは、傷が心の中で膿んでしまっている状態なのです。心の外科的手術が必要な時もあります。
■「自分の子どもを殺しても罪にならんと?」
私は、彼の心の奥深く閉ざされた傷のことが気になっていました。彼の前で、幼いころの話に意図的に触れていました。
するとあるとき、車の中でショウ君が急に私に、「親やったら自分の子どもを殺しても罪にならんと?」と訊いてきたのです。
私が驚いて「え? なんで?」と言うと、「俺の兄ちゃんは祖父ちゃんに殴り殺されたのに、祖父ちゃんは捕まらんかったもん」と話し始めたのです。
兄の死は事前情報でも聞いていた話だったので、引き込まれました。ショウ君はその時は3歳か4歳くらいで、記憶があるのかないのか、その事実を知っているのかすら、現在の関係者の中に知っている者はいませんでした。事実はベールの中です。
「お兄ちゃんの死について何か知ってるの?」と尋ねると、「はっきり覚えているよ。だって隣にいたから」と言うではありませんか。
■お祖父ちゃんが側頭部をグーで思い切り殴った
今だったら事実確認面接など行われていたかもしれませんが、当時はまだ幼いからと、児童相談所や警察からの聴き取りはされていなかったそうです。
お兄ちゃんの食事の時の行儀が悪くて、お祖父ちゃんが側頭部をグーで思い切り殴った。その殴られた勢いでお兄ちゃんが椅子から落ちて、倒れて、そのまま顔がワーッと青ざめていって、動かなくなった。
その後救急車を呼んで運ばれたけど、そのまま亡くなってしまった。
お葬式をして火葬場にも行ったはずだけど、それ以降のお兄ちゃんに関することは記憶がないといいます。
これは、面前DVの中でも最悪のケースです。
死ぬのを目撃してしまったこの子の心の傷は、計り知れません。
あまりにも強い恐怖体験に、解離が起こってしまっているのかもしれません。そしてそれが何か「触れてはいけないこと」だと、幼いながら分かり、ずっと口を閉ざしていたのです。
■家族の中だけで封印してしまった
ここから負の連鎖が始まります。
このことをきっかけに、お母さんとお祖父さんの仲が悪くなったそうです。
それもそのはず、お母さんからすれば、息子を殺された相手。絶対に許すことなどできないはずですが、その相手がたった一人の実の父親。そのお父さんを殺人犯にすることもできず、家族の中だけで封印してしまったのです。
それでも、お母さんとお祖父さんが喧嘩をすると、「あのことを言うよ!」という脅し文句が家の中で飛び交う。「あのこと」というのが、兄の死にまつわることなのだということも、ショウ君は薄々分かっていたのでした。
また、この子は、実際にお兄ちゃんが目の前で殴り殺されているのを見ているわけです。
その後は、少しでも行儀が悪いことをしたら自分も同じことになるかもしれないという強い恐怖心に襲われ、家にいるのが怖くてたまらなかったと言います。
虐待は、親が「今日で終わり、もうしない」など終息宣言されることはまずありません。祖父が、兄のことがあって反省して心の中で「もう折檻はしない」と誓っていたとしても、子どもには分からないので、その後もずっと恐怖の中で生活することになります。
■母親が覚醒剤を打つ際に血管を探す役
お母さんが覚醒剤に走るようになったのも、この頃からだそうです。
わが子を失ったショックからなのか、その辛い現実――自分の子どもが親から殺されるという事実をごまかさずにはいられなかったのでしょう。
そして、さらなる不幸が彼を襲います。
ショウ君は母から注射する際の血管を探すのがうまいと言われ、お風呂でお母さんがクスリを打つ時に、血管を探す役が与えられていたそうです。
お風呂にいる時は血管が出やすいからと。
■「俺、一晩中ベッドの上飛び跳ねとったもん」
それでも日々見つかりにくくなって、ひどいときは2時間くらい、見つからないのに湯船の中で注射が成功するまで付き合わされます。
失敗したら責任も重大で、次第にのぼせてしまって、母とお風呂に入ることが本当に辛くて仕方なかったそうです。
またある時は、小学1年生か2年生のころ、お母さんと一緒にどこかのホテルに行って、何とそこでショウ君も覚醒剤を打たれたというのです。
そのせいで、学校の薬物乱用防止教室などで聞くように、ずっと同じ行動をとっていたのだそうです。
「あれ本当よ。俺、一晩中ベッドの上飛び跳ねとったもん」と言うのです。
■学校の尿検査が怖くて仕方なかった
そしてこの子が一番知りたかったことは、「何で親は俺に覚醒剤を打ったのか」ということです。
なんでだと思う? と、聞かれました。本当に私は言葉が見つかりませんでした。
普通子どもが大事なら覚醒剤なんて打たないよねと、自分でポツリと言葉をこぼしたので、私も、「お母さんも追い詰められていたんだよ」とだけ答えるのが精いっぱいでした。
それからというもの、彼は毎年、新学期に学校で行われる尿検査が怖くて怖くて仕方なかったのだそうです。
いつまで尿から覚醒剤が出る可能性があるのかなど、誰にも聞けず、高校2年生になるまで、戦々恐々の想いで尿を出していたのだそうです。
今までずっと、そんな心配を一人で抱えて過ごしてきていたのかと思うと、本当に不憫でなりませんでした。
■夜道より家の方が怖かった
この子は小学校1年生くらいの頃から家出をしていました。1、2年生で夜に外を歩いて、さぞかし怖かったやろうと聞くと、家の方が怖かったから夜道の方が安心だったと言うのです。
小学生、それも低学年の子が夜道より怖がる家とは、一体どのようなものなのか。
私たち大人は、どのくらいこの子たちの痛みを分かってあげられるのでしょうか。
その後ショウ君は、児童相談所に保護されて、施設に入所することになりました。
それでやっと、安心して暮らすことができるようになったそうです。
■傷つくことが多すぎて、麻痺してしまっていた
お母さんはその後も結局、覚醒剤で何度も捕まって刑務所を出入りすることになりました。この頃にはすっかり母親への期待を失ってしまっていたので、傷つくこともなかったと言います。
傷つくことが多すぎて、麻痺してしまっていたのではないかと思います。
ふいに車の中で封印から解かれた話を聞くことになって、彼が普通の高校生が当たり前にできることができなくても、それは当然だと思いました。
彼は、これまで普通の子がしないような体験をしながら生き抜いてきたサバイバーなのです。今まで頑張ってきた分、たっぷり休んで、充電する必要があると感じました。
けれど一方で、自立の時は迫ってきます。その自立の時までに、充電期間が間に合ってくれるかということが私の大きな気がかりでした。どうか間に合ってくれと祈るような思いでした。
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元福岡県警少年育成指導官
1977年、横浜市に生まれる。西南女学院大学福祉学科卒業。児童養護施設勤務をへて、福岡県警察本部北九州少年サポートセンター勤務。少年非行の根っこに寄り添い、その背後にある虐待の問題に取りくむ。2020年10月、NHKテレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演、大きな反響をよぶ。2022年、同センターを退職。現在はフリーの立場で子ども相談、講演活動などを行う。著書に『非行少年たちの神様』(青灯社)。
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(元福岡県警少年育成指導官 堀井 智帆)
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