1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「世界の工場」のポジションは失われた…世界の主要企業が「中国脱出」を急いで進めているワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月14日 9時15分

2023年6月19日、中国の習近平国家主席(中国・北京) - 写真=AFP/時事通信フォト

■“世界の工場”の地位から陥落した

最近、世界の主要企業が中国から脱出し始めている。1990年代以降、中国はグローバル化の加速などを追い風に“世界の工場”としての地位を高めた。しかし、ここへきて人件費の高騰などもあり、明らかに中国はその地位から滑り落ちている。

8月3日、花王は中国でのベビー用紙おむつの生産終了に伴いリストラ費用として80億円を計上すると発表した。海外企業では、米フォードやインテルがリストラを実施した。フォードは追加のリストラ観測もある。韓国サムスン電子やLG電子も中国での生産体制を縮小した。軽工業から重工業、IT先端分野まで幅広い分野で、世界の主要企業の“脱中国”は鮮明だ。

中国が世界の工場としての地位から脱落したことは、わが国の経済にプラス・マイナス両方の効果をもたらすだろう。半導体分野では台湾や米国などの企業が地政学リスクへの対応や、高純度の半導体部材メーカーとの関係強化などを狙い、わが国への直接投資を実施した。それは、わが国経済にとってプラスだろう。一方、中国向けの輸出減少は、マイナスに作用する。

ただ、わが国はそうした変化を、わが国自身の経済成長率の向上につなげることを考えるべきだ。政府を中心として、リスクテイクをしっかりと支える産業政策を立案し、対内直接投資の誘致等に真剣に取り組むチャンスが来たといえる。

■アパレル企業は中国→バングラデシュに

このところ、中国での事業体制を見直す世界の主要企業は増えている。2月、わが国ではグンゼが中国ストッキング生産子会社での生産終了を発表した。会社発表によると、ゼロコロナ政策の長期化などによってストッキングの需要は大きく減少した。グンゼはストッキングの生産を九州グンゼに移管した。

世界のアパレル業界でも中国から他の国や地域に生産拠点を移す企業は増えた。スペインのインディテックス(ザラの運営会社)や米ギャップなどはバングラデシュなどより人件費の低い国で生産体制を強化した。

自動車分野では、7月にマツダが一汽乗用車(第一汽車集団の子会社)への生産委託を終了したと報じられた。2003年3月からマツダは一汽乗用車に多目的スポーツ車(SUV)などの生産を委託した。しかし、ゼロコロナ政策が長引いたことや不動産市況の悪化などを背景に、中国市場の需要減少は想定を上回った。韓国の現代自動車も同様の理由により中国の一部工場を閉鎖した。

■米キャタピラーは「想定した以上に深刻」

建設機械の分野でも中国事業の見直しが急ピッチで進みつつあるようだ。リーマンショック後、米キャタピラーは中国で油圧ショベルなどの生産能力を増強した。道路や鉄道などのインフラやマンションの建設などは増え、建機の需要が拡大するとの期待は急上昇した。

しかし、今年8月上旬、同社は中国の需要減少は想定した以上に深刻との見方を示した。キャタピラーがコストの圧縮を目指して中国の生産能力の削減に取り組む可能性は高まっている。わが国では、コベルコが中国の生産能力を引き下げ、固定比を圧縮した。

軽・重工業分野に加え、半導体などの先端分野でも中国から他の国や地域に生産拠点を移す企業は増えている。アップルの“iPhone”などの生産を受託する台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は、インドへの直接投資を積み増した。

半導体製造装置を手掛ける米アプライドマテリアルズもインドの事業運営体制を強化する。チップを製造する台湾積体電路製造(TSMC)、サムスン電子、インテルなどは、個社ごとに勢いの差はあるものの、日米欧などに対する直接投資を強化している。

■“一人っ子政策”の代償は大きい

世界の主要企業の脱中国が加速する背景には、中国でより効率的に付加価値を獲得することが難しくなったことがある。中国でモノを生産し、販売することによって得られる粗利を引き上げることは容易ではなくなっている。

粗利を増やす方策は大きく2つある。コストを引き下げるか、販売価格を引き上げるかだ。前者に関して、世界の企業が中国での事業運営コストを引き下げることは難しい。2013年、中国の生産年齢人口(15~64歳)はピークに達した。2022年、人口も減少に転じた。

“一人っ子政策”の負の影響は大きい。労働力の供給は減り、人件費は増加するだろう。中国にとって人口は経済成長を高めるプラスの要素から、成長を下押しする要因と化し始めた。

人口以外の影響も大きい。2018年春、先端分野を中心に米中の対立が激化した。半導体、人工知能(AI)などのIT先端分野で米国は中国向けの輸出規制や技術供与をより強く制限した。コロナ禍の発生と強引なゼロコロナ政策によって、世界の企業は中国の政策リスクの高さを改めて認識した。それも世界の工場としての地位低下に拍車をかけた。

ウクライナ紛争の勃発、異常気象などをきっかけとするコスト増加の影響も大きい。より安定した場所で、事業運営の効率性を高めようとする企業は増えている。

■価格を引き上げても稼げない

一方、中国市場で企業が価格を引き上げる困難さは増している。富裕層向けの高級ブランドなどを除くと、多くの分野で需要減少は鮮明だ。経済成長率の低下に加え、ゼロコロナ政策によって人々の防衛本能は高止まりした。

2020年8月の“3つのレッドライン”実施以降、不動産市況の悪化に歯止めがかかる兆しも見出だしづらい。土地の譲渡益の減少によって、地方政府が景気対策を発動することも難しい。

中国の家計は債務の返済を優先し、節約志向が高まった。企業がコスト増加に合わせて販売価格を引き上げ、一定の粗利を確保することは難しい。むしろ、より高付加価値の製品を生産して粗利を拡大するために、中国から脱出せざるを得ない企業は増えた。

■中国の需要は飽和状態にある

今後、中国向けの直接投資は減少基調をたどるだろう。コストの増加と需要減少に加え、共産党政権が海外の企業に製造技術などの移転を強要するとの警戒感も高まった。海外企業だけでなく、中国の民間企業も効率性の向上やより自由な事業環境の獲得を目指し海外進出を強化するだろう。

価格競争の激化から逃れるためにも、主要企業にとって脱中国の重要性は高まる。4~6月期、中国のスマホ市場ではトップスリーの“OPPO(オッポ)”、“vivo(ビボ)”、“HONOR(オナー)”の出荷台数が前年同期の実績を下回った。4位のアップルは、もともと価格帯が高い中で値下げを実施したことが奏功し出荷台数が増えた。中国の需要は飽和し、民生と企業向けの両分野で値下げ競争の激化は避けられそうにない。

携帯電話の組み立て
写真=iStock.com/kool99
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kool99

主要先進国が産業政策を修正したことも大きい。わが国や米国、欧州委員会は経済安全保障体制の強化に欠かせない半導体の生産能力を引き上げるために、補助金政策を強化した。人口規模が小さい韓国や台湾の企業は、政策面からの支援を取り込みつつより多くの需要にアクセスするために、日米欧での事業運営体制を強化せざるを得ない。

■これは日本にとってチャンスだ

楽観はできないが、そうした変化はわが国経済の実力である“潜在成長率”にプラスの影響をもたらすだろう。熊本県ではTSMCによる直接投資をきっかけに産業が集積し、地方経済が急速に拡大し始めた。ラピダスが5兆円を投じて半導体工場を建設する北海道千歳市にもヒト、モノ、カネが急速に集まり始めた。

米国の大手半導体メーカーも対日直接投資を増やした。マイクロンテクノロジーは次世代メモリ半導体の生産に向けて5000億円を投じる。インテルも対日投資の強化を検討していると報じられた。

中国の世界の工場としての地位低下と対照的に、世界の企業はわが国の微細、高純度な“モノづくりの力”をこれまで以上に必要とし始めた。そうした変化を経済成長につなげるために、政府は米欧に引けを取らない規模、スピードで民間企業や個人のリスクテイクをサポートすることが必要だ。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

----------

(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください