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アメリカのセレブが日本人建築家に殺到中…安藤忠雄のコンクリ住宅に「アメリカ史上最高額」がついたワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月20日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sundry Photography

■420億円の売り出し価格は全米史上最高額

日本建築界の巨匠・安藤忠雄氏による建築が、アメリカのセレブたちを魅了している。

歌手のビヨンセとラッパーのジェイ・Z夫妻は今年5月、安藤氏設計の邸宅を約2億ドル(約283億円)で購入。カリフォルニア州の高級住宅として歴代最高額を記録した。全米でもマンハッタンに次ぐ2番目の高値となる。

英テレグラフ紙によると、当初の売り出し価格は2億9500万ドル(約420億円)。仮にこの価格で取引が成立していた場合、全米の歴代最高額を更新していたという。

安藤氏が手掛けた住宅はアメリカで20戸ほどしかなく、セレブたちがどうしても手に入れたい注目アイテムになっている。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「セレブたちが近頃夢中になっているものがある。それは81歳の日本人建築家・安藤氏である」と題する記事を掲載している。

同紙は、著名人や超富裕層のあいだで「カルト的人気を博している」と指摘する。安藤氏の作品が注目され、安藤氏設計の住宅が劇的に値上がりしているという。

■プール付きの豪邸に宿る「禅のような」静謐さ

ウォール・ストリート・ジャーナル紙などによると、ビヨンセ夫妻が購入した邸宅は、カリフォルニア州マリブの高台にある。太平洋を望む物件で、シンプルで幾何学的な意匠が特徴だ。

芝生を敷き詰めた3万平方フィートの敷地(約840坪。タウンハウス型の共同住宅も含めた、日本の平均的な戸建て住宅の敷地面積の9.8倍ほど)に、安藤氏のトレードマークであるコンクリート打ちっぱなしの邸宅がたたずむ。大胆なパノラマウインドウを備える各寝室は、直方体のリズムを繰り返し奏でるかのようだ。重厚なコンクリート建築にあって、軽やかな印象を生み出している。

装飾を極限まで排した、独特の設計だ。ベッドルーム6部屋と屋外プールを2つ備える豪邸だが、贅(ぜい)を尽くした住宅というよりは、洗練された美術館のような印象を帯びる。

昼はカリフォルニアの日差しのもと、整然と並んだ棟のコンクリートが白くさんぜんと輝く。夜になれば建物内外に配置されたダウンライトやフットライトが灯(とも)り、滑らかなコンクリートの表面が光のぬくもりを反射する。もともとの所有者は美術品収集家のビル・ベル・ジュニア氏で、完成に15年を要した。

冷たい印象のあるコンクリートは、居住に適さないとの批判もある。だが、それでも安藤建築の熱狂的な支持者は多い。アメリカでは、装飾を省いた素朴なスタイルに、日本的な美意識を見出す人々もあるようだ。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「そのシンプルさから支持者たちは、スピリチュアルに近い、いわば禅のような感覚を呼び起こすと述べている」と紹介している。

ジェイ・Zとビヨンセが2023年5月に1億9000万ドルで購入
写真=Backgrid/アフロ
ジェイ・Zとビヨンセが2023年5月に1億9000万ドルで購入し、マリブの不動産新記録を樹立した。(2023年7月12日) - 写真=Backgrid/アフロ

■1950年代にルーツを持つ、シンプルかつ圧倒的な存在感

ビヨンセ夫妻以外にも、女優のキム・カーダシアン、ラッパーのYe(カニエ・ウェスト)、ファッションデザイナーのトム・フォード氏、Slack共同創業者のスチュワート・バターフィールド氏夫妻などが安藤氏の手掛けた物件を所有、あるいは建築計画を進めるなどしている。

日本の建築家が、なぜアメリカでセレブを魅了しているのか。コンクリートの美しさ・力強さをそのまま意匠に残す安藤氏の名建築は、アメリカにもファンが多い。建築の域を超えた、美術品としての美しさがセレブの心に響いているようだ。

均質に打たれたコンクリートの建築は、装飾を排したミニマルなデザインでまとめられ、威風堂々とした佇(たたず)まいで見る者を圧倒する。1950年代に端を発するブルータリズムの建築様式を想起させる意匠だ。ブルータリズムは第二次大戦後の経済回復中、最小限の資材で美しい建築が成立することから流行した。現在でも素朴さと力強さで愛されている。

■重厚なのに暗くない…光を自在に操る名建築

安藤建築のもうひとつの特徴は、光や周辺環境との調和だ。大胆な開口部から自然光を取り込み、静寂な内部空間に輝きを加える。コンクリートに覆われた空間に、開口部から十字の光が差す「光の教会」(大阪府茨木市)はその代表例だ。

大阪府茨木市にある安藤忠雄設計の「光の教会」内部
大阪府茨木市にある安藤忠雄設計の「光の教会」内部(写真=Bujatt/CC-BY-SA-2.5/Wikimedia Commons)

瀬戸内芸術祭の舞台である香川県・直島には2004年、「地中美術館」が開館した。クロード・モネやジェームズ・タレルなど世界的アーティストの名作を、安藤氏が手がける地下空間で鑑賞する、贅沢なアート環境だ。

瀬戸内海の景観や直島の自然を損なわないよう、建物の大部分は地下に埋め込まれた。地中の施設でありながらほかの美術館よりも、むしろ開放的ですらある。特大のトップライト(天井開口部)やサンクンコート(地下の中庭)から、太陽光を直接取り込む。

地下に光を届ける手法は、2007年開館の展示施設「21_21 DESIGN SIGHT」にも見られる。東京・赤坂の東京ミッドタウン内にある安藤氏設計のこの施設は、床面積の8割が地中に埋設する地上1階・地下1階の低層建築だ。

平屋建ての簡素な施設かと思って足を踏み入れると、予想外の空間の広がりに息を呑む。こちらも隣接するオープンスペースの特性を損なわないよう視界に入る建物の容積を抑え、サンクンコートを通じて地下層に光を運ぶ方式とした。

「21_21 DESIGN SIGHT」東京都港区赤坂、安藤忠雄+日建設計、2007年
「21_21 DESIGN SIGHT」東京都港区赤坂、安藤忠雄+日建設計、2007年(写真=Wiiii/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons)

■安藤氏の建築に住むことがステータス・シンボルになった

安藤氏は隈研吾氏や伊東豊雄氏らとともに国際的に高い評価を受けており、1995年にはプリツカー賞を受賞した。建築に意義深い貢献をした人物をたたえ、世界でも年間たった1人にだけ授与される権威ある賞だ。日本人としては1987年の丹下健三氏など、8人しか受賞者がいない。

セレブたちは洗練された建築に惹(ひ)かれている。英ガーディアン紙は、むき出しのコンクリートとガラスが特徴的な安藤建築が「アメリカのスーパースターたちのステータス・シンボルとなっている」と述べている。

例えば、女優のキム・カーダシアンは今年3月、大阪市内にある安藤氏の事務所を訪ねて設計プランを話し合った。Instagramに「匠(たくみ)本人にお目にかかった」と投稿し、「一緒に作業を進めることができ、そしてついにこの特別なプロジェクトが実現することになって、とても光栄に思うと同時に畏敬の念を抱いている」と心境を打ち明けた。

安藤建築は、もはや芸術品に近いと評価するセレブもいる。スペイン日刊紙のエル・パイスによると、アート収集家で金融業者のリチャード・サックス氏は、所有していた安藤建築を売りに出した際に「これは単なる家ではありません。ピカソのキュビズム作品のように、とても重要で希少な存在なのです」と述べた。

■雨に打たれても代理人に会いに行く…デベロッパーの苦労

安藤氏は、大口の依頼であれば何でも受けるわけではない。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、クライアントを選ぶ巨匠であると紹介している。クライアントにオーラを感じることが必要であり、たとえ10億ドル出されても仕事を受けるわけではない、と同紙は述べる。

反面、ひとたび依頼を受けたならば、細部までこだわった設計を手掛ける。図面を引くことで終わりとせず、造園から家具のデザインに至るまで積極的に携わることも珍しくない。内装や家具の変更に許可が必要なスタイルは、ある意味では施主泣かせだ。だが、それでもぜひ設計を一任したいというデベロッパーは絶えない。

デベロッパーは契約を取り付けようと奔走している。ニューヨーク・タイムズ紙が2015年に報じた、ニューヨーク中心街の高級共同住宅「ノリータ・コンドミニアム」の例を見てみよう。

https://www.152elizabethst.com/residencesより
ニューヨーク市中心街にある「152 エリザベス」のウェブページ(https://www.152elizabethst.com/residences)

ファッショナブルなノリータ地区やローワー・イースト・サイド地区にも近い建設予定地を一目見た不動産開発会社のアミット・クラーナCEOは、「安藤さんをニューヨークに呼ぶチャンスだと感じた」という。だが、豪邸や公共建築の設計で知られる安藤氏が、たった7戸の共同住宅を承諾してくれる保証はない。

クラーナ氏は安藤氏の代理人とニューヨークで会うため、心待ちにしていたマドリードへの旅行を途中で切り上げた。空港からスーツケースを抱えたまま、雨に打たれ、市内のレストランへ直行したという。若き日にプロボクサーとして活躍した安藤氏の心をつかもうと、モハメド・アリの本を代理人に託した。

こうした苦労が実り、ついにクラーナ氏が日本を訪れて直接対面した際、安藤氏はその場で建築案のスケッチを描いたという。

■「まるで神との協業」ニューヨークの開発業者が敬意を表した

安藤氏が手掛けるコンドミニアムとあって、ノリータの物件は海外で大きな話題となった。住宅販売請負会社のレオナルド・スタインバーグ社長は、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、バカンスで訪れたイタリアの高級リゾート地・カプリ島での体験を明かしている。ホテルのプールサイドでくつろいでいると、「突然、ブール全体が安藤氏と彼の魔法の話で持ちきりになった」という。

ノリータ・コンドミニアムの販売にも携わったスタインバーグ氏にとって、安藤氏との接触は忘れられない経験となった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、「まるで、神と仕事をしているようでした」と語る。「時代を象徴する人物とビジネスをしているのだという感覚が、確かにありました」

建築には通常の高級住宅の2~3倍のコストをかけたという。コンクリートの質を確保し、鉄筋の腐食を予防するため、素材や工法に徹底的にこだわった。ノリータの物件で協業したデベロッパーの担当者は、「現場には、素手でコンクリートをふるいにかける専門家がいました」と語る。コンクリートの品質は、ミキサー車が到着するたびにチェックした。受け入れたミキサー車の数よりも、追い返した数の方が多いほどだったという。

■「芸術品」に住むという、そこにしかない価値がある

安藤氏がひとたび図面を引けば、ミニマムな建築美が生まれる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が「建築であると同時に、彫像でもある」との声を取り上げているように、住宅を超えた美術品としての側面がセレブたちを魅了している。

もっとも、独特の意匠は好みが分かれる。やっかみ混じりの否定的な声も一部にはあるようだ。ニューヨーク・ポスト紙の芸能部門であるページ・シックスは、ビヨンセ夫妻が購入した住宅について、「からっぽのコストコ配送センター」だと揶揄(やゆ)する意見を取り上げている。批判がまるで的外れというわけではなく、住居にはぬくもりがほしいという声には一理あるようにも感じられる。

それでも、まるで美術館のようなあか抜けた邸宅に魅了される著名人は絶えない。アート作品のなかで暮らす体験は、安藤氏による建築がもたらす特別な価値のひとつだ。

セレブたちは安藤氏による邸宅で暮らすことでステータスを上げ、安藤氏としても評判をいっそう確固たるものにする好循環が生じている。安藤氏による建築はアメリカでもブランドとして認知され、象徴的なスタイルと確かな品質で評判を確立しているようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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