歯の痛みに気づかず、いつのまにか虫歯だらけ…痛みも空腹も感じにくい「感覚鈍麻」という生きづらさ
プレジデントオンライン / 2023年8月21日 14時15分
■暑さや寒さ、体調変化に気づきにくい「感覚鈍麻」
ハアハアと肩で息をするAさん。「Aさん、大丈夫?」何事かと声をかけるも、振り返った彼女の顔を見て驚いた。顔は真っ赤、しかも汗も大量にかいている。
「Aさん、暑いんじゃないですか?」「え? あ、そうかも」……。
Aさんは「感覚鈍麻」とよばれる感覚特性を持つ一人だ。感覚鈍麻を持つ人は、暑さや寒さ、あるいは体調変化などに疎い。たとえばAさんの場合、夏場でも喉が渇いていることに気づかず、水を飲んで初めて「あ、喉が渇いていたのか」と気づくことも多いのだという。何度も倒れかけた経験を持つAさんは、今ではあらかじめ時間を決めて、なかば強制的に水を飲むようにしているそうだ。
■「気づいたら、脱水症状や熱中症になっていた」
感覚過敏の当事者で「感覚過敏研究所」所長を務める現役高校生・加藤路瑛さんは、この「感覚鈍麻」についての調査として、自身が運営する感覚過敏の人のためのコミュニティ「かびんの森」にて、アンケートを実施した。下記のコメントは、このアンケートに寄せられた、感覚鈍麻を持つ当事者たちの声である。
・「(真夏に)外に出ても暑さを感じないため、気づいたら脱水症状や熱中症になっています」(17歳・女)
・「寒いという感覚がよくわからず、天気予報や周囲に合わせた格好をすると暑くてしんどい。真冬でも薄手の長袖Tシャツ1枚くらいがちょうどいい」(年齢性別・無回答)。
・「熱い皿など、他の人が熱くて触らないものを触れ、あとで皮膚が赤く腫れたりする」(年齢性別・無回答)。
■足を骨折しても気づかず、周囲が慌てる
やはり、Aさんと同じく暑さ(熱さ)や寒さ(冷たさ)を感じづらい、という回答が並ぶ。加藤さん曰く「真冬でも薄手の長袖Tシャツ1枚くらいがちょうどいい」という回答はめずらしいものではなく、感覚鈍麻を持つ人は季節外れの服装をして周囲を驚かすことも多いそうだ。しかし、今年のように異例の猛暑のなかで厚着をしていては、もはや、命を脅かしかねない……。
この「感覚鈍麻」だが、危険な症状はほかにも多くみられる。先ほどのアンケートの結果を、もう少しご紹介しよう。
・「(身体を強打しても)アザができ、出血していることにすら気づかないのは日常茶飯事。足を骨折しても『なんか、歩きづらい』としか感じず、周囲の人が慌てているだけだった」(18歳・女性)
・「(骨折や怪我という)衝撃があったことはわかりますが、何も感じません。血が波打っている感覚や細胞が動いているのはわかりますが、衝撃の強さを練習して覚えるしかない。麻酔にかかった状態に近いのかも」(30代後半・性別不明)
■空腹を感じないままの食事は義務・強制
ひどい怪我をしているのに、本人はその怪我に気づかない……。これも「感覚鈍麻」の代表的な困りごとのひとつだ。また、彼らは口をそろえて「空腹を感じない」と訴える。
「食べたいと思う物がなければ、食べないままでいい」「空腹を感じず、いつの間にか低血糖に陥っていることがある」「(食事は)必要だから摂らなくてはという、義務感、強制感しか感じない」「『お腹が空いてきた』という感覚がなく、気づくのは我慢ができないほどになってから。腹八分目もわからないので、食べると動けなくなる」のだとか。
これらのほかにも、「体調が悪くなっていることに気づけない」「尿意を感じづらくトイレに行くのを忘れる」「距離感がわからずぶつかってばかりだが、ぶつかっていること自体に気づかない」など、どれも日常生活、ひいては命を脅かすほどの苛烈な体験が、アンケートには連ねられている。
■知られざる「感覚鈍麻」のメカニズムとは
では、この「感覚鈍麻」とは、いったいどのようなメカニズムで起こる症状/特性なのだろうか?
加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、昨今、「服のタグが気になる」「蛍光灯の光が眩しい」「どうしても無理な食べ物のニオイや食感がある」……などの症状で関心を集めつつある「感覚過敏」とあわせて、以下のように説明する。
「脳神経が刺激に反応する(刺激を認識する)最小の刺激量を『閾値(いきち)』といいます。閾値には個人差があり、たとえば感覚過敏の人はこの閾値が小さい。だから、わずかな刺激でも反応するのだと考えられています。一方、感覚鈍麻の人の閾値は平均より大きく、(感覚として)感じ取れる量まで刺激の量がなかなか到達せず、つまり鈍感であると考えられます」
■平均的な人よりも「閾値」が大きい
「ただし、感覚過敏や鈍麻は、閾値だけによって決まるわけではありません。音の高さの違いの細やかさや、色の認識の細かさなど、目や耳、皮膚など『感覚器』の刺激の幅への“感度”の特性であるケースや、刺激を統合して処理する脳の特性である場合など、さまざまな理由が考えられます。あるいは、刺激が過敏すぎて刺激を処理しきれず、感覚鈍麻になるケースも。刺激に対応できず無反応になった結果、まるで刺激を感じていない=感覚鈍麻のように見えるのです」
つまり、冒頭のエピソードで紹介したAさんは、平均的な人よりも「閾値」が大きいため感覚を感じづらく、この猛暑でも“暑さを感じない”というワケだ。
この“平均値”から離れた感覚の特性を「感覚鈍麻」、あるいは「感覚過敏」といい、くわしい原因はいまだ研究中であるものの、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな原因で起きると考えられている。
■周囲の人たちが違いを知ることが“第一歩”
知らず知らずのうちに怪我をしたり、体調を悪化させる危険のある「感覚鈍麻」。まずは大事に至らぬように、本人のみならず、周囲の人間がしかるべき配慮――定期的にトイレに行かせる、水を飲ませる、など――をする必要がある。たとえば子どもの場合、虫歯の痛みなどに気づけず、親が発見したときにはひどい虫歯になっている、といったケースも少なくないそうだ。その苦悩は、多岐にわたる。
黒川医師は、次のようにメッセージを贈る。
「本来、感覚は一人ひとり違い、どんな感覚もその人の個性です。私たちは『感覚のとらえ方には幅がある』ということを意識し、特性のある人の声を聞いて、どんなことに困っているかを知ったり、どんな配慮があれば問題なく過ごせるかに想像をめぐらせる必要があるでしょう」
そう、顔かたちに個性があるように、感覚も一人ひとり違うもの。そこで、まずは私たちが「こんなふうに感じる人がいる」「決しておかしいことではない」と知ることが、すべての“第一歩”となるだろう。一方で、いわゆる周囲からの“配慮”のみでなく、感覚特性を持つ当事者からの“発信”が、周囲への理解を促すためにも必須となる。
■当事者も「できること」「できないこと」を発信する
加藤路瑛さんは、そんな感覚特性の理解の一助とすべく、感覚に困りごとがあることを周囲に伝えるツールとして「感覚過敏研究所」オリジナルの「感覚過敏マーク」を作成した。手軽に利用できるよう、可愛いどうぶつたちをモティーフに造られた缶バッヂやシールは、オンラインで購入することができる。
また、自分の困りごとをうまく伝えられない子どものために「(教育機関向け)感覚過敏相談シート」も作成。こちらも、ウェブサイトから気軽にダウンロードが可能だ。
配慮を求める前に、まずは当事者が「できること」「できないこと」を自ら理解し、ツールやグッズなども活用しつつ、周囲に伝えていく。それを“当然の権利”として周囲の人が認識、理解し、然るべき配慮につなげる――。そんな社会にするためにも、まずは自らの困りごとの原因として、一人でも多くの人が「感覚鈍麻/感覚過敏」といった感覚の“個性”に気づくことを祈るばかりだ。
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感覚過敏研究所 所長
2006年生まれ。12歳の時に起業し、株式会社クリスタルロードの取締役社長に就任。代表権を取れない年齢のため、親が代表取締役、子どもが取締役社長になる起業スタイルを「親子起業」と名付け、子どもの起業や親子起業の面白さを伝えている。2020年「感覚過敏研究所」を設立。2021年、15歳で代表権を取得しクリスタルロード代表取締役に就任。感覚過敏研究所が運営する当事者コミュニティ「かびんの森」には、930名の感覚過敏当事者や家族が参加している(2023年6月現在)。
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(感覚過敏研究所 所長 加藤 路瑛 文=国実マヤコ)
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