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日本の賃金は安すぎる…ベトナム人学生が「日本よりも韓国に行きたい」と口を揃えるようになったワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月28日 17時15分

食品加工工場で作業するベトナム人の技能実習生=2018年8月30日、埼玉県加須市 - 写真=時事通信フォト

外国人労働者にとって、日本は魅力のない国になりつつある。調達・購買コンサルタントの坂口孝則さんは「10年ほど前までは日本は人気の国だったが、いまでは韓国などを希望する人が増えている。不人気になった最大の要因は、賃金の安さだ」という――。(第3回)

※本稿は、坂口孝則『買い負ける日本』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■「働くなら韓国」と語るベトナム人学生

2022年末に韓国に出張した。サムギョプサルを食べに入店すると、ベトナム人らしき女性が迎えてくれた。どこから来たのか、と知人が訊くと、やはりベトナム人学生で情報工学を学びに来たという。「日本は選ぼうとしませんでしたか」と訊くと「韓国しかありません」と答えてくれた。「私の友だちも韓国に来ています」。外国人で日本語を学ぶ人が少なくなっている、ともよく聞く。

日本で働いてくれる外国人労働者数を見てみる。厚生労働省は5年間の推移を発表しており、2017年の128万人から2021年の173万人と増えている。しかし対前年増加率はかなり減少している。コロナ禍だったとはいえ、2021年は0.2%となり頭打ちになっている。

冒頭で紹介した女性は留学生だが、留学生として日本で労働している数は2017年の26万人から2021年は27万人と横ばいに見えるが、2019年にピークを迎えたあと、減少が続いている。そして比率として大きいのが技能実習生だ。

もともと外国人技能実習制度は、国際貢献としてはじまった。日本で多くの技能を学んでもらい自国に持ち帰ってもらう。しかし実態は日本における単純労働を下支えする役割を担ってきた。日本は移民を堂々とは許容してこなかった一方で、現実的な問題として安価な労働力不足が顕在化していた。そこで技能実習制度がはじまったのが1993年だった。

在留期間が限定され帰国させやすい側面もあり広がった。そこから30年が経った。

■日本は第一志望国ではなくなった

かつて中国からの技能実習生が最多だった時期がある。ただ中国が経済成長したり、日本以外の選択肢が増えたりしたことから減少。ベトナムからの実習生が最多になっていた。しかし中国で起きたことはベトナムでも起きる。ベトナムの経済成長が続き、他国の成長はいうまでもなく、昨今は円安の問題もある。

円安は落ち着きを見せるが、中長期的には日本の凋落は避けられないと見る向きも多い。日本は技能実習制度だけでは外国人に訴求性がないと考え、特定技能を導入した。これは8割が技能実習生から移行するもので、在留期間も延びる資格があり、さらに転職も可能だ。しかし受け入れ数は、予想数にまったく届かない。

最大の送り出し国であるベトナムでも、候補者不足が恒常化している。そこでベトナムの送り出し機関で働くベトナム人幹部に聞いた。

「これは統計には表れない、ベトナム人の希望なんですけれど、10年くらい前は100人いたら95人は日本に行きたいと言っていました。しかし、現在は50人くらいかなと思いますね。第一が日本ではなく、オーストラリア、ドイツ、韓国だという人はたくさんいますね。製造業もそうですけれど、とくに建設とか農業で日本行きを希望する人がいなくなりましたね。

正直に言えば、日本を希望する候補者のレベルは下がっています。他国の条件がいいですからね。日本で失踪するベトナム人が話題ですが、韓国に行ったベトナム人も失踪していました。韓国は候補者の出身地を重視するんですよ。過去に失踪した地域出身なら、また失踪するかもしれない、と。ただし韓国は日本のように技能実習生として受け入れるわけではなく、正規の労働者なので、その代わりに条件もいい」

■日本と韓国の月収差は3万~6万円程度

賃金の話を補足しておくと、あくまで一つの送り出し機関の例であり為替レートも変動するものの、ベトナムの若者が日本に行くと月収が16万円から19万円だという。必死にがんばっても月収は20万円を少し超えるていど。ただし韓国に行くと19万円から25万円ほどだという。

日韓の国旗
写真=iStock.com/panida wijitpanya
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/panida wijitpanya

ベトナムの労働相は日本で働く技能実習生の手取りを増やすため、日本の厚労相にたいして、住民税や所得税の控除を依頼するほどだった。いっぽうで、韓国では雇用許可制(EPS:Employment Permit System)という制度がある。これは、文字通り研修生としてではなく労働者として受け入れる仕組みだ。

さらに民間ブローカーが排除されるケースもあり費用が抑えられる。私はここで、ベトナム人候補者が減ったのは日本で技能実習生を受け入れる職場の労働環境が悪いからではないか、と質問してみた。日本では労働環境問題にくわえて、妊娠や出産など、個人的なことまで管理される場合がある。

参考までに追記しておくと、技能実習生を受け入れている企業の労働法令違反率と、全体の違反率は同程度という指摘がある。つまり技能実習生の受け入れにかかわらず悪しき日本企業は一定数が存在する。ただし、だからといって法令違反の企業があっても仕方がない、という結論にはならないだろう。

■重要なのは労働環境よりも賃金

「もちろん、それはあるかもしれません。でも実習生から聞く限り、昔に比べて労働環境は改善しています。労働環境が悪いから日本を希望しないのだったら、以前から少ないはずです。私が候補者と話した感じでは、やはり賃金として魅力がなくなっていますね。円安がそれに拍車をかけました。仕送りすると目減りする。私たちは、候補者に為替は変動するから、現時点の為替レートだけで決めないように伝えるんですが、そもそも為替を詳しく知らない候補者もいます。日本の魅力も伝えます。ただ、彼ら、彼女らからすると、出稼ぎなのでお金は重要です」

紙幣を数える手
写真=iStock.com/Atstock Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Atstock Productions

氏は最後に、かつて隆盛を極めた日本企業向け接待交際費の予算はほぼなくなったといい、現在は現地ベトナムでの食事くらいは自腹で払っていると教えてくれた。外国人労働者・技能実習生の雇用や受け入れについて研修やコンサルティングを行う関係者は言う。

「これは差別ではないものの、やはり歴然としてアジアの国の地方からやって来る人か都会からやって来る人かでレベルが違うのが現実です。そして日本にやって来る人は地方からが多い。日本の魅力度が低下しているのは事実でしょう。コロナ禍で面接がオンラインになったので見極めも難しいですからね。

またベトナムにはサムスンのように外国から有名企業が進出しているのでベトナム内での知名度が高いんですね。日本はさほど優位性がない。さらに日本に技能実習生として行っても働ける年数が短いでしょう。さらに日本の職場でベトナム人がパワハラを受けた動画が一瞬で拡散されます。あんな酷いことをする日本の職場は一部ですよ。でも、一部でも日本を敬遠するには十分です」

■米国は技能実習制度における人権侵害を指摘

2022年9月に日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公開した。私は公開前からこのガイドラインに外国人技能実習生がどう書かれるか、もっといえば否定的に書かれるか注目していた。なぜか。

米国務省は日本の技能実習制度で人権侵害が起きていると指摘するほどだからだ。さらに現在、米国の半導体やIT企業を中心として技能実習生のいる日本の仕入先に実態調査を求めたり、技能実習生に実地ヒアリングを重ねたりしている。理由は、技能実習生が母国の仲介業者に手数料を支払ったかを把握するためだ。

国際規範では労働者からの手数料徴収を禁止しているが、実態としては日本に来るまでに100万円ていどの借金も珍しくない。技能実習生の大半は、やはり稼ぐのが目的だと説明した。それなのに、稼ぐ前に大金を費やしているのが実情だ。そのうえで、米国各社は、実習生が訪日までに支払った手数料を企業が肩代わりすることを求めている。

■なぜ年間9000人もの失踪者が出ているのか

日本企業は支払う場合もあるし、渋る場合もある。日本の法的制度で技能実習生制度は認められているし、技能実習生から支払いの領収書を提示してもらえるケースはほとんどなく、株主への説明を考えると根拠なく支払うことはできない。外国人技能実習生がせっかく来てくれても定着が問題になる。このところ実習中の失踪者が話題で、年間9千人にいたる場合もある。それは借金ゆえといわれる。

働いても借金を返せないとわかった技能実習生たちはより賃金の高い仕事を求めて行方をくらます。しかし当然だが「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」では技能実習生自体を否定しなかった。技能実習生への賃金の差別をしたり、パスポートを保管したり、貯蓄金の管理をする契約をしたりするな、と注意にとどめた。

もう一度、技能実習生の雇用・受け入れを主とするコンサルタントに聞く。

「日本人は技能実習生を機械のような働き手とみなすでしょう。出国するときに聞いた仕事ではない業務を任せられるし、孤独。夜間労働で割増賃金が支払われない。さらに彼らの多くは暑い国から来ているんですよ。日本の寒い地域で、しかも日本の同僚とも交流しない環境に住んでいる。そこに留められるはずがないですよ。よく地方自治体の職員から対策を質問されるけれど、口をつぐんでしまうのが実情です」

日本の国旗と景気低迷の概念
写真=iStock.com/ronniechua
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ronniechua

■高度人材の獲得でも買い負けている

現在、日本は次のターゲットとしてミャンマーを定めている。私は個人的にミャンマーの送り出し機関を訪ね、現地の若者と会話をする機会を得た。人柄もなつっこく、日本語学習にも真剣で、国民性としても勤勉だ。しかし、根本的な問題を解決しなければ、ベトナム人が愛想をつかすように、ミャンマー人も同じことになりかねない。

なお、これまで技能実習生を中心に説明してきた。いっぽうで、高度人材の獲得についても日本がその労働力を買い負けているのが現状だ。そこで世界の代表都市との比較を見てみよう。図表1は月間の報酬をドルで計算したもので2022年を中心に調査した。「中間管理職(課長クラス)」の高い順に並べたものだ。

【図表1】世界各都市における中間管理職(課長クラス)の月間報酬ランキング
出所=『買い負ける日本』

日本の中間管理職は2〜4倍ほど報酬で負けている。他のアジア勢とは善戦しているともいえるものの、彼らの経済成長と賃金の伸びを考えると数年後にはもっと下位にランキングされるだろう。高度人材が日本に来てくれるどころか、日本の優秀な人材も海外に飛び立とうと考えるだろうし、実際にそうなっている。

■日本の硬直的な給与制度の問題点

日本の賃金が伸びない要因については経済学者や経済評論家、そして経営者までもがさまざまな見解を述べてきた。デフレ、生産性の減少、年功序列、少子高齢化、転職風土、企業文化、メンバーシップ型経営、評価手法……おそらくそのすべてが正解だろうし、そのどれかだけが主犯ではなく、複雑な状況が絡み合っている。ただ事実として日本の給与制度は硬直的で、優秀な人材の流動性を阻害した。

世界共通の支給水準へ是正する動きが大企業を中心にはじまっている。大企業を中心にメンバーシップ型からジョブ型へ切り替えるといわれる。メンバーシップ型は長期雇用を前提とし、企業に長く携わり全般的な仕事をこなせるようになってもらう。長い時間にわたって組織に関与すれば仕事の成果があがる。これは年功序列賃金の根拠となる。

いっぽうでジョブ型は仕事の範囲を明確化し、仕事内容にマッチした人材を採用するもの、とされる。しかし私は、この説明では不十分のように感じる。

■博士人材も有効活用できていない

ジョブ型とは、「この仕事ができれば○○○万円」と値札をつける。逆にいえば、「あなたはこれができないから、当ジョブにふさわしくない」と説明せねばならない。

現在、日本の大企業で進んでいるジョブ型の導入は、現人員を前提としたうえで、仕事を割り振ったり、合意したりするプロセスにすぎない。そこに私はドラスティックに人材を流動化する萌芽はないように感じる。

たとえば年間で粗利益1億円を継続的に稼いでくれる新入社員がいたら年収5000万円を払ってもいい。しかし踏み切る大企業は少ない。社長や役員以上の報酬は出さない不文律の企業文化があるからだ。IT、EV(電気自動車)の技術者は「優秀ならば経営幹部並か、それ以上」とする欧米企業とは対照的だ。また、ただでさえ日本は高度人材の報酬が低い。

さきに管理職という観点から高度人材をあげたが、博士人材はどうか。調査によると年間所得が400万円にいたらない人材が約半数を占める。米国などの博士人材と比べると見劣りする。さらにこの金額を、前に出した他国のエンジニア(中堅技術者)と比較すると差がわかる。さらに国の支援としてシンガポールでは、月収3万シンガポールドルを得る高度人材に長期5年のビザを発給する政策を打ち出した。審査期間も短縮しIT分野等でのプロを獲得する。また、シンガポールほどではないとはいえ、各国でも対応は進む。

■日本は選ぶ側ではなく、選ばれる側になっている

コロナ禍でテレワークが進んだ。必ずしも日本に来てくれる高度人材ばかりではない。自国から離れたくない人、快適な他国で働きたい人もいる。

坂口孝則『買い負ける日本』(幻冬舎新書)
坂口孝則『買い負ける日本』(幻冬舎新書)

ドバイ、エストニア、ポルトガルなどでは月収50万円ほどの、自国以外で働くテレワーカーにも滞在ビザを発給し雇用機会を与える。国を挙げての人材獲得が激化するなか、先手で施策を打ち出している。

日本はもともと製造現場の空洞化を志向してきた。そして製造現場への投資を控えるようになった。人材の継承に問題が生じた。人が育たないので、その穴埋めが必要だった。そこを外国人技能実習生という“奇策”によって糊塗(こと)しようとした。しかし成長はおぼつかず、賃金は横ばいを続け高度人材の獲得にも後塵を拝するようになっている。現在では、働く人材が、働く国を選んでいる。良い人材を各国が争って誘致している。

その状況がわからず待遇改善が図られなければ日本から人材が流れ、日本は堕ちていく。

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坂口 孝則(さかぐち・たかのり)
調達・購買コンサルタント
未来調達研究所株式会社所属、講演家。2001年、大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買に従業。現在は、製造業を中心としたコンサルティングを行う。『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『未来の稼ぎ方』『買い負ける日本』(すべて幻冬舎新書)、『製造業の現場バイヤーが教える調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。

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(調達・購買コンサルタント 坂口 孝則)

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