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「高い、不便、つらい」を解消したい…"歯科矯正のJINS"を目指すベンチャーがぶつかった業界の慣習の壁

プレジデントオンライン / 2023年9月8日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Moncherie

イノベーターに必要な条件は何か。高千穂大学准教授でマーケティング戦略が専門の永井竜之介さんは「業界の『構造』と『対象』を変革していくのが真のイノベーターだ。メガネ業界であればJINSが挙げられる。歯科矯正の業界でも、同様のイノベーションを起こそうとしている企業が現れている」という――。

■韓国の「安くて早いメガネ」に衝撃を受けた

さまざまな「当たり前」を更新して、新しい価値を普及させる企業は「イノベーター」と呼ばれる。JINSは、「目」の当たり前を更新し、メガネを通じて新たな価値を普及させたイノベーターだ。

JINSは、2000年、もともと雑貨店を経営していた創業者・田中仁氏が、出張で訪れた韓国で「安くて早いメガネ」と出会ったことから始まった。当時、日本では3万円以上の高額が当たり前だったメガネが、韓国では10分の1の低価格で、しかも15分で買って受け取れることに衝撃を受けた。メガネの当たり前が、日本と韓国でなぜここまで違うのか。調べてみると、日本ではメガネ業界特有の複雑な流通経路があり、製造プロセスにおける中間コストと利幅が大きいことで、メガネが高額になっていた。

そこで、不要なプロセスとコストを徹底的に削減し、企画・製造・販売をすべて自社で完結させることで、韓国の「安くて早いメガネ」を真似る形でビジネスをスタートさせた。メガネを1つ5000円で販売すると、すぐに話題を呼んで飛ぶように売れたが、同じように真似をするライバルたちが増えてくるにつれて、競争が激化し、次第に低迷していった。雑貨とメガネを組み合わせて販売してみても上手くいかず、2008年には多くの店が閉店に追い込まれて最終赤字に転落し、株価も下がり、上場廃止の危機にまで陥った。

■ユニクロ柳井氏との会談でショックを受けた

転機となったのは、ユニクロの柳井正氏との会談である。気軽に会談に臨んだ田中氏は、「どんな仕事で、事業の価値は何で、会社の目指すビジョンは何か」など、次々に問いかける柳井氏に圧倒され、上手く答えることができなかったという。柳井氏から、「この株価は会社に将来性がないと思われている」「ビジョンなき経営は絶対に成功しない」(※1、※2)など、痛烈かつ的確な言葉を受けて、田中氏は翌日の昼まで寝込むほどのショックを受けた。

しかし、この会談をきっかけに、JINSはビジョンと戦略を一新し、「メガネの王道」で勝負する覚悟を決めて、新しい価値の創出に挑戦していく。以前は大手メガネ会社との勝負を避けてきたが、真っ向勝負に出る戦略を選んだ。それが、これまでにない軽さを追求した軽量メガネ「Airframe」である。スイスの医療機器用素材メーカーの開発した、軽くて安全で、弾力性と復元力に優れた素材と、日本人の顔に合うよう開発された抜群のフィット感が評判を呼び、2009年の発売直後から人気を集め、累計販売本数が2200万本を突破するほどの大ヒット商品となった。

■JINSはメガネ業界の構造を変革した

この成功で、田中氏は、「メガネだったら日本ではどこにも負けないし、世界でだって戦える」と思えるようになれたという。後日、柳井氏と再会した際には、「いろんな人にアドバイスを頼まれるけど、実行する人はほとんどいません。あなたは数少ない実行者です」(※2)と言葉をかけられ、胸が熱くなったそうだ。

その後、JINSは、「Magnify Life」にビジョンを更新し、「人々の生き方そのものを豊かに広げ、これまでにない体験へ導く」という目標を実現していくために、新たなメガネを次々に生み出している。パソコンやスマートフォンのブルーライトをカットすることで目の負担を軽減する「JINS SCREEN」。花粉や飛沫(ひまつ)が目に入ることを防ぐ「JINS PROTECT」。まばたきや視線、身体の動きを計測するセンサーを搭載し、専用アプリと連動することで心身の健康をサポートする「JINS MEME」。これらに共通するのは、視力が悪い人だけでなく、視力の良い人も含めた「すべての人」にとって価値があるという点だ。

真のイノベーターは、物事や業界の「構造」と「対象」を変革していく。JINSは、分業制で複雑な製造プロセスの結果、高額になるのが当たり前だったメガネ業界の構造を変革した。また、「メガネは、目が悪い人にだけ必要な道具」という当たり前の前提をくつがえし、目のさまざまな負担を軽減するために、「メガネは、すべての人にとって必要な道具」として再定義し、メガネを使う対象を大きく変革していっている。

ノートパソコンの上に置かれた眼鏡
写真=iStock.com/peshkov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peshkov

■歯科矯正の業界における“JINS的ベンチャー”

「目のイノベーター」であるJINSをお手本として、「歯科矯正版JINS」を目指すベンチャー企業に「Oh my teeth(オーマイティース)」がある。Oh my teethは、「歯」の当たり前を更新し、歯科矯正を通じて新たな価値を普及させる「歯のイノベーター」となるために、現在進行形で挑戦を続けている存在だ。

2019年12月にサービスを開始すると、その後、3年半の間に利用者1万5000人を突破し、表参道・有楽町・新宿・池袋・大阪心斎橋に専門クリニックを展開して、「アジアNo.1のオーラルテックベンチャー」を目指して成長を進めている。同社のサービスは、従来の歯科矯正が抱えていた課題を、エンジニアと専門ドクターが手を組み、デジタルを活用した新しいサービスによって解決しようとするものだ。

Oh my teethのサービスは、まずクリニックで診療を行う。事前予約制で待ち時間0、診療時間は30分だ。診療では、3Dスキャンで歯型を抽出し、口内をレントゲン撮影して、ユーザーの歯の現状を明らかにする。その場で、すぐに3D化された今の歯並びを、ユーザーとドクターが一緒に見ながら、かみ合わせや歯並びをチェックして、「矯正したら、どうなるか」というゴールを確認する。この診断までは無料のサービスだ。症状が重い場合には、自社サービスではなく、従来のワイヤーなどによる歯科矯正をその場で勧めている。

その後、LINEで届く矯正完了後の歯並びのイメージを承認して契約・支払をすると、診療データを基にオーダーメイドされたマウスピースが自宅に届く。治療計画書の作成、マウスピースの製作などを含めた、すべてのプロセスを自社で内製化していることが特徴だ。矯正段階に合わせたマウスピースを1日20時間、約12週間つけることで歯並びを矯正していく。矯正後、歯が後戻りしないように保定する期間を経て、治療は完了となる。

■歯科矯正の3つの課題を解決するサービスを作った

Oh my teethのマウスピース矯正は、従来の歯科矯正が抱える3つの課題を解決するサービスとなっている。1つめの課題は、高額な価格だ。従来のワイヤー治療が約100万円という高額なのに対し、同社のサービスは、上下前歯の部分矯正の「Basicプラン」が一律33万円と、3分の1に抑えられている。

2つめの課題は、不便で高頻度の通院だ。従来は、矯正完了まで約20回の定期的な通院が求められるが、同社では、通院は最初の1回だけで、その後はオンラインで矯正をサポートする仕組みを作ることで、高い利便性を実現している。

3つめの課題は、矯正を途中で挫折してしまう離脱率の高さだ。同社によれば、「歯科矯正経験者の約3割」が途中でやめているのに対して、同社の離脱率はわずか3%で、97%のユーザーが矯正を完了できているという。その秘訣(ひけつ)は、専属の医療チームによる「ユーザーを1人にしない」オンライン相談サービスにある。ユーザーは24時間いつでもLINEで質問や相談ができる。また、週に1度、自分の口内を撮影して送ると、ドクターがチェックしてコメントを返すなど、オンラインの二人三脚で矯正完了までたどり着ける仕組みが整えられている。

歯の模型を用い、説明している歯科医
写真=iStock.com/ronstik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ronstik

■医療サービス従事者としての責任も求められる

Oh my teethの歯科矯正は、「高額で、不便で、1人でつらい」という従来の矯正を、「低額で、便利で、オンラインで伴走する」に変えたサービスといえる。創業当初は、「こういうものだから」「素人が入ってくるな」など、幾度も業界の慣習の壁が立ちふさがったという。その壁を乗りこえ、「日本の歯科体験を変えたい」という創業者・西野誠氏の問題意識と解決提案に共感するドクターを増やしていき、専門クリニックの開設、40以上の歯科クリニックとの提携を実現するなど、業界構造の変革を進めている。また、歯科矯正を、美容やトレーニングと同様のボディメイキングの1つとして位置付け、「ちょっと歯をきれいにしよう」と気軽に利用できるサービスに変えて、歯科矯正の対象者を大きく広げていっている。

同社は、歯科矯正に加えて、ホワイトニングのサービスも展開を始めており、「歯」の当たり前の更新をさらに広げていこうと挑戦している。ユーザーにとって「手の届く憧れ」「賢い選択肢」となれれば、認知度と普及をさらに進めて飛躍していくことができるだろう。

1つ留意すべき点は、同社はドクターとの提携、治療の方針やデータの開示など、安全性の担保に努めているが、新しい医療サービスとして、長期的な視点でのトラブルやリスクが一切無いとは言い切れない。そのため、同社には、ビジネスの発展と併せて、医療サービス従事者としての社会的責任を果たすために、サービスの点検や検証に継続的に努めることが求められる。

※1 経済界ウェブ「人と商品に投資しアイウエアで豊かな未来を実現―田中 仁(JINS社長)」
※2 アキナイLABO「上場廃止寸前の大ピンチ!ユニクロ柳井さんの言葉で奇跡の復活劇」

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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