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「最初の一歩は従業員の賃金を2倍にすること」トヨタが学んだ自動車王フォードの斬新な経営哲学

プレジデントオンライン / 2023年9月12日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marc Dufresne

偉人たちが残したリーダー論は、どう活かすべきなのか。「自動車王」と呼ばれたヘンリー・フォードは1926年刊の『藁のハンドル』で、効率を追求する経営方式について説いた。鈴木博毅さんの『30の名著とたどるリーダー論の3000年史』(日経ビジネス人文庫)より、一部を紹介する――。

■なぜT型フォードは1500万台も売れたのか

歴代世界第2位の生産台数、累計1500万台。これはT型フォードという自動車の記録です。1908年から生産を開始し、生産終了は1927年。自動車の歴史に華々しい販売記録を打ち立てたこのクルマを開発したのが、自動車王と呼ばれるヘンリー・フォードです。

19世紀末の自動車産業の黎明期に巡り合ったフォードは、お金持ちの嗜好品だった自動車を、安価で信頼できる製品に変えて世界的なモータリゼーションの波を生み出しました。製品の低価格化と、高賃金を両立させることが社会全体の発展に役立つという信念をフォードは持っており、当時の高級車の4分の1の値段のT型フォードは飛ぶように売れて、高賃金を得ていた自社の社員も自動車を購入していきます。

フォードは大量生産方式を進化させ、今日の工業では当たり前のベルトコンベア方式などを採用。製造方式・人材育成・販売などにさまざまな工夫改善を積み重ねることで、フォード社を世界的な成功に導きました。

■「世界のトヨタ」も学んだ大量生産の元祖

のちにトヨタ自動車で「ジャストインタイム」の生産方式を開発した大野氏は、アメリカの事業団がトヨタの工場を見学した際、なぜこのような仕組みを発明できたのかと聞かれて、『全部フォードの自伝に書いてありますよ』と答えた逸話があります。

カンバン方式をはじめ、生産方式の発明、改善でトヨタ自動車は世界的企業となっていますが、そのトヨタ自動車もフォードの思想から多くの着想を得ていたのです。

お金持ちのために、高度な職人が作り上げる高価な製品、それが自動車だった時代に、フォードは大衆が買える安価な車を目指しました、また自社の工場労働者に、当時の賃金の約2倍を支払ったことで、産業界から驚きをもって迎えられました。

「わが社の真の発展は、一九一四年、最低賃金を1日二ドル余りから五ドルに引き上げたときに始まる。その結果、私たちは自社の従業員の購買力を高め、彼らがまた、その他の人々の購買力を高めるというふうに、その影響がアメリカ社会全般に波及していったからである」

(『藁のハンドル』竹村健一訳、中公文庫より)

■高賃金で優れた従業員を雇い、低コスト化を実現

理由は、製品価格が下がるほど、購入できる客層が広がるからです。さらに、高賃金を目指すことで、社会全体の購買力が高まり、豊かさが広がり始めるのです。

「製品を買ってくれる大衆は、どこからともなく現れるのではない。経営者も従業員も、はたまた購買者層も、すべて一体なのである。だから、もしある事業が賃金を高く、価格を低く保つような経営ができないならば、その事業は自滅せざるをえない」(同書より)

フォードは付け加えて、高賃金を実現するには「低コスト化」が不可欠だとしています。コスト削減をせずに高賃金を実施しても、購買力は増えない。フォードはこの信念の元、高賃金で優れた人材、技術者を雇い、彼らの能力を低コスト化に活かします。

フォードの組立ライン(1913年)(写真=PD US/Wikimedia Commons)
フォード社の組立ライン(1913年)(写真=PD US/Wikimedia Commons)

この循環により、歴史に残る傑作自動車T型フォードと、フォード社自体の世界的な繁栄を実現できたのです。

■大企業はサービスを創造・提供することで繁栄する

フォードは、大企業は産業家(今日の経営者)のリーダーシップが生み出す存在だと述べています。企業の成功の大小は、リーダーシップのレベルに依存します。

鈴木博毅『30の名著とたどるリーダー論の3000年史』(日経ビジネス人文庫)
鈴木博毅『30の名著とたどるリーダー論の3000年史』(日経ビジネス人文庫)

「第一に会社は、なんらかのサービスを提供するようにデザインされねばならない。だから会社は、そのサービスを優先させていくべきである。サービスが会社の後にくるのではない」(同書より)

会社の存続のためにサービスをするのではなく、何らかのサービスを提供できるように企業は形作られる必要があります。提供するサービスこそがビジネスであり、会社の建物や形が企業ではないからです。

「より多くの人に受け入れられるサービスほど」、大企業としての規模を拡大できるのです。そのために、先のコスト削減の恩恵を、自社と消費者で分かち合うことがポイントになります。コスト削減、改善による価格の低下は、消費者の利益になるからです。

■労働者の付加価値は、経営者の優劣に左右される

企業が成功を収めるには、経営者によるデザイン(設計)が重要な要素となるともフォードは述べています。どんなサービスを提供し、どんな工程で製造して、どう労働者が働くかは、経営者の設計次第で大きく変わるもので、現場で働く個々の労働者が変化させることができない点が多いからです。

労働者が1日仕事をした結果として、どれほどの付加価値を生み出せるかは、労働者ではなく、経営者のデザイン(会社の設計)に依存しているのです。

企業の規模は経営者のリーダーシップ(経営手腕)の優劣に比例していくのです。

■「お金は力ではなく、ただの商品にすぎない」

ヘンリー・フォードは起業家として資本との関係に苦労した経験を多数持ちます。

そのため、お金が企業を支配する、資本がすべてを所有するという考え方に強い否定を表明しています。

「今日では金融トラストがアメリカ人の労働者、つまり手や頭を使って、生産という形で社会に貢献している創造者を支配するということはなくなった」(同書より)

フォードは、お金だけあっても、大衆に良いサービスを提供する大企業は作れないと指摘します。起業家の意思と、優れたデザイン力によってはじめて、多くの大衆に支持を得る大企業が成立できるからです。

ヘンリーフォードをフィーチャーした米国からのスタンプ
写真=iStock.com/traveler1116
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/traveler1116

たたき上げの起業家らしく、フォードは企業や人がお金に支配されてはいけないと何度も警鐘を鳴らします。しかし今日でもファイナンスと起業家の関係は難しく、初期に多額の投資を受け入れたベンチャー企業の創業者が、成長の過程で経営権を失うケースなども散見されます。

ただし、お金そのものや法律自体が大企業を生み出すことはなく、起業家のサービスを生み出そうという強い意思が企業を成立させることを考えると、「お金は力ではなく、ただの商品にすぎない」というフォードの言葉には耳を傾ける価値があるでしょう。

■企業が社会や大衆とともに豊かになる方法

フォードは自動車産業を世界規模で成立させ、技術や機械好きの青年は世代を超えて記憶される大企業家に上り詰めました。彼の自伝である『藁のハンドル』には、彼の経営者としての哲学、世界や社会をどう見ているかの視点が惜しげもなく披露されています。

その文章には、合理性の徹底追求とともに、社会や大衆とともに豊かになる方法を模索していく、型破りで新しい起業家の先見性が読み取れるのです。

「道義とは、健全な仕事を最上の方法で行うことである」
「余暇の創造こそ、産業の使命」

(ともに同書より)

■フォードが説いた「リーダーになるべき人間」

フォードの自伝では、リーダーとは産業デザインが上手い人間でなければいけないと指摘されています。だれが、どのように働き、どんな形でコストを削減して、大衆に満足してもらえる商品を成立させるか。この設計が巧みで効果的であるほど、低コストでよい製品を生み出せる上に、労働者に高賃金を支払えるからです。

もう1点、フォードの自伝から学びたいポイントは、彼の視野の広さでしょう。大衆、労働者、消費者などの一連の登場人物は、さまざまなところでつながっている。その連環に効果的に働きかける企業・サービス・製品の設計こそが、大企業の繁栄を持続させるのだということを、彼の自伝は教えてくれているのです。

ヘンリー・フォード
フォード・モーターの創業者。1908年に発表したT型フォードが大ヒットし、世界で累計1500万台以上も生産された。

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鈴木 博毅(すずき・ひろき)
ビジネス戦略コンサルタント
1972年生まれ。慶應義塾大学、京都大学経営管理大学院(修士)卒。貿易商社、国内コンサルティング会社を経て独立。戦略史や企業史を分析し、負ける組織と勝てる組織の違いを追求しながら、失敗の構造から新たなイノベーションのヒントを探ることをライフワークとしている。日本的組織論の名著『失敗の本質』を現代ビジネスマン向けにエッセンス化し、ベストセラーとなった『「超」入門 失敗の本質』ほか、著書多数。

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(ビジネス戦略コンサルタント 鈴木 博毅)

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