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気に食わないと容赦なく娘を潰しにくる…毒親に苦悩した漫画家が「ジュリー氏の手紙」から読み取った悲痛

プレジデントオンライン / 2023年10月13日 11時15分

記者会見で手を挙げる記者を見つめる藤島ジュリー景子前社長=2023年9月7日、東京都千代田区 - 写真=EPA/時事通信フォト

ジャニーズ事務所が行った10月2日の記者会見の冒頭で、ジャニーズアイランド社長の井ノ原快彦氏は、欠席した藤島ジュリー前社長の手紙を読み上げた。長く過干渉な実母との確執に悩んできた漫画家の田房永子さんは「手紙に書かれていた、強烈な母メリーとの関係に苦しんでいた様子は、私にも理解できた。そして自分の、母という毒親の被害者としての報告は最小限に抑えることで『加害者の親族であり、償いをする者』としての立場が揺るがないように配慮されている手紙だと思った」という――。

■サビル事件とジャニーズ性加害問題の共通点

Netflixで「ジミー・サビル 人気司会者の別の顔」というドキュメンタリーが配信されている。サビルは、ジャニー喜多川を彷彿とさせる人物だ。

サビルはイギリスの大人気国民的タレントで、1960年から2010年代まで活躍した。テレビスターでありながら、病院を建てる慈善事業をしたり、チャールズ皇太子にパブリックリレーションズのアドバイスをする仲だったり、とにかく国宝級の人物だった。2011年にサビルが死んだ時、王室関係者並みに盛大な葬式が執り行われた。

しかし死後、実はサビルが40年間に渡り、行く先々で子どもに性的虐待をし続けていたことが判明した。被害者は子どもから75歳まで男女500名以上に及ぶとされている。

サビルの裏の顔は連日報道され、国民は不快感をあらわにした。

サビルの遺言により墓石に刻まれていた言葉「It was good while it lasted.(あの頃はよかった)」は削られて消され、墓石は撤去された。サビルを讃えていたマスコミは「われわれは真実を見つけられず、国民を裏切った」と反省を表明し、サビルを讃えるために取り付けられた銘板や銘文は各地から撤去され、サビルの痕跡は抹消された。

このドキュメンタリーの中で私が最も、今の日本のジャニーズ性加害問題と重なると感じたシーンがあった。

サビルの死後、サビルの仲良しとして周知されていた人や、プロデューサーとしてサビルと一緒に働いていた人が、世間やマスコミからめちゃくちゃ責められたというエピソードだ。

「絶対知ってたはずだろう」「どうして気づかなかったんだ」「なぜ止めなかったんだ」と聞かれる。

テレビのインタビューで「一緒にいたのに、何も見なかったし、聞かなかったというんですか?」と詰問されるプロデューサーのオーディッシュ氏。

オーディッシュ氏は当時を振り返ってこう語る。

「死人は罰せられないが、責めるべき人間は探せる。そういう雰囲気があった」

当の本人は死んでしまったため、償いも審判もされない、それが世間の怒りの原因となっている、と関係者は話した。

■“代わり”をみつけ出そうとする心理

日本は今まさにその時期にいるんだな。

芸能人じゃなくなって、マスコミの人じゃなくたって、ただテレビを見ている側の一般人の私ですら、噂は聞いたことがあった。お茶の間の一般人でも耳にしたことがある人は多かったと思う。噂であってほしいし、深く考えずに過ごしてきた。

真相が明らかになって、噂じゃなかったと分かって、ショックだし悲しいし、怒りが湧く。本人が「良い功績を遺した人」として讃えられ愛されたまま亡くなってしまったから、“ジャニー喜多川の代わり”を探してみつけ出そうとするのは、人の心理として自然なことなんだと思う。

■誰もが最も就きたくないポジション

ワイドショーの報道によると、新社長に外部の人材を頼んだけど全部断られてしまったから、東山氏が就任したという。確かに誰もが今「最も就きたくないポジション」だと思うだろう。だってジャニー喜多川本人じゃないのに、まるでジャニー喜多川本人かのように、みんなから責められるんだもの。

新社長の東山紀之氏は、小6の時にジャニー喜多川にスカウトされて事務所入りしている。

ジャニー喜多川から受けた性被害について服部吉次さん(78歳)が「70年前の8歳の時」と話している。

つまりジャニー喜多川は、それが明るみにはなっていなくても、事実として1953年の時点で児童への性虐待を繰り返している男だった。その25年後の1978年、その男に東山氏はスカウトされている。東山氏がジャニー喜多川から直接の性的虐待の被害に遭ったことがあるかの有無は全く関係なく、「男児への性虐待を過去にしたことがある男にスカウトされてその男が取り仕切る事務所に所属する」こと自体が児童虐待の被害そのものと言っていいと思う。

コンサート中に熱狂する観客たち
写真=iStock.com/9parusnikov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/9parusnikov

■「そりゃないよ」と思ってしまった

記者会見で質問する記者の人たちや、新聞やニュースを書く仕事の人たちは善悪、白黒、ハッキリさせるのが仕事という部分があるから、「一番悪い奴探し」の行き場がもうなくなってしまって、今日はヒガシ、明日はイノッチ、そして帰りはジュリー景子、みたいに誰かを「実は極悪人だ」と糾弾しなきゃいけない雰囲気になっていた。風向きは毎日コロコロと変わり、10月2日の記者会見の翌週には「東山氏はよくやっている、もう公開処刑はやめてあげて」という一般のコメントも目にするようになった。

とにもかくにもさまざまな意見が飛び交う中、専門家によっては「ジャニーズ事務所に昔からいて長く在籍している人と、近年入所した人の罪の重さは違う」という説を唱えている人もいる。会社のトップが児童福祉法違反の犯罪を犯しているかもしれない、という噂を知りながら、自分はその会社ですでに大ベテランになっていて、若い子たちが被害に遭っているのをどうして防ごうとしなかったんだ、という意見だ。

本当にごもっともだけど、「そ、そりゃないよ(泣)」とも思ってしまった。

私も、強力な魅力と求心力を持つカリスマ的ボスの下にいた経験が何度かある。そういったボスは独裁的になりやすいものだ。ボスの周りはイエスマンだらけになる。自分の矛盾を突いてくる者を容赦なく追い出すからだ。そのあとは、自分に盾突いた者の悪口を徹底的に言ったり、もしくは一切触れずに最初からいなかったみたいに振る舞う。

ボスのもとにいる人間は、ボスのそういったふるまいから「刃向かったら自分も粛清される」ことを学ぶ。そうやって人の心を縛って動けなくさせていく。ボスからの恩恵もあるため、そこで生き残ろうという気持ちが無意識にはたらき、ボスの功績や人柄を本来より大きめに評価する。

特殊な環境じゃなくても、学校とかバイト先とか職場でそういう人の周りにみんなが集まって、妙なコミューンができることってよくあると思う。親子、恋人、夫婦、友人など1対1の関係でだってある。

ボスのもとにいる時は、ボスのやり方を「間違ってる!」と指摘できてたらその人は追い出される。だから、中にいる人が中にいるままボスの誤ったやり方を指摘して、そのボスの独裁によって腐ってしまった土壌を改良するなんていうのは、そもそも不可能なことだ。

いま、ジャニーズの年長者として在籍し新社長に就任した東山氏やその他、ジャニー喜多川のもとで働いていた人たちに「なんでジャニー喜多川の鬼畜の所業を防ごうとしなかったんだ」と問うのは、本当に真っ当な問いである。なんだけれども、同時にトンチみたいな質問でもある、と思ってしまった。

■今やらなくてはならないことは何なのか

このジャニーズ性加害問題を機に、今後絶対にこんな児童への虐待、性的虐待、性暴行が起こらない世の中にしていくためには、大人たちみんなで解体していかないといけない。

だとしたら「なぜ言わなかった」「なぜ防がなかった」と関係者の過去を糾弾することは、あまり長くやっていると時間がもったいない。

「子どもの性被害、そこからの性加害の連鎖を断ち切るためには」「権力者による子どもへの虐待を防ぐためには」「支配的ボスによるコミューンが生まれてしまった場合、外部の人はどう立ち回るべきか」。ジャニーズ性加害問題の被害者・当事者ではない私たちは、この問題をきっかけに、そういう話をどんどんしていかないといけないと思う。

だけど今の日本はまだ、サビルが2011年に死んだ後のイギリスみたいにショックと混乱と困惑でいっぱいだから、しばらくは落ち着かないかもしれない。

■藤島ジュリー氏の手紙

そんな中、その「なぜ防げなかった」という問答をいったん収束させ次の段階に向かおうとしているのを、藤島ジュリー景子さんの手紙から感じた。

ジャニー喜多川もメリー喜多川も、お茶の間の私たちはほとんどの人が姿や声を見聞きしたことがない。つい最近までは都市伝説みたいな存在だった。

ジャニーズファンじゃなければ、「ジュリー景子って誰?」って感じだ。私もそうだ。

初めて見たジュリー景子さんが挨拶してる映像は、緊張して表情は固まりまくってるし、「ジャニーの姪」というキーワードしか知られていないジュリー景子が被害者を救済とか言っても、なんだかつかみようがなく漠然としていた。

ジュリー景子さんも、自分とジャニーとメリーの関係を公にしないと話が進められないと思ったのだと、井ノ原氏による手紙の朗読を聞いて感じた。

■私の経験との共通点

ジュリー景子さんの手紙の「母メリーは私が従順な時はとても優しいのですが、私が少しでも彼女と違う意見を言うと気が狂ったように怒り、叩き潰すようなことを平気でする人でした」というところで、「え、私もだよー!」と思った。

私の母も、そういう感じだった。

私の母の「叩き潰したもの」は、私が友達と計画していた旅行とか、バイト先での私のメンツとか、そういうものだった。それでも心底、母との関係は耐えがたかった。

ジュリー景子さんは母との関係の中に、日本を代表する芸能事務所が絡んでいて、関係者もたくさんいて、私のように母と1対1での心労とはまた別の大変さがあっただろうと、その数行だけで伝わってくるものがあった。

ジュリー景子さんの手紙は続く。

「20代の時から私は時々、過呼吸になり、倒れてしまうようになりました。当時、病名はなかったのですが、今ではパニック障害と診断されています」

私も20代で過呼吸になり、パニック障害を患った。

“実の母との関係に苦しんでいる娘”にとって、パニック障害は非常にポピュラーな症状である。うつも多い。

ジュリー景子さんは、母メリーに切望されて孫を会わせることは受け入れていたが、自分自身はメリーと話をすることを極力避けてきた人生だったと綴る。

わかる。実の母と話ができない感じ。

母がこうしたいと思っていることに反対したり、母の計画にやめてくれと言ったり、あとはもうなんだかよく分からないけどただこっちは息して生きてるだけなのになぜか母の逆鱗に触れて激昂されることもあったり、そうなると全力でこちらの人格や生活や人生を叩き潰してくる。だから、それ以外の振る舞いは封じざるを得ない。

本当の自分の気持ちを分かってもらって、母のことも知って歩み寄ろうとしても、全くこちらの意図が通じなかったり、なぜか100倍の攻撃となって返ってくることもある。やたらと傷つき、自尊心が破壊される。そんな期間が長すぎて、「極力話さない」という選択をしてやっと、お互いとりあえず健康でいられる関係性。

ジュリー景子さんがかかった心療内科の先生が「メリーさんはライオンであなたはシマウマだから、パニック障害を起こさないようにするには、この状態から逃げるしかない」と教えてくれた、というのも手紙には記されている。

娘の言動で気に入らないことがあればどんな手を使ってでもそれをぶっ壊しにくるモーレツ系母と、その娘の関係をそのように例えるのも、母との関係に苦しむ子どもにとっては定番の表現だ。公認心理師で臨床心理士の信田さよ子さんは、そういう母娘を「猛獣と猛獣使い」と言い表している。実にピッタリな例えだと思う。

■立場が揺るがないよう配慮された手紙

さらにジュリー景子さんは「メリーは本当にひどい面も多くあった」と綴っている。

その言動について、もっと具体的にいろんなエピソードを書くこともできるはずだし、あれもあった、こんなこともあったと浮かんできたのではないかと、勝手に推測した。実の母との関係に苦しむ人は、そういうことを話す機会が訪れた時、あふれ出すように止めどなく話してしまうことが多いからだ。

だからあえて、具体的なメリーエピソードについて細かく書かないようにしている感じがした。もしそれをつらつら書いたら、「私もメリーの被害者である」という訴えになってしまって、記者会見での自分の立場がブレてしまう。

自分の被害者としての報告は最小限に抑えることで、「加害者の親族であり、償いをする者」としての立場が揺るがないように配慮されている手紙だと思った。

そういった苦しい母娘関係である上に、その母が、世界の犯罪史に残る被害者数の性犯罪を繰り返していた弟をかばい続け、その極悪非道な行いをやらせ続けていた。その全ての尻拭いをする立場に立っているのがジュリー景子さん本人、ってちょっとすごすぎる。ジュリー景子さんがその話をするのに、過呼吸にならないわけがないと思う。手紙を書いただけで、相当すごいことだと私は思った。並大抵のことではない。

■迷ったけれど、ここで書いた理由

しかしそういった「ジュリー景子さんすごいな」という気持ちは、いまの“ジャニーズ事務所”へのマスコミや世間の白熱した攻撃の数々や、怒り以外の激しい感情の吐露を見ていると、自分はそこに巻き込まれたくない、黙っていよう、胸にしまっておいたほうがいい、とも思う。

だからこのコラムをプレジデントオンラインで公開するのはやめておこうと、ついさっきまで思っていた。いまも迷っている。

だけど、私も聞いたことがあった。その噂。初めて聞いたのはいつだったか覚えてないほど昔から。そして何回も耳にした。「そうらしいね」って。「ジャニーさんってそういうことしてるらしいね」って。

だけどなんにも言わなかった。「それはおかしいんじゃないの」って声を上げたことなんてなかった。「おかしい、間違っている」とは感じたのに。

日本中にあった「ジャニーズは最高」っていう空気に従っていた。

だからいまはもう、書いてみようって思った。ジュリー景子さんやヒガシ、イノッチを応援している人もいる、ここにいるっていう自分の意見も。

空気に呑まれずに言うことが、一人ひとりの小さな気持ちや意見を言ってもいいという空気を作っていくことが、これから、子どもへの性虐待を絶対に許さない世の中にしていくために、何かの役に立つかもしれないと思うからだ。

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田房 永子(たぶさ・えいこ)
漫画家
1978年東京都生まれ。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞(青林工藝舎)。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を2012年に刊行、ベストセラーとなる。ほかの主な著書に『キレる私をやめたい』(竹書房)、『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(河出書房新社)、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)などがある。

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(漫画家 田房 永子)

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