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実態は『SPY×FAMILY』ではなく"官製闇バイト"…恐喝や爆破予告を繰り返す"中国スパイ工作"の裏側

プレジデントオンライン / 2023年12月30日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/masterSergeant

攻撃的な態度や言葉遣いで相手国を責め立て、時には国際法規をやすやすと踏み越えてくる、近年の傍若無人な中国。『戦狼中国の対日工作』(文春新書)を書いたルポライターの安田峰俊さんは「西側先進国の『自由』な社会は、中国の工作員にとって非常に活動しやすく都合が良いという現実がある」という。ライターの西谷格さんが聞いた――。(前編/全2回)

■コロナ禍で自信をつけた中国

――「戦狼(せんろう)中国」とは耳慣れない言葉です。ただ、中国の外交官が、西側諸国にことさら敵対的な姿勢を取る「戦狼外交」は有名ですよね。例えば福島第一原発の処理水放出時に中国は日本に対し「全世界に核汚染のリスクを転嫁することであり、不道徳で非合法だ」、「強烈な非難を表明する」などと猛反発しました。

西側諸国に対して敵対的な「戦狼外交」は習近平政権が2期目に入った2017年秋以降、とりわけ2019年9月に習近平が外交部の青年幹部に「闘争精神」を呼びかけた頃から明らかに強まりました。当時はすでに米中貿易摩擦が激化していましたが、中国経済は表面上は堅調で、2021年から本格化した「ゼロコロナ政策」では当初、西側民主主義国家よりも中国のほうがコロナ対策に“成功”しているように見えた。自国への自信を深めたことが、「戦狼外交」が生まれた背景にあると言えます。

ただ、実は戦狼外交的な姿勢は外交部だけじゃない。公安部も国家安全部も、党の宣伝部も統一戦線工作部もみんな戦狼的な前のめりさを見せるようになっています。なので本書のタイトルは「戦狼中国」、中国に寄る外交面だけに限らない対日工作の実態を伝えることにしました。

■「海外派出所=スパイ拠点」ではなかった

――2023年は中国が世界各地に設置した「海外派出所」も注目され、日本や欧米の国々は警戒感を強めています。ただ、本書に書かれている取材結果を見ると、「海外派出所」はかなり杜撰(ずさん)で統一感のない動きをしているようで、驚きました。

「海外派出所」はウィーン条約に明確に違反しているのですが、もともと中国側は、さしたる悪気もなく自国民の利便性向上のために設置を始めていたようです。中国の地方の公安局が、海外にある中国人の同郷会組織(日本でいう「県人会」)などに呼びかけ、「海外派出所」の設立を進めたようです。

中国大使館員(中央)が出席した江蘇省南通市の警察組織の日本派出所開設セレモニー(2017年6月16日、ホテルニューオータニにて)
提供=安田峰俊
中国大使館員(中央)が出席した江蘇省南通市の警察組織の日本派出所開設セレモニー(2017年6月16日、ホテルニューオータニにて) - 提供=安田峰俊

彼らはウェブサイトで各国の「海外派出所」の場所やサービス内容を積極的に公開しており、情報を秘匿するような気配はまったくありませんでした。実際、コロナ禍での免許更新や中国人同士の間で発生したトラブルの解決など、故郷の警察組織が海外の各都市に存在することで役に立つことは多い──。と、真偽の程は不明ですが、中国側ではそのようなアピールもなされています。

こうしていつの間にか、各国に中国の警察組織の出先機関が生まれたわけですが、やがて彼らは、これはインテリジェンス(諜報活動)にも使えるということに気づいたわけですね。全世界の華僑華人がいる街に、地方の公安局が大した戦略もなく場当たり的に海外派出所を作っていったら、いつのまにか全世界をカバーする中国警察のネットワークができあがっていたので(笑)。

■ビジネスと同じく「場当たり的で臨機応変」

――始めから綿密な計画があったわけではない、ということですか?

そうなんです。海外派出所に限らず、「戦狼中国」の工作の全体を通して言えることですが、彼らの政策は往々にして極めて場当たり的で、臨機応変に進展していきます。

たとえばビジネスでも、起業時点でグランドデザインを描いてその実現のために効率的に動いて……みたいなことは、中国人の商売ではあまり多くありません。最初はとにかく食べるために中華料理店をはじめたら、成功したので雑貨店もやる、キャッシュが増えたので民泊と不動産投資をはじめる、ついでに投資してIT企業を作る……みたいな、行き当たりばったりで「イケる」と思った場所に手を伸ばしてく。彼らはインテリジェンスの世界でも同じことをやっているんです。

――中国というと漠然と恐ろしいイメージを持つ人も多いと思いますが、実態はかなり間の抜けた部分があるということでしょうか?

もちろん、間の抜けた部分があるからといって、中国を警戒しなくて良いということにはなりません。ただ、しばしばメディアなどで喧伝される「したたかな中国」といった言葉から連想されるものとは、実態は大きく異なる。なので、対策も異なるはずなんです。

■諸葛孔明のような智将はいない

『三国志演義』の諸葛孔明みたいに、何手も先を読みながら詰め将棋さながらに相手を追い詰めていくような手法は、実は近年の中国はあまりやらない。というか、(演義の)孔明が没後1800年経った日本ですら有名なのって、ああいう人は珍しいからですよ。中国人が孔明みたいな戦略を考える智将ばっかりだったら、本家の孔明は希少価値がなくなって、あんなに有名ではなくなってます。

強国・中国のインテリジェンスや浸透工作、情報戦、といった言葉からは、私たちはつい『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』の敏腕エージェント・黄昏(たそがれ)ような、プロフェッショナルな工作員のスマートな工作や、敵を欺く用意周到な謀略といったものを想像しがちです。ただ、それはあくまでフィクションの世界のお話。現実ははるかに粗雑で場当たり的なんです。すくなくとも、現代の習近平中国については。

■やっていることは“闇バイト”と変わらない

――ドイツ・ケルンでは現地の中華料理レストランが「海外派出所」を兼ねていて、そこから指示を受けた工作員の男が、反体制派の中国人記者・蘇雨桐(スーユィトン)を恫喝していました。

恫喝の手法は、合成ポルノ写真をネット上にばら撒いたり、ターゲットの名義で世界各地の高級ホテルを勝手に予約して「部屋に爆弾を仕掛けた」と虚偽のテロ通報を行ったり。明らかに威力業務妨害などに該当する行為です。

ただ、その手法は民間人のゴロツキやストーカーとあまり変わらない。理由は工作員の人材の質が極めて低いためです。困窮した中国人や難民(つまり民間人)を、海外派出所が買収し、鉄砲玉として使っている。すくなくとも一部について、中国の工作員たちは、日本の「闇バイト」に応じて安価な報酬と引き換えに犯罪をおこなうような人々と似た層だとも言えます。

自分の名義で勝手にホテルを予約されていた
提供=安田峰俊
中国の工作員により、自分の名義で勝手にホテルを予約されていた。こちらは記事中に登場する蘇雨桐が実際に受けた被害。 - 提供=安田峰俊

中国の諜報機関とつながる「官製闇バイト」は、中国国内の倫理で言えば極めて「愛国的」な行為であるため、日本の闇バイトより罪悪感は薄いのかもしれません。オランダで民主活動家に殺害予告をおこなった中国人の大学院生(留学生)は、逮捕時に「オレは罪を犯していない」「中国人が中国人を罰して何が悪い」と叫んでいたそうで。

近年の中国国内で盛んな愛国プロパガンダを無批判に信じちゃった若者は、大学院レベルの教育を受けていてもそういう価値観なんですよ。

■「国際テロ」は日本でも起きている

――同様の事例は日本でも起きているようですね?

2023年1月ごろ、オランダ在住の民主活動家の中国人男性のもとに、日本の西新宿三丁目交番から電話がかかってきました。男性の名義で付近の高級ホテルの部屋が予約され、そこに「爆弾を仕掛けた」というテロ予告がおこなわれたというのです。もちろん、男性はホテルの予約もしていないし、爆弾もしかけていない。

プレジデント社でインタビューに応じる安田峰俊氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
プレジデント社でインタビューに応じる安田峰俊氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

全世界の高級ホテルに『ブッキング・ドットコム』などで虚偽の予約をおこない、予約金もしっかり払い込んだ上で、部屋に爆弾を仕掛けたとニセ通報をする。これはEU圏の中国の工作員が多用する攻撃手法で、オランダ人ジャーナリストを含む複数の被害者が確認されています。日本の高級ホテルも、この工作のターゲットにされているようなのです。

政治的動機にもとづいて経済活動や公共サービスを意図的に混乱させ、第三者に損害を与える行為は、規模の大小を問わず「テロ」と定義されます。中国は日本に対して、堂々と「国際テロ」を仕掛ける国になっているわけです。

■「自由な社会」は工作員に好都合

――中国の工作員の行動は取り締まれないのでしょうか?

安田峰俊『戦狼中国の対日工作』(文春新書)
安田峰俊『戦狼中国の対日工作』(文春新書)

彼らの行動が活発なEUの場合、たとえば殺人予告は「軽犯罪」とみなされる。なので、オランダ在住の活動家に殺害予告をおこなった工作員が、ドイツやベルギーなどの隣国に逃げてしまえば、事実上のお咎めなしになります。

EU加盟国間では出入国管理が撤廃されているため、外国人でもパスポートチェックや税関審査を受けずに国境を越えられます。

一方、中国国内でホテルに宿泊したり高速鉄道に乗ったりすると、常に利用者の位置情報が当局に補足されていますから、仮に外国の工作員が同様の行為をすればすぐに拘束されるはず。

西側先進国の「自由」な社会は、中国の工作員にとって非常に活動しやすく都合が良いという現実があるのです。(後編に続く)

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第5回城山三郎賞と第50回大宅壮一ノンフィクション賞、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)が第5回及川眠子賞をそれぞれ受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『八九六四 完全版』(角川新書)、『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)など。

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(ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)

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