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「僕も卒業生なんだよ」学園祭で女子学生を狙ってつきまとう「さびしんぼウザ絡みおじさん」の恐ろしさ

プレジデントオンライン / 2024年1月24日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/asiandelight

画廊などで若い女性作家につきまとう「ギャラリーストーカー」が問題化している。加害者たちは、なぜこうした行為をしてしまうのか。漫画家の田房永子さんは「昨年、母校の武蔵野美術大学の芸術祭を訪れた際、女子学生にギャラリーストーカー行為をする男性を目撃してスタッフに通報した。こうした行為をする人たちは、自分自身の尊厳を大切にすることを放棄し、弱い者の尊厳を盗まないではいられなくなっているのではないか」という――。

■子どもにも母校の芸術祭を見せたい

去年の10月の終わり、武蔵野美術大学の芸術祭(学園祭)に行きました。

武蔵野美術大学(以下、武蔵美/ムサビ)は私の母校。

昔からムサビの芸術祭は模擬店の建築からパレード、ファッションショーのステージに至るまで、何もかも、学生たちが作っているとは思えないほどのハイクオリティでした。高校生の私は芸術祭に大感激して「この学校に入りたい!」と胸をときめかせたものです。

そして実際に学生になった時は、サークルの友人たちと模擬店をやったり、パレードについていって踊ったり、別の学部の作品を見て回って刺激を受けたり、存分に芸術祭を楽しみました。

それで今回は、自分の子どもと一緒に武蔵美の芸術祭を楽しみたい、と思ったのです。

卒業して以来、芸術祭に行くのは初めてでした。コロナ禍だった2022年は予約制だったようですが、2023年の入場は事前登録制。3日間の開催日の中から行く日を選んで登録しました。入場料は無料です。

■「ギャラリーストーカー対策委員会」からのお願い

その後、X(旧Twitter)を見ていると「武蔵野美術大学 芸術祭 ギャラリーストーカー・不審者対策に関する注意とお願い」という画像が目に留まりました。

近年 武蔵野美術大学では以下の様な被害が増えています。

・学生に対して展示や作品と関係のない話を長時間にわたって一方的に話しかける
・学生からプライベートや連絡先等を無理に聞き出す
・学生への執拗(しつよう)なつきまとい
・学生への卑猥な言動
・学生への盗撮や写真撮影の強要

万が一怪しい人を見かけたり
緊急性の高い事案が発生した際は
オレンジ色のユニフォーム着用の
執行部警備部までお声掛けください」

オレンジ地に黄色の太字のポスター、「ギャラリーストーカーを許さない」という強い意志が伝わってきます。

署名は『ギャラリーストーカー対策委員会 武蔵野美術大学芸術祭実行委員会執行部』となっています。

武蔵美がこんなに総力を挙げてギャラリーストーカー対策をしていることにかなり驚きました。私はこの時点では、「武蔵野美術大学」がこの委員会を作って学生を守る活動をしているんだと思い込んでいたのです。しかしそれは重大な思い違いであったことは後述します。

■画廊で作家につきまとうギャラリーストーカー

その前に、ギャラリーストーカーとはなんなのでしょうか。

近年、被害者の声が高まり社会的にも注目されるようになった「ギャラリーストーカー」。

その実態が書かれたルポ『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(猪谷千香・著/中央公論新社)によると、ギャラリーストーカーとは「画廊で作家につきまとう人たち」を指します。

「彼らの多くが中高年男性であり、ターゲットにされるのは美術大学を卒業したばかりの若い女性作家である。ギャラリーストーカーは画廊に居座り、キャバクラに来たかのようにふるまい、女性作家たちに長時間の接客を求める。あるいは、作品を購入したのだからといって、男女関係を求めてくる。SNSでも作家の投稿にしつこく返事をしたり、長文のDMやメールを一方的に送りつけたりしてくる。しかし彼らは客であり、コレクターであることから、売り出そうとしている駆け出しの若い女性作家は強く拒絶できない」とあります。

「ギャラリーストーカー」という名称がつけられたのはここ10年以内のことですが、昔からこういった迷惑な人はいました。

美術に関して無知なのに若い女の子としゃべるためにギャラリーにやってくるおじさん、作った本人に向かって「この作者はこう思っている」と解説を始めるおじさん(こっちが赤面)、初対面なのにまるで旧知の先輩かのような言動をするおじさん。

一方、本格的な美術品のコレクターおじさんが言葉巧みに女性作家を言いくるめて2人きりになる状況をつくり、性的行為を強要してきて危険な目に遭った、という話も作家本人から聞いたことがあります。

若い女性作家やその作品に対してリスペクトがなく「僕をリスペクトしなさい」という態度をとる。その場にそぐわない欲望を一方的に満たそうとする行為は、美術だけでなくどんな状況であっても迷惑で、相手や周囲に無駄な恐怖を与えます。

これから自分の作品を世の中に知ってもらって生計を立てようとしている若者にとっては、邪魔でしかない。だけどギャラリーストーカー本人は迷惑行為をしている自覚がないので、「やめてほしい」という意思表示が伝わらないということがこのギャラリーストーカー問題を複雑化させている要因の一つと言えるでしょう。

■ポスターの「絶対許さない」という意思表示

武蔵美のギャラリーストーカー対策ポスターを見て、こんなにしっかり本格的に「絶対に許さない」という意思表示をしてくれて、さらにギャラリーストーカーを見つけた際の対処法も具体的に書いてくれているのが非常に心強い! と思いました。

被害者側への「気をつけろ」という注意喚起だけに留まらず、「何かあったら私たちが助けます」という姿勢を示しているところが一歩先を行っています。

痴漢犯罪や、前回書いた虐待の現場もそうですが、自分がそれを第三者として目撃した時、「被害者を助けるという行動に出られるかどうか」には、周囲の見知らぬ人たちが自分と同じように「これは問題である」という認識を持っているかどうか、が非常に大きく影響します。

私が10代で電車内で痴漢に遭った時も、「痴漢です」と言ったら周りの人が助けてくれる場合と、「痴漢です!」と叫んでも無視される場合がありました。周りの対応によって被害者の救われ方が全く変わってしまうのが、こういった問題の特徴です。

だからこの「ギャラリーストーカー」の存在を示す注意喚起ポスターは、被害者の立場として絶対に必要なものなのです。

このポスターのおかげで、行く前に「怪しい人を見かけたらオレンジのユニフォームの人に声をかければいいのね、分かった」とインプットできました。

だけど、ここまでハッキリ注意しているポスターが掲げられているんだから、当日ギャラリーストーカーと疑われるような行動をする者はいないだろう、と私は思っていました。恥ずかしくてできないだろう、と。

ところが、いたのです。

女子学生にだけ話しかけ続ける中年男性をスタッフに通報するまでの一部始終を書き起こします。

■学生が作品を販売するフリマに感激

私にとって25年ぶりの武蔵美の芸術祭。昔、飲食店の模擬店がズラッと並んでいたところは、フリマのブースになっていました。学生たちが自分で作った作品をテーブルに並べて売っているのです。それはもう、どの作品とてつもなくかわいい、素敵な品ばかり。

置物やぬいぐるみ、アクセサリーもあるし、食器などの実用的な作品もあれば、見たこともない唯一無二のオブジェを売っている学生もいます。

SNSで作品を公開できる時代になったけど、こうして目の前で本人から作品を買える、「いいね」を押す代わりに直接本人にお金を支払って応援できる、このアナログなフリマのシステムに感激しました。売れたら自信がつくし、そのお金を学生は制作費に充てて新しい作品が作れるし、生活費に充てて元気を保ったりもできる。そして私も作品を持って帰れる。なんて素晴らしい循環を生み出す祭りだろう! 自分が過ごした時代とは違う新しい形の芸術祭に、私は感激しきっていました。

武蔵美の芸術祭のフリマで購入した焼き物です
写真=田房永子
武蔵美の芸術祭のフリマで購入した焼き物です - 写真=田房永子

2人の子どもも、作品たちの魅力に目をキラキラさせていて、「これ欲しい」「これがいい」と指します。そうすると「本当ですか! うれしいです‼」と喜びをあらわにしてくれる学生もいます。私も「買いなさい、買いなさい」といつもよりも敢えて財布のひもをゆるゆるにして楽しみました。他にも展示やパレードなど見応え十分なクオリティに大満足したあと、まだまだ続くフリマを見て回ることにしました。

■女子学生にばかり話しかける男性

客はかなりの人数がいて結構混んでいました。フリマのブースはズラーッと並んでいて、それを順に見ていると、近くにいる客たちも私の後ろや前で、同じタイミングで同じブースを見ている、ということがありました。水族館とかで「あ、さっきヒトデコーナーにいたカップルとアザラシのところでまた会った」とか「深海魚からペンギンのところまでこの家族づれとずっと一緒だったな」みたいになることありますよね。ああいう感じです。

私の横にいた1人の男性が、フリマを出店している女子学生の作品を見て「君は、工芸デザイン科でしょ?」と話しかけました。女子学生は「そうですー」と答えると、男性は「僕はここの視覚伝達デザイン科を卒業してるから分かる」と言いました。「そうなんですかー」と女子学生が返し、なにか会話していました。

私は横目で「なんでわざわざ自分が武蔵美卒だって言うんだろう」と思いつつ、作品を夢中で見ていました。

するとその男性は次のお店も次のお店も、売り子の女の子に「僕は武蔵美出身」ということをいちいち告げて話しかけています。

意識的にその男性を見てみると、男子学生は飛ばして女子学生にだけ話しかけていました。

■「これはマズい」男性を見張りはじめた

私や子どもたち、他の大勢の客は夢中になって背中を曲げてテーブルの上の作品を見てるのに、その男は作品はチラ見するだけで女子ばかり見て自己紹介しているのも妙でした。

女性が並んで着席していて男性が順番に回ってくる婚活パーティーってありますけど、その男性1人だけ婚活パーティーをしているかのようでした。フリマなのに。

私は素敵な作品を買い逃したくないから買い物に集中したくて、この男性のことを忘れようと努めました。

だけど、横に整列しているテーブルの上に作品を並べているフリマブースの最後まで来ると、広場にテントが張ってあって、その中がお店になっているブースがありました。作品が並ぶ棚が手前にあり、奥に1人だけ売り子さんが立って会計をしていました。

勝手に婚活パーティー状態になっている男性
イラスト=田房永子

勝手に婚活パーティー状態になっている男性は、作品を見ることなく売り子さんの隣にツカツカと直進していき、早速話しかけました。

会計のテーブルの中に入って女子学生の隣にガッツリ立って話しています。女子学生は出口をふさがれている状態なので「これはマズいのでは」と思って見張ることにしました。私も次の店を見たいのに、なんでこの男を見張らなきゃいけないんだと思いつつ、私以外は誰もこの男の挙動に気づいてないので仕方なく子どもたちを待たせて見張りました。

今までは客の流れもあって、同じところにずっと立って話せない感じで順繰り婚活パーティーになっていたけど、このブースでは長い時間話しかけています。これはもう通報してスタッフに任せよう、と決めました。

■スタッフに通報したが…

オレンジ色のスタッフジャンパーを着ている女性が近くにいたので、「あの人、さっきから女子学生にばっかり話しかけてます。要注意でお願いします」と伝えると、「分かりました」と言われました。

スタッフが応援を求めるためにその場を離れている間、男性はさらに女子学生に近づいてうれしそうにしゃべっていました。私から見て、その女子学生が困っているのか困っていないのかは判別が付きませんでした。

どちらにしても、私がその場を離れたら男性と2人きりになってしまうので、その女子学生に「スタッフに言っておきましたから、大丈夫ですよ」みたいなことを伝えて安心してもらったほうがいいかな、と思って、その店の中に入り、2人に近づいていきました。

私が女子学生に話しかけようとしたら、男性はすごい速さでパッと後ろを向いて私に背を向けじっと動かなくなったのです。その予想外の動きに私は動揺してしまい、「あの、えっと、言っておきましたから、うん」みたいなワケわかんないセリフになってしまいました。女子学生は「???」となっていて、うわーー‼ 突然ワケ分かんないおばさんに話しかけられてこわいよね、ごめんなさいー‼ という気持ちでその店を出ました。

■男性の違和感のある動き

振り向くと、男性はまたすぐその女子学生に話しかけていました。

もし男性が本当に「僕は武蔵美の卒業生」という会話が目的で話をしているんだとしたら、私も卒業生だし「あなたももしかして卒業生ですか」みたいな会話が私も交えて開始されてもおかしくないような気がします。

もちろん、卒業生トークが男性の目的だとは思わないので、そこは予想外でもないんですけど、自分からやたらと社交的に嬉々として初対面の人に次々と話しかけている人物が、私(おばさん)が来たら自分の存在をそこから消すような動きをすることにはすごく違和感を持ちました。隠れる、身を潜めるという、人間に見つかってはいけない小動物のような動作だったからです。

気づくと、オレンジ色のジャンパーを着たスタッフが2人ほど集まってきていて、男性をじっと見張っていました。男性の姿をよくよく見てみると、おそらく50歳くらい。ニット帽を深くかぶりマスクをしているので顔はぜんぜん見えませんでした。

私は昔、男性誌で仕事をしていて男性が行く風俗店をいろいろ取材したことがあるのですが、マジックミラー型の店を思い出しました。サービスする女性側からは男性客の姿は見えず、つまり男性客がリスクを回避しながら一方的に女性のあられもない姿を見ることができる店です。こういった、男性客は自分の姿を見せずに性的サービスを受けられるシステムの店は、マジックミラー型以外にもたくさんあります。

この、女子学生にだけ次々と話しかける男性も自分の素顔は明かさずに、先輩という上に立つカードを提示し、フィジカルな距離を一方的に縮めどんどん近づいて、自分の欲する要素だけを「女子学生」から摂取しているように見えました。作品はそのきっかけとして使っているだけ、選ばず買わず興味も示さず、つまり無料で。いろいろ図々しすぎると思いました。

■注意したりはできないかもしれない

スタッフに通報されて見張られているのにまったく気づかず、また隣の店の女子学生に話しかけ始め、楽しそうにしている男性。

そんな男性の2メートルくらい離れたところから無表情で見つめるオレンジのジャンパーを着たスタッフたち。猟友会に捕らえられる寸前のイノシシにしか見えなくなって、急に悲しくなってきました。

私は「早く次に行こうよー」と言う子どもたちを待たせるのをやめて、その場を去りました。

確認はしていないのですが、おそらく、スタッフも直接男性に注意したりはできないだろうと思いました。

ただ話しているだけだし、何十分も話しかけてるわけじゃないから、注意の対象にはならないでしょう。

つまり彼は「ギャラリーストーカー対策」のポスターを見ていた客によって「該当しそうである」と判断され通報され、見張られたり要注意人物として認識されたことを知らないまま、たくさんの女の子と話せたキャバクラ的楽しさを胸に(他にも卒業生としての感想もあるだろうけども)帰路に就くのだろうと想像しました。

■弱い立場の者から自分が欲しい部分だけをかすめとる

話しかけること自体は罪ではありません。場合によっては卒業生だと明かす必要もあるでしょう。こういう場は、売買以外のコミュニケーションも生まれます。

でも、それはここではあくまで作品を通して、のことです。

勝手に婚活パーティーを開催していたあの男性は、明らかにそういうのとは違いました。

痴漢行為は「窃触障害」という障害によるものだという見方がされています。この「窃触」という言葉に注目すると、一方的に体に触れたり自分の体をこすりつけたりすることで相手の尊厳を傷つけ、恐怖を与え相手の「安心して生活する権利」をも盗む、という意味だと解釈できます。

ギャラリーストーカーを筆頭とした、自分より弱い立場の者から自分が欲しい部分だけをかすめとっていく行為は、被害側だけが猛烈に疲弊します。

さらに周りからは理解されづらく「話しかけているだけでしょう、何を大げさな」と言われたりします。

だけど「大げさ」というのは強者から見た印象です。作品に興味がある素振りで近づいてきた人が、実はこちらの若さや肉体や属性にだけ興味を持っていると気づいた瞬間のあの嫌な感じは、尊厳を傷つけられた痛みであり、作り手としての安全に作品を発表する場や時間を盗まれることで湧いてくる嫌悪感です。

■対策委員会スタッフのすばらしい対処

そういった、部外者からは非常に分かりにくい被害を防止するため、こうしてみんなで見張るという体勢ができていることが本当にすごい!

通報をしっかり受け止めてくれて、応援を呼んで自分たちの安全を確保した上で、冷静に状況を見定めるスタッフの人たちの連携は、現状のギャラリーストーカー問題でできる対応を鑑みて、最も的確で完璧な対処だと感じました。

そんなふうに私はずっと「あのオレンジのジャンパーを着ているスタッフたちは一体、どういう人なんだろう? すごいなあ、プロなのかな、若い人たちだったけど」などとのんきに思っていたのです。武蔵美が雇っている警備バイトの人たちなのかな? とか思っていたのです。

ところがオレンジジャンパーの彼らは、現役の武蔵野美術大学の学生であると、あとで知って心底仰天しました。

■学生が自ら警備していた

対策委員会のメンバーも見回りをしていたそうですが、オレンジのジャンパーを着た人たちは、芸術祭の警備を担う執行部の学生だったのだそうです。

10代とか20代前半の大学生が、最も光り輝き楽しんで青春を謳歌できる学園祭で、真剣な顔をして構内に点々と立ち、学生たちが“1人で勝手に婚活パーティー開催おじさん”の餌食にならず安全に学園祭を楽しめるように、警備しているのです。それに対して、大学側は何も対策をできていないといいます。だから学生が自らやるしかないのです。これはとんでもないことです。

その事実を、2023年12月12日に配信された津田大介さんの番組「ポリタスTV」の、ギャラリーストーカーについての回で、私は知りました。YouTubeで今も視聴することができます。

『問われる美術大学|ギャラリーストーカー問題|画廊などで女性作家に付きまとう「ギャラリーストーカー」。美大に対処を求める学生に対して美大の対応はまちまち。根深いこの問題の現状を探る』

この配信に、武蔵野美術大学ギャラリーストーカー対策委員会代表の松野有莉さんが登壇しています。

※編集部註:初出時、「オレンジのジャンパーを着た人たち」について説明不足がありましたので加筆しました(1月26日16時33分追記)

■武蔵美で起きたギャラリーストーカー事件

松野さんは現在、武蔵美の油絵学科の4年生。

もともとのきっかけは、2年ほど前に武蔵美の中で起きたギャラリーストーカー事件だといいます。その年の卒業制作展で、当時の4年生を中心にたくさんの武蔵美生につきまとい、連絡先を聞き出したり盗撮をしたりする人物が現れたそうです。この人物はもともと武蔵美関連のイベントに出没してはつきまといを繰り返していたので、この時に捕まえることができました。しかし大学の対応としては、警察に連れていったり事件化することはできないということで、代わりに「武蔵美のイベントを出禁にする」という誓約書を交わしたそうです。

半年後、この人物が松野さんの個展にやって来ました。

その人物だとの認識があったので被害は回避することができましたが、「私も何をされていたか分からない」と強い危機感を持った松野さんは「これからも油絵科の展覧会がたくさんあるから、またあの人が来るかもしれない」と、油絵学科の研究室に対策を強化することができないかお願いしに行ったのが始まりということです。

個展というのは小さなギャラリーで行われますし、基本的に窓などが少ない密室です。そこに、ヤバいことをしまくってすでに出禁になってる人物が現れたら、はちゃめちゃに怖いと思います。中年の私だって男性だってパニックになるでしょう。

松野さんは2023年の4月から、大学に対してもっと本格的・具体的に対策してほしいと訴え始め、そんな中協力してくれる友人が増えてきて、団体と呼べるくらいの人数になったと語っていました。

■被害に遭って大きな傷を抱えている人がいる

「ギャラリーストーカー対策委員会」は、追い詰められた側の人が助けを求める形で生まれた団体だった……。

大学側としては「不審者を不審者と決めつける権利が誰にもない」という理由や前例がないため、どうにもできない、という状況が続いているとのこと。しかしメディアやSNSでのギャラリーストーカーの認知が上がってきていることで、少しずつ変わってはきていると松野さんは話しています。

さらに、出禁にした人物はいまだに武蔵美のイベントに来るそうです。松野さんは「今年も去年も、その人による付きまといや盗撮、個人情報を聞き出す被害に遭って、悲しんでいるし、すごく心に大きな傷を抱えている人がいるということを認めてほしい。そういう人が今も大学や、または卒業してこれから社会を歩んでいく人の中にいるということを、もう少し大学に訴えていけたらと思っています」と締めくくられました。

■強者が陥るトラップ

私は、フリマなのに勝手に婚活パーティーを開催している男性を目撃した時、そのあまりにも現実と乖離(かいり)した彼の様子にショックを受けました。

男性が着ていたウインドブレーカーは大きなしみがいくつもついていて、お世辞でも清潔感があるとは言えない服装でした。目以外をすべて覆い隠し、だけど声の出し方は竹野内豊みたいで自信にあふれる口調で、同じ大学という共通点を駆使してフレンドリーに自分をアピールしていました。

フリマなのに。学生が作品をアピールする場なのに。

そうやって機械的に「女子学生」だけに吸い寄せられるように声をかけ続けていました。彼の孤独と余裕のなさを感じざるを得ませんでした。

私は、強者が陥るトラップに迷い込みました。

大勢の人たちが学園祭を楽しんでいる場で、1人だけ婚活パーティーのつもりかのように行動している彼を思い出すと、悲しすぎて、帰宅中の私の頭は混乱しきってしまい「自分は彼のような人から“楽しみ”を奪う存在なのでは」というあり得ない罪悪感が湧いてきました。この罪悪感こそが「強者が陥るトラップ」です。

■「さみしいおじさんなんだから、ちょっとくらい相手してあげて」

社会的に、中年男性のほうが10代20代の女子学生よりも圧倒的に強者です。その図の中では、中年女性の私も、強者です。

第三者の私は、強者ゆえにこの件に関して全く違う考えを持つこともできます。

例えば「ちょっとくらい相手してあげて……さみしいおじさんなんだから…。女子学生は他にも楽しいことあるでしょ」みたいな、中年男性のほうが弱者で女子学生のほうが強者、と権力を逆転させる考えです。強者は、権力を逆転させることができるのです。

■「権力の逆転」はなぜ起こるのか

この「権力の逆転」はさまざまな問題で見ることがあります。

例えば90年代の女子高生ブームの時、成人男性や中高年男性が女子高生に金銭を与えて猥褻な行為をする援助交際が社会問題になっていました。当時ニュースや雑誌では「援助交際をする女子高生の性と金銭感覚の乱れ」が大きく取り上げられました。「おじさん相手に自分の体の価値を理解して悪巧みをする女子高生が悪い」という論調が実際にありました。

女子高生は10代であり子どもなのに、その立場を守ろうとするどころか批判する大人が多くいました。

最近でも、立場が上の人物から性加害を受けたと訴える女性のほうが「ついていった女が悪い」とか反射的に責められる光景があります。

そうやって問題視しないでいれば、第三者はラクです。

私もその“ラクになるトラップ”に陥りそうになりました。そういう考えに変更できる選択肢を持っているのも、私が強者だからです。

だけど被害者側、弱者側は、「これも経験だ」とか「相手も悪気はないんだし」とかどんなふうに思考を変更しようとしたって、被害に遭っている事実からは逃げられません。尊厳を傷つけられ、安全と時間を盗まれる加害をされているんだから、「傷つかない」という選択肢はないのです。なのに、相手に「やめてくれ」と言うのが一番難しいのがこの被害者という立場なのです。

だから強者側や第三者が権力の逆転を行わず「悪いことは悪い」という意志をハッキリ表示していく必要があります。

ここで、「ギャラリーストーカー対策委員会」という存在と注意喚起のポスターが掲げてあることが大きな意味を持ちます。

第三者はポスターがなかったら多くの場合は「きっと問題はないだろう」という選択肢を選んでしまうでしょう。もし、迷惑な人物ではない場合は学生から「ちがうんです、大丈夫です」と言えばいいし、被害を事前に防ぐということにおいてポスターは大変有益であると思いました。

■変わらなくてはいけないのは加害者なのに

こうして、“さびしんぼうウザ絡みおじさん”の後始末を、女子学生を代表とする現役の学生たちが担っているのです。そしてその対策を、現役の学生や歴史のある大学や教授や、卒業生や問題に関心がある人々、そしてメディアが総動員で考えています。

おじさんたちがウザ絡みをやめてくれればいいだけなのに。たったそれだけなのに、それがこんなに難しい。

「ウザ絡みおじさんにウザ絡みをやめてもらう」ということが不可能すぎて、こういった議論の時はもはや、ウザ絡みおじさん(ギャラリーストーカー)たちについての言及がゼロになります。

「ウザ絡みおじさんはなぜウザ絡みをやめられないのか」は別の分野の議論であるため、「ウザ絡みおじさん対策」について思案する際には、ウザ絡みおじさんをいったん横に置いておいて、誰がどのように対策すべきか、どう責任をとるべきか、という話になります。

つまり「ウザ絡みおじさん」は存在として「話の通じないモンスター」や「どうしても湧いて出てくる害虫」みたいなものにどうしてもなってしまうのです。

そんなふうに人としての尊厳を欠いた状態で他人に認識されているって、悲しい。だけど彼らは、自分がそんなふうに他人から認識されることを許しています。自覚していないのか、放棄しているのかは分かりません。

■自分の尊厳を自分で傷つけている

他人から嫌がられる言動をして、「やめてくれ」と言われてもやめない。やめられない。結果、害虫みたいに思われて対策を練られてしまう。それって、彼ら自身が自分の尊厳を自分で傷つけていると言えると思います。だから弱い者の尊厳を盗みまくらないといられないのかもしれません。

「ギャラリーストーカーをやめろ」は、自分を傷つけるな、というメッセージでもあると思います。みっともないことするな、害虫扱いなんてされてないで、尊厳を取り戻してほしい。人なんだから。

注意された時こそ、自分を振り返れるチャンスだと思います。哀れで悲しいさみしい人なんかじゃない、立派な人として男性として、女性と世間話をしてもいいところで話してほしい。

注意された時はそりゃキツいでしょう。怒りが湧いたり、自分が正しいと主張したくなることでしょう。

だけど、周りから指摘された間違いを正して、相手の言ってることを理解できたら、誰かからはちゃんと愛されます。人生はそこで終わりじゃないし、それまでやってきたことも無駄じゃないから、どうか話を聞いて、自分を振り返ってほしいと思います。

私自身も、間違いをおかしたときはそうでありたいです。

だから私はこれからも第三者としてギャラリーストーカーを問題視していこうと思います。

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田房 永子(たぶさ・えいこ)
漫画家
1978年東京都生まれ。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞(青林工藝舎)。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を2012年に刊行、ベストセラーとなる。ほかの主な著書に『キレる私をやめたい』(竹書房)、『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(河出書房新社)、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)などがある。

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(漫画家 田房 永子)

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