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水俣病のように無視されてはいけない?…「あきたこまちR」の"風評加害"をあおる国会議員のあきれた言い分

プレジデントオンライン / 2024年1月24日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JEN_n82

あきたこまちの後継品種「あきたこまちR」が、社民党の福島みずほ党首をはじめとする国会議員らから「安全性が立証されていない」などと攻撃されている。これは「風評加害」ではないのか。ジャーナリストの山口亮子さんが取材した――。

■県内の生産者に対する誹謗中傷も多い

秋田県を代表するコメ「あきたこまち」に変わり、同県が2025年度からの生産を予定している新品種「あきたこまちR」が切り替え前から風評被害にさらされている。

従来の「あきたこまち」に比べ、土壌に含まれる重金属のカドミウムをほとんど吸収しない特徴を持つあきたこまちRだが、育種の過程で放射線を使っていることを理由に、「危険だ」とする誤った認識が一部で広まっているのだ。

県に苦情が寄せられるだけでなく、県内の生産者に対する誹謗(ひぼう)中傷も多いという。背景には、いたずらに人々の恐怖心をあおる「不安商法」とも言える無責任な政治活動がある。

■待望された「カドミウムを吸収しない稲」

カドミウムは自然界に広く存在する。人体に有害で、日本の四大公害病の一つ「イタイイタイ病」が富山県神通川流域で生じた原因ともなった。かつて鉱山があった地域などに、その濃度の高い土壌が存在する。

稲はカドミウムを吸収しやすく、日本人が食品から摂取するカドミウムの4~5割がコメに由来するとされる。国内におけるコメに含まれるカドミウムの基準値は、1キログラム当たり0.4ミリグラム(0.4ppm)以下と法律で定められている。これを超えると流通できない。

秋田県は鉱山が多かったこともあって、水田約1800haを「農用地土壌汚染対策地域(以下、対策地域)」に指定し、客土などによる対策を行っているほか、水田面積のおよそ2割に当たる1万8000haを、カドミウムが農産物に含まれないよう対策を講じる「生産防止対策地域」に設定している。

県は吸収を抑える栽培方法を生産者に指導するとともに、基準値を超えたコメを全量買い入れ、流通しないように処分してきた。

稲がカドミウムを吸収しないようにする対策として、別の土地から土を持ってくる「客土」や、カドミウムを吸収させる用の植物を植える「植物浄化技術(ファイトレメディエーション)」などがあるが、費用がかさんだり、作付けの時期が限定されるなどのデメリットが多く、本質的な解決策とは言えなかった。

「稲はカドミウムをよく吸うし、吸収しても生育上の障害は生じず、基準値を超えているかどうか見た目では分からない」(県の担当者)

つまり、土壌中の濃度を下げても、基準値超えのコメができてしまう可能性はぬぐえない。要は、カドミウムを吸収しにくい稲を作れるなら、それに越したことはない。それをかなえる品種が今回の「あきたこまちR」だった。

■あきたこまちRの導入は「欠くべからざる措置」

秋田県議で「あきたこまち」の生産者でもある柴田正敏さんは、秋の収穫時期に対策地域を偶然訪れたことがあった。そのときのことをこう振り返る。

「ドロドロの状態の乾いていない田んぼにコンバインを乗り入れて稲刈りをしていた。なぜなのか聞いたら、カドミウムの吸収を抑えるために、穂が出る時期に田んぼを乾かさないようにしていると。カドミウムの対策は作業の面でみても大変だと痛感した」

稲は、出穂(しゅっすい)の前後にカドミウムを吸収しやすい。そのため、県は対策地域において出穂の前後3週間、つまり6週間にわたって田んぼに水を張り続けるよう農家に求めている。本来、出穂の前は水を張ったり乾かしたりを繰り返す。こうすることで、収穫時に田んぼがぬかるまないよう備えておく。それができない対策地域では、収穫に使うコンバインが田んぼに沈み込みやすくなり、作業の能率が落ちる。

県農林水産部水田総合利用課によると、「高温、干ばつの年は水を確保して対策することが大変になる」。農家の高齢化もあって、労力のかからない栽培の実現が急務であり、新品種の導入は悲願だった。柴田さんは「『あきたこまちR』の導入は、欠くべからざる措置だ」と話す。

栽培用イネ種子における遺伝子組換え体の検査
写真=iStock.com/ipopba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba

■品種改良の過程で一度だけ放射線を照射

「あきたこまちR」は、2015年に農水省所管の研究機関である農研機構によって品種登録された「コシヒカリ環1号」と「あきたこまち」を交配することで育種した品種だ。カドミウムを吸収しにくいという特徴を持ち、他の品種とかけ合わせることで、遺伝子組み換え技術を用いずにほとんどの稲の品種に同様の特徴を持たせることができる。

コシヒカリ環1号は、「コシヒカリ」に放射線の一種である重イオンビームを照射して生み出された。既存の品種に放射線を照射して、自然界でも放射線によって起きている突然変異を人為的に誘う手法だ。放射線育種というこの方法は、50年以上前から一般的な育種の方法として用いられてきた。たとえば梨の「ゴールド二十世紀」などがそれにあたる。

秋田県は「コシヒカリ環1号」に「あきたこまち」をかけ合わせる交配に着手する。そして、理論上は99.6%「あきたこまち」の遺伝子を持ち、品種の特徴はほぼそのままに、カドミウムをほとんど吸収しないという新たな特長を持たせた「あきたこまちR」を生み出した。

■「放射線」という言葉に過剰反応する人たち

そんな待望の品種がいま、風評被害にさらされている。SNS上では「放射能米」というまるで事故米のような呼称まで現れている。

「もともと、カドミウムに関連して風評被害が起きるんじゃないかと心配していた。それがまさか、長年行われて有名な品種も生み出している放射線育種を今さら問題視するなんて。なぜなのか分からない」

県の担当者はこういぶかしむ。

県には2023年度だけで100件を超える苦情が寄せられている。なかには1時間近く長広舌をふるう人までいて、通常の業務に差し支えているという。

苦情を寄せる人には、新型コロナのワクチン接種に反対する「反ワクチン派」や、福島第一原発の処理水を海洋放出することへの反対派も多い。「ワクチンを打っていますか?」という質問から始まる電話すらある。

彼らが「あきたこまちR」に反対する根拠は、10年を超える育種の過程で一度だけ当てた放射線のみ。もちろん、「あきたこまちR」が人体に有害な放射線を発するはずもない。放射線育種を経ていることを根拠に健康被害を心配するのは、言いがかりに等しい。

■県職員に「悪魔の証明」を求める

「あきたこまちR」に向けられているようなネガティブキャンペーンは、これまでさまざまな農作物に対して展開されてきた。遺伝子組み換えはもちろん、ゲノム編集された作物や、異なる親を掛け合わせて生み出すF1(雑種第一代)から、果ては農薬や化学肥料を使う慣行農法で作った農作物まで。対象は実に幅広いが、これらの作物の安全性を疑う科学的根拠は乏しい。

それでもキャンペーンを張る人々は、アトピーなどのアレルギーや発達障害、発がん性まで指摘し、危険性が全くないとは言い切れないとして反対する。「ないこと」を証明するのは難しい。そんな「悪魔の証明」を求められ、秋田県庁の職員は困惑している。

■左派の結束を高める道具に使われている

「あきたこまちR」への反対運動には、れいわ新選組や参政党も関わっているものの、いま最も影響を与えている政党は、社民党だ。

いまや3人まで減った同党の国会議員の1人、福島みずほ参院議員は2023年11月9日、SNSのX(旧Twitter)に「消費者の権利を守りたい!」というメッセージとともに、「あきたこまちR」への作付け転換を問題視する内容の会議のポスターを投稿した。その会議で、「秋田県の現状報告」をしたのは、県議会でただ一人、会派としての社民党に属する加藤麻里県議だ。

なお、同年4月の県議選では、社民党の公認を受けていた別の現職県議が落選。党勢の衰えを印象付けていた。

食の安全や消費者の権利を守りたいという思いは否定しないものの、「あきたこまちR」が危険であるかのような印象を消費者に与え、風評被害を誘う行為は見過ごせない。生産者や育種に関わった研究者、県の苦労を踏みにじるものだ。

「偽情報」の文字が躍る見出し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

その点に思い至らない、あるいはそれも致し方ないと考えるのは、こうしたネガティブキャンペーンが一部の左派にとって内向きの、結束を高めるための活動だからだ。「あきたこまちR」が反対運動の対象に選ばれたのは、おそらく手ごろな選択肢がほかになかったからで、秋田県にとっては過失がないのに被害に遭う「もらい事故」のようなものである。

■なぜか「水俣病」と放射線育種を結びつける福島氏

福島議員の活動には、「風評加害だ」と批判が上がっている。

福島みずほ事務所に「あきたこまちR」に対する見解を書面で問い合わせたところ、3000字を超える回答があった。要約すると、(1)あくまで安全性の立証を求める、(2)カドミウムによる土壌の汚染をまずなくすべき、(3)農家が「あきたこまちR」と「あきたこまち」を選べるようにすべき――ということだった。

(1)は前述の「悪魔の証明」を求めるような行為であり、(2)の難しさは冒頭で紹介したとおりだ。(3)は後述する。

「風評加害」だとの批判をどう受け止めるか――という質問には、次のような回答だった。

「議論も説明も不十分なままの現段階において、政府に安全性の根拠となるデータを提示させることや、生産者と消費者の選ぶ権利の保障を訴えることが『風評加害』と言われるのは本意ではありません。『風評加害』という言葉を盾に発言や議論をさせないことは、将来に禍根を残すと考えます。多くの公害のケースで『風評加害』を理由に地元の人たちなどの発言を封じ、救済を遅らせた例は多いと考えます」

「あきたこまちR」と過去の公害が、なぜか同列に扱われている。この扱いは、Xへの投稿の意図を問う質問を受けた次の回答にも共通する。

「食べ物の安全は極めて重要なテーマです。安全性が立証される必要があります。また、予防原則も大事です。水俣病のように、長い間因果関係が立証されていないとして無視され続けたため、甚大な被害が発生したことを考えれば、公害も食べ物の安全も、予防原則に立つべきだと考えます」

これまで長年行われてきた育種方法の延長線上で生まれた品種と、重金属のメチル水銀による中毒性疾患である水俣病。両者がなぜ結びつくのか。筆者には理解できない。

回答には、現実と食い違う内容もみられた。たとえば次の部分がそうだ。

「『あきたこまちR』は特許料、品種許諾料を支払わない限り、栽培できないお米になります。負担は高く、収穫量が少ないのですから、農家にとっては不利な品種となります」

秋田県は「あきたこまちR」の収量について、従来の「あきたこまち」と同等だと公表している。福島議員側が農業に明るくないことがうかがわれる。

■従来の品種との混同を防ぐために2025年度から一本化

「カドミウムが懸念される地域の農業を軽視しているわけではなく、その地域の方々のご苦労はリスペクトしなければなりませんし、『あきたこまちR』が悪い品種だとも思っていません」

「あきたこまち」を作付けする30代の生産者はこう前置きしたうえで、複雑な胸中を打ち明けた。

「ただ、県による『あきたこまちR』への全面切り替えには納得できません。従来の『あきたこまち』を作付けするか、『R』を作付けするかは、農家側に選択権があるべきだと思っています」

県は2025年度から県内に供給する種子をすべて「あきたこまちR」に一本化するとしている。このことに関して、生産者の意見は一枚岩ではない。カドミウムの対策地域ではなく、かつコメを消費者や実需者に直売している農家ほど、従来と変わらない「あきたこまち」を栽培したいと望む傾向にある。

県は「あきたこまち」と「あきたこまちR」が遺伝的に極めて近く、見分けがつかないため、種もみのコンタミネーション(混入)を避けるためにも一本化する方針だ。「あきたこまち」を作付けしたい県内の生産者は、種もみを自分でとっておいて次期作に使う「自家採種」をするか、県外から買うことになる。

■政治的活動の焚き付けに利用されたあきたこまちR

先の生産者は、消費者がどう反応するかに神経を尖らせている。

「県議会に5000件を超える『R』への要望書が提出されており、県外からも多数の声が届いているようです」

秋田県議会が今年度、「『あきたこまちR』への全量転換」をテーマに意見を募ったところ、5883件もの応募があった。うち5281件は県外から、18件が海外から寄せられている。今年度に意見を募ったほかのテーマだと、多くて11件なので、異様な数である。

「『あきたこまちR』に切り替えることで、これまでの『あきたこまち』と同様においしく、いま以上にカドミウムの少ない安全なコメを供給できるようになる。基準値がより厳しい国にも輸出できる商機が生まれるかもしれないので、悪いことはないはず。それなのに、不安をあおる商法なのか、方法なのか……」

秋田県の農業関係者はこう迷惑がる。

いったん活動の標的とされた以上、「あきたこまちR」に対するネガティブキャンペーンは、そう簡単に収束しないだろう。下火になりそうな政治的活動を盛り上げるべく、「あきたこまちR」は焚き付け材代わりにされてしまった。その結果、秋田県内の生産者の間にすら分断を生もうとしている。

▼福島みずほ事務所からの回答全文はこちらから

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山口 亮子(やまぐち・りょうこ)
ジャーナリスト
京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。2024年1月に、『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)を上梓。共著に『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)、『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)などがある。

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(ジャーナリスト 山口 亮子)

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