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台湾人のホンネは「中国から独立したい」ではない…台湾の総選挙がどっちつかずの結果となった根本原因

プレジデントオンライン / 2024年1月19日 6時15分

台湾総統選挙(即日開票)で勝利した民進党の賴清德次期総統(左)と蕭美琴次期副総統(右)(2024年1月13日) - 写真=AFP/時事通信フォト

2024年1月13日の「第16任総統副総統及第11回立法院選挙」について、筆者は昨年末12月24日から現地入りして取材をはじめた(昨年10月、11月にも訪台)。1月には台湾中央選挙委員会の発行する取材許可証をもらい、1月9日には民主進歩党の賴清德(らいせいとく)/蕭美琴(しょうびきん)、11日には中国国民党の侯友宜(こうゆうぎ)/趙少康(ちょうしょうこう)、12日には台湾民衆党の柯文哲(かぶんてつ)/吳欣盈(シンシア・ウー)(それぞれ総統候補/副総統候補)の国際記者会見にも参加することができた。

また、11日からのテレビ東京への取材協力、さらに作家の門田隆将(りゅうしょう)氏の取材同行でも、多くの気づきや学びがあった。ここで今回の選挙結果の「なぜ」と、結果が示す「意味」を考えてみたいと思う。

■事前予想よりも接戦での決着

すでにご存じの通り、民進党の賴清德副総統と蕭美琴前台湾駐米代表が、次期第16任(16代)総統/副総統になることが決まった。得票数は558万6000票、全体の40.05%で、2位の国民党・侯友宜/趙少康両候補に、約91万5000票、6.56%の差をつけての勝利であった。

直前の筆者の個人的予想は、頼/蕭42%、侯/趙34%、柯/吳26%で、100万票以上の差で民進党陣営の勝ち、というものだった。しかし、実際の予想は難しく錯綜(さくそう)していた。どの陣営もそれなりに盛り上がっていて、誰も諦めていなかった。誰の情報を信じるかで予想はまったく異なってくる。

取材してもまったく当てにならない。なぜなら一般的には「台湾人同士の政治話は御法度」で、街頭でいくらインタビューをしても、人々は建前しか語らないからだ。結局、目の前で起こっている事実を、多くのヒアリングと交えて分析しなければならない。

投票日前日にたまたま乗ったタクシーの運転手と雑談した際、「賭のヤマは80万票差を超えるかどうかだよ」という話を聞いた。予想が難しかったこの選挙で、結果が91万票差であることを考えると、やはり闇の世界はすごいと思い知らされた。総統選と同時に行われた立法院(一院制議会)選挙では、定数113議席のうち国民党が52議席を獲得して第1党となり、民進党は51議席で、両党とも単独過半数を獲得できなかった。民衆党は8議席を獲得、他に無党籍の候補者が2議席を占めた。

■投票日直前に飛び出した国民党元総統の爆弾発言

今回特に抽出すべき事象は、馬英九(ばえいきゅう)元総統の「習近平氏を信用すべき」発言だろう。これはドイツの国際放送専門の公共放送局ドイチェ・ヴェレが1月8日に行った同元総統の単独インタビューの中での発言で、10日には動画が公開され、11日には国民党は「その内容は党の総意ではない」と否定し、火消しを余儀なくされた。ちなみに、馬英九氏は翌日の最後の国民党応援集会には、招待されなかった。

国民党の侯友宜/趙少康陣営の国際記者会見(2004年1月11日)
撮影=藤重太
国民党の侯友宜/趙少康陣営の国際記者会見(2004年1月11日) - 撮影=藤重太

馬英九氏がなぜこのような発言をしたのかについての臆測は、あえてここでは控えたい(動画がすぐに公開されるとは思っていなかったのかもしれない)。しかし「習近平氏を信用すべきだ」との発言は、明らかに中国共産党への加担を呼びかけるものに聞こえただろう。「慎重かつ対等な現状維持の平和的対話」を目指す大多数の国民党支持者にとっては、不安を増大させる威力がありすぎた。

前回の2020年台湾総統選挙で民進党陣営の勝利という結果を招いたMVPが、台湾統一を声高に宣言しつつ香港に圧政を行った習近平だとしたら、今回の選挙の趨勢を決したMVPは、11月に国民党と民衆党の総統候補一本化を強引に進めようとして大失敗した上に、この「習近平を信用すべきだ」発言をした馬英九元総統だといえるだろう。

■「8年目のジンクス」を打ち破った民進党

今回、民進党が政権を継続することになった意味は大きい。今まで8年ごとに必ず政権交代がされていた台湾において、初めて「8年目のジンクス」を打ち破ったことになる(台湾では、「8年目の呪い」とまで揶揄(やゆ)されていた)。

今回の総選挙の争点について、日本では「台湾有事」「中国との距離感」「対話か強硬姿勢か」「平和か戦争か」「経済融和か中国依存脱却か」といったテーマだと捉えていたようだ。しかし、本当のテーマはまず何よりも「政権交代」だったのだ。約30年前から始まった故・李登輝元総統の民主改革から始まり、独裁政治を脱して民主主義を勝ち取った台湾は、「独裁」「腐敗」「汚職」「利権」「権力集中」が大嫌いだ。8年目を迎えた与党民進党は、そうしたものに対する台湾国民の批判の矢面に立っていた。

■国民が選んだ「今の民進党外交の継続」

そして1月13日、台湾国民は総じて蔡英文(さいえいぶん)総統の8年を肯定して、「政権交代」ではなく、三期目の「政権のバトンタッチ」を選んだのだ。これは台湾人にとっては勇気のいる決断だったはずである。今回、テレビ局の取材などで30人近くの台湾人にインタビューを行ったが、「腐敗はダメ」「大企業との癒着が酷(ひど)い」「民進党は派閥争いしかしていない」「すでに昔の民進党ではない」との声も少なからず聞こえた。

それでも台湾国民は、最終的に民進党の「今の中国との距離感」「今まで培ってきた西洋諸国との連携」を選んだのである。

台北市内で開かれた民進党支持者の集会
撮影=藤重太
新北市板橋運動場で行われた民進党投票前日最終応援集会(2024年1月12日) - 撮影=藤重太

滞在中に数々行った街頭インタビューで「台湾有事や、緊張が高まる危険性などは怖くないですか」と意地悪な質問をあえて行った。その回答の多くは「攻撃するのは中国側、私たちには関係ない」「台湾は独自でやれることをやるだけ」「国家は常時、有事にあります」「自分たちの選んだことで、そうなったらしかたがない」「台湾有事って何ですか。日本には有事がないのですか」と、意識の高い回答ばかりで舌を巻いた。

■高い関心を寄せた欧米メディア

1月9日から12日までに4回(民進党、外交部、国民党、民衆党)行われた国際記者会見の会場には、世界20カ国から約130人の外国人記者が集まった(主催者発表)。筆者も参加したが、特に欧米メディアの高い関心が印象的だった。積極的に厳しい質問を候補者にぶつけ、熱い質疑応答を繰り広げる彼らの姿に、なんとなく日本との格差を感じた。

また、1月13日の投票日までに来日した外国マスコミ関係者や外国要人(政治関係者)は6000人を超えているとも発表された(新聞発表)。筆者も、投票日前日の最後の応援集会や投票日当日の開票会場を訪れたが、欧米のメディアがとても熱く報道している姿に、世界が注目している台湾の実力を思い知らされた。

■次期総統は国際協調路線の継続を明言

台湾が国交を結んでいる友好国は、中国共産党の締め付けもあり、現在13カ国と減少傾向にある。しかし、総統選挙で民進党 賴清德副総統の当選が決まると、当日の早い段階で「友好国12カ国、米国、日本、フランス、英国、ドイツ、オーストラリアなど50カ国以上の行政部門や議会が、台湾に祝意を表明し、台湾の民主主義の成果を高く評価した」と台湾外務省が発表した。「世界で孤立している」といった状態とはかけ離れている。これこそが、蔡英文政権が8年で創り上げた成果なのだ。

賴清德・総統当選人(5月20日の正式就任までの呼称)は、「私たちは蔡英文総統が作った国際協調路線を引き継ぎ、さらに拡大していく。例えば半導体の安定供給は私たちの世界に対する使命であり、そのためにはさらに世界とも協調していく」とも発言している。これこそ、台湾外交の成功ではないだろうか。

欧米メディアの取材チームの姿も目立った(1月11日、国際記者会見場にて)
撮影=藤重太
欧米メディアの取材チームの姿も目立った(1月11日、国際記者会見場にて) - 撮影=藤重太

世界が台湾に注目することは、中国の暴発を防ぐのに役に立っている。また、台湾が世界経済のサプライチェーンの重要なプレーヤーとして組み込まれることで、台湾の危機は世界の危機であるという危惧を、世界中が共有する。今回の総統選挙は、こうした現状の国際外交政策を続けるか続けないかを、国民投票で決める選挙でもあったのだ。台湾は民主主義の模範となることで、最大の防衛力を有しているのである。

日本の報道では、「台湾は平和のために中国と対話すべき」という論調が大勢のようだ。しかし「距離を置く外交」「無視する外交」「他国との連携で会話をしていく外交」もあるのではないだろうか。今回、台湾国民は「現状を変えて中国との対話を進めるリスクにNOを突きつけた」と、筆者は考える。このような外交を実践している台湾の戦略は、日本にとっても大いに学ぶところがあるかもしれない。

■自由な民主政治への誇りと政治参加

今回の取材では、テレビ番組や出口調査でのインタビューで、多くの台湾人の政治に対する思いを聞くことができた。彼らの言葉の中には、特定の政党を勝たせる思いよりも、台湾の民主主義を守り、もっとよい民主主義国家を創り上げていくことへの想いと誇りが感じられた。

12日の投票日前日の民進党最終応援集会で出会った30代の男性は、「民主主義の種は日本が残してくれたものです。一党独裁時代を経て遠回りはしたけど、1996年の総統公選から少しずつ私たちは民主主義を育ててきました。今日この応援集会に来たのは応援と同時に民進党を監視に来たのと同じことです」と語った。

■「誰が勝ってもお祝いしよう」

男性はさらに、こう付け加えた。「2000年頃は、支持政党が違うだけで口論やケンカになり、互いに相手を受け入れることができませんでした。しかし、今は違います。私たちは政治思想の違いを尊重できるようになりました。結果がもし違ってもそれは民意。私たちは翌日からその国民の総意に従って正しい道を模索するのです。私たちの1票が新しい台湾の民主主義を作るのです」。筆者は通訳しながら、感動で目頭が熱くなったものだ。

今回の選挙では、第3勢力の民衆党も若年層を中心にかなりの支持を広げた。26歳の民進党応援集会に来た女性に話を聞くと、「友達の多くは民衆党支持。国民党から民衆党になった友達や、民進党から民衆党になった友達も多かった」という。彼女自身は、「みんなで民進党、国民党、民衆党の良いところ悪いところを話し合ったけど、わたしの心は動かなかったからここに来ているの」と語っていた。「台湾人同士の政治話は御法度」という伝統にも、変化の兆しはあるようだ。

投票日に話を聞いた52歳のタクシードライバーの女性は、国民党に投票したと答えてくれた。しかし、旦那さんは民進党、20代の息子と娘は民衆党支持だとも教えてくれた。彼女は娘から民衆党への投票を説得され、何度も話し合いをしたそうだ。しかし、彼女は「娘の話を聞いたけど、心が動かなかった。最後はお互いの好きなところに投票しよう。そして誰が勝ってもお祝いしよう」と話し合ったそうだ。

こうした話を聞いて、筆者は自由な民主主義が台湾にしっかり根付いていることを確認できた思いがした。家族や友人の間で活発な政治討論がされはじめたのは特に大きな変化であり、日本では考えられないことかもしれない。

■選挙当日の政治家のメッセージも一味違う

台湾は投票日の0時から投票が終わる午後4時まで、一切の政治活動が停止される。前の晩に行われた応援集会の映像や政治家を取り上げる報道は、テレビでは放映されない。唯一、新聞紙面でその内容が報道されているのみである。

蔡英文総統や各主要候補者・主要政治家の投票風景はテレビのニュースでも取り上げられ、投票後にインタビューに答える姿が映される。しかしその回答も、政治活動停止時間帯であることを踏まえ、自党を含む特定の政党への応援と捉えられる発言は控えられている。

■日本人の限られた常識では計り知れない

投票を終えた蔡英文総統は記者団の前で、「今日は天気がとても良くて絶好の投票日和です。ぜひ、国民の皆さんは投票に行ってください。民主主義国家の公民の皆さんは手の中にある1票で国家の未来と前途を決めてください。一刻も早く投票して、公民の権利と義務を果たしてください」と語っていた。

国民党の侯友宜新北市長も当日の投票を終え、「朝早くから国民が自主的に投票に並んでいます。台湾の民主主義を示してくれています。選挙の中で最も大事なのが投票行動です。とてもうれしい気持ちです。私たちの民主主義で私たちの理想の総統と副総統、そして国会議員と好きな政党を選ぶのです。そしてもっと大事なことは、選挙中はいろいろといざこざがありましたが、選挙後はみんな一緒に団結して、台湾の未来に向かっていきましょう」と述べ、投票結果をお互いに尊重しようという姿勢を見せている。

日本にある政治と台湾にある政治はまったく違うものではないかという以前からの思いが、今回の取材で確信に変わった。日本人が一般的に持っている知識や常識だけでは、他国の本音や実力は計り知れないのである。さらにこうした違いを知ることが、日本人にとっては自国や自分自身をより正確にとらえ直すことにつながるのかもしれない。

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藤 重太(ふじ・じゅうた)
台湾日本研究院 主任研究員/アジア市場開発 代表
1967年、東京都生まれ。国立台湾大学卒業、経営学士、日台交流・国際経営アドバイザー。92年香港でアジア市場開発設立。台湾経済部政府系シンクタンク 顧問、台湾講談社メディアGM 総経理などを経て、現在は日本・台湾で企業顧問、相談指導のほか、「台湾から日本の在り方を考える」「日本人としての生き方」などのツアー・講演活動を展開。

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(台湾日本研究院 主任研究員/アジア市場開発 代表 藤 重太)

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