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農民連盟の「トラクターで道路封鎖」はなぜ支持されたのか…「GDP日本超え」の大国ドイツが抱える環境リスク

プレジデントオンライン / 2024年1月24日 8時15分

ドイツ農民連盟主催のストライキに参加する抗議者たち。連邦政府の農業政策に抗議し、ドイツ全土でストライキが行われた=2024年1月15日、ベルリン - 写真=EPA/時事通信フォト

■EUの「窒素排出規制」に各国の農家が激怒

1月8日、買い物に行こうと玄関を出たとたん、遠くからラッパのような音が耳に飛び込んできた。「あ、ライプツィヒでもやっているんだ、農家の抗議デモ!」

鳴り響いている音はラッパではなく、クラクションだ。

2022年から2023年にかけて、オランダでも長期間にわたって、やはり農民たちのデモが行われ、警察がデモ隊に発砲するなど、ただならぬ事態も起こった。原因はEUが定めた窒素の排出基準。

オランダ政府はこれに沿って、2030年までに自国の農業における窒素の排出を半減させようと躍起になっていた。「この排出基準を守るためには、農家は違う場所に引っ越すか、廃業するかしかなくなる」という農民側の言い分は誇張ではなかった。

実際に政府は、廃業する農家には補償を出したが、しかし、その後、二度と農業に復帰しないという約束をさせた。そして、それでも立ち退かない農家の土地は政府が没収するとしたのだから、誇り高き彼らが怒ったのも無理はなかった。背景にあったのがEUのグリーンディールだ。

■無茶なCO2削減策でドイツ経済はガタガタ

EUのグリーンディールとは、フォン・デア・ライエン氏が欧州委員会の委員長になった2019年末、いの一番に打ち上げた政策だ。「温室効果ガスの削減」と「経済成長」の両立を掲げ、それをEUの新しい成長戦略に据えたのだが、それから4年が過ぎた今、これによって「経済成長」したのは、一部の再エネ関連産業のみ。

ドイツは太陽光パネルも風車もどんどん増えるが、よくよく見れば、彼らの儲けの原資は、ほとんどが税金か国民の直接負担という、かなり歪(いびつ)な構造なのだ。

本来の、気候保護という目的もまるで達成されておらず、それどころか、電気の供給は不安定化し、料金は上がり、CO2の排出量では、今やEUでポーランドと1位、2位を争っている(ただし、ポーランドは原発建設を進めているので、将来的にはCO2は減る予定)。結局、肝心の経済は、高い電気代とさまざまな規制でがんじがらめ。農業も、こうして追い詰められてしまった部門の一つといえる。

現在、ドイツの農業政策は、酪農はメタンなど温室効果ガスを排出するので縮小を目指し(これはオランダと同じ)、一方、有機農業の面積は強制的に広げられようとしている。ただ、現実として、化学肥料を駆逐した有機農業では、手間はかかるが、収穫は半減する。

■農業は自然を壊すものだから原っぱに戻す?

そもそも左派の強いEUの考えでは、“農業は自然を壊す”ものだ。当然、緑の党のドイツの現農相も、科学に支えられた高度で効率的な農業よりも、蝶々が飛んで、カエルが鳴く風景が好きらしい。だから、先達が何百年もかかって開墾した肥沃(ひよく)な農地の少なくとも1割を、なるべくただの原っぱやら湿原地に戻したい。

これらの動きは、特に中小規模の農家を追い詰め、ここ数年、泣く泣く廃業に至るケースも増えていた。一方、そうして手放された農地を買い取った大規模農家が、ますます効率の良い経営を実践することになり、いわゆる農業の寡占化が進んでいる。

減反や有機農業シフトで減った収穫分は輸入すれば済むといっても、最近は戦闘や旱魃(かんばつ)で食料は不足気味。世界のあちこちでは、飢餓で苦しんでいる人たちも少なくない。ドイツのように比較的豊かな国がなけなしの食料を買い占めれば、貧しい国で飢えている人たちの食料を奪うことにもなりかねない。そんな道徳的に疑問符の付く政策を、ドイツ政府はあたかも善行のようにして進めようとしている。

■トラクター隊と数千人の農家がベルリンに集結し…

今回、ドイツの農家の堪忍袋の緒が切れた直接の原因は、政府が、農家に対する免税など、いくつかの優遇措置を撤廃しようとしたためとされるが、真実は前記の通り、これまで何年も続いてきたEUの方針に対する農家の怒りが爆発したというほうが正しい。そして、それに加えて、現政権の「暴政」に対する激しい抗議でもある。

ドイツ農民連盟が企画した農民デモは、まず昨年12月18日、ベルリンで火蓋が切られた。数百台の農耕用トラクターが隊列を組んで市内、および周辺道路をブロック。抗議集会が行われたブランデンブルク門の広場は、見渡す限りのトラクターと意気盛んな数千人の農民で埋まった。

デモの様子は複数のテレビ局が中継したが、農民連盟の代表、ヨアヒム・ルクヴィート氏のスピーチは決然とし、しかも、すこぶる過激だった。その横で、怒声、罵声、呼子の音に包まれたオツデミア農業相が、水に落ちた犬のようにしょんぼりと立っていたのが印象的だった。

■上から目線のメディアも今回ばかりは違った

農家の抗議の声は、農業政策にとどまらず、政府の政治全般に向かっている。現政権は、国家経済をまったく無視し、左翼のイデオロギーに基づいて再エネ振興や難民に途方もない額のお金を使っている。

さらに、外相や開発相も、世界中で景気よく巨額の援助をばら撒き、得意満面になっているが、その傍(かたわ)らで、勤勉に働いている肝心のドイツ国民は、重税、増税、そしてインフレに苦しんでいる。

さらに、足元では教育が崩壊し、インフラが老朽化し、経済成長は止まり、すでに産業の空洞化が始まっているのだ。ここまで急激に国家が弱体化しているというのに、ショルツ政権にそれを回復させる気も、能力もないなら、潔く責任をとって退陣すべきだと、デモに集まった人々は思っていた。

「年明けを待って、これまで誰も見たことがないほど激しい抗議活動を繰り広げる」と、農民連盟の代表は、怒るデモの参加者に向かって宣言した。それに対してオツデミア農相は、「農家の言い分を理解する」と、神妙な顔つきで答えた。

興味深かったのは、この後のメディアの反応。主要メディアは高慢なので、元来、どちらかというと農家をバカにしている。これまでも、農民のEUの農業政策に対する抗議活動は時々あったが、メディアはそれらを必ず上から目線で報じた。

ドイツ・ベルリンのブランデンブルク門の前に若い女性
写真=iStock.com/Xsandra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Xsandra

■高速道路が封鎖されても国民が歓迎したワケ

ところが、今回は様子が違った。というのも、手工業者、運送会社、各種の自営業者、そして一般の普通の国民が、やはり怒りをあらわに、あっという間に農家の支援に回った。彼らも、これまで2年間のショルツ政治への抗議の気持ちを込めて、農民と連帯し、共に立ち上がろうとしていた。そのとたん、風見鶏のメディアは、デモに否定的だった当初の意見を引っ込め、慌てて中立を装った。

それを見た政府は1月4日、前言を撤回し、農家に対する優遇措置の一部には手をつけないと表明。これによってデモを中止させ、政府の面目を保とうと試みたのだが、時すでに遅し。農民の怒りにも、国民の怒りにもブレーキをかけることができず、8日、通告通り、農民連盟は多くの支援者と共にデモに突入した。ちなみに、ショルツ首相の社民党の支持率は、現在たったの14%。国民は、現政権にはとっくの昔に愛想を尽かしている。

8日、デモの参加者は、全国あちこちの都市でトラクター、およびその他の車両を展開し、道路だけでなく、多くのアウトーバーンの入り口を封鎖。全国の交通を麻痺させた。それでも、国民の支援は驚くほどあつかった。ショルツ首相は、「批判は民主主義の一部であり、必要なものだ。それについては誰も文句を言うべきではないし、私も言わない」と弱気のコメント。ショルツ政権は、まさに末期症状である。

■財相の演説は「ブー!」「帰れ!」でかき消される始末

抗議デモは15日に、予定通りベルリンでの閉会の大集会をもって平穏に終わった。主催者側の発表では、ベルリンに集結したのは3万人と、1万台のトラクターやトラック。警備にあたった機動隊が1300人。零下で寒風の吹きすさぶ中での熱いデモだった。

演壇に上がったリントナー財相(自民党)は、農家との連帯を表明しながらも、政府の方針の正当化を試みたため、そのスピーチは「ブー!」と「帰れ!」の声でかき消された。ドイツの昨年の国と州の税収額が、史上最高であったことは皆が知っている。

それでもお金が足りず、増税が行われ、しかも、あちこちの補助金が削減されなければならないのはなぜか?それは、ドイツ国民の生活とはかけ離れた場所での政府の常軌を逸したバラマキ政策のせいであるということを、リントナー氏は言わなかった(もっとも、バラまいている張本人はリントナー氏の自民党ではなく、社民党と緑の党ではあるけれど)。

■ドイツの“政変”は刻々と近づいている

折しも同日、昨年のドイツの実質経済成長率が0.3%縮小したというニュースが流れた。インフレで一般消費が縮小、電気代の高騰で製造業が落ち込み、輸出が不振だからだが、G7でマイナスはドイツだけだ。国民の間では、この政府の言う通りにしていたら、大変なことになるという空気が膨らみ始めている。

このまま経済活動が後退すれば、CO2の排出は減少する。そして、さらに緑の党の宿願通り、農地は次第に原っぱになり、農家は、菜種油をバイオ燃料にするため、畑一面に菜の花を咲かせて助成金をもらうのだろう。

今、ドイツには、淡い勃興の雰囲気が漂い始めた。農民に続いて、多くの人々が立ちあがる日が刻々と近づいているように感じる。政府の焦りは大きい。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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