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「働きすぎると長生きしない」はヒトもアリも同じ…働きアリが「寿命3カ月」でも24時間必死で働く理由

プレジデントオンライン / 2024年4月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tanes Ngamsom

アリの寿命はどれくらいなのか。九州大学持続可能な社会のための決断科学センターの村上貴弘准教授は「種によって睡眠時間が異なり、寿命も異なる。6~7時間ほど眠るクロヤマアリの寿命は2~3年だが、基本的に24時間働き続けるハキリアリはたったの3カ月しか生きられない」という――。

※本稿は、村上貴弘『働かないアリ 過労死するアリ ヒト社会が幸せになるヒント』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■アリも活動を止めて「睡眠」をとっている

昆虫ももちろん眠る。昆虫の場合、ある一定程度、活動を止めている時間を「睡眠」と定義するため、人間の睡眠とは若干違うかもしれないが、確かに寝てはいる。それをコントロールしているのは哺乳類とほぼ共通したメカニズムだ。その主役はメラトニンというホルモンであり、それが作り出す「概日(がいじつ)リズム」だ。

概日リズムはいわゆる体内時計のことで、多くの生物が共通で持っている。脳を持たないヒドラでもメラトニンが調整する概日リズム、体内時計が存在しているのだから驚く。

人間の場合、太陽の光が刺激となりメラトニンの機能が低下すると目が覚め、日が落ちて暗くなるとメラトニンが働き出し、眠くなる。本書の第1章で紹介したアカツキアリが未明から日の出までの時間帯にだけ活動するのも、この概日リズムによる。

アリは寝ている時、フェロモンの探知など情報の識別に使われる触角がたたまれ、後ろ脚を縮めて、小さく丸まって寝る。その姿は、とてもかわいらしい。

■24時間働き続けるアリ、ほぼ動かないアリ

睡眠をとる時刻やリズムはというと、種によって大きく異なる。

日本でもっともよく見られるアリの一つ、クロヤマアリは日中働き、夜6~7時間ほど眠る。ハキリアリは基本的に24時間働いていて15分おきに2~3分ほど寝るだけだ。ただし、地域によっては夜の活性が落ちるという報告もある。

超ハードワーカーのハキリアリと対照的なのがカドフシアリだ。カドフシアリは珍しい種ではないけれど、基本、森の中に生息するため、一般に目にする機会は少ない。黒くつややかで丸っとしていて、とてもキュートだ。このカドフシアリ、なんと1日のうちほとんどの時間は動かない。

社会の複雑さも睡眠時間(労働時間)と関係していて、ハキリアリはアリ全体の中でもっとも大きく複雑な社会を作る。葉っぱをちぎって巣に運び、そこからさらに小さくちぎって発酵させ、キノコを育てる。収穫したキノコを女王アリや幼虫に給餌(きゅうじ)。キノコを育てる農作業だけでなく、コロニーの維持のための労働すべてが分業されている。徹底した役割分担によりコロニーは大きなもので数百万個体となる。

一方、カドフシアリはというとそのコロニーは小さく、50個体程度だ。

■ハキリアリは3カ月しか生きられない

さらに興味深いのは、睡眠時間と寿命の関係だ。クロヤマアリの寿命が2~3年に対し、ハキリアリの寿命はたったの3カ月! そして、1日の大半を寝ているカドフシアリは5~6年も生きる(飼育下だと7年生きた個体もいる)。

同じハキリアリのグループでも起源に近い、社会が小さい種は労働時間が短く、寿命は5年ほどだ。長く寝るほど寿命は長い。言い換えれば、睡眠時間が短い=労働時間が長いほどアリは短命となる。「働きすぎ」「寝ないで動く」のは、体にストレスを与え、寿命に直結すると考えられる。

ハキリアリ
写真=iStock.com/esemelwe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/esemelwe

睡眠時間と寿命の関係はヒトでも明らかになっている。アメリカで約17万人もの健康データを用いて調査したところ、よい睡眠習慣を持つ人は死亡率が30%下がることが判明。また、日本の自治医大が日本人男性を対象に行った研究では、睡眠時間が6時間以下の人は、7~8時間の人に比べ、死亡率が2.4倍高くなるといった報告もされている。

経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、先進国33カ国の中でもっとも短いそうだ。日本人……生き急いでいるのかもしれない。今は長寿国として知られているが、いつの間にか短命な国になってしまう日も近いのかもしれない。

■寿命が短くなることは「悪」ではない

ただ、一方で思う。たとえば、百億年後、太陽が燃え尽きこの環境が維持できなくなる日をゴールに生物が命をつないでいこう、という時。1000億世代でゴールまでつなぐのがいいのか、100世代でつなぐのがいいのか、あるいは1世代でゴールに到達するのかは実は生物にとって重要な問題ではない。寿命が短くなることは「悪」というわけではなく、命のバトンをなんとかつないでいく、それが重要なのである。

ただ、命をつなぐことが重要だからといって「子どもを残せない個体には意味がない」などと言うのは、まったくのトンデモ話であり、世迷言(よまいごと)だ。耳を貸さなくていい。

■アリにとっても子育ては重要なミッション

昨今、老齢の政治家が少子化を憂いながら、女性を蔑視する表現として「子どもを云々」といった発言することがある。その背景として生物学を持ち出すことがあるのだが、大変迷惑だ。ほとんどの場合「働きアリ」は不妊で直接は子どもを残せない。にもかかわらず、この地球上に長く、太く存在し続けている。それが答えだ。

僕らは子どもを持とうが持つまいが、この地球上に生まれた瞬間に生物としての役割は十分に果たしている。あとはできる限り生きていければ、おつりがくるほどの素晴らしい達成なのだ。

社会を持つ生物にとって重要なことは、みんなで協力しながら次の世代の子どもたちを育てることだ。そのため、アリにとって子育て(もしくは妹育て)は数ある仕事の中でもっとも重要なミッションである。

ハキリアリの場合も、子育ては、それはそれは丁寧に行われる。女王アリから卵を取り上げたら、まずは表面をきれいにして、卵専用の部屋に移す。成長段階によって部屋が替わるため、幼虫になれば幼虫部屋へ、蛹になったら蛹部屋へと移動させる。

■24時間、必ず誰かが幼虫の世話をしている

幼虫部屋はもっともお世話が大変だ。食料を欲しがるものには菌糸を集めて与え、不快そうにしているものがいれば、幼虫を揺すってあやす。体表面を常にきれいに掃除してあげ、時にはクルクルクルッと回しながら点検もする。おしりから液状のフンが出ればなめ取ってあげる。とにかく24時間絶対に誰かが目をかけ、大事に大事に育てる。

卵は次々と生まれるため(ハキリアリの女王は6分に1個卵を産む!)、子育てを担当する働きアリは大忙しだ。

沖縄に生息する「トゲオオハリアリ」もまた、子育てを丁寧に行う種だ。前著『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)でも紹介したが、トゲオオハリアリは「子育て」という役割を与えると、不眠不休で卵や幼虫の世話をする。

岡山大学学術研究院(当時は東京大学大学院在籍)の藤岡春菜博士は、トゲオオハリアリの働きアリを卵・幼虫と同居させ観察。すると、働きアリは、冒頭で話題に出た「概日リズム」を失い、ほぼ24時間、働きっぱなしとなる。一方で、幼虫が蛹の状態になると、通常の生活リズムに戻るという。

■人間と違い、寿命の半分を子育てに費やす

卵や幼虫は常に清潔に保たないとカビや病原体によってすぐに死んでしまう。そのため、夜、休むことなくグルーミングをするなどのお世話が必要だ。しかし、蛹は繭(まゆ)に包まれるため、さほどの世話は必要ない。手がかかる間は、自らの睡眠時間を削ってでも大切に面倒を見て、成長すると、そんな生活も終わる。それは人間もアリも同じだ。

ただ、人間と違うのは、トゲオオハリアリの場合、子育てからの“卒業”はなかなかやってこないことだ。2~3年の寿命のうち半分程度は子育てにかかわることになる。アリにとって、子育ては重要なミッションだということが改めてよくわかる。

もう一つ、子育てのほかに、トゲオオハリアリの概日リズムが崩れる時がある。それは「女王がいなくなった時」だ。実験で、コロニーから女王アリを除くと、働きアリたちは四六時中バタバタバタバタ、忙(せわ)しなく、おちつかない様子で動きはじめる。

■次の女王アリをめぐるドタバタ儀式

もともと、トゲオオハリアリは「ゲマ切り」という儀式を経(へ)て、女王を決める珍しいアリだ。全員、「ゲマ」という翅の痕跡器官を持って生まれ、誰もが産卵個体になる機能とチャンスがある。誰が女王アリになるかは、羽化直後に決まる。働きアリや女王アリに「ゲマ」をかじりとられると働きアリとなり、最後までゲマを残すことができると女王アリとなるのだ。

村上貴弘『働かないアリ 過労死するアリ ヒト社会が幸せになるヒント』(扶桑社新書)
村上貴弘『働かないアリ 過労死するアリ ヒト社会が幸せになるヒント』(扶桑社新書)

つまり、トゲオオハリアリの働きアリは誰でも基本、産卵することができる。そのため、なんらかの理由で女王の座が空席となったら、そこから産卵する権利をめぐるドタバタの儀式がはじまるのだ。

ゲマ切りされて失った産卵する機会を再び取り戻すチャンスに、働きアリ同士が牽制(けんせい)しはじめる。「新女王に私がなる!」という意志のもと主導権争いをしているわけではないだろうが、コロニーの中は不穏な状態になってしまうのだ。

しかし、新しい産卵個体が決まるとコロニーが安定するかというとそうでもなく、多くのコロニーは衰退していく。内紛はあまりいい結果は生まない。これはアリに限ったことではないかもしれない。

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村上 貴弘(むらかみ・たかひろ)
九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授
1971年、神奈川県生まれ。茨城大学理学部卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。研究テーマは菌食アリの行動生態、社会性生物の社会進化など。NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」ほかヒアリの生態についてなどメディア出演も多い。著書に『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)、共著に『アリの社会 小さな虫の大きな知恵』(東海大学出版部)など。

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(九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授 村上 貴弘)

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