なぜ「北海道土産の定番」は東京進出しないのか…六花亭が「北海道だけの店舗」にこだわるワケ
プレジデントオンライン / 2024年4月1日 15時15分
※本稿は、三宅宏『世界はマーケティングでできている』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
■“社員満足度”が上がると、顧客満足度も上がる
本稿では「ビジネスモデル」について解説していきます。新規事業を立ち上げたり、混迷する経営状況から脱したり、ベンチャービジネスを新たに立ち上げたり、画期的新商品を出したりする場合は、従来のビジネスのやり方を根本的に改める必要があります。
経営視点に立って考えるケースも見てみましょう。市場にはいろいろなライバルがいます。市場の中で有利な位置を占めるための「競争優位のマーケティング戦略」についても最後に触れましょう。
社員が満足して仕事をしていると、顧客対応のみならずモノづくりにおいても完成度が高くなり、ミスも少なくなることは容易に想像できるでしょう。逆に、ノルマがきつく残業ばかりで報われない、いわばブラックな職場は一時的に業績が上がるかもしれませんが、顧客視点での満足や継続は難しくなります。
1985年、組織心理学者のベンジャミン・シュナイダー(Benjamin Shneider)は28の米国の銀行の支店に勤務する行員と顧客を対象に、1,000人規模の大きな調査を行いました。その結果、銀行のサービスは行員だけでなく顧客にも関係しており、行員満足度と顧客満足度は相互に影響し合う関係にあるということが分かりました。つまり、社員満足が上がれば顧客満足も上がるのです。
■「全ての人事の責任を社長の自分が背負う」
(事例)
経営予算や数字の目標がない六花亭
以前、北海道を代表するマルセイバターサンドや元祖ホワイトチョコレートのお菓子屋「六花亭」の帯広店を見て回ったことがあります。
店舗に併設されたガラス張りの工場は清潔そのもので、一番驚いたのは壁に従業員の写真が掲げてあり、その下に従業員のプロフィールが簡潔に書いてあったことです。出身地や趣味、夢中になっていること、それに担当の仕事などです。昔、社長がテレビの取材に応じていて、人事について次のように話していました。
「人事は異動も含めその人の一生を左右するかもしれないとても大切な判断を伴う。だから人任せにはできない。私がやり、全ての人事の責任を社長の自分が背負う」。「本人が異動を強く希望しても、まだその時期ではないときに異動はさせない。心の準備もでき、そろそろと思ったときに異動させる」と。
数百人のプロフィールや、異動の希望とその時期を見極めている社長の本気に脱帽しました。人事は「ひとごと」と書きます。世の中には文字通りひとごとの仕事をしている人事部が多い中、数百人の社員を抱えながら社員の情報収集と人事決断を社長自らしているのです。
■「売り上げや規模は一切目指さない」という美学
六花亭は、十勝の人を雇用し、北海道の主原材料を使っている地元重視の会社です。売上予算をあえてつくっていないにもかかわらず、長年売り上げを伸ばしています。地方で人気の出た店舗は東京に進出することが多いのですが、六花亭は北海道以外一切出ません。
東京に進出しなかった二代目の小田豊社長の決断は、創業者である父親の豊四郎社長の言葉を思い出したからだそうです。「デキモノと食べ物屋は大きくなったら潰れる」。この言葉を思い出した豊社長は、「売り上げや規模は一切目指さない」という方針を決めました。だからこそ、経営予算や数字の目標がないのです。
目指すのは、顧客に喜んでいただくこと。つまり「ファンをつくること」です。「愛される会社」であるかどうかが六花亭の経営指針なのです。そのために、常日頃さまざまな社員満足向上に取り組んでいます。
(事例)
六花亭の社員満足を向上させるための取り組み
社員全員の有休消化20年連続100%は当たり前です。社員が6人以上集まって旅行をしたら、年間1人20万円を上限に7割を会社が負担する制度があります。
「今月の顔」という制度もあり、今月活躍した人が推薦され役員選考で受賞者が選ばれます。受賞者は森の中にある特別施設「六花荘」で檜風呂にゆったりつかった後、役員がホスト役で接待します。この成功体験を目指して社員も頑張ります。
■社長は社員からの意見にすべて目を通す
また、海外での砂漠のボランティア活動など、社員が自分磨きのために興味を持ったことに挑戦できる制度があります。社内公募、書類選考により合格すれば2週間から最長2カ月の公休がもらえます。自分を磨くことは視野を広くし、何らかの形で仕事にも結びつくからこそ、このような制度を設けているのでしょう。
極めつけは、「1人1日情報制度」です。仕事中に気づいたことや自分が経験した日々の出来事を社長に直接メールで送ることができます。そして、社長はその全てのメールに目を通します。そこからピックアップされたものが、翌日の日刊社内新聞に取り上げられます。社長から前向きなコメントをもらえることで、社員満足はもちろん、モチベーションアップにつながります。いつでも社長に意見できるという仕組みは画期的です。
この仕組みは社長が全社員の動向を把握していることにもつながっているため、社員の人事異動の判断を社長ができるのです。こういう会社で働ける社員はいきいきと仕事に取り組めるでしょうし、満足感も高いでしょう。
■「気配り」の仕組み化に取り組む高級旅館
(事例)
客の好みを蓄積するシステムづくり
高級旅館「星のや軽井沢」では、お客さまの「好み」を蓄積する情報システムづくりをほかに先駆けて進めました。
24時間ルームサービスなど共通メニュー化されたサービスだけでなく、お客さま一人一人に合わせて「気配り」や「おもてなし」をする仕組みに取り組んでいるのです。例えば、お客さまが去ったあとに部屋にシャンパンの瓶が残されていたとします。その情報が再度訪れたときに生かされるのです。今度は、あらかじめ部屋にシャンパンクーラーをさりげなく用意しておいたり、タオルを多めに使ったお客さまがいれば、次回はタオルを多めに用意するなど、「気配り」ができる情報システムを作っているのです。
マーケティングの基本は市場をよく観察し、「誰に」、「何を」、「どうやって」を、4Pのフレームワークを使って顧客満足視点で仕組み化するものです。これらは、既存の組織と経営資源を顧客志向でうまく組み合わせてマーケティング目標を達成する有効な手段です。しかし、時としてさらに大きな視野で変革を必要とする場合があります。
例えば、市場構造の変化により収益が相対的に下がってきた場合や、新規分野で新しい事業を起こす場合、あるいは起業家が新たなベンチャービジネスを起こす場合などです。これらの場合もマーケティング思考は必修ですが、さらに大きくダイナミックな経営学の視点でビジネスモデルを考えることが有効です。
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マーケター
アントレプレナー塾塾長。中央区日本橋生まれ。麻布高校卒業後、慶應義塾大学・同大学院修士課程で日本にマーケティングを導入した村田昭治教授に師事する。原理原則の重要性、複眼の発想、道草など人生マーケティングを学ぶ。大学卒業後、キッコーマンに入社。マーケティング企画、広告制作、プロモーション企画、酒類事業本部企画、プロダクト・マネジャーなどマーケティング畑を中心に43年間勤める。2022年に役員を退任し、現在顧問。若手を教える寺子屋塾アントレプレナー塾を2002年に設立。現在、大正大学非常勤講師。
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(マーケター 三宅 宏)
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