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「日中戦争」と「大阪万博」は残念なほど似ている…日本人が「ぐだぐだ」「ダラダラ」を止められない根本原因

プレジデントオンライン / 2024年4月4日 7時15分

日中戦争が勃発した場所でもある盧溝橋。付近には現在、中国人民抗日戦争紀念館が建つ。 - 写真=iStock.com/winhorse

1937年から8年間にわたって続いた日中戦争は、悲惨な戦争だった。『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線II』(角川新書)を刊行した愛知学院大学文学部の広中一成准教授は「だれも失敗の責任を取ることなく、ダラダラと戦争が続いてしまった。この傾向は、いまの日本社会にも引き継がれている」という。ルポライターの安田峰俊さんが聞いた――。

■“忘れられた戦争”になった「後期日中戦争」

1937年7月の盧溝橋(ろこうきょう)事件で幕を開けた日中戦争は、なし崩し的に8年も続いた。歴史上、日本が一国を相手にこれだけ長期間の対外戦争をおこない続けた例はない。ただ、盧溝橋事件、南京事件、汪兆銘(おうちょうめい)政権成立……と、後世に知られるエピソードの大部分は前半の4年間に集中している。いっぽう、1941年12月に対英米開戦に踏み切って以降の中国戦線の状況は、世間でほとんど知られていない。

この「忘れられた戦争」に注目しているのが、先日『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線II』を刊行した広中一成氏だ。華中戦線が舞台の前作(『後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線』2021年)に対して、今回は中国共産党のゲリラ部隊との戦いが主だ。

約80年前の泥沼の戦争から、私たちは何を学べるのか? 現代まで通じる意外な「日本が破れる理由」が浮かび上がってきた。

■大きな動きが少なく“ダラダラ”している

――つい十数年前まで、中国の農村では高齢者からリアルな話を聞くことは珍しくありませんでした。考えてみると、彼らが物心ついた頃に見た戦争は、おおむね「後期日中戦争」だったはずです。しかし、なぜ日本であまり事情が知られてこなかったのでしょうか。

長期戦に入って、大きな動きが少ないんです。なので、本に書こうとしても書きづらいところがあるのは確かです。とりわけ対英米開戦が始まると、戦争のエピソードはそちらに持っていかれてしまう。もちろん、いざ調べてみると中国戦線も動き自体はあるのですが、やはり全体的にダラダラと続いている印象は否めません。

■「首都・南京」を落とせば終わると思っていたが…

――「ダラダラしている」は後期日中戦争の特色ですね。日本軍も蒋介石も毛沢東も、プレイヤーの全員があまり真剣じゃない感じがあります。この時期、日本は何を目指して戦い、この戦争をどう終わらせようと考えていたのでしょうか。

落としどころがなかったのでしょう。何のための戦争なのかも、もはや誰もがよくわかっていなかったと思います。東亜新秩序や大東亜共栄圏といったスローガンは、あくまでも後付けのもの。いわゆる「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」(横暴な中国を懲らしめよ)という懲罰感情も動機でしょうが、「懲らしめる」の定義が明確ではないので、やはり答えがない。「蒋介石の首を取る」ことも、奥地に逃げてしまったので不可能ですから。

――日本軍も、最初からそんな戦いをするつもりはなかったはずでしょう。

本来、首都の南京を落とせば3〜4カ月で終わると思っていたはずです。むかしの『ファミコンウォーズ』というゲームみたいに、敵の首都を制圧すれば終わりと。1937年の夏から秋にかけて、蒋介石の地盤でもある上海では国民党軍の中央軍と日本軍の激戦がありましたが、その裏では停戦交渉がおこなわれていました。

ただ、当時の日本は満洲国の承認や賠償金の支払いといった過大な要求を行いました。ゆえに中国側が答えを渋ると、日本側は「国民政府を対手とせず」、つまりお前たちは交渉相手にしないとさらに強気に出た。こうなると停戦交渉はできません。

――日本が悪いカードを切りすぎていますね。

そうなんです。また、南京を陥落させても、蒋介石が首都を内陸部に移転させていますから、「首都を制圧して勝ち」になりません。蒋介石も別に日本と戦争をしたくはないのですが、弱腰になると対立する共産主義勢力から批判を受ける。引けない泥沼です。

1941年、長沙近郊の湖南戦線で防毒マスクを付けた日本軍砲兵
1941年、長沙近郊の湖南戦線で防毒マスクを付けた日本軍砲兵(写真=内閣情報局/内閣印刷局発行/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

■中国軍が驚いた「日本軍の意味不明な行動」

――中国の戦争は、基本的には『孫子』が意識されるはずです。戦略目的を達成するために武力を用いず勝つのが上策で、戦争をする場合も短期決戦。長期戦はお金もかかりますし、割に合いません。そんな中国人から見て、日本軍の行動は意味不明だったのではないでしょうか。

そう思います。毛沢東は『孫子』を読んでいたでしょうし、蒋介石も意識していたでしょう。なので、軍を引いて引いてのゲリラ戦に持ち込んだ。特に八路(はちろ)軍(中国共産党の軍隊、人民解放軍の前身)はそうです。日本軍は敵を叩いても叩いてもきりがなく、疲れたら反撃される。毛沢東の術中にはまっているわけです。

角川本社ビルで取材に応じる広中一成さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
角川本社ビルで取材に応じる広中一成さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そもそも日本軍は、個々の戦闘に対する戦術はありますが、戦略はない。ゲリラが出たから毒ガスや細菌を撒く、八路軍の根拠地に対する三光作戦(殺し尽くし・焼き尽くし・奪い尽くす)のような行動をやってみる……と、対症療法的にはいろいろやるのですが、眼の前の課題にモグラ叩きのように向き合っていただけです。そうなると、最終的には戦略を持っているほうが、「敵を撤退させる」という形で勝つことになります。

■「交渉は円満だ」と喜んでいたが…

――当時の日本軍の戦略眼のなさを痛感するのが、当時の山西省で独立勢力を築いていた軍閥・閻錫山(えんしゃくざん)を味方に引き入れようとする対伯工作です。詳しくは本書の第3章に譲りますが、日本軍側の記録では「閻錫山は友好的だ、交渉は円満だ」と大喜びしているのに、閻錫山側の記録はまったくそうではない。話は結局、最後まで平行線です。

円満じゃないですね(笑)。でも、閻錫山も閻錫山で、やっぱり勝ち馬に乗らないといけない。当時の彼は、山西省で何十年も君臨してきた一流の寝技師ですから。小手先で交渉に臨む日本はイチコロで騙されてしまう。しかも、最後にはいわゆる「蟻の兵隊」(*1)です。閻錫山は、日本軍の戦力まで寝技で自軍に組み込んでしまうほどしたたかだった。

(*1)「蟻の兵隊」……中国共産党と戦うために戦後も山西省に残された日本兵部隊。本人らも知らないうちに上官から現地除隊扱いされ、戦後に軍人恩給の支給問題をめぐり紛糾した。詳細は本書を参照。

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ガスマスクを着用し、チェコ製ブルーノZB26軽機関銃で武装した中国兵士(写真=PD-China/Wikimedia Commons)

■中国共産党があるのは「日本の侵略のおかげ」

――その閻錫山の軍も、戦後には勢力を拡大した中国共産党勢力に敗北します。結局、日中戦争とは何だったのかと思えてきますね。わざわざ中国共産党を育ててあげた戦争という印象しかありません。

そもそも、日中戦争が起きなければ、国民党の討伐を受けて中国共産党はつぶれていた可能性がありますから。毛沢東も後年、日本社会党の訪中団に「日本の侵略のおかげだ」とまで言っていますよね。

――華北の日本軍は、場当たり的なゲリラ掃討で村を荒らしていたのですが、そうするとゲリラ以外の一般人の対日感情は悪化します。いっぽう、蒋介石の国民党軍は日本軍を足止めするために黄河を決壊させたりと、国を守っても民は守らない。これでは民衆は共産党に行くしかありません。

もともと、共産党の当初の悩みは農民たちが抗日戦争に加わらないことだったんです。彼らは自分たちを迫害する地主に対する闘争はできても、本来は日本に関心はなかった。ただ、実際に日本軍が攻めてきて住民を強制移住させたり、自分たちの村を燃やしてゲリラが使えないようにしたりして、農民たちは日本が敵だと気づいてしまったわけです。

――一般住民の目線から見れば、日本軍は明確に「悪」ですからね。食料も徴発するし、女性にも乱暴するし。

オウンゴールですよ。そこで共産党は農地の税を軽減したりして農民たちの信頼を得る。報復感情を持った農民も、民兵として八路軍に加わる。しみじみ、日本側はもうすこし考えて、やめておけなかったのかと感じますね。ただ、戦争はいちど始まってしまうと止まらないということでしょう。いまのウクライナやガザの状況もまさにそうで。

日本の九六式陸上攻撃機
日本の九六式陸上攻撃機(写真=PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

■蒋介石とゼレンスキーの共通点

――いま、私たちが日中戦争から学べることのひとつはそこですね。到達目標の実現が難しい戦争は、容易に泥沼化してしまう。

ウクライナ情勢は最近、ロシアが強気になっていて、「話し合い」で過大な要求をしていますが、日中戦争の停戦交渉と似た構図ではないでしょうか。でも、往年の中国なり現在のウクライナなりは、その要求を受け入れたら「負け」なんです。なので受け入れられない。ずっと戦争は終わらない。

著者の広中一成さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
著者の広中一成さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

――ウクライナ戦争は日中戦争との類似点を感じます。侵略を受けた国のトップが、世界を味方につけて寝技で粘り続ける。「蒋介石=ゼレンスキー」説を提唱したくなりますが……。

かつての中国と、現在のウクライナの違いは国の大きさですよね。今回の場合はロシアの方が大きいですから、戦争が長く続くほど、物量でどうしてもロシアが有利になる。もっとも、一対一の戦いは限界があるので、世界を味方につけて戦う寝業師という点ではゼレンスキーと蒋介石は結構共通点があるかもしれません。

■大阪万博にも共通する“日本社会の危うさ”

――日中戦争の教訓がもうひとつあるとすれば、戦略目的が曖昧なまま巨大事業に税金を注ぎ込み、微妙な結果を生んでしまうという構図の危うさではないでしょうか。

そうですね。戦術はあるけれど戦略はない。そして、失敗しても撤回できない。その理由は、撤回すると誰かが責任を取らなくてはならないからです。

日中戦争の場合、究極の責任者は昭和天皇なのですが、天皇に責任を取らせるわけにはいかない。かといって軍の官僚たちも、誰も責任をかぶりたくない。なので振り上げた拳は下ろせない。いまの大阪万博(来年開催予定、工事の遅れや予算の拡大など問題の泥沼化が指摘されている)とも通じるものは感じますね。

大阪市役所正面玄関に設置された「ミャクミャク」の像
写真=時事通信フォト
大阪市役所正面玄関に設置された「ミャクミャク」の像。傷部分に赤いテープが貼られている=2024年3月13日午後、大阪・中之島 - 写真=時事通信フォト

――万博を控えて読みたい本、『後期日中戦争 華北戦線』ですね。

日中戦争当時から変わらない部分はありますよね。もっとも、「変わらない」で終わらずに、日本全体がグランドデザインを掲げられるようになってほしいのですが。明治時代には「近代国家になる」という大きな目標があったから、それに向かって邁進できたのですが、その次の目標は、たぶん描けなかったんです。

広中一成『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線II』(角川新書)
広中一成『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線II』(角川新書)

――大阪万博のホームページを見ると、目標は「持続可能な開発目標(SDGs)達成への貢献」と「日本の国家戦略Society5.0の実現」とか書いていますね……。ちなみにSociety5.0とは、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」だそうです。こりゃダメだ(笑)。

そのスローガンを本気で実現するために、大規模な国策事業をはじめたとはあまり思えない点は、日中戦争に似ていますよね。2021年の東京オリンピックでもそうですが、「空虚」な目標のもとでも始まるとそれなりに盛り上がり、直後は「みんな頑張ったね」となって終わる。きつい言い方をすれば、これはすこし鈍感に過ぎます。

そういうことに慣れてしまうと、やがて日中戦争みたいにもっと大きな泥沼にはまって抜け出せなくなるので、注意しましょうね……。というメッセージは、大阪万博にあたって伝えたい気がします。

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広中 一成(ひろなか・いっせい)
愛知学院大学文学部歴史学科 准教授
1978年生まれ、愛知県出身。2012年、愛知大学大学院中国研究科博士後期課程修了。博士(中国研究)。専門は中国近現代史、日中戦争史、中国傀儡政権史。著書に『後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線』、『傀儡政権 日中戦争、対日協力政権史』、『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線II』(いずれも角川新書)、『冀東政権と日中関係』(汲古書院)、『増補新版 通州事件』(志学社選書)などがある。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第5回城山三郎賞と第50回大宅壮一ノンフィクション賞、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)が第5回及川眠子賞をそれぞれ受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『八九六四 完全版』(角川新書)、『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)など。

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(愛知学院大学文学部歴史学科 准教授 広中 一成、ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)

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