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バックレ退職で「480万円の損害賠償」という判例がある…辞めた会社から逆襲されないために必ずやるべきこと

プレジデントオンライン / 2024年4月11日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeventyFour

会社を突然辞めても大丈夫なのだろうか。弁護士の向井蘭さんは「法律では14日前までに退職の意思を伝えればいいとされている。就業規則などで30日前などとされていても問題ない。ただし、入社7年目のプログラマーに480万円の損害賠償が認められた判例もあり、重要な仕事を抱えている場合は注意が必要だ」という――。

■新入社員が突然会社に来なくなる「バックレ退職」は許されるのか

4月になると多くの新入社員が会社に入社します。ところが、中には会社に何も告げず、逃げるように辞める「バックレ退職」をしてしまう人がいます。退職に関する連絡をはじめ、引き継ぎも行わないため、残された上司や同僚は多大な迷惑を被ります。

このような「バックレ退職」に対し、会社が損害賠償請求を行うことはまずありません。しかし、あまりにもひどい「バックレ退職」の場合は会社が損害賠償請求を行うことがあります。

新入社員の「バックレ退職」がネット上などで大きな話題になるものの、会社側の損害賠償請求が認められたケースはありません。しかし、これがどこまで許され、どこから許されないのでしょうか。本稿では判例を踏まえ掘り下げていきたいと思います。

■従業員に480万円の損害賠償を命じた事例

知財高裁平成29年9月13日判決をご紹介します。私の知る限り、突然退職した従業員に対する損害賠償請求としては最高金額になるかと思います。

あるプログラマーが、パチスロ等のソフトウェア開発を業務内容としていた企業に雇用され、パチスロ等に係るソフトウェア開発の業務に従事していました。

ところが、会社代表者が、仕事の内容やそのやり方について注意を与えると、プログラマーは、入社7年目の平成25(2013)年12月29日、このソフトウェア開発会社が管理するこのプログラマーの連絡先情報を削除した上で、業務に関する引き継ぎを何ら行うことなく失踪し、その後も会社に連絡を取らないまま、パチスロ等の開発を業務とするB社に就職し退職するまで、プログラマーとしてパチスロの開発業務に従事しました。

会社は、突然のプログラマーの失踪による失注や外注費などの損害賠償請求を求めて提訴しました。

■引き継ぎをしないまま失踪した場合の「損害」とは

(1)業務放棄について

裁判所は以下の通り判断して、労働者には適切な引き継ぎ義務があり、それを怠った場合は損害賠償義務を負うと判断しました。ここまで詳細に明確に判断したものは珍しく、今後の実務に参考になると思われます。

(判決文より)
「被控訴人は,平成25年12月29日,控訴人代表者らに対し自己の担当業務に関する何らの引き継ぎもしないまま突然失踪し,以後,控訴人の業務を全く行わず,控訴人に何らの連絡もしなかったのであるから,このような被控訴人の行為が,控訴人との雇用契約に基づく上記労務提供義務及び誠実義務(労務の提供を停止するに当たって,所定の手順を踏み,適切な引き継ぎを行う義務)に違反し,債務不履行を構成することは明らかであり,被控訴人は,これによって控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う」
(2)損害について

① 外注費用1について

ソフトウェア開発会社はこのプログラマーが突然失踪したことにより、200万円の外注費用を支出したことが損害に当たると請求しました。

しかし、裁判所は、ソフトウェア開発会社は、プログラマーに支払うはずであった賃金を支払っていないので、外注費からプログラマーに支払うはずであった賃金2カ月分(160万円)を控除するべきであるので、損害は200万-160万円=40万円となると判断しました。

誰もいないオフィス
写真=iStock.com/Portra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Portra

■会社側の損害額は480万円と認定された

② 外注費用2について

ソフトウェア開発会社はプログラマーが突然失踪したことにより、300万円の外注費用を支出したことが損害に当たると請求しました。

しかし、裁判所は、ソフトウェア開発会社は、プログラマーに支払うはずであった賃金を支払っていないので、外注費からプログラマーに支払うはずであった賃金2カ月分(160万円)を控除するべきであるので、損害は300万-160万円=140万円となると判断しました。

③ 失注額について

ソフトウェア開発会社は、プログラマーが突然失踪したことにより失注した4496万6875円が損害に当たると請求しました。

しかし、会社の実質的な損害は粗利部分であることから、失注額に対する利益率35%(4496万6875円×35%=1573万8406円)が逸失利益となり、かつプログラマーのみに負担が偏りバックアップ体制が十分ではなかったこと、ソフトウェア開発会社代表者のプログラマーに対する指導が幾分適切ではなかったことから、逸失利益の2割程度に当たる300万円を損害と認めるべきであると判断しました。

④ 損害合計

裁判所は、結論として、プログラマーの債務不履行による損害額は、480万円の限度でこれを認めるのが相当であると判断しました。

外注費用1・2からそれぞれ差し引いた2カ月分の賃金相当額ですが、裁判所がなぜ2カ月分と判断したのかは判決文からは判然としませんし、失注額の逸失利益の2割を損害と認めた点についても、なぜ2割なのかが分かりません。しかし、突然のバックレ退職を理由に、これだけの損害額を認める可能性があるということになります。

■企業側には従業員を訴えるハードルがある

上記事例では「労働者は,労働契約上の義務として,具体的に指示された業務を履行しないことによって使用者に生じる損害を,回避ないし減少させる措置をとる義務を負うと解される」と判断している点に特徴があります。

もっとも、実際に突然退職した従業員に損害賠償請求を行うのは困難です。本件でも問題になったのが「損害」の証明です。突然退職したため売り上げや利益がなくなったことの証明はほとんどの場合困難です。

また、会社側が退職した従業員に損害賠償請求を行うと、逆に未払い残業代請求を受けることがあり、「やぶ蛇」になりかねません。こうした事情から多くの場合「バックレ退職」が裁判沙汰になりにくいとはいえ、突然退職しようとする従業員に何とか仕事の引き継ぎや勤務に復帰するよう説得する際には使える判例になるかもしれません。

単に「突然退職したことでみんなが迷惑した」などの抽象的な理由では、会社側の損害は認められません。本事例のように明確な外注費用の増加や失注などの具体的な事実がないと認められませんので注意が必要です。

無責任な退職の事例は世の中に多く、企業の経営者や人事担当者からこの種の相談を受けるたびに、私は、なかなか損害賠償請求までは難しいとアドバイスをしてきましたが、多くの事例では損害の立証が困難であることは変わりがありません。

裁判所の看板
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■企業側が未払い残業代を請求されるケースがある

退職した従業員に対して損害賠償請求を行った場合、退職した従業員から逆に未払い残業代請求を受けることがあり、結果的に退職した従業員に未払い残業代請求のみを支払わざるを得ない場合があります。

仮に退職した従業員に損害賠償請求を行うとしても、未払い残業代があるか否かは法的に確認する必要があります。

本事例では、プログラマーのみに負担が偏りバックアップ体制が十分に整っていなかったことから金額が減額されております。本件のプログラマーのような無責任な失踪に近い退職は許されないことではありますが、会社としても突然の退職でも業務が継続して遂行できるような努力を行う必要があります。

■新入社員の場合であっても「あまりにもひどいバックレ」はNG

とはいえ、新入社員が「バックレ退職」を行った場合であっても、このような損害賠償請求を受ける可能性はあります。

もっとも、上記のプログラマーのような重要な仕事を新入社員時から任せられることはまずないでしょうから、「バックレ退職」があったとしても「損害」が発生する可能性は低いのでこのような多額の損害賠償請求を受けることはないと思われますが、あまりにもひどい「バックレ退職」の場合は会社による損害賠償請求もあり得ます。

上記の事例から導き出される「あまりにもひどいバックレ」とは何でしょうか。例えば、自分しか担当しておらず、かつ自分にしかできない業務を納期近くになり、全く引き継ぎもなく失踪するようにして退職した結果、失注したり、顧客から会社が損害賠償請求を受けたなど、具体的な損害が発生したケースです。

運送会社の判例(福岡地裁平成30年9月14日判決)では、運転手が当日突然失踪するように退職したため、一日分の運送ルートの売り上げが無くなり、その部分の粗利(6万22円)について損害賠償請求が認められました。

企業側から「突然退職した従業員のせいで業務に支障が生じた」などと相談を受けることがあります。多くの場合、損害を証明することが困難であるなどを理由に諦めざるを得ないのですが、逆に具体的な損害を証明することができれば、理論上は損害賠償請求が不可能なわけではないのです。

■退職代行を使うことは有効か

私は使用者側で労働問題を専門的に扱っているのですが、ここ最近は「退職代行」を使って退職する従業員が増えているようです。

退職代行とは、労働者が会社を退職したいと考えた場合に、労働者に代わって退職の意思の通知等や使用者との連絡処理を行ってくれるサービスです。2018年頃からサービスを行う業者が急増し、テレビや新聞などのメディアに取り上げられる機会が増え、広く認知されるようになってきています。退職代行サービスに依頼することで、労働者の代わりに退職の意思を会社に伝えるため、「退職したいのに退職できない」という方の後押しをするサービスと言えます。

退職代行を使ったとしても会社からすれば突然の退職で損害賠償請求を行う可能性はありますが、退職代行を使うことでその可能性を減らすことができます。なぜならば、多くの退職代行業者は、簡単な引き継ぎ情報を本人の代わりに伝えやりとりをすることが多く、必要なパスワードや顧客情報などの最低限の引き継ぎを行うからです。

退職代行業者の対応にもよりますが、少なくとも「バックレ退職」よりは退職代行業者による退職のほうが損害賠償請求を受ける可能性は低くなります。

退職届を持つ人
写真=iStock.com/shironagasukujira
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

■退社トラブルを避けるために必要なこと

では最後に、突然の退職であっても、会社と揉めたり、訴訟を起こされるリスクを抑えるためにどうすればいいのでしょうか。社員として最低限必要なことを4つご紹介したいと思います。

(1)退職日は最低14日後に設定する

民法上、正社員については、14日間前に退職の意思を伝えれば会社は拒むことができません。退職届やメールで14日経過後の日付を退職日として通知すれば足ります。

就業規則に「退職届は退職日の30日以上前に提出すること」などの規定があることがありますが、民法の規定が優先するため、このような制限に縛られる必要はありません。

(2)最低限退職届や退職メールを送る

突然退職するとしても最低限退職届や退職メールを関係者に送るべきです。

残された会社関係者は色々心配して、方々に連絡を取ったり、最悪は自殺などの心配をすることがあります。

できれば会社所定の様式で退職届を送る、それが難しければメールやチャットで簡潔に「いついつに退職します」と通知するべきです。これだけで会社の負担は軽くなり感情的な対立を和らげることができます。

■連絡を取れるようにすれば訴訟リスクは減らせる

(3)最低限メールやチャットによる連絡は取れるようにする

「バックレ退職」の問題点は全く本人との連絡を取ることができないことです。様々な手続きや業務が滞り、多くの関係者の負担が増えます。

一方、人によっては会社側の人間とは連絡を取りたくない事情もあると思います(パワハラなど)。

できれば、最低限メールやチャットで連絡を取ることができるようにするべきです。内容によっては無視せざるをえない場合もあると思いますが、PCのパスワードや顧客情報や仕掛品の情報などについては淡々と返信するべきです。これだけで法的な損害賠償請求を受けるリスクは相当減ることになります。

(4)有給休暇はすべて使用してよい

使用者側で労働問題を扱う私が言うのも何ですが、退職時には有給休暇を全て使用しても構いません。有給休暇は一般の方が考えるよりもはるかに強力な権利であり、特段の事情がない限り、企業はこれを拒むことができません。有給休暇を全て使ったことを理由に会社が損害賠償請求をすることもできません。

なお、退職時の有給休暇の買い取りは従業員の権利ではないので、会社が買い取りに応じない場合は買い取りを法的に求めることができません。

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向井 蘭(むかい・らん)
弁護士、杜若経営法律事務所
1975年生まれ。東北大学法学部卒。2003年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2009年狩野・岡・向井法律事務所(現・杜若経営法律事務所)パートナー弁護士。経営法曹会議会員(使用者側の労働事件を扱う弁護士団体)。主に使用者側の労働事件を担当。労働法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。著書に『改訂版 書式と就業規則はこう使え!』(労働調査会)、『管理職のための ハラスメント予防&対応ブック』(ダイヤモンド社)など多数。

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(弁護士、杜若経営法律事務所 向井 蘭)

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