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上野千鶴子×海老原嗣生「男はいつ"部長"という既得権益を手放せるか…働き方の楽観シナリオと最悪シナリオ」

プレジデントオンライン / 2024年4月15日 16時15分

社会学者 上野千鶴子さん - 撮影=市来朋久

女性はいつになったら普通に働き、意思決定権を持てるようになるのか。働く女性の課題解決が遅々として進まないのはなぜか。『こんな世の中に誰がした?』が話題の社会学者・上野千鶴子さんと『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』を上梓した雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんの対談をお届けしよう――。

■日本の雇用における最大の課題

【海老原】僕は、日本の雇用における最大の課題は「働く女性に関する問題」だと考えています。現在では国も企業も女性に労働参加を求めるようになったのに、社会は相変わらず男性優位で、家事育児も女性に負担が偏った状態が続いています。働く女性に関する問題は、日本の労働・雇用における宿痾(しゅくあ)(いつまでたっても治らない病気)だと思います。

【上野】私もそう思います。その問題の原因は企業と男性の利害によってつくられた社会構造であり、女性はずっと苦しんできました。女性たちはそう声に出して主張してきましたが、聞く耳を持ってもらえなかったというのが現実です。

【海老原】僕も社会構造の問題は大きいと考えています。しかし、近年は労働人口の減少によって、企業も女性に働いてもらわないとやっていけなくなりました。だから、企業はそれこそ利害を考えて、働きやすいように制度を変えるなどして女性にすり寄ってきた。その結果、社会も企業もひと昔前に比べればいい方向に変化してきたように思います。今後はもっとよくなっていくのではないでしょうか。

■女性のキャリアはどこかの段階で暗礁に乗り上げている

【上野】企業が女性に働いてもらいたいと考えているのはわかりますが、一体どこまで本気なのか、本当に変わるつもりなのか、私は懐疑的ですね。まだまだ企業にも社会にも微々たる変化しかなく、女性は相変わらず苦しんでいます。ですから、企業は変わりつつあるしこれからもっとよくなっていくだろうという海老原さんの楽観論にはあまり同意できません。

【海老原】ただ、近年は女性管理職も増えてきましたね。その陰には、2000年ごろから増えた大卒女性たちの頑張りがあると思うんです。彼女たちはまさにフロントランナー。まだ旧態依然としていた男性社会の中に放り込まれて、涙が出るようなつらい思いをしながら「女性ってこんなに有能なんだ」と見せることで企業の姿勢を変えてきた存在です。

【上野】女性の大学進学率が急速に上昇したのは90年代。それから後に社会に出た女性は、今40代になっています。彼女たちは、企業がその有能さに気づいたにもかかわらず、その働きに正当に報いてこなかったという現実を反映する存在でもあります。そして、今も企業の姿勢はほとんど変わっていません。その点はすでに実証研究や事例研究が積み上がっています。

同じように総合職入社した男女が数十年後、ポジションや給与にどれほど差がついているか。大槻奈巳さんの『職務格差』、佐藤直子さんの『女性公務員のリアル』、中野円佳さんの『「育休世代」のジレンマ』などを読むとよくわかりますが、結局、女性は帝王学コースに乗ることなく、どこかの段階でキャリアが暗礁に乗り上げています。

■企業がやっと変わってきたのが2017年ころ

【海老原】その背景にある社会構造に、どれほどの人が気づいているのでしょうか。僕はその構造を解き明かして変えていきたい、構造に変化を引き起こした今の40代女性たちの気持ちを代弁したいという気持ちが非常に強いです。

雇用ジャーナリスト 海老原嗣生さん
写真=本人提供
雇用ジャーナリスト 海老原嗣生さん - 写真=本人提供

【上野】女性の気持ちを発信する役割は、私たち女性が果たしてきました。ですから、海老原さんのような男性ジャーナリストの方には、女性向けにメッセージを発信するより、ぜひ企業と男性に向けて語っていただきたいですね。海老原さんの新刊を見ると、女性向けに書かれているように見えて、男性が読むとは思えません。彼らも変化しつつあるとおっしゃいますが、40代女子の苦難を見てきた私としては、企業はこれほど能力のある女性たちを使い捨ててきたと思わざるを得ません。

【海老原】そこは、同じ女性でも30代と40代の間に分断があるのではないかと思います。大企業の総合職正社員に占める女性割合を見ると、企業が本当に変わってきたのは2017年ごろからです。1989年には2~3%しか在職していなかった30代女性が、2022年では30代前半で34%、30代後半で32%にまで伸びてきているのです。

【図表1】企業の規模別の大卒正社員に占める女性比率
※「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)の当該サンプル数をもとに海老原氏作成。『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』より

確かにフロントランナーたちは、男性による妙な気づかいでキャリアの途中からおかしな方向へ行かされることも多々ありました。しかし、その下の30代女性からはさらに人数が増えたため、マミートラックで受け入れきれず、企業も女性を短時間勤務での復職時も元の仕事の部署で腕を磨かせたり、昇進させたりせざるを得なくなってきています。この傾向は今後ますます強まっていくだろうと見ています。

■企業は女性を使いたいが意思決定権を持たせるかは別

【上野】おっしゃる通り、数は力です。海老原さんの予測は若年世代の女性割合が年齢とともにそのまま管理職の女性割合に反映することを前提としていますよね。現実的には、女性は係長までは昇進しているものの、その上の課長、部長、役員となるとやはり壁にぶつかっています。男性のようには勤続年数とポストが相関していません。現場の女性からも、昇進の壁の厚さは相当なものだと聞きます。

均等法1期生はいま50代、死屍累々のなかの例外的なサバイバーで、その中から「初の女性役員」が生まれている状況です。その次のポスト均等法世代の40代は、職場での働き方も家庭での夫のふるまいも変わらないまま奮闘してきた世代。男性管理職の働き方を見て、昇進を躊躇しています。その後の第3世代が30代。彼女たちは50代も40代もロールモデルにならないと言います。

【海老原】全企業で見ると課長のうち40代女性が占める割合は16.8%にまで、大企業でも新任課長だと28.7%にまで伸びてきています。10年前に比べれば女性課長は格段に増えていますし、課長への昇進率も30代後半から40代では男性より女性のほうが高いほどです。ですから僕は、年齢を重ねるとともに課長まで昇進する女性が増えた、次は部長になる女性が増えるだろうと信じたいです。

【図表2】大企業の課長在職年数別の女性比率
※「賃金構造基本統計調査」(2020年)の役職別勤続年数より海老原氏作成。『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』より

■女性の課長昇進率が男性より高い理由

【上野】課長への昇進率が男性より高いのは、総合職採用時の競争率が女性のほうが格段に高いからでしょう。つまり、企業は採用時点で超ハイスペックの女性を選び抜いているのです。女性課長は徐々に増えてはいますが、現在の新入社員の女性比率がそのまま10年後、20年後の管理職比率に反映されるであろうというのは、かなり楽観的な予測だと思います。たしかに就労継続期間は延びていますが、それが昇進と連動していませんし、離職する女性もいます。

【海老原】確かにおっしゃる通り、2000~2005年の大卒正社員新卒入社者を雇用動向調査から調べると、女性2:男性8でした。この女性2のうち、一般職が半数程度いたでしょうから、実際は1:9だったでしょう。それくらい女性は狭き門で精鋭が入っていた。それが、2010年代になると、45:55とほぼ同数にまでなっています。その分、質は落ちているのは確かでしょうが、なにせ、数が大きく増えている。だから僕は期待をしているんです。

■企業は「正規・非正規問題」に取り組むべき

【上野】現在の女性課長の割合がさらに部長や役員の女性比率へと順調に経年変化していけばいいですが、現状では女性役員がいてもそのほとんどが社外取締役。社内で人材育成できなかったことを告白しているようなものです。企業の中には社内で登用したくても人材がいない、というところもあります。つまり育ててこなかったということでしょう。口にするだけ恥ずかしいとは思わないのでしょうか。

それに、ここまでは正社員の話でしたが、現実的には女性の就労人口の過半数は非正規雇用です。正社員の第1子出産離職率は5人に1人くらいに低下していますが、非正規女性の第1子出産後の離職率は近年でも60%となっており、同じ女性でも正社員と非正規の間に大きな分断があります。企業はこの点にも取り組むべきです。

【図表3】正社員/非正規社員の第1子出産後の就業継続
※国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(夫婦調査)」(2021年)より

■近い将来、女性の正社員数が非正規を超える

【海老原】2019~2022年のデータを見ると、女性の非正規は減ってきています。女性の正社員は長らく低位安定していたものが、2013年くらいから海老反るように急増をしました。正社員増から非正規減まで5年強ありますが、その理由は、非正規の人は、一度退職して育児に専念したのちパート職に就くケースが多くて、ここにタイムラグが発生していると考えます。育児期の短時間勤務での復職が普通となった今は、正社員を「辞めない」から「パート復職者」が減る。だから、非正規は減少を続け、近い将来、正社員数が逆転すると読んでいます。

【図表4】女性の正規社員数と非正規社員数の推移
※総務省「労働力調査」詳細集計をもとに海老原氏作成。『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』より

【上野】正社員に関しては、企業が辞めさせないだけでなく、女性も離職することの不利益を知って仕事にしがみつくようになりました。非正規に関しては、私は数が減った理由はコロナ離職だと考えます。非正規女性の多くはサービス業や宿泊、飲食など、コロナ禍で最もダメージを受けた職種に就いていますから。

【海老原】それにしても、直近の非正規女性数は2019年のピーク時に比べるとかなり減っています。そして、非正規に関しては絶望的に人手が足りないからと企業も給与を上げ始めました。このペースで給与アップが続き、加えて5年勤続で無期化していくと、そのうち正社員と非正規どっちでもいいかな、という社会になっていく可能性もあると思うんです。

■企業はあくまでも都合よく働いてもらいたいだけではないか

【上野】非正規に女性が多いのは、能力や意欲が高くても正社員にはなれない、上のポストには上がれないという構造を、企業と男性がつくり上げてきたからです。今はどの企業も、女性に働いてもらうのはマストだと思いますが、あくまでも都合よく働いてもらいたいだけでしょう。

実際、女性では新卒非正規、つまり初職が非正規でずっとそこに固定されてしまう人も出てきています。私は、女性の正社員と非正規の分断はそう簡単には解消しない、むしろ進行していくだろうと思います。

【海老原】男性は初職が非正規でもどんどん正社員化されているので、そうした性差別はまだありますね。それでも僕はやはり、そんな構造もこれから変わっていくだろうと期待してしまいます。前述のようにパート主婦が細り、前期高齢者が激減しています。こうして非正規のなり手が不足すれば、企業は待遇も評価も劇的に変えていかざるを得ませんから、それが構造変化につながるのではと考えています。

■ホモソーシャルな組織文化を守りたい人々

【上野】企業は経済合理性を追求するものだと考えればそうなるはずです。なのに、企業はすでに女性は使えるとわかっているし、女性が入ると利益率が上がるといった実証データも出ているのに、ほとんど変わっていません。

上野千鶴子『こんな世の中に誰がした?』(光文社)
上野千鶴子『こんな世の中に誰がした?』(光文社)

だから、企業の中堅以上の方々に私の仮説を投げてみたんです。「企業は経済合理性を差し置いてでも、ホモソーシャルな組織文化を守りたいと思っているのでしょうか」って。そうしたら、ほとんどの方がイエスとお答えになりました(笑)。

【海老原】経済合理性というよりも「背に腹を代えられなくなる」と変わり始めるんじゃないでしょうか。近年はまさにそうした状況になっているから、既得権益を差し置いてでも変化に取り組まざるを得なくなった。微々たる変化かもしれませんが、これはやはり今の40代女性たちが頑張ってくれた成果であり、かなりの果実ではないかと思っています。

【上野】その果実の代償として、女性はたくさんのツケを払わされてきました。それにしては変化のスピードが遅すぎますね。私はいつも「背に腹を代えられなくなってからでは手遅れになる」と警告しているんですが。

■変わるべきは企業と男性

【海老原】変化のスピードが遅い理由として、今の40代女性が声を上げてこなかったからだなんて不届きなことをいう人もいますが、その点はどう思われますか?

海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)
海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)

【上野】声はしっかり上げていますよ。企業と男性が聞く耳を持たなかっただけです。たとえば、なぜ女性管理職が増えないのかという話題になると、すぐ「女性自身が望まないから」「女性の意識が低いから」という意見が出てきますが、それは男性の上司が女性の意欲をくじいてきたからです。また管理職の長時間労働が女性の昇進の最大の壁であることもデータからはっきりしています。女性の意識が低いなどと言い出す時点で、上司のマネジメントの失敗を証明するようなものです。今の時代、女性はもう十分に意欲も能力も高いし、意識も変わっています。変わるべきは女性ではなく、企業と男性のほうです。

【海老原】企業は、そうした意識変革に加えて年功給からも脱却すべきですね。現状の日本では、ヒラ社員でも年齢とともに給料が上がりますが、これでは男性は50代になるまで昇給昇進の可能性をあきらめきれず、家庭重視の決断をしにくい。結果、女性の家事育児負担が一向に減らないことになる。

【上野】そうですね。年功給も既得権益者は男性ですから、海老原さんから彼らに変化を促してください。女性には意思決定権がありませんから、職場のルールを変えられません。

■最悪のシナリオ

【海老原】企業も、もう年功給は無理だということで脱却を望んでいますし、すでに「背に腹を代えられない状況」だと感じ始めています。既得権益を手放さざるを得なくなる日も近いでしょう。

【上野】バブル崩壊時も、企業は背に腹を代えられない状況でしたが、そのときは労働コストを下げて、そのしわ寄せをほぼ女性に負わせるというあくどいやり方で乗り切りました。

ですから私は、このまま行ったら企業は労働力の再生産コスト、すなわち労働者の生活を維持する費用に関知しなくなるという最悪のシナリオも考えます。そうなれば日本社会には分断と格差が拡大します。日本にはますます希望がなくなるでしょう。だからこそ、海老原さんには企業と男性を変えてほしいと切望します。女性に向けてではなく、彼らに向けたメッセージをどんどん発信していただきたいですね。

【海老原】微力ながら頑張っていきます。

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上野 千鶴子(うえの・ちづこ)
社会学者
1948年富山県生まれ。京都大学大学院修了、社会学博士。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などの高等教育機関で40年間、教育と研究に従事。女性学・ジェンダー研究のパイオニア。

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海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。

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(社会学者 上野 千鶴子、雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生 構成=辻村洋子)

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