橋下徹「小林製薬と大谷翔平選手の事例から考える『説明責任』の重要ポイント」
プレジデントオンライン / 2024年5月10日 9時15分
早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最新の著作は『情報強者のイロハ 差をつける、情報の集め方&使い方』(徳間書店)。 - 撮影=的野弘路
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2024年5月17日号)の掲載記事を再編集したものです。
■Question
危機に見舞われた時、どう情報開示するか
企業や著名人のアカウンタビリティ(説明責任)が問われる事件が頻発しています。米大リーグの大谷翔平選手は、元通訳の違法賭博問題に関して記者会見を開きましたが、送金については詳細を語りませんでした。小林製薬は自社の「紅麹」サプリメントによると見られる健康被害について、情報開示や製品回収に時間がかったと批判されています。危機の時こそ真価が問われる「説明責任」ですが、気を付けるべきポイントはどこでしょうか。
■Answer
むしろ信頼度が上がる「素直な問答」
大谷選手の件と小林製薬の紅麹問題を同列で論じることはできませんが、「初動」のあり方については、学ぶべき共通点がありそうです。
昨今は政治家の不祥事や芸能人スキャンダルなどアカウンタビリティを問われる事象も多い。初動の一手を誤り、会見も有効に活かせず、信頼が失墜すれば致命傷になりかねません。
不祥事であれ、疑惑であれ誤解であれ、「放っておけばいずれ世間は忘れるはず」と高を括るのは間違いです。
今は昭和の時代ではなく、放っておけば、噂や誤解はSNS空間でより増幅され、広範囲に拡散されていくもの。仮に「事実ではなかった」「自分に非はない」ような場合でも、可能な限り早急かつ適切に対処する必要があります。ましてや今回の「紅麹」のように深刻な健康被害を引き起こす事態は、「ちょっとやりすぎでは……」というくらいのアーリー&オーバーリアクションでちょうどいい。
最近は台風が近づいたり大雪警報が出されたりしたら、公共交通機関が事前に運行を取りやめるようになりましたよね。万一の事態に備えて、多少大仰でも安全第一にしたほうが信頼度も向上します。
「素早く・暫定的に」「早期の安全確認・原因究明・説明責任」こそが令和の時代の危機管理の絶対ルールです。
その意味において、小林製薬の初動は遅すぎました。報道によると1月15日の時点で症例報告を受けていたにもかかわらず、自主回収を命じたのは2カ月以上経った3月22日。もちろん大企業の生産ラインを止めることは大きな損失を伴い、容易に決定しにくい事情もわかります。しかし、結局はその2カ月で得られた売り上げをはるかに上回る規模の「信頼」が失われてしまったことになります。
では、大谷選手の事例はどうか。こちらは消費者ありきの企業とは異なります。原稿執筆時点(4月9日)で、大谷選手自身の関与も不明です。ただ、世間からの注目度の高さという点では、共通項がある。すでに虚実ないまぜの憶測が飛び交い、早期のアクションが求められる以上、本人による会見は評価できます。でも、その内容はどうだったでしょう。
大谷選手は会見の場で、自身の潔白を訴え、元通訳の水原一平氏が「嘘をついた」と断じました。これは弁護士としての立場から見ると、一見正しい弁明です。「完全否定」「事実無根」から会見をスタートするのはアメリカらしくもある。日本ではよく「世間をお騒がせして申し訳ありませんでした」と、とりあえず謝ってしまいますが、この感覚は欧米では通用しません。「謝罪」=「非を認めた」ことにほかならず、だからこそ「記者会見」=「自らは潔白であることを主張する場」として理解されているのです。
ただし、日本のメディア向け会見としては、もう少し違う形のものがあっても良かったのではないでしょうか。「記者会見」は「裁判」ではありません。会見場に殺到するカメラの向こうにいるのは裁判官や陪審員ではなく、スポンサーや消費者、ファンを含む世間一般の人々です。会見の一番の目的は、そんな彼らの「納得感」を得ることです。小林製薬の場合は、サプリ購入者や株主や取引先であり、大谷選手の場合はファンやスポンサーたちが該当します。そこで必要なのは「自分は潔白です」「非はありません」というドライな法的主張より、もう少し周辺事情や本人の感情に寄り添ったウエットなものではないでしょうか。
実際、会見後も噂や推察・邪推は後を絶ちませんでした。大谷選手が「語ったこと」以上に人々が注目したのは、「語らなかったこと」でした。
例えば誰もが疑問に思う点として、なぜ水原氏が6億8000万円もの巨額の金を大谷選手の口座から送金できたのかという謎があります。そこを彼は一切語らず、質問も受け付けなかった。それではテレビのこちら側にいる人間としては、どうしてもモヤモヤ感が残りますよ。
大谷選手がもし賭博と知りつつ送金したのなら大問題ですが、そうでなくても大谷選手クラスの事業主なら置いておくべき会計責任者を置かずに水原氏任せにしていたのだとしたら、そして口座についても全く確認をしていなかったのであれば、それは少々甘いと言わざるをえない。
■10の染みがあれば3つくらいは告白せよ
その点、コメンテーターの中には「富裕層ならこれくらいの額の資金移動は普通だ」という人もいますが、事実は逆です。むしろ富裕層の口座こそ、マネーロンダリング回避のために金融機関は細心の注意を払い、口座管理やチェックを行っています。全然富裕じゃない僕の口座でさえ、普段と異なる外貨収入があった際は、銀行から連絡がきたくらいです。その額わずか5000円……。結局、それはX(旧ツイッター)の収入でしたが、それくらい普段と違うお金の流れはチェックされている。
だから今回、大谷選手の資金流出について金融機関からチェックが入らなかったとすればおかしな話ですし、また、2段階パスワードの運用を含め、すべてを水原氏に任せきりだったとしたら、それはやはり大谷選手自身に甘さがあったと言わざるをえない。
もちろん、そこも含めて水原氏が犯罪的な行為で金融機関などを騙していた可能性はありますが、ただ一点、口座の動きを年に1、2回確認するだけでも今回の事態は防げたはずです。
大谷選手は野球に集中すればいい、お金に頓着しないのが彼らしいという声もありますが、大谷選手ほどの人物になると、自身のお金がマネーロンダリングに使われないか、違法団体の広告塔に使われないかの注意やセルフマネジメントも必要になってきます。
要するに、法的には「シロ」でも、責任者として何らかの落ち度や、管理の甘さが存在していたのであれば、そこは素直に述べたほうが、むしろ信頼度は上がるのではないでしょうか。
「僕自身には法的に非はありませんが、甘さや不注意があったのかもしれません。以後気を付けます」と。
世の中に、一点のミスもない純白の個人や企業など存在しません。誰だってよく目を凝らせば、淡い染みや小さなほころびが存在するもの。会見を指揮する弁護士は「完全否定」「事実無根」を貫きがちですが、メディアやSNSは、1つの染みを発見すればそこを容赦なくついてくる。ならば、10の染みのうち3つくらいは自ら告白したほうがいいんです。
多くの消費者と向き合っている企業や多くのファンに支えられている有名人には特に意識してほしいことですが、何か重大な事態が起きたら、暫定的な段階でもとにかく早く公表する。そして、隠すよりも見せる。それが信頼回復への第一歩になるのです。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『折れない心 人間関係に悩まない生き方』(PHP新書)。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 撮影=的野弘路 写真=時事通信フォト)
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