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日本を「楽園のような国」と信じている…親日国・イランで日本人が絶対に言ってはいけないフレーズ

プレジデントオンライン / 2024年7月23日 9時15分

2024年4月16日、イラン・テヘランで、イラン最高指導者ハメネイ師(上左)とイラン最高指導者故ルーホッラー・ホメイニー師(上右)の壁画の前を歩くイラン人たち - 写真=EPA/時事通信フォト

イランとはどんな国なのか。『イランの地下世界』(角川新書)を書いた若宮總さんは「イスラム教の独裁国家というイメージが強いが、実際は全く異なる。イランの人たちは政府を嫌い、イスラム教に嫌気が差している」という――。(聞き手・構成=ジャーナリスト・末並俊司)

■イラン人の最大の敵は「イラン体制」

──今年4月、イランとイスラエルが初めて直接的な軍事衝突をしました。しかし、イランの人たち、特に若者はイスラエルのパレスチナ侵攻を支持していると著書に書かれていました。それはなぜでしょうか。

今のイラン人、特に若者にとっての最大の敵はイラン・イスラム共和国です。打倒すべき最大の敵が自国の体制なんです。だから、敵の友であるパレスチナが敵になる。ロシア、中国も敵となります。レバノンやイラクの、シーア派、フーシ派、ヒズボラも全部敵です。彼らはそういう思考回路なのです。

一方、敵の敵であるイスラエルが友になります。実際にパレスチナで何が行われているか、どんな悲惨な虐殺が行われているかは、割とイラン人の関心が低い。見て見ぬふりをしている。

今年1月、シリアのイラン大使館が攻撃され、革命防衛隊の司令官らが死亡しました。イランはその報復として、4月にイスラエルを攻撃しました。その数日後に、イスラエルからイランへの反撃があった。そのときにイランの人々から「もっとやれ」という声があがりました。もっとわが国家を攻撃してくれと。

これが、若い人たちの本音なのだと思います。もちろん自宅が攻撃されるのは困りますが、最高指導者の家をピンポイントでやってくれ、という人が結構いました。日本に当てはめると、首相官邸にミサイルを撃ち込んでくれと言っているようなものです。

■イスラエルへの攻撃は国家のメンツのため

──イランとイスラエルの武力衝突を、イランの人たちはどう見ているのでしょうか。

力の見せあい、武力の誇示、競争に過ぎないと思っています。要するに本気でドンパチやって殺し合うつもりはない。茶番として見ています。政府が「これだけの力があるんだぞ」と示すことが目的であり、それ以上の意味はなかったと考えているのです。

実際にイランのイスラム政府は攻撃の72時間前にイスラエル、アメリカ、周辺国に通知しています。「報復攻撃をするから、ちゃんと迎撃してくれよ」「迎撃してくれないと被害が大きく出て困るから」というメッセージです。

──なぜイラン人はかくも理性的なのでしょうか。情報リテラシーが高い理由を教えてください。

若宮氏
若宮氏(撮影=プレジデントオンライン編集部)
 

欧米メディアの影響を受けているからだと思います。しかし、決して西洋にも洗脳されてない。そこが彼らのすごいところです。

そもそもイランの国営放送が、ものすごくつまらない。あんなもの誰も見ていないんです。公共の場では国営放送が映るようになっていますが、自宅で見る人はほとんどいません。自宅に帰ると衛星放送でBBC(イギリス)。などの欧米メディアのペルシア語放送を見ているイラン人が大半です。

最近、財政難を理由にテレビ放送から撤退してしまったマノトなどは反イスラム共和国どころか、王政復古、パフラヴィー朝礼賛の論陣を張る急先鋒でした。そういうものをイラン人は見ている。

■日本のマスコミはプロパガンダにだまされている

このように衛星放送で、多様な海外メディアに接しているので、彼らはリテラシーが高いのだと思います。SNSもたくさん見ている。特にインスタグラムは若者から高齢者に至るまで使っています。インスタは日本だと若者文化のイメージですが、イランでは老若男女を問わず人気があるんです。

イランの国旗に向かって歩く人たち
写真=iStock.com/christophe_cerisier
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/christophe_cerisier

──日本では、イランで戦争ムードが高まっているとの報道をよく目にしました。

いや、そんなの嘘です。日本のメディアは、イスラム共和国が言ってほしいことを報じているだけです。

いわゆる示威行動(デモ)はありますが、サクラとして政府に動員される人も多くいる。バスに乗って何千、何万人という規模でテヘランに集まり、目抜き通りでデモをやれば、あたかも全国民が賛同しているように見えるわけです。そういう映像を作って、垂れ流している。つまりプロパガンダです。

基本的に日本のメディアはイラン国内で自由な取材ができません。記者が取材する際には政府から派遣されるイラン人が必ず通訳兼監視役として付くそうです。彼らの意に反する取材や報道をしてしまうとイランで活動できなくなるリスクがあるので、イラン側のスタンスを鵜?みにするわけですね。

しかし先日のNHKのニュースでは「やっぱり戦争はしてほしくない」というイラン人の声を拾っていました。なかなかNHKもちゃんとやっているな、と思いました。

■イスラム疲れ、イスラム離れ…

──イランの若者はどうして自分の国を嫌うのでしょうか。

今のイスラム体制はイラン人の中から生まれた体制ではない、と多くの若者が考えているからです。現体制は国民を代表するものではないということです。

この体制はアラブ人によるイラン支配なんだ、と考えている人もいます。イギリス、アメリカ、フランスが中心になってホメイニ師を革命家に仕立て上げ、イラン人に押し付けたという陰謀論めいた話まである。

ある意味で、イランという国とイスラム共和国を峻別している。ネイションとステートを分けて考えているんです。

──さらに「アラブ嫌い」でもあるわけですね。

これは歴史的な怨念に近いものもあると思います。7世紀、ペルシャ帝国(ササン朝)はイスラム帝国に攻められ、崩壊しました。イスラム軍ということになっていますが、実際に攻めてきたのはアラブ人の軍隊です。

イランの人たちは、自分たちの黄金期だったペルシャが、アラブ人に終止符を打たれたと思っているわけです。これは歴史的な屈辱です。ペルシャの崩壊を機にイスラム化し、アラビア文字を使うようになりました。アラビア語の単語を大量に受け入れた。

日本では、漢字は中国から平和的に入ってきました。誰も今の日本語から漢字を排斥しようなんてことは言いません。ところがイランの場合はアラビア語の排斥運動が盛り上がっています。

1979年のイスラム革命以降、アラビア語教育が行われるようになりましたが、これはコーランの言葉だから全員強制です。例えば医学部や理工学部を志望する者でも、アラビア語、宗教は必修科目になっている。

イラン人男性と女性
写真=iStock.com/CanY71
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CanY71

■まるで自民党の裏金議員

かつては、「政治は駄目だけど、宗教は駄目じゃない」という人もいましたが、今はステージが変わってきている。この国の政治と宗教を分けることはできないことが認識されるようになったのです。

本当に敬虔で純粋なイスラム法学者もいます。しかしイスラム政権があまりに酷いのに、反旗を翻すこともしない。今の自民党の若手議員のようです。自分は裏金を蓄えていないけど、党を割って裏金議員に対してNOを突きつけることもない。イランの法学者たちも同様に見られています。

──イラン人は、イランを褒める外国人が嫌いだとも指摘されていますね。

そうですね。特に相手が日本人だと。彼らはとにかく親日で、日本を素晴らしい楽園のように思っている人が多い。そんな国から来た人が「イランをいいと思うはずがない」と思っている(笑)。それくらいイラン人はイランが嫌いだし、自信がない。

■「あなたの国はいい国ですね」と言わないほうがいい

「とにかくイランという国の酷さを知ってほしい」。最近、そんなイランの人たちの気持ちがわかるようになってきました。日本では自民党の裏金問題が噴出していますが、なぜか海外のメディアではほとんど取り上げられていません。そればかりか、日本政府がかなり美化されて報道されることもある。

──国民が自国の政権を嫌うという点では、日本とイランには共通点がありますね。

そうです。今イランでは王政復古の動きも起きています。これはある意味では、イランを再びイラン人の手に取り戻そうという運動でもあるわけです。

イスラム体制を終わらせること。これがイラン人ほぼ全員の一致した考えではないでしょうか。問題はそれをどうやって終わらせるかです。2022年に起きたデモのような方法では、政府から弾圧されるだけだった。

大規模なデモが起きても、どこの国も手を差し伸べてくれなかった。イラン人には、欧米先進国に裏切られたという気持ちがあることも事実です。

■イスラム国家は限界を迎えている

外国が助けてくれないと体制を終わらせられないと明らかになった今、海外からいかに応援してもらうかが重要です。

それを誰がやってくれるのか。私は、パーレビ(パフラヴィー)国王の息子、レザー・パフラヴィーの役割が非常に大きいと思いますが、彼らが国際世論を味方につけることができれば、状況は大きく変わる可能性があります。

──イランの人々にとって、どんな選択肢がいちばん幸せなのでしょうか。

そこが問題で、イランの友人たちに聞いても意見が別れています。

本書の中でもいくつかの可能性を検討していますが、高学歴で、かなり冷静に政治や社会を分析しているような人たちは、革命や大きな政変よりも、体制の枠組みを残したままでの民主化、イスラム共和国の「換骨奪胎」を支持している印象を受けています。

――5月にライシ前大統領が事故死したことを受けて行われた先日の大統領選挙では、改革派のペゼシュキアン氏が新しい大統領に選ばれましたね。

基本的に大半のイラン人はこの国の政治にもはや何の期待もしていません。本書でも書いた通り「イラン・イスラム共和国はオワコン」ですからね。

ライシの死が報じられたときも悲嘆に暮れている国民などごくわずかで、多くは人知れずガッツポーズをしていたか、SNSなどで事故を皮肉ったジョークなどを見ながら笑っていた。

大統領選挙も全体として盛り上がりに欠けていました。なぜなら、大統領をいくら代えたところで最高指導者ハメネイやその取り巻き、そして革命防衛隊がいる限りイランは変わらないというのが、今や国民の共通認識だからです。

■改革派の大統領が誕生した意味

それどころか、反体制的な人々は今回、投票のボイコットを呼びかけました。この背景にはレザー・パフラヴィーや2022年の反体制デモの犠牲者遺族がボイコットを強く求めていたことがあります。

その結果、投票率は今回も前回同様、50%に届かなかったわけですが、一方で意外な動きもありました。

当初最有力と見られていた保守強硬派のガリバフが一回目の投票で沈み、唯一の改革派候補ペゼシュキアンが首位に躍り出たのです。

それまで国民の多くは、ペゼシュキアンは選挙を見世物にするために送り込まれた、ピエロ的な存在と思っていたわけです。どうせ票を集めるのはハメネイに近い保守派の候補に違いない、こんな子供騙しに乗せられてたまるかと。

ところが、そのピエロが予想外の健闘を見せて2位のジャリリ(保守強硬派)を僅差で破り、決選投票に持ち込んだ。

これを見て、変革をあきらめていた人たちの心が揺らぎはじめます。

「確かに大統領選は一場のサーカスにすぎない。しかし、改革派に勝機が見えている今、みすみす保守派を勝たせてしまえば権力者たちを一層つけ上がらせるだけではないか」

その結果、2回目の投票では1回目よりも投票率が10%近く上がり、ペゼシュキアンが当選することになりました。

私は個人的にこの判断は賢明だったと考えています。

■生活者として現実的な選択

イランの大統領選は自民党の総裁選のようなもので、「誰が選ばれても一緒」という面は確かにある。投票行動そのものが、国民に銃口を向ける独裁者の延命に手を貸すことだという論理も分からなくはない。

しかし、実際に選挙をボイコットしたところでイランの体制がダメージを受けると思いますか? 日本の場合もそうですが、むしろ投票率が下がって喜ぶのは固定支持層を持つ既成権力の側です。

私はこうした話を友人たちにもしていますが、現体制に完全に背を向けている彼らにはなかなか理解してもらえません。「結局お前は外国人だから分からないんだ」なんて言われたときは久々にわりと凹みました。

一方、1回目からペゼシュキアンに投票したという、ある友人は私にこう話してくれました。

「『ダメ候補』を落とし、『ややダメ候補』を選ぶのがイランの選挙。抜本的な改革なんか初めから期待してないよ。でも、たとえば後者が前者よりもインフレ率を1%でも低く抑えてくれそうなら、彼に一票を投じる。いくら大統領の立場が弱いとはいえ、それくらいの権限はある」

彼もまたイスラム体制そのものは見限っているわけですが、あくまでも今日明日を暮らす生活者として現実的な選択をしたということでしょう。

イスラム教徒の祈り
写真=iStock.com/Diy13
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Diy13

■自分の考えだけが絶対に正しいという思い込み

このように、選挙に参加する人々が必ずしもイデオロギー的に現体制を容認しているわけではなく、様々な考えのもとに一票を投じているにもかかわらず今回、国内外で投票した国民に対して反体制的な人々の一部が「売国奴」「独裁者の手先」などのレッテルを貼り、投票所の前などで激しい妨害活動を行っていたことは評価できません。

思想信条の自由はどんな場合にも保証されるべきです。投票したくないのなら自分が行かなければいいだけの話で、ボイコットを呼びかけるくらいならまだしも、投票した人を侮辱する権利など誰にもない。

残念ながらイラン人には、特に政治のこととなると自分の考えだけが絶対に正しいと思い込み、それを相手にも押しつけようとするところがある。しかし、それでは現在の強権体制とやっていることがまるで同じです。

こういう場面を見るにつけ、私はイランの民主主義の未熟さ、自由に対するイラン人の理解の不十分さを痛感します。

本書でも「政治改革はイラン人一人ひとりの自己点検から」ということを強調しましたが、そのことを改めて感じた大統領選挙でもありました。

■イランはこれからどうなるのか

――新しい大統領のもとで、今後イランはどう変わると思いますか。

先ほども述べたように大枠では変化はないでしょう。たとえば、ベール不着用が合法になるとか、政治犯が釈放されるとか、検閲制度が廃止されるとか、そういう変化は期待できません。

ある程度の改善が期待できるのは経済と外交の2つです。

今イランでは、保守穏健派だったロウハニ元大統領に近い人物が、ペゼシュキアン大統領のもとで再び入閣する可能性がささやかれています。ロウハニ政権下では一時期かなりインフレが抑制されていた。

外交では、かつて核協議を主導し、経済制裁解除にこぎ着けたザリフ元外相の再登板もあり得るでしょう。仮に彼が外相にならなくても、欧米諸国との関係は今よりよくなる可能性が高い。

イスラエルへの挑発や、周辺諸国に対する軍事的・政治的な介入など、国民に不人気な外交政策にも変化の兆しが見られるかもしれません。日本もそうですが、イラン人の多くは今、政府は軍事や外国支援よりも国内政策に集中すべきと考えていますから。

イラン外交が対話と協調の方向に舵を切れば、通貨リヤルの価値も多少上向くはずです。つまり経済の好循環にもつながっていくわけです。

と、まあここまでは誰でも予想することですが、私は学者でないのをいいことに自由に、というか無責任にいろいろな空想もするわけです(笑)。そのなかで、個人的にはペゼシュキアンとハメネイの関係がどうなっていくのか気になるところですね。

■「嘘のようなことが普通に起こる、それがイラン政治」

新大統領が1期4年を全うするころ、現在85歳のハメネイは89歳になっています。すでに相当、健康状態も悪いと言われているので、その前に死亡する可能性も高い。仮にしぶとく生きながらえたとしても、イランの大統領は通常2期8年やりますから、ペゼシュキアンがハメネイ時代最後の大統領となることは、ほぼ確実なわけです。

若宮總『イランの地下世界』(角川新書)
若宮總『イランの地下世界』(角川新書)

そのとき、彼はどうするのか。何もせず引き続き次の最高指導者に忠誠を誓うだけでしょうか? もちろん、その可能性は大いにあります。

しかし、最高指導者候補と目されていたライシがいなくなった今、誰が次期最高指導者になってもその求心力はハメネイとは比較にならないほど弱いものとなるはずです。

その権力の空白を狙って大規模な反体制デモや、革命防衛隊によるクーデターなどが起きないとも限らない。ペゼシュキアンが今後ハメネイとあまりにべったりの関係を築いてしまうと、そのとき彼の立場は著しく不利になります。

一方、そのあたりのことまで考え、国民を含めた全方位と絶妙な距離感を保てれば、大きな変革のなかで彼がキャスティング・ボートを握る可能性もある。

ペゼシュキアンがハメネイの死とともに政治的に葬られるのか、あるいは逆にそれを利用してのし上がるのか。これは見ものだと思いますが、どうでしょう?

もちろんすべては彼がハメネイより長生きすることが前提ですけどね。誰も予想すらしていなかった嘘のようなことが普通に起こる、それがイラン政治ですから(笑)。

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若宮 總(わかみや・さとし)
ルポライター
10代でイランに魅せられ、20代より留学や仕事で長年現地に滞在した経験を持つ。近年はイラン人に向けた日本文化の発信にも力を入れている。イラン・イスラム共和国の検閲システムは国外にも及んでおり、同国の体制に批判的な日本人はすべて諜報機関にマークされる。そのため、体制の暗部を暴露した本書の出版にあたり著者はペンネームの使用を余儀なくされた。著書に『イランの地下世界』(角川新書)がある。

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(ルポライター 若宮 總)

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