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膵臓がん治療には「太陽を拝むべき」…闘病中の森永卓郎さんに1日100通以上届く「怪しいメール」の正体

プレジデントオンライン / 2024年7月11日 8時15分

「宗教の力を借りるべき」というアドバイスが届いた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/ipopba

経済アナリストの森永卓郎さんは2023年12月に膵臓がんのステージIVであることを公表した。その後、どんな闘病生活を送っているのか。『がん闘病日記』(三五館シンシャ)より、新興宗教への入信を勧められた話をお届けする――。

■がん公表後にメールが倍増した

私のメールアドレスには、ふだんから1日100通以上のメールが来る。がんの公表後、それが倍増した。

もちろんお見舞いや励ましのメールも数多くあったのだが、それをはるかに上回るペースで、治療のアドバイスが寄せられたのだ。その勢いは、その後、5カ月以上経っても続いている。

アドバイスの内容は千差万別だったが、類型化すると以下のように整理される。

■「宗教の力を借りるべき」というアドバイス

まずは精神論だ。治療のためには、前向きの気持ちを捨ててはいけない。だから常に希望を持てるように、毎日「太陽を拝むべき」、「わっはっはと笑うべき」といったものだ。

前向きの気持ちが大切だというのは全面的に賛成なのだが、私にはなぜ太陽を拝むと前向きになれるのかはよくわからない。

宗教の力を借りるべきだというアドバイスもたくさん来た。

「ご先祖さまに祈れば救われる」といった独自宗教や、知名度の低い新興宗教、そこそこの知名度のある新興宗教への入信が勧められた。

勝手な想像だが、そのことで私ががんの克服に成功したら、それを教団の宣伝材料にしたいのだろう。

■「あの世での幸福を得るために祈りなさい」

そして、仏教やキリスト教といった確立した宗教からのお誘いもあった。

ちゃんとした宗教だから、アドバイスはしっかりしているのだが、私が違和感を禁じえなかったのは、「あの世での幸福を得るために祈りなさい」としていたところだ。

私は、あの世の存在を信じていない。いまの人生が終わったら、元の木阿弥(もくあみ)、何一つ残らないと考えている。

それではなぜ、宗教があの世の存在をアピールするのかというと、信者に現世での幸福をもたらそうと考えているからだ。

ほとんどの信者はつらい人生を送っている。それを直接改善することは、どんな宗教でも容易ではない。

そこで「いま祈っておけば、来世での幸福が訪れますよ」と言って希望を与える。その希望が信者の現世での生きがいとなって、現世もまた幸福になるのだ。

ところが、私は来世の存在を信じていない。現世の暮らしも、やりたいことをやってきた。だから、現世での暮らしがつらいとか苦しいとか感じていないのだ。

そうした人間に宗教は不要だ。

■送られてきた「お守り」

ただ、ちょっとだけ嬉しかったことがある。それは多くの人がお守りを送ってきてくれたことだ。いま私の寝室には、送られてきたお守りがずらりと並んで吊り下げられている。

多くの人がお守りを送ってきてくれた
写真=iStock.com/ksbank
多くの人がお守りを送ってきてくれた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/ksbank

最初にお守りを送ってきてくれたのは、上島竜兵さんの奥さまの広川ひかるさんだった。ラジオで一度共演させていただいた関係だ。お手紙には書いてなかったが、おそらくご主人を亡くされた経験を踏まえて、私に生き延びてほしいと思われたのだろう。

お笑い芸人のみほとけさんは、わざわざ奈良の大安寺(だいあんじ)に出かけて、祈祷(きとう)を受けたお札を持ってきてくださった。

みほとけさんは、お笑い芸人であると同時に仏教の専門家で、大安寺はがん封じで有名なお寺だ。ちなみに、御祈祷はサブスク方式になっていて、お寺に電話などで連絡すると、1年のあいだ何度でも祈祷を繰り返してくれる仕組みになっているそうだ。

■「お守り」には打算がない

お守りやお札がありがたいのは、場所を取らないことだ。

千羽鶴を送ってきてくれた人もいるのだが、自宅には飾るスペースがないため、事務所に飾っている。

もうひとつ、お守りのありがたいところは、送り主に打算がないことだ。

多くの人が、お守りでがんが治るとは考えていない。だから、仮に私のがんが治癒したとしても、「自分が送ったお守りのおかげでがんが消えた」というアピールはできない。

つまり、お守りに込められているのは「治ってほしい」という純粋な気持ちだけなのだ。

■「広告塔として利用しよう」と考える人もいる

正直言うと、私のところに寄せられた大量のアドバイスのなかで、これはやってみようと判断した対策はひとつもなかった。

ただ、多くの人が極めて熱心にアドバイスをしてきてくれる。それはなぜなのか。

アドバイスをしてくれる人は、おおまかに3種類に分かれていると思われる。

第一は、純粋に私の快復を祈っている人たちだ。

自分にできることは何かを考えて、その知識の範囲内で提言をしてくる。

「この本を読んだらいいですよ」「このネット記事を見てください」というのが、典型的なものだ。

第二は、私を広告塔として利用しようと考えている人だ。

新興宗教のお誘いが典型だ。もし私が入信したあと、がんからの生還を果たしたとする。それは新興宗教にとって格好の宣伝材料になる。

一方、私が命を落としたとしても、入信したことを無視しておけばよい。つまり、ノーリスクの賭けになるのだ。

「広告塔として利用しよう」と考える人もいる
写真=iStock.com/mapo
「広告塔として利用しよう」と考える人もいる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/mapo

■私は人体実験の材料ではない

また、がん治療に関する「独自理論」を持つ人にとっても、私がその理論に従った治療を行なって快復したら、それは自身の理論が正しかったという証明になるので、大きな満足が得られる。

実際、私のところに届いた手紙のなかにも、「森永さんのがんをこの方法で治癒させれば、私の理論が正しかったことを世間に納得させることができるので、ぜひチャレンジしてほしい」と書いたものがあった。

とても正直な人だと思ったが、私は人体実験の材料ではないのだ。

■ペットボトル1本が1万円を超える「奇跡の水」もある

第三は、がん治療ビジネスだ。

がんの自由診療には、高額の費用がかかることが多い。たとえば、健康食品でも、1つ数千円もするものは珍しくないし、奇跡の水でも、ペットボトル1本が1万円を超えるものもある。

ペットボトル1本が1万円を超える「奇跡の水」もある
写真=iStock.com/Hyrma
ペットボトル1本が1万円を超える「奇跡の水」もある(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Hyrma

さらにマイクロウェーブでがん細胞を殺す温熱療法も、治療ワンセットで200万円を超えるサービスを複数のクリニックが提供している。

明らかに高収益のビジネスだ。

そうしたところを私が利用して成功すれば、格好の宣伝材料にもなるのだ。

■マルチ商法を採用する健康食品メーカー

さらに月額負担が数万円程度という金額でも、マルチ商法を採用している健康食品メーカーがある。

がんに効くという健康食品を買うためには、その会社に会員登録をしないといけない。会員登録をすると、自ら健康食品を定期購入する必要が出てくるだけでなく、健康食品を世のなかに普及させる義務を負う。

そして、新規顧客を獲得すれば、メーカーから一定の報酬が支払われるという仕組みだ。

私はマルチ商法の片棒をかつぐ気持ちをまったく持っていない。

マルチ商法を採用する健康食品メーカーがある
写真=iStock.com/marchmeena29
マルチ商法を採用する健康食品メーカーがある(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/marchmeena29

■まだまだわかっていないことが多い

なぜ、がん治療に関して、こうした百家争鳴(ひゃっかそうめい)のような状況が起きているのかというと、がんの治療に関しては、まだまだわかっていないことが多いからだと思う。

実際、がんには特効薬がない。たとえば、A型インフルエンザの患者に治療薬のタミフルを投与すると、発熱期間を1日短縮するということが統計的に明らかになっている。

また臨床面でいうと、大部分の患者が、投与後すぐに症状が改善すると医師は言う。

ところが、がんの場合はそうはいかない。

効果がすぐに出ることはないし、同じ治療をしても、患者によって効果を発揮する人としない人が明確に分かれるのだ。

■サンプル数が少なすぎる

実際、私のところに来た「この治療法が効く」というアドバイスの大部分が「私はこの方法でがんからの生還を果たした」とか、「私の知り合いがこの方法で治癒した」というものだった。サンプル数は1が大部分で、最大でも3だ。

私はこれでも社会科学者のはしくれで、これまで多くの調査の分析をしてきた。

大雑把に言うと、少なくとも100くらいのサンプルがないと、本当の効果はわからないことが多いのだ。

たとえば、新薬の治験を行なう際には、被験者を2つのグループに分けて、1つのグループにはなんの効果もない偽薬を与える。そして、もう1つのグループには新薬を与える。そして、両方のグループの症状改善に有意な差があるのかを検証する。

新薬に効果があるという仮説を立て、その仮説が間違いである確率を統計学ではP値というのだが、一般的にはP値が5%を切るようでないと効果は立証できないとされる。

そして、このP値は、劇的な効果があるものほど、少ないサンプル数でも下がる特徴がある。

■効果がないにの「効果がある」という声が上がる

がんの場合は、劇的な効果を持つ治療法がないのだから、効果の立証のためには、より多くのサンプルが必要になるのだ。

あくまでもイメージだが、ある治療法が効果を発揮する確率が2分の1だとしよう。

悪くなる可能性も2分の1だから、効果はまったくないということになる。

それでも世の中の人の半分は、この治療法で治ったと考える。仮に3人の人が、全員快復したとする。そうしたことが偶然起きる可能性は2分の1の3乗、すなわち8分の1だから、12.5%の確率で起きることになる。

全体の1割以上のケースで起きるのだから、それを目の前にした国民が「効果がある」との声を上げれば、相当な数になるのだ。

■オプジーボでも全体の2割程度

もちろん、そうしたことをわかっていて、きちんとした医学論文を送ってきてくれた医療関係者もいた。

森永卓郎『がん闘病日記』(三五館シンシャ)
森永卓郎『がん闘病日記』(三五館シンシャ)

ただ、そうした論文を読んでみると、新しい治療法がもたらす5年後生存率の改善は、数%にとどまっている。

劇的な効果はない。がん治療というのは、そういうものなのだ。

これは統計的に立証されたものではないのだが、ある医師に話を聞いたところ、がん治療薬として認められて、保険診療の対象にもなっているオプジーボでも、効果を発揮してがんが消滅する人は、全体の2割程度にとどまるという。

8割の人を救うことはできないのだ。

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森永 卓郎(もりなが・たくろう)
経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。

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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)

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