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「人工衛星をアメリカに代理で打ち上げてもらいたい」2000年に金正日がプーチンに伝えていた"まさかの提案"

プレジデントオンライン / 2024年8月10日 8時15分

画像=『公安調査庁秘録』(中央公論新社)

2023年9月、ロシアの宇宙基地でプーチン大統領と金正恩総書記の会談が行われた。公安調査庁シニア・アナリストの瀬下政行さんは「この光景を見て思い出したことがある。2000年7月に当時の金正日総書記がプーチン大統領に『人工衛星をアメリカに代理で打ち上げてもらいたい』と告げたことがあったのだ」という――。

※本稿は、手嶋龍一・瀬下政行『公安調査庁秘録 日本列島に延びる中露朝の核の影』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■宇宙基地でのプーチン・金正恩会談

【手嶋】現在でも北朝鮮とロシアの密やかな接近は、この「三角地帯」(※)にまず映し出されることになりました。巨大な地殻変動を窺わせる微動地震は、今回もまた、日本海を挟んだ「三角地帯」に微かな露頭を覗かせたのでした。

※「三角地帯」とは、北朝鮮、ロシア、中国の国境が入り組んで接する地域を指す。

【瀬下】北朝鮮を率いる金正恩総書記が専用列車を仕立てて朝露の国境を隔てる豆満江を渡りました。2023年9月のことです。専用列車はそのまま極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地に向かいます。金正恩氏は、ここでロシアのプーチン大統領との会談に臨んだのです。もちろん、両者の密かな予備折衝はそれ以前にあったはずです。

【手嶋】ロシアが誇る代表的な宇宙基地に金正恩総書記を迎えて、プーチン大統領は誇らしげでした。ここを会談の舞台として設えたことには、重要なメッセージが籠められていると思います。露朝首脳の接近劇は、言うまでもなく、前年のロシアのウクライナ侵攻がきっかけとなりました。プーチンのロシアは、ウクライナの戦域を挟んで、その背後に控える西側陣営の盟主アメリカと対峙しています。クレムリンにとっては、アメリカの力を殺ぐためにも“北東アジアのトリックスター”である北朝鮮をぐんと味方に引きつけたいと考えたのでしょう。超大国アメリカの軍事力を朝鮮有事に備えて振り向けさせ、同時に北朝鮮から武器を調達できれば、文字通り一石二鳥です。そのためにも応分のお土産は用意したのでしょう。

■会談の2カ月後、北朝鮮はロケットの打ち上げに成功

【瀬下】プーチン大統領は、同行した記者団から「北朝鮮の衛星開発を支援するのか」と尋ねられ、「そのために我々はここに来た。金正恩委員長(国務委員長)はロケット技術に強い関心を示している」と応じました。この首脳会談の背景に、北朝鮮の衛星開発に対するロシアの支援があることを強く窺わせる発言でした。

メディアのインタビュー
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

【手嶋】プーチン大統領は、この発言をアメリカや欧州の主要国に聞かせようとしたのだと思います。プーチンは無駄なことは一切しない人ですから。

【瀬下】北朝鮮は、この年の5月と8月に軍事偵察衛星の打ち上げを試みましたが、いずれも運搬ロケットの不調が原因で失敗していました。金正恩総書記は、本来4月の打ち上げを指示していましたが、期限までに打ち上げることができず、その後も2回続けて失敗した訳で、深刻な技術的問題を抱えていたと見られました。ところが、宇宙基地でのプーチン、金正恩会談のわずか2カ月後の11月、北朝鮮はロケットの打ち上げに成功し、衛星を軌道に乗せたのです。

【手嶋】8月の失敗からわずか3カ月で技術上の問題を克服したとすれば、その間に何があったのか。やはり、プーチンと金正恩の首脳会談で、ロシア側からかなり踏み込んだ技術上の助言と支援がなされたと見るべきでしょう。

■ロシア側による助言と支援があったことを窺わせる

【瀬下】韓国の情報機関である国家情報院が公表した情報によると、露朝首脳会談の際、北朝鮮側がロケットの設計図と失敗した2回の打ち上げデータをロシアに提供し、その後ロシア側の分析結果が北朝鮮に伝えられたとされています。北朝鮮やロシアのメディアが公開した報道写真から、ボストーチヌイ宇宙基地を訪れた金正恩総書記一行の中に、北朝鮮のミサイル開発者の責任者とされる張昌河(チャンチャンハ)国防科学院長、現在はミサイル総局長になっていますが、彼と金正植(キムジョンシク)党軍需工業部副部長とみられる人物が加わっていることが分かりました。そうだとすれば配下の技術者たちも同行していたはずで、技術者同士の協議が行われた可能性があると思います。

また、金正恩訪露後にロシア空軍所属の旅客機が平壌に飛来しており、何らかの人的往来が行われた模様です。北朝鮮は8月の打ち上げ失敗の直後、3回目の打ち上げを10月に断行すると予告していましたが、実際の発射は11月でした。この微妙な時間のズレは、ロシア側による新たな助言と支援があったことを窺わせます。

地球
写真=iStock.com/Thaweesak Saengngoen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thaweesak Saengngoen

■軍事偵察衛星の性能向上に取り組むと思われる

【手嶋】軍事偵察衛星は、偵察能力に劣る北朝鮮にとっては是が非でも保有したいものだと思います。弾頭を装着して運搬するミサイルは、ロシアの技術的なテコ入れもあって、かなり改善が進んだと見られます。一方で、偵察衛星が実際に機能しているのかについては検証が必要です。偵察衛星が撮影する画像は高度な軍事機密であり、公にはしませんから、実際にどれほどの解像度を達成しているのか、疑問は残りますね。

【瀬下】それを検証する手掛かりは、1回目の打ち上げ失敗で黄海に墜落した偵察衛星の機体です。韓国軍が海中からこの機体を回収して調査した結果、「搭載されていた偵察衛星の分解能力はサブメーター級、つまり縦横1メートル未満の物体を識別する性能に遥かに及ばず、軍事偵察衛星としての性能を発揮するものではない」と発表しました。また、韓国の国防長官は、衛星が軌道を周回していることを示す自己位置信号は受信されているが、対象を撮影して地上に伝送する電波信号は捉えられていないとして、宇宙軌道で正常に働くことを実証するための試験用の衛星であるとの見方を示しています。北朝鮮は、2024年に3基の打ち上げを行うと予告していますから、性能の向上に取り組むものと思われます。

■見下していると必ずしっぺ返しを受ける

【手嶋】一方、世界ではいま、民間企業が打ち上げる商業衛星の性能が急速に高まっています。アメリカの衛星運用会社「マクサー・テクノロジーズ」社は、解像度30センチメートルの衛星をビジネスとして顧客に提供しています。ウクライナの戦いでは、戦場の模様を捉えた「マクサー」社の高精細な画像が多数公開され、戦争報道の様相を一変させました。これらの画像を見ると、進軍するロシア軍の車列、空爆された建物、破壊されたダムの様子がじつに鮮明に映っています。

北朝鮮が今後、こうした商用衛星の技術を取り入れる可能性も考えておくべきでしょう。サイバー攻撃によって偵察衛星に関連したハイテク技術情報を窃取し、さらにロシアから技術提供を受ければ、北朝鮮の偵察衛星は性能をぐんと向上させていくでしょう。いまは技術水準が高くないと見下していると必ずしっぺ返しを受けるはずです。

■「人工衛星をアメリカに代理で打ち上げてもらいたい」

【瀬下】プーチン大統領が金正恩総書記を宇宙基地に招いた光景を見ていて思い出したことがあります。少し前の話ですが、2000年7月、プーチン大統領は、沖縄で開かれたG8九州・沖縄サミットに参加する途上、北朝鮮を訪問しました。この時、当時の金正日総書記が、「人工衛星をアメリカに代理で打ち上げてもらいたい」とプーチン大統領に告げたのです。ロケット1発を打ち上げるのに2、3億ドルの費用がかかる、アメリカが衛星の打ち上げをやってくれれば、我々はロケット開発をしない、ロシアからアメリカにそう伝えてほしいと述べたと言います。

握手するロ朝首脳
写真=ロイター/共同通信社
ロシアのプーチン大統領(右)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記(左)、平壌で共同宣言に調印後、握手=2000(平成12)年7月19日、北朝鮮・平壌 - 写真=ロイター/共同通信社

【手嶋】ちょっと待ってください。衛星の代理打ち上げをアメリカに提案した。ロシアにじゃなく、ほんとうにアメリカに持ちかけたのですか、まちがいありませんか。

【瀬下】はい。金正日氏は、アメリカに代理打ち上げを提案したのです。この発言は、金正日氏がその年の8月に訪朝した韓国のメディア各社の代表たちとの午餐の席で披露したもので、これらメディアが報じています。6月に韓国の金大中(キムデジュン)大統領と史上初の南北首脳会談を実現させた後のことであり、得意の絶頂で饒舌になっていたのでしょう。ちなみに、金正日氏はこの席でイランにミサイルを輸出している事実を認める発言もしています。

■幻となった「クリントン訪朝」

【手嶋】沖縄サミットでは、クリントン大統領に同行して私も現地でアメリカ側の取材をしていました。この時、クリントン、プーチン会談が行われたのですが、プーチン大統領は、この席で金正日氏の代理打ち上げ提案を伝えたのですね。全く知りませんでした。

手嶋龍一・瀬下政行『公安調査庁秘録 日本列島に延びる中露朝の核の影』(中央公論新社)
手嶋龍一・瀬下政行『公安調査庁秘録 日本列島に延びる中露朝の核の影』(中央公論新社)

【瀬下】金正日氏は、先ほどの発言に続いて、「クリントン大統領が沖縄に行った時、プーチンが伝達しましたが、(クリントン大統領は)興味深く聞き、関心を持っていたという話を聞いた」と述べたとされています。

【手嶋】プーチン大統領にとっては、クリントン大統領への格好の手土産になったのでしょう。その後、米朝間では、オルブライト国務長官の訪朝が2000年10月に実現し、それを踏まえて、クリントン大統領がアメリカ大統領として初めて訪朝することも現実味を帯びていました。北朝鮮の核問題が解決に向けて動くかに見えた時期でした。しかし、その年の大統領選挙の混乱で、結局、クリントン訪朝は実現しませんでした。

■プーチンの「絶妙なアイデア」の狙い

【瀬下】金正日総書記は、オルブライト長官に「代理打ち上げ」の提案を直に持ち出しています。金正日氏は、オルブライト長官を大規模なマスゲームの観覧に招待するのですが、1998年に初めて発射した衛星運搬ロケット「テポドン1」の発射場面が登場した際、金正日氏は「これが最初で最後の人工衛星打ち上げになるかもしれない」と述べたと言います。こうした北朝鮮の衛星開発への思いをプーチン大統領はよく知っているはずです。金正恩総書記が偵察衛星打ち上げにてこずっているのを知っていて、あえて宇宙基地に金正恩総書記を招き、手を差し伸べる絶妙なアイデアを考え出したのでしょう。

【手嶋】ただし、ウクライナ戦域に投入する武器や弾薬、それにミサイルを見返りに提供させる。プーチン大統領がそんなに気前がいいはずはありませんから。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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瀬下 政行(せした・まさゆき)
公安調査庁シニア・アナリスト
公安調査庁に調査官として入庁し、北東アジア情勢を中心に情報分析畑を歩む。『内外情勢の回顧と展望』の東アジア関連の編纂責任を担う。北朝鮮指導部の内在的論理の分析手法では定評がある。とりわけ、朝鮮労働党の公開資料を丹念に読み込み、路線転換の予兆を的確に察知するエキスパートとして各国の情報機関から信頼を集めるオシント専門家。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、公安調査庁シニア・アナリスト 瀬下 政行)

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