要介護者向け"とろみ"シュワシュワのコーラは新感覚スイーツ…爆発的に売れている誤嚥防止"液剤"の開発物語
プレジデントオンライン / 2024年8月3日 11時15分
■無茶ぶりから始まった商品開発
「ひとくちに“飲み込むことができない人”と言っても、その力は本当に人それぞれなので、『粘度を調節できる』ということがとろみ剤としては必要不可欠な要素なんです!」
ピジョンタヒラ(本社:東京都中央区)のマーケティング部マネージャー・中谷拓真は思わず言葉に力が入る。
「粉末は入れる量によってその人に適した粘度を調節しやすいですが、液体でそれを実現しろというのはかなりの無茶ぶりですよ……」
それを受けるのは、ピジョン(本社:前同)の開発本部・町田翔だ。
「粉末はダマができないように確認しながらしっかりとかき混ぜる必要があります。ダマができてしまうと飲み込んだ際に喉に詰まってしまったり、誤嚥してしまったりする恐れもあるんですよ」
熱弁する中谷に対し、町田は困惑した表情のままだ。
「何にでも溶けてすぐにとろみをつけるって、本当に無茶な要望なんですよ。確かに、粉末だと牛乳にはなかなかとろみが付かないし、炭酸に入れると泡立ってしまってすぐには飲めない。でも液体だと、薄めれば薄めるほど粘度は低くなってしまう……」
「それでも困っているお客様がいるんです! なんとかしてください!」
ピジョンタヒラは、マタニティや育児用品を開発・製造・販売をするピジョンの、ヘルスケアや介護用品を開発・製造・販売を手掛ける子会社だ。
同社では製品開発をする際には実際に介護現場に赴き、介護職の人や家族を在宅介護している人にヒアリングをおこない、ニーズや悩み、不満などについて調査している。
2019年におこなった在宅介護者への調査では、とろみ剤に関する悩みや不満が目立っていた。その内容は以下の通りだ。
2.たくさんかき混ぜないととろみがつかない 17.5%
3.ダマができる 12.5%
4.とろみがつくまでの時間が長い 10.0%
5.時間がたつととろみが弱くなる 10.0%
6.食べ物の味や香りが悪くなる 5.0%
7.色々な料理に使えない 5.0%
8.価格が高い 5.0%
この調査結果から、同社はとろみ剤の開発をスタートした。
まずは中谷が所属するマーケティング部門で、どんなとろみ剤ならこれらのニーズを満たせるかを話し合った。
「介護職の方は訓練を受けているので、ダマにならない作り方を心得ているんですが、在宅で介護をされている家族の方からの『ダマにならないように作るのが難しい。なんとかしてほしい』という声が多く感じました。それを解決する方法を考えたときに、『初めから液体だったら絶対にダマにならないよね?』という意見が出たのです」
当時(2019年)、市販されているとろみ剤は、粉末状のものしかなかったのだ。
そして決まったコンセプトが、「液体で、何にでも、すぐにとろみがつけられるとろみ剤」だった。このコンセプトと企画の詳細を手に、中谷は町田が所属する親会社の開発本部に商品開発の依頼を出した。冒頭はその際のやりとりを再現したものだ。
このやりとりからほどなくして、町田は夢に見るほどとろみ剤に悩まされることになる。
■夢の中でも開発
当時、食品開発者歴11年、同社に入社2年目の町田は、ベビー用品や離乳食、ベビー向け飲料などを開発していた。対象は乳幼児がほとんどで、高齢者中心の介護用の食品は未経験。全く新しい挑戦だった。
「もうとにかく毎日ひたすら試作を繰り返しました。さまざまな原料メーカーさんに相談して、原料のことを詳しく聞きましたが、『できない』『わからない』と言われてしまって……。『もうこれ、自分でやるしかないな』と思って、たぶん100回以上いろいろな組み合わせを試して、ほぼ毎日ずっととろみ剤ばかり作っている時期があり、夢に出てくるほどになっていましたね……」
夢の中でも試作を繰り返していた。あるときは、薄めたときに狙った粘度が実現できても、逆に粘度を高めたときに寒天のように固まってしまい、がっかりして目が覚めた。もちろんその逆もあった。
試作を始めてから8カ月ほど経った頃、開発室で試作をしていた町田は、思わず「おお!」と声を漏らした。薄めてもシャビシャビにならず、粘度を高めても固まらない「とろっ」とした状態を実現できたからだ。
そのとき、開発室にいた助手で入社2年の綿貫優実は、町田の声に振り向き、町田に駆け寄った。そして、その手元にあるとろみがついた液体を見て、「すごいすごい!」と言って手を叩いて喜んだ。町田がとろみの夢から解放された日だった。
■「何にでも」「すぐに」とろみがつけられる
開発に成功したとろみ剤は品質管理部門に送られ、実際に工場で製造される際の品質についてチェックを受ける。その後、評価部門で食品としての安全性について最終確認を受け、クリアするとパッケージデザインに入り、2021年8月10日「液体とろみ かけるだけ」(以下、液体とろみ)という商品名で販売が開始された。
「液体とろみ」の使い方は、1包あたり14g入っている乳白色の液状を、とろみをつけたい食べ物や飲み物に混ぜるだけ。片栗粉のように料理にとろみをつけられるだけでなく、粉末ではとろみが付きにくい牛乳でもダマにならずにとろみがつけられ、炭酸飲料でもその場ですぐにとろみがつけられる。
とりわけ炭酸飲料は、粉末状のとろみ剤の場合、入れた瞬間から猛烈に泡立ってしまい、泡が落ち着くまで冷蔵庫で一晩ほど置いておく必要があったが、「液体とろみ」なら、飲みたいときにすぐに飲める。
実際、筆者も使ってみた。コップにコーラを注ぎ、数回スプーンで混ぜただけで全体にとろみがついた。飲んでみると、とろっとしているのにシュワシュワ感があり、新感覚のデザートのように面白い飲み心地だった。
■炭酸飲料の嚥下改善効果
最近の研究で、炭酸飲料中の炭酸には、嚥下改善効果があることがわかっている。
東京医科歯科大学の戸原玄教授によると、
「近年、炭酸飲料は水分と比較し、少量で嚥下反射を惹起させることが可能であること、さらに炭酸飲料摂取時のほうが、嚥下反射惹起時間が短縮することが報告されています。これは、炭酸飲料の発泡性が咽頭粘膜を刺激することで、嚥下運動を促進するためであるとされており、炭酸飲料には嚥下改善効果があります」
という。
高齢化すると嚥下する力が弱くなる、うまく飲み込めなくなる理由としては、主に以下の4点が挙げられる。
②暑さ寒さを感じる感覚と同じように、味覚や痛覚などの刺激を受け取る反応も鈍くなるから
③呼吸が浅くなるから
④姿勢が猫背になるから
食べ物で誤嚥する場合は、歯が悪くなっているため、うまく噛めなくて大きいまま喉に入ってしまうケースと、唾液の分泌が少なくなり、パサつくせいで支えてしまうというケースがある。
一方、飲み物で誤嚥する場合は、液体が喉を通るスピードと飲み込むタイミングが合わず、気管に入ってしまうというケースが多い。
そこでとろみ剤を使い、喉を通るスピードをゆっくりにして、タイミングを合わせるわけだ。
戸原教授によると、「最近咽(む)せやすくなったな」と思ったら、トマトジュースやネクターくらいのとろみをつけてあげると、咽せることが減る場合が多いという。
■介護をする人も介護を受ける人も
「液体とろみ」の売り上げは、2021年の発売開始以来、年110%の伸び率で右肩上がりに上昇している。
「コスト面で考えると、液体のとろみ剤は割高になってしまうので、日常的に水分補給する水やお茶の場合はコスパのいい粉末を使っていただき、とろみがつきづらいものには液体とろみ剤を使うといったように使い分けをするとよいかと思います。粉末と液体が共存しながら市場を大きくしていきたいという思いが強いですね」(町田)
筆者はこれまで在宅介護をしている人、80人ほどに取材してきたが、その誰もが1分1秒でも惜しい忙しい毎日を送っていた。この「液体とろみ」があれば、例えば家族全員分の食事を作ってから、1人分だけ別に片栗粉を加えてとろみをつけた料理を作っていた場合でも、作った料理を一人分だけ取り分け、そこに混ぜるだけでよいので時間も手間も省ける。介護を受けている側の人にとっても、他の家族と同じものが食べられるのはうれしいに違いない。
「液体とろみ」のサイトには、これをかけた唐揚げや豚汁、煮物やざるそば、チャーハンや焼き魚に使ったレシピが掲載されているので、参考にしてほしい。
■飲み込む力を維持するために
最後に、東京医科歯科大学の戸原玄教授に、飲み込む力を維持するためにはどうしたらいいか聞いてみた。
「3つあるのですが、ひとつ目、1番簡単なのは、口を本気で開く。男性だとわかりやすいですが、人は飲み込むときに喉仏が上がります。口を開くときは顎を下げる。喉仏は顎と筋肉で繋がっていて、同じ筋肉が収縮しているんですよ。なので、口を本気で開くことが嚥下の筋トレになるのです。10秒程度、1日2~3回やるだけでも効果があると思います」
普通に食べたり話したりしているだけでは、口を本気で大きく開けることはまずない。これを意識して1日2~3回やるだけで嚥下力を維持し、高齢になっても美味しく楽しく食事ができるなら、やる価値は大きい。
「2つ目は、猫背の改善です。背中を丸めた猫背になると、肋骨と肋骨の間の筋肉が硬くなり、飲み込む力が低下することがあります。呼吸も深くできなくなるんです。なので、時々やってほしいのが、胸の前で手を組んで、上に捻(ひね)って『う~ん』と伸びをすること。これをすると肋骨の間が伸びてくるんです」
仕事がひと段落するたびにやるのがオススメだ。
「3つ目が、猫背にならないために、太ももの裏の筋肉、ハムストリングスを伸ばす。ハムストリングスって、膝の裏から骨盤の後ろについている筋肉なのですが、この筋肉が伸びなくなると、膝が曲がらなくなるんです。膝が曲がらないことをかばって歩くと猫背になってしまいがちなので、ハムストリングスを伸ばすことを意識するとよいと思います」
太ももの裏の筋肉が嚥下に関わってくるとは驚きだ。こうしたことを意識して行うだけで、高齢になっても今と変わらずおいしく楽しく食事ができるのなら、やらない手はないだろう。
一方で、「飲みこむ力が落ちてきたな」と思ったら、誤嚥する前に、無理せずとろみ剤を導入することが大切だ。万が一のときも、「こういう商品があるから大丈夫」「あのサービスを使えば安心」と思える拠り所があることが、ストレスなく老いを重ねるために必要なことではないだろうか。
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ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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