時間貧困「フルタイムの妻80.9%・夫17.4%」の衝撃…子どもを産むことで女性が払う代償の計り知れない大きさ
プレジデントオンライン / 2024年8月10日 9時15分
■働きながら1日3食準備する
子どもたちの夏休みが始まった。幼稚園や小学生の子どもをもつ働く母親たちにとっては悩ましい季節である。給食のない夏休みには3食用意しなければならないし、子どもたちの生活リズムの変化に仕事の時間を調整しなくてはならない母親も少なくないだろう。仕事と育児の両立支援策が整い、出産を機に仕事を辞める女性の割合も減少し、小学生以上の子どもを育てる女性の就業率は8割を超える。それでも家事や育児の負担の多くは依然として母親にのしかかっている。「時間貧困」という観点から、働く母親たちの現状についてみていく。
■世界で研究が進む「時間貧困」とは
時間の余裕のなさを示すものとして「時間貧困」という概念がある。アメリカの経済学者Clair Vickeryが1977年に発表した論文で提唱した概念で、生活の困窮度合いを所得といった金銭的な側面から計測するだけでなく、生活時間の不足という非金銭的な側面からも計測するという試みである。ワーク・ライフ・バランスやウェルビーイング(心身の健康)の向上といった課題が重要視されるようになった近年、「時間貧困」は再び注目を浴びており、2000年以降、諸外国でいくつかの研究が発表されている。
生活の困窮度合いを生活時間の不足という非金銭的な側面から計測する理由はなにか。生活を維持するためには、仕事をして生活に必要なお金を稼ぐ以外にも、十分な睡眠や食事をとって次の日の活動に備えたり、家事や育児をして家庭生活を維持したりする必要がある。
さらに、家族の団らんや趣味のための余暇なども心身の健康を維持するうえで必要だと考えると、就労し生活費を稼ぐ以外に、生活を維持するために必要となる時間はかなり多い。家事や育児に必要となる時間は、子どもが幼いほど多いため、幼い子どもを育てながら夫婦ともにフルタイムで就業している場合、時間貧困に陥りやすいことが予想される。
■時間貧困はどのように計測するのか?
時間貧困はどのように計測できるか。二人親世帯を例に、一般的な方法を紹介する。大人が家族の生活を支えると想定し、まず、夫婦の1日当たり合計48時間から、それぞれが睡眠や食事など生理的に必要不可欠な活動にかかる時間を差し引き、仕事や家事・育児、余暇に割り振ることができる夫婦の「可処分時間」をもとめる。そして、この「可処分時間」から夫と妻の実際の労働・通勤時間を差し引き、残った時間が世帯類型別の平均的な家事・育児時間よりも短い場合、「時間貧困」と定義される。つまり、労働に費やす時間が長すぎると、一般的な家事・育児時間も確保することができず、時間が足りないという状況に陥ることを意味している。
ちなみに、一般的な家事・育児時間について国の統計で確認しておくと、令和3年時点で、1日当たりの夫婦合計の家事・育児時間は、6歳未満の子どもが1人いる世帯では平均で8時間程度、子どもが小学生以上の世帯では平均で5時間程度となっており、決して長すぎる時間ではないだろう。この計測方法に基づき、浦川邦夫・九州大学教授と筆者が「日本家計パネル調査」を用いて分析したところ、6歳未満の子どもがおり夫婦ともにフルタイムで共働きする世帯における時間貧困率は31.5%、妻がパートなど非常勤の仕事をしている場合では5.4%と、幼い子どものいるフルタイムの共働き世帯で時間に余裕のない世帯が多いことがわかった。
■フルタイム妻の時間貧困率は80.9%、夫は17.4%
しかし、実態はより深刻かもしれない。上述した方法は世帯ごとの時間貧困率であり、夫と妻の労働時間の違いも、家事・育児時間の違いも考慮されていない。そこで、筆者らが、各家庭における夫と妻の労働時間や、実際の家事・育児分担割合を考慮して推計をしたところ、幼い子どものいる共働き世帯では、妻のほうが高い割合で時間貧困に陥っていることがわかった。
6歳未満の子どもがいる場合、夫婦ともにフルタイムの共働き世帯における妻の時間貧困率は80.9%、夫の時間貧困率は17.4%、妻がパートなど非常勤の仕事をしている場合であっても妻の時間貧困率は30.3%、夫の時間貧困率は7.2%であり、夫婦間における時間貧困率に格差があった。
■夫婦間における時間貧困率の格差の要因
では、どうして夫婦間で時間貧困率に大きな格差が生じるのであろうか。原因の1つとして考えられるのは、男性の労働時間が長く、家事・育児に費やす時間が短いことだ。経済協力開発機構(OECD)による国際比較をみると、家事・育児にかかる時間の男女比(女性/男性)は、日本で抜きんでて高い。どの国でも女性のほうが家事・育児に費やす時間が多く、おおよそ男性の2倍程度であるが、日本ではその比が5.5倍と大きな差を示している。
もちろん、夫婦の働き方によって状況は異なり、専業主婦世帯に比べてフルタイムの共働き世帯では、夫の家事・育児時間は長い傾向にある。それでも、出産を機に、働く女性の多くが生活時間に大幅な変化を経験していることには変わりがない。
■第1子誕生後、男性は労働時間も余暇時間もさほど変化がない
「日本家計パネル調査」を用いた山本勲・慶應義塾大学教授と筆者の共同研究によると、第1子出産後の男性と女性の生活時間の変容を分析したところ、男性においては、労働時間や余暇時間にさほどの変化がない一方、女性においては、仕事の中断や労働時間の短縮に加えて、余暇時間が顕著に減少していることが確認された。出産・育児により女性が担う代償を「母親ペナルティ」と呼び、就業の中断や所得の低下などを指摘しているが、生活時間においても少なからぬ代償が生じているのだ。
この状況をどう解決すべきか。まずは、長時間労働を是正し、男女ともに家事や育児に取り組む時間的余裕を保障する必要があるだろう。日本人の労働時間は国際的にみて長く、それゆえ、睡眠や余暇に費やす時間は短い。少子化が加速する中、子どもが産まれると生活時間に余裕がなくなるという状況を放置することはできない。働き方改革は実行中であるが、より一層の促進が期待される。
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慶應義塾大学経済学部特任准教授
1978年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。London School of Economics and Political Science MSc修了。慶應義塾大学大学院商学研究科単位取得退学。博士(商学)。著書に『格差社会と労働市場』(慶應義塾大学出版会、2018年、共著)『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』(慶應義塾大学出版会、2023年、共著)など。
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(慶應義塾大学経済学部特任准教授 石井 加代子)
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