なぜデンマーク人は16時に帰っても一人あたりGDPは日本の2倍&国際競争力が日本38位の中、トップ級なのか
プレジデントオンライン / 2024年8月18日 8時15分
■日本との決定的な違いはビジネスの効率性にあり
デンマークのビジネスパーソンは、午後3時を過ぎるとそそくさと帰り支度を始めます。4時頃には保育園にいる子どもを迎えに行かなくてはならないからです。夕方以降は家族で過ごす時間、食事は必ず家族揃ってテーブルを囲み会話を楽しみます。
子育て家庭をデフォルトに業務時間が設定されているので、独身や子どものいないビジネスパーソンも同じように4時頃には帰宅します。5時を過ぎると、オフィスにはもう誰もいません。土日はしっかりと休み、夏休みは3週間ちかくもあります。
日本に比べると、かなりのどかな職場風景だと思いますが、それでいて2022年の一人あたりGDPは6万7744ドルと日本の倍以上(日本は3万4064ドル)。人口590万人と千葉県よりも少ない規模の国が、国際競争力ランキング(※)では去年まで2連続の1位、今年は首位から陥落したものの世界3位(24年、日本は38位)と存在感を示しています。
※IMD(国際経営開発研究所)が世界の主要約60カ国を対象に毎年ランキングを発表している。
日本でも知られた企業には玩具のレゴ、ビールのカールスバーグ、風力発電のべスタス、コンテナ船のマースク、製薬大手のノボノルディスクなどがありますが、産業を下支えしているのは従業員50人未満の中小企業(全企業の98.5%)です。
日本の中小企業は職場環境の改善で大企業の後塵を拝しがちですが、デンマークでは正反対になっているのが興味深いところです。中小企業こそ「デンマークらしい働き方」を体現しており、社員に優しい職場づくりをリードしているのです。
国際競争力ランキングは、経済状況、政府の効率性、ビジネスの効率性、インフラという4つのカテゴリの総合評価で決まります。デンマークが圧倒的に強いのは「ビジネスの効率性」(5年連続で1位)で、日本が決定的に弱い(51位)のもこのカテゴリです。
このように書くと「日本とはビジネス環境や制度が違うから」「小さな国だからこそ実現できることでは」と思われるかもしれません。それは確かにその通り。日本には日本の良さがあり、長年かけて培ってきた制度ややり方があります。
しかし、日本でも近年は「働き方改革」を契機に、子育てと仕事の両立や男性の家事・育児参画、ワークライフバランス、境界マネジメントなどが関心を集めています。人生における仕事の位置付けや新しい働き方のスタイルを模索するとき、デンマーク人の仕事ぶりは日本人にも参考になると考えます。
私は日本の大学院でデンマークの労働市場政策を研究し、09年に移住しました。以来14年以上にわたって、デンマーク人のライフスタイルを社会学的アプローチから調査研究し、メディアで発信してきました。本稿ではデンマーク社会やデンマーク人のリアルから、皆さんの職場環境を改善するヒントを見つけていただけたらと思います。
■デンマーク人と日本人の共通点
私が長年デンマーク人を取材してきて「日本人と似ている」と思うところがあります。それは仕事に対する関心と責任感の強さです。デンマーク人が早くに帰宅し、長期休暇を何週間も取っていると聞くと「仕事がそれほど好きではないのだろう」と思われるかもしれませんが、実際には正反対です。
初対面で名前の次に聞かれるのは、男女を問わず職業について。彼らの職業選択やキャリア形成を見ていると、その人の興味や関心と職業との結びつきがとても強いと感じます。職業について聞くことが、相手の人となりを知る近道なのです。
それだけ仕事好きでも“仕事一辺倒”にならないのは、家族と過ごす時間が何にも勝るからです。「家族が1番、仕事が2番、趣味や娯楽は3番目」と順序がはっきりしています。それは上司も同じですから仕事を切り上げて帰っても、気まずい思いをすることはありません。
もちろん、デンマークでも出張や仕事の大詰めで、家族で食卓を囲めないことはあります。そのような日は家族に対して申し訳ないと感じますし、あとで休暇を取るなどして必ず埋め合わせをしています。
あるいは職場で仕事が終わらなかった日は、子どもが寝静まったあとや早朝の1時間ほど、自宅で仕事をしていたりもします。「なんだ、そういうことか」とがっかりされたかもしれませんが、彼らも努力をしながら仕事とプライベートの境界線をマネジメントしているのです。
次に、デンマークの長期休暇について。夏は7月頃に3週間の連休を取得するのが一般的です。会社と交渉して1カ月かそれ以上の休みを取る人もいます。海外旅行に行く人が多く、サマーハウスに滞在したりキャンプをする人もいます。
日本人にこの話をすると「よく社会が回っているね」と驚かれますが、日本基準では“回っていない”と思います。職場からごっそり人がいなくなるせいで、7月にはさまざまな社会機能が一時停止しています。
それでも、皆が「そういうものだから」と受け入れているからか、文句は出ません。日本ではお盆(8月第2週)の時期が、それに近いかもしれません。「あいにく担当者がお休みをいただいておりまして……」と言われても「まあ、お盆だしなあ」となるでしょう。
それにしても長すぎますが、デンマークで誰に聞いても「3週間は絶対に必要だ」と主張されます。1週間で疲れが癒え、2週間で頭が空っぽになり、3週間でエネルギーが満ちてくる。そうすると仕事をやりたい気持ちがフツフツと湧いてくるので、またモチベーション高く職場に復帰できるのだそうです。
■こだわる日本 割り切るデンマーク
デンマークでの4時退社や3週間の夏休みが、そのまま日本で導入できるとは思いません。ですが両国の事情を比べると「日本の職場にも取り入れたほうがいい」と思う要素がたくさんあります。
その一つが“時間のつくり方”です。「タイパ追求」と言うとカリカリ集中している職場を想像されるかもしれませんが、実際には意外とのんびりしています。それでも4時退社や長期休暇が実現できているのは、無駄なことをしない/させない意識が徹底しているからなのです。
例えば、日本では一つの業務に二人であたることが多くあります。一人が何らかの事情で欠けても別の一人が対処できるメリットがありますが、一人でできることを二人でやっているのは無駄とも言えます。
会議でも、日本では発言しないのに出席している人が多くいます。決定に関与しないなら、あとで結論だけを聞くのでも同じでしょう。デンマークでは会議に出るのは提案者か決定権者に限られ、短時間で終わります。また会議中に話題が変われば「この先は私は関係なさそうなので」とあっさり退席していきます。
メールもそうです。日本では少しでも関係がありそうな人は、CC/BCCで情報を共有したがる傾向があります。「何かあったときに、聞いてないと言われないため」の保険でしょうが、その結果、管理職の受信フォルダには大量のCC/BCCメールが溜まることになります。
このような、何かあったときの備えや上司や取引先に失礼にならないように配慮した“念のため”が、日本には多すぎるように思います。仕事の確実さや安心につながる日本式の良さの一つかもしれませんが、時間を費やさずにはできないことです。
デンマークでも「プランB」は用意しますが、かなりざっくりしたものですし、基本的には「何かあったらそのときはそのときで、対処の方法を考えよう」というスタンスです。
限られた時間で業務をマネジメントしなければならないのは、デンマークも日本の職場も同じです。あとは、こだわるか/割り切るかの問題です。人員を増やさず一人一人が余裕をもった働き方にシフトしていきたいと思ったら、割り切るしかないと思うのですが――。
■まずは日々の仕事に小さな変革を取り入れてみる
職場のルーティンを変えていくには、まず上司の意識が変わらなくてはいけないと思います。 デンマークの管理職にインタビューして感じるのは、部下への配慮があることです。部下を管理できているかより「自分のやりたい仕事ができているか」「仕事もプライベートも充実しているか」を気にかけ、サポートする役回りに徹しています。
そのために上司は部下を信頼してあれこれ事細かく指図せず、マクロマネジメントをしています。部下も上司に業務の進捗状況を逐一報告することはしません。マイクロマネジメントでは管理する側もされる側も、時間を使います。双方が信頼できれば、その時間は省けるのです。
お互いに相手に時間を使わせることに配慮する結果、念のための仕事がどんどん削ぎ落とされていき、優先順位の高い仕事にリソースが集中できるというサイクルになっています。部下にとっては信頼され任されることが、責任感とモチベーションの源泉にもつながるようです。
日本では職業意識が高く、責任感の強い人ほどズルズルと仕事をしがちです。もしもに備え念入りにするほど、仕事のタイパは落ちていきます。また「ビジネスパーソンたるもの仕事が最優先であるべきだ」という前提があると、結局は自分も部下も疲弊していってしまいます。
急にあれもこれもを変えるわけにはいかないでしょうが、まずは日々の仕事に小さな変革を取り入れてみるのをおすすめします。仕事が残っていても絶対に譲らないプライベートの時間を確保する、優先順位をつけて端折れる仕事は思い切って端折る、他人に時間を使わせることに敏感になる、仕事から完全に離れてリフレッシュできる数日間を過ごしてみる――等々。
デンマーク人の仕事ぶりを見ていると、ワークライフバランスとはワークを犠牲にしなくとも実現可能であると教えられます。それどころかライフを充実させるほど、ワークの質と機能が高まる相乗効果が生まれるのです。
デンマークの人々は「ヒュッゲ」(Hygge――居心地がいい空間、楽しい時間)を大切にします。仕事の時間も家族と過ごすプライベートの時間も、人生の大切なひと時です。どちらも犠牲にすることなく豊かに過ごそうとする彼らの知恵を、ぜひ取り入れてみてください。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。
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デンマーク文化研究家
東京・高円寺生まれ。早稲田大学大学院・社会科学研究科でデンマークの労働市場政策「フレキシキュリティ・モデル」について研究し、修士号取得。同大学・第二文学部卒。2009年12月に北欧のデンマークへ移住して、デンマーク情報の発信をスタート。首都コペンハーゲンに5年暮らした後、現在はコペンハーゲン郊外のロスキレ在住。
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(デンマーク文化研究家 針貝 有佳 構成=渡辺一朗)
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