マルチタスクが得意な人は認知症になりやすい…脳神経外科医が説く「ヨボヨボ脳になる」間違った仕事術
プレジデントオンライン / 2024年8月14日 18時15分
※本稿は、菅原道仁『すぐやる脳』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「Siri」は人間の脳には不向き?
「こまめにやる、早めにやる」ことを目指した結果、限られた時間内にさまざまなタスクを処理しようとして、作業の同時進行に挑む人がいます。
いわゆる「マルチタスク」というスタイルです。
忙しすぎる現代人の欲望を見透かしたかのように、さまざまなデジタルデバイスが登場しています。
たとえば、ヴァーチャルアシスタント「Siri」が強化された「Apple Watch」。そして、「Siri」とリンクさせて使えるワイヤレスイヤホン「AirPods」などです。
私はこれらを実際に試したことがあります。けれども、非常に困難に感じました。
たとえば、掃除中に「天気を教えて」と尋ねて、答えが返ってきたとしても、掃除を継続しながら理解をするのは難しいこと。必ずといっていいほど、掃除の手を止めてしまいます。
誤解のないよう申し添えておくと、私は新しいデジタルデバイスやソフトやアプリ、ゲーム、家電製品を取り入れることが大好きです。大勢の開発者たちの“叡智(えいち)の結晶”に触れることに、喜びすら感じます。
だから「Siri」などのヴァーチャルアシスタントには大変期待をしています。しかし、脳科学の専門家として言わせてもらうと、脳は「ひとつずつ処理をする」という「シングルタスク」を好むのです。
■「車の運転」はマルチタスクではないのか
この話をすると、よく「車の運転」を引き合いに出した反論をいただきます。
車の運転は、さまざまな作業の集積です。前方を見るだけではなく、バックミラーにも気を配り、ギアを動かし、脳はフル回転を強いられます。
「車の運転とはマルチタスクである。多くの人が車を運転できているのだから、人はマルチタスクが得意なはずだ」、そんな理屈で反論されるのです。
けれども厳密に言うと、車の運転とは、シングルタスクの積み重ねにすぎません。
一見、マルチタスクをこなしているように見えるかもしれませんが、ひとつひとつの作業を「スイッチ」(切り替え)している、というほうが正確でしょう。
さらに言うと「マルチタスクが得意」という人の大半は、「脳のスイッチを高速で切り替えているだけ」ということがほとんどです。
脳がマルチタスクに向いていない点について、多くの専門家が指摘をしています。
たとえば2015年、アメリカのビジネス誌『Entrepreneur』では、デヴォラ・ザック氏が次のような論を展開しています。
「皆さんがマルチタスクと呼んでいるものは、神経科学者の言うところのタスク・スイッチングです。複数のタスクを短時間で行き来しているのです」
■「タスクの切り替え」は生産性を40%低下させる
またザック氏は、タスク・スイッチングは生産性を40%も低下させ、そのうえ脳が収縮する原因にもなる、と主張しています。短時間に高速でスイッチングを行うと、脳がオーバーロードし、灰白質(「脳は『先延ばし』をするようプログラミングされている」の項)が収縮するとも指摘しています。
つまり平たく言うと、脳はひとつのことにしか集中できないのです。
『すぐやる脳』(サンマーク出版)をここまで読み進めてきてくださったあなたなら、もう納得いただけることでしょう。もともと脳は、働き者でも一途な性格でもない、省エネ志向の臓器です。
「ひとつのことしかできない」と言われても、もはや驚かないはずです。
また、「マルチタスクをしたくなるのは、脳が新しい刺激を欲しているから」という説もあります。
「本筋のタスク」に飽きかけて、なかなか刺激が感じられなくなったとき、報酬を予想して出る「報酬予感ホルモン」ドーパミンの分泌は悪くなります。すると、脳は新たな刺激を与えてくれそうな「他のタスク」をめざとく見つけ、そちらからドーパミンを得ようとして「他のタスク」に新しく取りかかり始める、というわけです。
つまり、脳とは新しい刺激に対して、ある意味、非常に“貪欲”なのです。
■マルチタスクをやりすぎると認知症を招くリスクも
「マルチタスクをしたくなる自分って、もしかして優秀なんじゃないか」
「マルチタスクって、いい脳トレになりそう」
そう思いたくなる気持ちはよくわかります。けれども実際は、「本筋のことに集中できないから、他のタスクに取り組みたい」という欲求がひそんでいるケースが多いのです。
したがって、「マルチタスク」の誘惑にかられたら、本筋の作業に飽きてきた証拠かもしれません。休憩をとるなど、気分転換をはかったほうがよいこともあります。
なぜ私がこれほどまでにマルチタスクをおすすめしないかというと、脳が通常よりも疲れてしまい、多くのエネルギーを消費してしまうからです。エネルギーを使うということは、当然全身の疲労にもつながります。
身近な例で言えば、「歌詞つきの音楽を聴きながら、勉強(デスクワーク)をする」というスタイルも、おすすめできません。脳は「ひとつずつ処理をする」という「シングルタスク」を好むからです。
また、マルチタスクをしようとすればするほど、ストレスを過度に感じることになります。ストレスがたまると、ストレスホルモンであるアドレナリンや、コルチゾールが大量に分泌されます。
その結果、「マルチタスクを習慣化していると、認知症の発症リスクが上がる」。そんな驚くべき研究結果も報告されています。
■気をとられると「ゴリラの登場」にすら気づかない
ヴァーチャルアシスタントに限った話ではありませんが、人は何かひとつのタスクに非常に気をとられると、ほかの刺激に気づくことが困難にもなります。
このような状態を心理学の用語で「非注意性盲目」(inattentional blindness)と呼びます。この言葉は「見えないゴリラ」(invisible gorilla)という実験で、よく知られています。
被験者は、人々がバスケットボールをパスし合う動画を見て、「白いシャツを着た人たちが何回パスをしたか」を数えるよう、求められます。
動画の背景では、ゴリラの着ぐるみを着た人がやってきて、ちょっとしたポーズを取ったあと、画面から去っていきます。しかし、ほとんどの被験者がゴリラに気づかない。このような実験結果が報告されています。
まるでよくできた作り話のようですね。しかし、それほど私たちの脳は頼りないもの、と言えるのです。
世界の多くの技術開発者たちが、脳の機能をより熟知するようになれば、活用しやすいヴァーチャルアシスタントが出現するかもしれません。未来に大いに期待したいものです。
■部屋が片付かないと、なぜ集中できないのか
本稿の最後に、こまめにやるべきことの代表格「掃除」についても触れておきます。
「やる気」を起こさないと切実に困るのが「捨てる」「片づける」という問題でしょう。これらを怠るとどうなるか。科学的にも、そのデメリットはわかっています。
あなたもそのデメリットを知ると、「プロスペクト理論」(序章「理由② 脳はエネルギーを節約したがるものだから」の項)が働き、「損をしないために掃除をしよう」と、きっとやる気を起こせるはず。ここでは2つの実験結果をお話しさせてください。
2011年に、アメリカ・プリンストン大学の神経科学を研究しているチームが「周囲にガラクタがあると、人は集中できない」という研究結果を発表しています。
「整理整頓された環境」と「乱雑な環境」で、被験者の脳がどのように反応するかをモニターすると、「乱雑な環境」では、気が散って集中できないことがわかりました。
その理由は、シンプルです。本人が、いくら作業に没頭したくても、部屋にあるモノから発せられるメッセージに気をとられてしまうからです。
モノが乱雑に存在しているということは、それぞれが「私を見て」と訴えかけているのと同じ。脳は、そちらに気をとられてしまいます。
■「汚部屋」は老化のスピードを速める
UCLAの研究チームが、ロサンゼルスの32の家庭に入り、その暮らしを調査したことがあります。2013年、その様子がユーチューブに公開されました(A Cluttered Life:Middle-Class Abundance)。
驚くべきことに、一連の実験で「家の中にあるたくさんのモノを目にすると、ストレスホルモン・コルチゾールのレベルが上昇する」という事実が明らかになっています。
「コルチゾール」とは、副腎皮質でつくられるホルモンのひとつ。ストレスを感じると分泌され、交感神経が刺激され、血圧が上昇し、心拍数も上がることから、「ストレスホルモン」とも呼ばれます。
コルチゾールが多く分泌されると、抗炎症作用が起こります。
具体的には、免疫機能が低下したり、老化が進んだりして、心身の健やかさが失われやすくなります。
「汚部屋(おべや)」や「乱雑な環境」が衛生面の理由でよくないことは間違いありません。加えて、コルチゾールの値(あたい)を無駄に上げ続けて、心臓や脳に負荷を与えるととらえてみてください。あなたは今すぐ、整理整頓したくなるはずです。
■掃除は「小さな目標」を立てて少しずつやろう
「捨てる」「片づける」ができたあと、私たちは、達成感や満足感を味わうことができます。脳はドーパミンを分泌します。
その心の動きは、ストレスの軽減や解消につながるものです。ドーパミンは、「やる気」を呼び起こしてくれるため、ストレスから解放されやすくなるのです。
そのうえ「また片づけをしたい」と思えるようにもなります。作業興奮(第2章「人は『作業』を始めると興奮する」の項)の力を期待して、「捨てる」「片づける」作業に取りかかることが、遠回りに見えて実はいちばんの早道です。
とはいえ、無計画に始めてしまうと、途中で「疲れた」と挫折しかねません。スモールステップ法(第1回記事〈1日20回、布団の中で唱えるだけ…脳神経外科医が教える「本当に頭のいい人」が毎晩やっていること〉参照)の考え方で、少しずつ進めることが大事です。
「自宅をまるごと、きれいにしよう」と大きな目標を立てたら、そのプロセスを「ひと部屋ごとにきれいにする」など、小さな目標に分類(ブレイクダウン)しましょう。
1回目の作業が済んだら、「やった!」という達成感を噛みしめて、ドーパミンを出す。そして、2回目の作業に自発的にとりかかる……という「ドーパミン・コントロール」のサイクルを繰り返せばよいのです。
■「~したい」という気持ちが脳を喜ばせる
作業のビフォー・アフターを撮影するなどして「見える化」することも有益です。「よくこんなに頑張れたなぁ」という達成感を、何度も味わう(ドーパミンを出す)ことができます。
ひとつ付け加えておくと、掃除の優先順位は人によって大きく異なります。
「小さな目標」を立てていくとき、その順序には大きな個人差があります。「子ども部屋のあふれるおもちゃ問題を解決したい」という人もいれば、「蔵書を整理したい」という人もいます。
ドーパミンの分泌をよりよくするには、自分の「~したい」という気持ちを軸に計画を立てることが重要です。「妻(夫)にさんざんせかされて、やむをえず掃除の計画を立てた」という形ではなく、「家族の喜ぶ顔が見たくて、自発的に取り組んだ」というほうが、脳科学的に言うと理想的なのです。
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日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター
1997年に杏林大学医学部を卒業後、クモ膜下出血や脳梗塞といった緊急の脳疾患を専門とし、国立国際医療研究センター病院、北原脳神経外科病院(現・北原国際病院)にて数多くの救急医療現場を経験。その後、2015年、東京・八王子に菅原脳神経外科クリニックを開業。2019年、港区・赤坂にある医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科理事長に就任し、菅原クリニック 東京脳ドックを開業。「病気になる前に取り組むべき医療がある」との信条で、日々の診療とともにテレビなどのメディア出演や執筆を行っている。
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(日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター 菅原 道仁)
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