"墓参り離れ"の中で注目される墓参り大好きな九州の県…生花消費量が日本トップ級で刑法犯が常に低位の訳
プレジデントオンライン / 2024年8月11日 11時15分
■お墓参り離れが加速しているものの、日本人の供養心が篤いワケ
お墓参りをする絶好のタイミングが夏のお盆だ。お盆の歴史は古く、『日本書紀』の606年(推古天皇14年)に「是年より初めて寺毎に、四月の八日・七月の十五日に設斎(おがみ)す」との記述があることから、お盆の歴史はゆうに1400年以上もある。墓参り離れが指摘される中、改めて墓参りの効能を示したい。
お盆参りは中世、貴族や武士が戦死者の祟りを鎮める目的で広まり、江戸時代の檀家制度によって一般化する。お盆の時期は地域によってひと月のズレがある。関東のお盆は7月中旬だが、地方都市では8月中旬が多い。
これは明治になって太陽暦(新暦)が採用されたことによる。この時、新暦の7月15日にお盆が設定された。しかし、この時期は農作業の繁忙期。地方都市ではお盆の行事が入ってしまうと農作業に支障が出るのでひと月遅れの8月15日にお盆をずらしたのだ。
しかし、東京は大都市圏なので、農作業とはあまり関係がない。そのため7月15日を採用したというわけだ。
とくにお盆は、企業や学校の休みと重なる時期である。それはなぜかといえば、ご先祖さまとの再会を社会全体として大事にしてきたからに他ならない。8月10日を過ぎれば、故郷に戻る帰省客で高速道路は大渋滞し、新幹線の乗車率も軒並み100%を超える。これは、ある意味、「お墓参り渋滞」とも言える。
とはいえ、核家族化が進む中で若い世代のお墓参り傾向が薄れているのも事実だ。TimeTree未来総合研究所によれば、お盆とその前後の土日祝日に帰省を予定したり、お盆の期間にお墓参りを考えたりする割合は10代が突出して少ない(図表1)。この傾向を分析すれば、ひとつはコロナ禍と核家族化によって親族のつながりが薄れていることなどが要因と考えられる。特に10代に関してはコロナ禍によって、祖父母の葬儀に出席できないケースが多数出現し、その後も供養に関わらない傾向が続いているとみられる。
一方で、お墓参りを重要視する傾向は依然として根強い。日本人は信仰心が薄いとも言われるが、お墓参りにこれだけ熱を入れる民族は日本以外にあまり存在しないといえるだろう。
お盆には、精霊を迎えるにあたって盆棚を飾る(盆入りの13日頃)。キュウリとナスで作った馬と牛を飾るのは、「馬(キュウリ)に乗って早くこの世に戻ってきて欲しいが、あの世に戻る際には名残惜しいので牛(ナス)に乗ってゆっくりと戻っていって」という俗説があるからだ。
そして、13日の夕方には迎え火を焚く。迎え火は農村では田んぼの畦や、お墓などで焚くが、漁村では海岸で焚くこともある。しかし、迎え火の風習はだんだんと少なくなってきた。
迎え火でご先祖さまをお迎えした後は、菩提寺の和尚さんを自宅に呼んで仏壇の前で棚経をしてもらう。また、同時にお墓まいりもする。
■お墓参り習慣が定着し、生花の消費量が全国屈指の九州の県
そして16日にはあの世に戻ってもらうために、送り火をするのだ。筆者の住んでいる京都では毎年16日夜に、「五山の送り火」という仏教行事がある。5つの山に「大文字」(2山)「妙・法」「船形」「鳥居形」が灯される。筆者の寺からは「鳥居形」がよく見える。
燃え盛る炎にのせ、ご先祖さまの魂は虚空へと舞い上がり、あの世に戻って行かれるのだ。この時、コップに入れた水に送り火の炎を映して飲めば、無病息災が約束されるとの言い伝えがある。
京都を訪れる観光客はしばしば「大文字焼き」と呼ぶが、京都人はこの表現を嫌がる。あくまでも此岸(この世)・彼岸(あの世)を橋渡しする意味での「送り火」であることにこだわるからである。
また、京都では送り火が見える立地のマンションなどは不動産価値が高くなる傾向にある。これらのエピソードからは、伝統的宗教行事を大事にする京都人の矜持を窺い知ることができそうだ。京都ではお墓参りと文化が融合し、なんとも深淵な世界が繰り広げられるのである。
春秋のお彼岸も同様に、お墓参りする人は多い。そもそも彼岸とは、西方の彼方にある極楽浄土を表す。つまり迷いのない、悟りの世界だ。彼岸にたいするのが此岸。我々が今を生きる迷い(苦)の世界のことだ。
お彼岸の中日は、3月の春分の日と9月の秋分の日。つまり、太陽が真東から昇って真西へと沈む。そのことからお彼岸は、この世とあの世とをつなぐ橋渡しの日と考えられている。太陽が真西に沈んでいくので、「ああ、あの太陽の方向に大切な人がいる極楽浄土があるんだな」と思いながら、手を合わせていただければ、故人と思いが通じるはずだ。
他方で、前出の調査結果にもあったようにお墓参りに意味を見出さない現代人も少なくない。その実、お墓参りが社会の安寧秩序をもたらしているとの見方もある。
面白いデータを紹介しよう。例年、鹿児島県は1人あたりの生花の消費量が国内トップクラスで多く、日常的にお墓参りすることで知られている。共同墓地を訪れると、いつでもどの墓にも鮮やかな花が供えてある。墓の周りも奇麗に掃き清められている。鹿児島県人は、供養に篤い県民性なのだ。
そこで、人口10万人あたりの刑法犯認知件数(殺人、強盗、強姦、暴行、傷害、放火、窃盗など)を都道府県別にみてみる。供養に篤い鹿児島県はどうなっているか。
2017年(415件、39位)
2018年(405件、35位)
2019年(351件、40位)
2020年(314件、38位)
2021年(287件、39位)
2022年(318件、37位)
2023年(422件、31位)
と、全国47都道府県の中ではかなり低位である。ちなみに例年、突出して犯罪認知件数が多いのが大阪府(2023年、912件)だ。
お墓参りを通じて、ご先祖さまに「見られている」意識が人々の心に根付き、日々の抑制的な行動につながっていると考えるのは飛躍が過ぎるだろうか。
■お墓参り習慣のある子はない子より他者を思う気持ちが強い
別のデータもある。子どもの供養経験と「やさしさ」との関連性について。線香や香の老舗である「日本香堂」(東京都)は2015年、“尾木ママ”こと教育評論家の尾木直樹さんの指導・監修で「子ども達の『供養経験』と『やさしさ』の関係性」を調査した。
そこでは全国の中学1年生〜高校3年生の男女1236人を対象にして、お墓参りする頻度を年に「1回以上」「1回未満」に分けている。その上で、「他者への冷淡さ」を否定する割合を弾き出した。すると、以下のような結果がでた。
※「そうではない」「どちらかといえばそうではない」と答えた率の計
「誰かがその人の悩みについて話す時、『そんなの知らないよ』と感じる」
年1回以上――54.1%
年1回未満――44.6%
「誰かが私にトラブルについて話す時、私はたいてい聞き流している」
年1回以上――47.4%
年1回未満――40.0%
「私はたくさんつらい経験をしている人を避けようとする」
年1回以上――41.3%
年1回未満――33.8%
「打ちのめされたような人に対して、私は冷たいことがある」
年1回以上――35.4%
年1回未満――29.4%
これらの結果からは、定期的にお墓参りをしている子どもは、お墓参りの習慣のない子どもよりも、利他的行動を取ろうとする傾向があることがわかる。
お墓参りの形式は自由。お墓を洗い清め、線香と蝋燭を灯し、数珠をかけて手を合わせる。心の中で故人と対話をしてもよし、無心に手を合わせてもよし。経本があれば、短いお経(般若心経など)を唱えていただきたい。不思議と、心が落ち着いてゆくことだろう。
お墓が遠くにある人は、居住地の近くのお寺や神社で、遠く離れた故郷を思い浮かべながら、手を合わせる(遥拝)という行為も同様の効果がある。あるいは日常的に仏壇や遺影に手を合わせる行為も、「心のデトックス」には極めて効果的だ。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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