だから日本の男子バレーは強くなれた……石川祐希が「今につながる忘れられない試合」と語る"2つの敗戦"
プレジデントオンライン / 2024年9月8日 10時15分
■ベスト8を目指して戦った東京五輪
2021年7月24日。無観客の中で僕たちは東京オリンピックの初戦、ベネズエラ戦を迎えた。
グループリーグは6チームずつ2組に分かれ、それぞれの上位4チームが決勝トーナメントへ進出する。
ベスト8を目標に掲げる僕たちにとっては、すべての試合が大切だ。だが、その中にも何が何でも絶対に勝たなければならないという試合があった。
それがグループリーグ最終戦のイラン戦だった。
とはいえ、まずは緊張をともなう初戦に勝つことができるかが重要だ。
たしかに、このチームでオリンピック経験者は清水邦広選手だけだったけれど、みんなやるべきことをやってきたという自信に満ち溢れ、不安を抱くことはまったくといってもいいほどなかった。
ベネズエラ戦では、最後の得点を、途中出場した藤井直伸選手と李博選手のBクイックで決めて3対0のストレート勝ち。
幸先よく1勝目を手にした僕たちは、次のカナダにも勝利した。
続くイタリア、ポーランドには負けたけれど、日本、イランともに2勝2敗で迎えた最終戦。最初の想定どおり、僕たちにとって最大の関門を迎えた。
1セット目の序盤から両チームは激しくぶつかり合った。互いの長所を出し合い、サーブで攻め、渾身のスパイクを放ち、ブロック、レシーブで応戦する。
1対2とイランに先行されながらも第4セットを日本が取り返し、15点先取の最終セットを迎えた。
日本のサーブから始まる第5セット、最初にサーブ順が回ってくるのが僕だった。考えていたことは1つだった。
「攻めるしかない」
トスの高さ、ヒットのタイミング、すべて完璧に近いかたちで放ったサーブは、2本続けてサービスエースになった。
絶好のかたちで始まった最終セットを、最後は西田選手のスパイクで15対13で競り勝ち、フルセットで勝利した日本が準々決勝、ベスト8進出を決めた。
イラン戦はまぎれもなくグループリーグで最高のパフォーマンスを発揮した試合だった。
イランの主将はシエナでもともにプレーをしたサイード・マルーフだった。
試合中は冷静に表情を崩すことがないマルーフが、日本戦で敗れたあとには泣いていた。決して大げさではなく、オリンピックは本当に、人生をかけた戦いだった。
■世界王者ブラジルに「1点が遠い」
準々決勝の相手はブラジル。バレーボールの世界で、ブラジルといえば誰もが知る世界の強豪、むしろ世界王者といっても過言ではない。
率いる主将のブルーノ・レゼンデはモデナでも主将だったことがあり、何もわからず渡った僕に対しても優しく、温かく受け入れてくれた選手だ。
ブラジル代表としてもクラブでも、数えきれないタイトルを手にしてきた、紛れもなく世界でも有数のキャプテンだ。
日本代表でキャプテンになってから、「目標とするキャプテンは?」と尋ねられるたび、僕はブルーノの名前を挙げてきた。
彼の人間性やリーダーシップはもちろん、チームを勝たせるためのプレー、行動へのこだわりは尊敬できるうえに、実際に勝利をつかみ取れるキャプテンがブルーノだったからだ。
そのブルーノ率いるブラジルとオリンピックで対戦する。
臆することなく、僕たちは1点目から全力で攻めた。力の差もそれほど大きく感じたわけではないし、全力は出し尽くした。
でも、1点が遠かった。そして、ここぞという1点をブラジルは確実に獲ってくるチームだった。
競り合いながらも0対3で敗れ、僕たちの東京オリンピックは終わった。
悔しいという感情だけでなく、あれだけやっても届かないのかという無力感も押し寄せてきて、試合が終わると涙が溢れた。
■日本代表を強くする「始まりの1敗」
試合を終えて、コートに整列する。そして、見上げるスタンドに観客はいない。
でも、会場で僕たちをサポートしてくれたボランティアの方々や関係者はいて、テレビや配信の向こうには応援してくれた人たちがいる。
あのとき、言葉を最初に発したのは藤井さんだった。
「せっかくだから、全員で挨拶しようよ」
チームの正セッターは関田さんで藤井さんはセカンドセッターで途中出場がほとんどだったけれど、いつもチームを明るくしてくれるムードメーカーだった。
負けて、涙が止まらないなかでも、藤井さんの言葉が前を向かせてくれた。
ブラジル戦の負けはただの1敗じゃない。日本代表を強くするために、忘れられない、始まりの1敗だった。
■フルセットにもつれこんだフランス戦
キャプテンになってからの代表チームを振り返ったとき、東京オリンピックのブラジル戦は間違いなくターニングポイントといえる試合になった。
そしてもう1つ、今につながる「負け」試合がある。
2022年にスロベニアとポーランドで開催された世界選手権における、決勝トーナメント初戦のフランス戦だ。
東京オリンピックを制した王者で、2年後の2024年にはパリオリンピックが開催されるホスト国でもある。
世界選手権は、各国がベストメンバーで臨む試合の1つでもあった。
勝てばベスト8進出が決まる試合で、第1セットはフランスが圧倒的な力を見せつけてきた。
第1セットを17対25で落とし、そのまま意気消沈してもおかしくない状況を、僕らは楽しんでいた。
「やっぱつえーな」
と言いながら、それなら何が通用するか、そして自分たちは何をするべきかを、劣勢の中でも冷静に模索した。
第2セットを取り返し、第3セットはデュースの末に獲られたけれど、第4セットは再び取り返した。
東京オリンピックのイラン戦と同様に、フルセットへともつれ込んだ。
■初めて「勝てる」と思った瞬間
立ち上がり早々に髙橋藍選手や西田選手がスパイクを決めて4対1。15点先取であることを考えれば、3点リードは相当優位に立っているといえる。
ただし、相手はフランスだ。セイフティリードなど存在しない。
そして、まさにそのとおり、そこからフランスの猛追が始まる。逆転されたが、日本も粘った。初めて、勝てる、と感じたチャンスが訪れたのが、15対14、日本が1点をリードした場面だった。
ミスをしないフランスがミスをした。しかも、スパイクボールをネットにかけたのは、あのガペことイアルヴァン・ヌガペトだ。
ここで勝たなければ勝てるチャンスはない、と誰もが思う場面で、僕にサーブ順が回ってきた。
いうまでもない。攻めることしか頭になかった。
「絶対に勝つ、必ず勝つ」
とだけ考えてトスを上げ、ジャンプしてボールをとらえる。
ヒットの瞬間、明らかに力んでいたのが自分でもわかった。ベストな位置よりも少し低い場所で叩いたボールはネットにかかり15対15。
■「惜しかった」「いい試合だった」では満足しない
まさに1点を争う展開のまま15点では決着がつかず、デュースが続いた。その後も互いに点を獲り合うなか、フランスが1点を挙げて16対17と逆にマッチポイントをつかまれた。
最後は西田選手がブロックに当てて後方まで飛ばそうとしたスパイクを拾われ、つないだ先にいたガペの素晴らしいスパイクが決まって16対18に。
あと一歩のところでフランスからの勝利を逃した。
東京オリンピックでのブラジルの敗戦と、世界選手権でのフランスの敗戦。
どちらも世界王者に負けたということに変わりはない。でも、この2つの負けには大きな違いがある。
ブラジル戦は、「これだけやっても勝てない」と力不足を突き付けられたのに対し、フランス戦は「勝てる」と思ったのに負けたということだ。
すべてを出し切れたかと問われたら決してそうではない。少なくとも僕は、最後のサーブで自分が打つべきサーブを打つことができなかったという後悔が残った。
きっとそれは僕だけでなく、最後のスパイクを決められなかった西田選手や、ほかの選手も同じだろう。
それぞれが「あそこで決めていれば」「あそこで拾えたら」と、具体的な悔やまれる1本がこびりつく試合になったはずだ。
あと一歩まで行きながら、勝ち切れない悔しさ。
「惜しかった」とか「いい試合だった」と言ってもらえることは嬉しかったけれど、結果を求めるならば、ここで満足するわけにはいかない。
フランス戦に負けたとき、心から思った。
これからは勝っていくだけだ。僕たちに求められるのは勝利だと。
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バレーボール選手
1995年12月11日、愛知県岡崎市生まれ。姉の影響で小学校4年生の時にバレーボールを始める。高校時代は、エースとして活躍し史上初の2年連続高校三冠(インターハイ・国体・春高バレー)を達成。中央大学進学後から当時史上最年少で全日本代表入りを果たす。さらに、日本の大学生として初めて世界三大リーグであるイタリア・セリエAでプレーし、大学卒業後は、プロとしてイタリア・セリエAのクラブに所属。プロ3シーズン目には所属チームのミラノでカップ戦優勝を果たし、自身初のタイトル獲得を経験する。2023–2024シーズンは、プレーオフでミラノ史上最高順位となる3位を獲得。2024年5月、さらなる飛躍を目指し、世界的な強豪チームのペルージャへ移籍した。日本代表としては、2021年からキャプテンとしてチームを牽引。2023年のネーションズリーグでは国際大会46年ぶりとなるメダル獲得。同年のワールドカップ兼オリンピック予選では、グループ2位の成績を収め、16年ぶりに自力でパリオリンピック出場権を摑んだ。
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(バレーボール選手 石川 祐希)
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