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「夏フェスは儲かるのか」その答えはここに…初年度4億円の赤字を1年で半減させた"茨城の夏フェス"の正体

プレジデントオンライン / 2024年8月15日 9時15分

開幕した「フジロックフェスティバル」の会場=2024年7月26日、新潟県湯沢町 - 写真提供=共同通信社

今年も各地で夏の音楽フェスティバルが行われている。そもそも夏フェスは儲かるのか。経営コンサルタントの鈴木貴博さんは「ちょうどいいケーススタディとなるイベントがある。毎年7月に茨城で行われているものだ。この事例から夏フェスの経済学を語ってみたい」という――。

■「夏フェス市場は伸びている」といえる

日本の夏に音楽フェスが戻ってきました。今週末にはサマー・ソニックが開催されます。昨年度の数字ですがサマー・ソニックの来場者数は東京会場、大阪会場合わせて24万人、フジロックが11万人、ロック・イン・ジャパンが26万人と動員数もコロナ禍前の水準に近づいてきています。

ロックファンにとっては推しの音楽を楽しむ一方で、朝から晩まで違うアーティストにも出会えるという点で、フェスにはアーティストライブとはまた違った楽しみがあります。

猛暑でゲリラ豪雨も起きる昨今、屋外フェスの場合は無事開催されるかどうかのリスクも高まってきています。にもかかわらず夏フェスの数は増えています。ウィキペディアの「毎年開催」の音楽フェスの数を数えると全部で81箇所です。

つまり経済評論家の視点でみると夏フェス市場は伸びています。夏フェスは儲かるということでしょうか?

ということで調べてみました。音楽フェスの経済性を3つの視点から確認してみたいと思います。

■2000年代を通じて音楽CDの売上は激減

1 アーティストの事情

有名アーティストの所属する音楽事務所の方に、

「フェスに参加すると黒字が出ます?」

と訊いたところ、

「はぁ? 赤字になるようなフェスに参加するわけないでしょ」

と真顔で言われました。フェス参加は黒字が前提のようです。

この点については少し解説が必要かもしれません。1990年代の事情をお話ししますと、超有名なアーティストが全国ツアーを開催すると赤字だったものでした。何しろステージの演出が凝りまくっていて、ダンサーや客演など同行するスタッフ数もたいしたもので、とにかくお金がかかっていたのです。

当時の事情で言えば、ライブは赤字でもCDのミリオンセールスで大幅な黒字が生めたのです。ところが2000年代以降、この構造ががらりと変わります。

ちょうどネットフリックスで音楽市場の経済性がどう変わったのかを詳しく解説するドキュメンタリー番組を配信しているので、興味のある方はぜひ観ていただきたいと思うのですが(『History 101: 古今東西の"ナゼ?"を早わかり』というドキュメンタリーシリーズの「MP3」というエピソードです)、とにかく2000年代を通じて音楽CDは売上が激減します。握手券代わりにCDを売るAKB商法を除いた音楽業界事情の話です。

2000年代初期にナップスターのような音楽ファイル交換が社会問題になってビジネスモデルが混沌とした時期があったのですが、2010年代には音楽配信が主流になって状況は落ち着きます。ところがこの新しい仕組み、アーティストにとっては困った状況なのです。

■アーティストの収入の柱は「グッズ」になった

というのはCDから配信に変わる動きの中で、原版権をもっているレコード会社はほぼほぼ以前と同じ収入を得られるルールになった一方で、アーティストの取り分が激減したのです。しかも欧米でこのルールが生まれたので、日本のアーティストにはどうしようもないわけです。

簡単に言えば2010年代の音楽アーティストは、楽曲はたくさん聴いてもらえるようになったけれども、楽曲からの収入だけでは生計が成り立たなくなりました。それでアーティスト活動はライブ中心で収益を上げる形に経済性が変わったのです。

2022年の夏にバルセロナの音楽フェスで熱狂する観客
写真=iStock.com/josepmarti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/josepmarti

ただし、ここはそれほど単純な構造ではないようです。音楽だけで生計を立てているあるメジャーなロックミュージシャンの収入構造を内緒で見せていただきました。楽曲からの印税が少ないのは予想通りですが、メディア出演料も収入面ではたいした金額ではありませんでした。音楽番組自体が減っているのでしょう。

わたしの予想ではライブ出演料がアーティストも事務所も収入の柱になっていると思ったのですが、実はそれだけではなかった。今や収入の柱はグッズなのです。言い換えると2010年代のロックミュージシャンを支えているのは「推し市場の拡大」だということです。

■「コト消費」から「トキ消費」へ

2 推しファンの事情

ということで今度は音楽フェスの経済性を、フェスに参加するファンの立場から捉えてみたいと思います。実は経済評論家界隈では「推し活市場が拡大している」というのは注目される経済現象のひとつです。

矢野経済研究所によれば2023年の推し活市場予測規模はアニメが2750億円、アイドルが1900億円でした。アイドル市場は握手会が全盛だったコロナ禍前の水準にはまだ戻っていませんが、それでも過去4年間、順調に市場規模は増えています。

博報堂の「オシノミクス レポート」によれば日本人の3人に1人の割合で「推し」がいると自認しているそうです。そして推しがいる人たちは、仕事や学校を除いた1日の自由時間の38.8%を推しに費やしているといいます。

推し活市場拡大の背景は、SNSや配信で推し活をしやすくなったことが大きいようです。確かにスマホでインスタグラムを眺めたり、動画をチェックしたりしているうちに1日の大半の時間が過ぎていきそうです。

ロックミュージシャンの推し市場規模についての統計はありませんが、さまざまな情報から構造は似ていると推測できます。たとえば日本経済の消費全体が車や家電などのモノ消費から旅行や外食などのコト消費へ、そしてコト消費からイベントなどのトキ消費へと移行しています。

■SNSや動画配信がライブへの参加意欲を高める

ある調査ではトキ消費に積極的にお金を使う人は人口の15%程度ということです。これは推し活に積極的に参加する消費者2200万人とほぼ同じ数字です。さまざまなデータは、ロックミュージシャンの経済も推しが支えていることを示唆しています。

経済学的に言うと、スマホを介したSNSや動画配信などの日常的なタッチポイントが増えたことで、推しアーティストについての「マインドシェア」が以前よりも高まり、結果としてトキ消費のライブにも参加意欲が高まるというサイクルが発生しているようです。

スマートフォンで動画を見る女性
写真=iStock.com/oatawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oatawa

実際、ある芸能事務所のグッズ販売では公式通販6に対して、ライブ現場でのグッズ売上が4の割合だそうです。推し活は手軽にできる自宅だけでなく、トキ消費の現場も重要なのです。

結果として推しのアーティストが参加するフェスには、自分も出かけていくという経済活動が生まれ、それが「夏フェスの増加現象」を生んでいると考えられるのです。では主催者の経済学はどうなのでしょうか?

■茨城で毎年7月に行われている「ラッキーフェス」

3 フェス主催者の経済性

音楽アーティストの経済性がCD販売主体から推し活にシフトして、音楽ファンの消費もライブ現場へと移行していることで、必然的に音楽フェスも数が増えている。夏フェスの経済は一見、簡単に見えますが実情はそれほど簡単ではないようです。

音楽業界関係者によると音楽フェスには四大フェスに代表されるプロのイベンターが行うものと、町おこし的に行われるものの2通りがあるといいます。24万人が動員されるサマー・ソニックのような歴史のあるイベントでは、いわゆる海外の大物アーティストを招聘しない限りは確実な黒字が見込めます。

一方で町おこし的なフェスの場合、アーティスト側から見ると「謎にギャラがいい」という事情があるそうで、裏返すと採算的には厳しくなる傾向があるようです。

夏フェスの経済学を語るにあたってはこの中間のちょうどいいケーススタディとなるイベントがあります。それが茨城で毎年7月に行われているラッキーフェスです。

■起業のプロであるグロービスの堀義人氏がコミット

背景を説明しますと2000年から茨城県のひたち海浜公園で毎年開催されてきたロック・イン・ジャパンが、コロナ禍の2020年、2021年に中止に追い込まれ、2022年からは都心からのアクセスのいい千葉県の蘇我スポーツ公園に移転することになりました。

そこで茨城のロックフェスの灯を消してはならないと、地元のLuckyFM茨城放送が主催者となって始まったのがラッキーフェスでした。

このラッキーフェスが興味深いのは、開催のきっかけは町おこし的な意識で始まった一方で、総合プロデューサーとして起業のプロであるグロービスの堀義人氏がコミットしたことでした。さらにはもともとロック・イン・ジャパンが20万人を超える動員をしてきた場所であったという点も重要だと思います。

こうして2022年に初開催されたラッキーフェスは、初年度で4億円の赤字になったそうです。この赤字は起業家の堀義人氏が負担をしたうえで、その状況を公表しています。それによれば2日間の参加アーティストが67組に対して来場者数は2万人。経費が7億4000万円かかったということで最終赤字は4億円に終わったということでした。

初日に雷雨で中断があったり、雨の中で演奏が続いたりと初年度の運営は大変だったそうですが、一方でロッキン時代と違い地元からの来場者が多く、手ごたえはあったといいます。

屋外フェスで音楽を楽しむ観客たち
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

■2年目はあえて規模を拡大、最終赤字は2億円に半減

そしてここからが面白いところですが、起業のプロだけあってラッキーフェスは次年度からトップラインを伸ばすことに力を入れます。トップラインを伸ばすとは経営用語で要するに売上をぐんぐん上げていくことを意味します。普通は赤字が4億円出れば、次の年はいかにコストを収入にあわせていくか収支均衡を考えるものですが、ラッキーフェスは逆で、いずれ10万人に増えれば利益は出るので、そこまで伸びていくことを重要視しようというわけです。

それで2023年はステージがひとつ増え、参加アーティストは106組と1.5倍に増え、経費は9億円を超えました。一方で売上は7億円超と倍以上に増え、入場者数は4万2000人まで増加します。そして最終赤字は2億円に半減します。

先月開催されたばかりの2024年は、さらにステージが増え、参加アーティストは114組。推定来場者数は6万人に達した模様です。主催者からの収支報告はまだありませんが、わたしの概算では売上はおそらく10億円を超え、収支はとんとんに近づいて最終的に▲5000万円ぐらいの赤字で収まったのではないかと思われます。

■夏フェスのレガシーは「毎年の来場者数」

夏フェスをビジネスとして捉えた場合、本質的には毎年の来場者数がレガシー(資産)となるものです。ラッキーフェスの場合は3年間で歴史あるフェスに比肩しうる6万人まで開催規模を押し上げたことが重要で、これで事業としての収益化の道のりは見えてきたのではないでしょうか。

先述したようにフェスはラッキーフェスを含めたプロのイベンターが事業として行うものと、町おこし的なイベントのものに二分されます。前者は雷雨や台風による中止リスクを織り込んだとしても、毎年の開催規模を拡大維持することでこの時代にはビジネスとしての収益が狙えるはずです。

そして後者は経費管理を徹底することで毎年の赤字を予算内に維持できさえすれば、町おこしの目的で自治体が継続的に開催することは可能でしょう。

なにしろ推し活市場全体が拡大し、音楽アーティストもそれが活動の中心となる状況下です。その前提から夏フェスの数もここまで増加したにもかかわらず、経済的にはその増加傾向を維持できているのではないでしょうか。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』『「AIクソ上司」の脅威』など。

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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)

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