米国で使われなくなった「効果の疑わしい抗がん剤」の一部が日本では保険適用のままに…驚きの実態とその原因
プレジデントオンライン / 2024年8月27日 16時15分
■「迅速承認制度」という医薬品承認の枠組み
読者のみなさん、はじめまして。ドイツでRNA創薬研究に従事する秤谷隼世と申します。
突然ですが、日本で用いられている抗がん剤の一部に、効果が不十分ですでに米国で承認撤回されているものが存在していると聞いたら驚くのではないでしょうか。
今回紹介する研究は、アイルランド王立外科医学院、医療ガバナンス研究所、ルンド大学との共同研究で行われたものです。その成果は、米国臨床薬理学会の国際誌Clinical and Translational Science誌に” Continued cancer drug approvals in Japan and Europe after market withdrawal in the United States: A comparative study of accelerated approvals”という論文名で掲載(2024年7月11日公開)されました。
一般に、がん治療においては、科学的に頑健な有効性の指標である全生存期間(Overall Survival, OS)を用いて臨床試験で有効性を評価することが推奨されます。しかし、全生存期間での評価には、疾患によっては複数年単位の評価が必要となります。何年もかかる試験の結果を待っているようでは、重篤ながんを抱えている患者さんなど、救えるかもしれない命が手遅れになりかねません。また、製薬企業はあえて強調しませんが、臨床試験のコストが嵩んでしまうという問題もあります。そこで、日・米・欧の各国、地域では、通常の薬事承認とは別に「迅速承認制度」という特別な医薬品承認の枠組みが設けられています。
■日本には「承認を受けた医薬品」が撤退できる仕組みがない
迅速承認制度が通常の薬事承認と異なる点は、エビデンスが十分に確立されていない状態でも、候補となる物質が医薬品として承認されることがあるということです。米国で迅速承認を受けた医薬品は、製薬会社による市販後調査(確認試験)が義務付けられています。確認試験の失敗や遅延を認めた場合は、米国食品医薬品局(FDA)はその医薬品を市場から撤回することができるようになっています。
実際近年、FDAは「効果の疑わしい抗がん剤」が市場に長々と引き留められているような現状を改善すべく、迅速承認から市場撤退までの速度を速めているといった現状も私たちは以前、別の医学雑誌に報告しております(H. Hakariya et al., QJM, 2024)。
欧州でも同様に撤回の仕組みが存在しますが、日本では、一度当局から承認を受けた医薬品が撤退できる仕組みは存在しません。
そこで私たちは、世界の医薬品市場の大部分を占める米国・日本・欧州に着目して、抗がん剤の迅速承認制度の承認・規制状況を比較しました。具体的には、2023年4月30日時点で米国において撤退が報告されている抗がん剤23品目に注目し、これらの日本・欧州での承認状況を各国・地域の規制当局が発表するデータベースや製薬会社による発表資料などに基づいて精査しました。
■「効果の疑わしい抗がん剤」が日本や欧州では保険適用されたまま
その結果、23品目のうち15品目については、製薬会社が日本および/または欧州でも承認申請をしており、さらに12品目については今も日本または欧州のいずれかで承認されている事実を明らかにしました。
日本の規制当局である医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)には、製薬会社から合計7品目の承認申請があり、2023年4月30日時点でPMDAはその全てを承認していました。その適応の内訳は図表1に示すように種々の癌腫にわたっており、古くに承認された順から、マイロターグ(ゲムツズマブオゾガマイシン)、イレッサ(ゲフィチニブ)、アバスチン(ベバシズマブ)、フルダラ(フルダラビンリン酸)、イストダックス(ロミデプシン)、ファリーダック(パノビノスタット)、テセントリク(アテゾリズマブ)でした。
さらに、乳がんに対する治療薬である2例は、乳癌診療ガイドラインで推奨されてしまっている始末です。テセントリク(アテゾリズマブ)については強く推奨・アバスチン(ベバシズマブ)が推奨という状況です(2022年版ガイドライン)。
一方、欧州の規制当局であるEuropean Medical Agency(以下、EMA)は13品目の申請を受け、12品目を受理し、1品目を拒否しました。承認を一度受けた12品目のうち、2品目については撤退があったものの、残る10品目については2023年4月30日時点で承認が維持されていました。
■長いものでは「11.5年」も市場に残っている
続いて私たちは、これら日本・欧州で承認が維持されていた医薬品が、どのくらいの間市場に出回り続けてしまっているのかを計算しました。
すなわち、米国市場からの撤退をスタートとして、各国・地域における「効果の疑わしい医薬品」の市場残存期間を算出しました。すると驚くべきことに、1医薬品あたり欧州では0.2年から11.5年(中央値1.3年)、日本では1.1年から11.5年(中央値3.2年)という期間の範囲で、これらの医薬品が市場に残り続けていることが明らかとなりました。
さらに、欧州で承認されたままとなっている10品目の市場残存期間を合計すると、26.8年であったのに対し、日本では7品目しか承認されたままになっていないにもかかわらず、その市場残存期間の合計は、36.2年間でした。
これらの期間はさらに延長する可能性があります。
■本来の医薬品承認よりも有効性の基準が「緩い」
さて、それではどうしてこのような事態が起こってしまったのでしょうか。
もともと迅速承認制度は、有効性の期待される医薬品候補を患者さんの元へ迅速に届けるべく、米国(1992~)・日本(2017~)・欧州(2006~)で確立されました。このシステムは、ほとんど抗がん剤に対して適用されます。そして本制度では、より短期間で有効性を評価するために、全奏効割合(Overall Response Rate, ORR)や無増悪生存期間(Progression Free Survival, PFS)といった代用指標(代用エンドポイント)を用います。その結果、医薬品の有効性が「推定」されれば承認を受け、その物質は保険適用の受けた医薬品となります。
有効性が「推定」されればいいということは、誤解を恐れずに言うと、本来の医薬品承認で求められる有効性よりも、その基準が「緩い」ということです。
■肝心な「撤退の仕組み」が存在していない
そのためか、迅速承認制度で承認を受ける医薬品の多くは、①臨床試験に組み込まれる患者さんの総数が少なかったり、②特定の患者集団での研究が不足していたり、③単一非ランダム化試験に基づいた科学的な頑健性の弱いデータで承認を受けていたりと、科学的に検証が不十分な点が残ることが多くなります。つまり、迅速承認の時点では、「臨床的な利益」が必ずしも証明されていないのに承認を受けてしまう欠点があり、これが問題となるのです。
むやみやたらに承認してしまうようでは、「効果の疑わしい医薬品」まで承認してしまい、「国民医療費を無駄にしながら患者さんに全くベネフィットのない医薬品を投与する」といった状況が生じかねないので、安易に承認を与えてしまうことは危険です。こうした状況が生じている時間を最小限にするためにも、米国では撤退の仕組みが存在します。ところが日本の場合、「迅速に承認する」という入口の仕組みだけが導入されてしまっており、肝心な撤退の仕組みが存在しないのです。
■抗がん剤の承認制度に求められる「国際的な規制の調和」
本研究で私たちは、「FDAによって迅速承認を受けたが、後に⽶国で撤回された抗がん剤」23品⽬について精査しました。結果、それらの承認状況は国・地域によって異なっており、日本または欧州のいずれか(または両方)において、一部の抗がん剤が承認されたままとなっている状況を明らかにしました。
この事実は、①撤退を受けて、米国のがん患者さんが有効であるはずの医薬品にアクセスできなくなってしまっているか、②日本または欧州の患者さんが、臨床的なベネフィットのない医薬品を処方されてしまっているか、いずれかを示唆します。米国の規制当局が、市販後の確認試験を執り行ったうえで撤退を判断していることを考えると、②のシナリオの方がより事実を反映していると考えられます。
こうした地域による差を解消するためにも、抗がん剤の承認制度については、国際的な規制の調和が必要とされるでしょう。
■「臨床的な利益が証明されていない医薬品」が使われ続けている
では、日本の医師や当局はこうした事実をどのように受け止め、どのような対策をとっていくことができるでしょうか。
今回、⽇本では特に、「FDAによって迅速承認を受けたが、後に⽶国で撤回された抗がん剤」、すなわち効果の疑わしい抗がん剤が、⻑期間にわたって承認維持されている傾向があり、さらに⼀度承認された適応が撤回されたといった事例はありませんでした。
この結果を少し悲観的に解釈すると、⽇本では、臨床的な利益が証明されていない医薬品が使⽤され続けていることになります(同様のことが欧州でも言えます)。したがって、⽇本や欧州の規制当局には、臨床的な利益が不明な医薬品の再評価と撤回を検討する余地があると考えられるでしょう。少なくとも、当局は国や地域によって異なる承認状況となっている根拠をより明確に説明する必要があります。
■治療薬ガイドラインのアップデートも重要
また、現場の医師をはじめとした医療従事者は、日本で承認されている抗がん剤だからといって、安易に製薬会社のMRさんに勧められるまま処方するのではなく、最新の国際的なエビデンスをきちんとアップデートしながら日常の診療に従事するといった姿勢が求められてくるのではないでしょうか。
もちろん、日常診療に忙殺されてこうした情報を逐次アップデートするのは医師にとって簡単ではないでしょう。そこで、学会の出す治療薬ガイドラインも、最新の臨床試験の情報を常にアップデートした指針を示していくことが重要です。
末筆ですが、私自身は日々研究室の中で創薬研究に従事しています。承認を受けて市場に出回るのは、我々が一生をかけて見つけ出せるかどうかの新薬です。患者さんたちのためにも、しっかりと臨床的なベネフィットを明らかにしたうえで、患者さんの利益になるようなお薬が届けられるような世の中であってほしいと願います。
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エバーハルト・カール大学テュービンゲン 研究員
1993年生まれ。慶應義塾大学薬学部を卒業。京都大学大学院医学系研究科にて博士号を取得。日本学術振興会 海外特別研究員を兼任。核酸医薬・核酸化学・遺伝子工学・を専門としたRNA創薬研究に従事。社会と医薬品の関係性について洞察を深めるため、任意団体 薬と社会健康科学研究所を創設・主催。研究・アドボカシー・講演・執筆などの活動を展開している。
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(エバーハルト・カール大学テュービンゲン 研究員 秤谷 隼世)
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