羽田空港の「衝突事故」をなぜ防げなかったのか…「人間ではなくAIに任せればいい」への元管制官の回答
プレジデントオンライン / 2024年8月21日 8時15分
■滑走路上の衝突事故は過去にも起きていた
2024(令和6)年1月2日、羽田空港の滑走路上で発生した航空機衝突事故は、滑走路上で機体が燃え上がる鮮明な映像とともに、国内外に大きな衝撃を与えました。
17時47分頃、着陸直後の日本航空516便(乗客367人・乗員12人)と、離陸のため待機していた海上保安庁機(乗員6人)が滑走路上で衝突。機体は衝突後に激しい火災を起こしました。
日本航空機は乗務員らの誘導により、短時間で搭乗していた全員が機体から脱出(14人が軽傷)しましたが、海上保安庁機は搭乗していた6人のうち、5人が亡くなるという大事故でした。
航空機2機が滑走路上で衝突する事故については、濃霧のなかで大型旅客機2機が衝突し、史上最大の死者数を出した「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(1977〈昭和52〉年3月、スペイン)」、夜間の空港で離陸待ちのために停止していた機に到着機が追突した「ロサンゼルス国際空港地上衝突事故(1991〈平成3〉年2月、アメリカ)」などが広く知られています。
■「事故原因はこれ」と断定できる問題ではない
近年における滑走路上の衝突事故としては、テネリフェの悲劇と同じく、濃霧のなかでセスナ機が滑走路に誤進入し、離陸滑走する旅客機と衝突した「リナーテ空港衝突事故(2001〈平成13〉年10月、イタリア)」以来の事故といえます。
国土交通省が公表した交信記録によれば、出発機(海上保安庁機)のパイロットに対し、航空管制官から滑走路への進入指示や離陸許可は発出されておらず、パイロットも「滑走路手前停止位置に地上走行する」と復唱していることから、何らかの誤解、誤認があったために滑走路に誤って入ってしまったことが考えられます。
出発を急いでいたこと、到着機(日本航空機)を認識していなかったこと、夜間の視認性の悪さ、停止線灯の不使用など、事故の引き金の1つとなった原因について、さまざまな説が飛び交っていますが、管制塔で何度も危険と対峙した経験から、表面的な情報だけで答えが出せるほど単純ではないと私は確信しています。
■管制の現場では最先端技術が活躍中だが…
管制官の業務は複雑化しています。手元には便名や経路など情報を集約した運航票、その隣にはレーダー画面、その上には気象情報、どこを見ても装置が並んでいます。もちろん、外を見れば何機もの飛行機……そのなかで情報収集を行なわなければなりません。
無線の性質上、飛行機に対しては、1機に1度ずつしか指示できません。複数の飛行機が同時に移動(または飛行)しているのに、そのなかの1機を選んで指示することしかできないのです。これを「アナログすぎる」と評する世間の論調も増えたように思います。
今の世の中、管制官という職務も例外なくデジタル技術の活用が要請されているところであり、その先にしか、社会が目指している未来のかたちに辿り着けないのだろうと思います。DX(デジタルトランスフォーメーション)、あるいはAI(人工知能)の導入への、まさに過渡期にあるといえるのかもしれません。
本書でも触れているように、現在も航空管制の現場では、レーダー、TCAS、ADS-B、マルチラテレーション、それらの情報にもとづく警戒判定システムなど、最先端のテクノロジーが活躍しています。しかし、AIが管制官の判断を代替する世界はまだ先になりそうです。
■管制官が飛行機の優先順位をつける方法
たとえば、レーダーによる進入管制では、複数の飛行機に優先順位をつけなければならない局面に遭遇することがあります。上空で待機するどの飛行機から着陸させるか。原則では、もっとも近い飛行機に優先権があります。システムは、レーダーで測定した距離から、最優先すべき飛行機を教えてくれ、管制官に推奨する順位づけまで提示してくれます。
しかし、安全と効率を考えたとき、ただ距離が近い機を最優先すればよいのかというと、かならずしもそうではありません。
ターミナルレーダー管制では、空港の近くに来た飛行機を効率よく滑走路に誘導するために、上空で適切な間隔を保ちながら一列に並べます。このとき、「S字」や「J字」のような流れをつくるのですが、システムはこの“流れ”をつくるための指示の回数や、上空の風向きにより方向を変えると、減速または増速することまでは対応できていません。
「今、もっとも近くにいる機を優先する」という原則は大切です。しかし、それを完全に守ろうとすると、どうしてもいびつなかたちになってしまいます。今のシステムの答えは、あくまで計算上で出した数値に対する優先順位です。まだそこまでの“管制の技術”を体現したものにはなっていない、というのが現状です。
■空の混雑緩和の切り札「4次元の管制」とは
前項で述べた誘導のことを「レーダー誘導」と呼びます。じつは現在すでに、レーダー誘導を行なわない次のフェーズに入っています。それが「4次元の管制」です。
複数の機が同時に近づいて来るから、どれを先に降ろすかという“自由度”が生まれてしまうわけで、理想は、管制官がわざわざ指示しなくても、初めから適正な間隔で1列に並んでいる状態。そのままの流れで着陸に誘導することができる状態です。
つまり、管制官が指示をしないと一定の間隔がとれないような状態にしてしまうことは、その時点でもう「航空路管制の失敗」ともいえるわけです。
では、どうすればよいのか。そこで考えられるのは、各機が着陸する空港付近で自動的に適正な間隔で1列に並んでいる状態になるように、「もっと手前から、時間をさかのぼって時間管理すればいい」という考え方です。
■遅延も早着も起きない「完全管理」が実現する
駐機場から滑走路までの移動時間、離陸に要する時間、巡航中の各ポイントを通過する時刻、これをデジタルで詳細に計算し、その時刻に合わせてパイロットが速度調整をしていけば、到着時刻も正確に管理できるはずです。
そのうえで、各機が一定の間隔で到着するように滑走路の使用タイミングを割りふっていけば、もはや管制官が手を加えなければならないほど混雑することはありません。
パイロットは、出発準備が整ったら決められた時刻に離陸して、決められた地点を決められた時刻に通過することに集中する。気がついたら、滑走路の手前でちゃんと適正な間隔で並んでいる。それが「4次元の管制」なのです。
これまでの“3次元の管制”は、平面×高さの3次元のなかで位置を把握し、管制官が速度を指示して間隔を調整したり、場合によってはショートカットさせたり、ルートを変更させたりすることで位置関係を調整していました。
「4次元の管制」が実現すれば、もう、人間が状況を見て、そのつど判断することもなくなるはずです。ショートカットもなければ追い越しもない、離陸したら着陸するまで、決められた時間に決められた地点を通過するということを守るだけ。そうすれば遅延も起きないし、早着もしない、完全管理された航空交通が実現するでしょう。
■ただし各航空会社の理解と協力が不可欠
そのためには、調整しなければならないことがいくつかあります。もっとも大きな課題は各航空会社のスケジュールです。
現状のスケジュールは、そこまで緻密な時間管理に対応する精度になっていません。各航空会社が飛びたい時間はだいたい決まっているので、これを調整して飛ばしているだけです。だからどうしても、着陸時の滑走路で競争が起きてしまいます。
4次元の管制では、航空会社のリクエストを受けたうえで、すべてのデータをインプットして理想の順番、出発時刻を割り出し、分単位で割り当てていきます。その結果、19時に出発を希望している便を、あえて19時10分の出発に割りふることもあるかもしれません。それでも全体の効率は上がり、上空で待機して着陸の順番を待つこともなくなるはずです。
しかし、4次元の管制もまだ、道半ばです。空港間の数百キロメートルあるいは数千キロメートル先の予測精度を高めるというのは、並大抵のことではないようです。
■着陸時刻は「誤差3分」でも致命的
では、将来的に航空管制の業務の多くの部分を、テクノロジーが代替することは可能なのでしょうか。たとえば、AIの導入によって、より精度の高い予測にもとづく「4次元の管制」が可能になるのかというと、私はやはり簡単ではないと考えています。
航空は、自動車や鉄道とは異なります。気象条件も変化するし、飛行機の性能も機種や重量によってまちまちです。そのうえで、どれほどの精度で予測が可能なのかという問題に行き着きます。
テクノロジーの進化によって、時間にして、おそらく着陸20分前の時点で算出する着陸時刻を、誤差3分程度の精度にすることは可能だろうと思いますが、その3分は航空管制における誤差としては大きすぎます。3分もあれば2機の離着陸が可能です。つまり、3分の誤差で、滑走路の使用順位が入れ替わることが十分にあり得るわけです。
しかも、この「着陸20分前時点での誤差3分」という数字は、人間が予測する精度とくらべて同等か、低い数字だと思っています。AIに任せるなら、これを超えなければ意味がありません。意味がないというか、使いものになりません。計算機が人の暗算よりも遅なら誰も使わないようなものです。
■未知の事象が起きた時、人間並みに対応できるか
また、AIが、その原理からして過去の人間の仕事から学んでいるのなら、結局は人間の精度を超えるのは難しいのではないかというのが私の見解です。
クルマでたとえるなら、航空管制はF1の世界です。クルマの自動運転技術にしても、現在は路線バスや高速道路に限定した導入を検討中で、一般乗用車で入り組んだ一般道における実用化はもう少し先という段階です。
さらに、将来的にF1で走るようなレーシングカーの自動運転は可能かというと、おそらく不可能ではないでしょうか。レースで求められる運転技術の精度が違いすぎるからです。
何より難しいのが、未知の事象が起きたときの判断です。私はAIが「ハドソン川の奇跡」(USエアウェイズ機が離陸直後にバードストライクに遭遇し、2基のエンジンが停止したが、川に着水して墜落衝突を回避した事故)並みの対応を導けるとは思えないのです。
これが、管制のスキルをどこまでテクノロジーがサポートできるか、という問いへの答えです。パイロットも管制もすべてがAIで統制されるようになるまでは、人の時代が続くのではないでしょうか。
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元航空管制官、航空専門家
管制官時代は成田国際空港で業務に従事する。退職後、航空系ブロガー兼航空管制ゲームの実況YouTuberに。飛行機の知識ゼロから管制塔で奮闘して得た経験をもとに、現在は専門家として「空の世界」をわかりやすく発信している。テレビ出演や交通系ニュースサイトへの寄稿も精力的に行なう。
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(元航空管制官、航空専門家 タワーマン)
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