1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

未着用では溺死リスクが3倍に跳ね上がる…「ちょっと海に入るだけ」でもライフジャケットを着けるべき理由

プレジデントオンライン / 2024年8月22日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zinkevych

毎年夏になると各地で水難事故が多発する。どうすれば自分の命を守ることができるのか。時事通信社水産部の川本大吾部長は「少しの時間でも船に乗るときはライフジャケットを着けなければいけない。それだけで事故発生時の生存率が2倍以上変わってくる」というという――。

■毎年1000件以上の水難事故が起きている

毎年、夏場に海や川で命を落とす痛ましい水難事故が頻発している。開放的な雰囲気で余暇を楽しむ中、生死を分ける瞬間が訪れるとは考えもしないだろう。

警察のデータによると水難事故は毎年1000件以上発生しており、2023年は1392件、1667人が事故に遭遇。およそ半数が亡くなったり、行方不明になったりしている。中でも海の事故が最も多い。

遊泳中の危険性も高いが、船の上はいっそう油断禁物だ。危険と隣り合わせの海では、命綱となるライフジャケットの着用が時には生きるか死ぬかの分かれ道になる。

■着るか着ないかで生存率は2倍変わる

海の事故といえば、海水浴を楽しむうちに波にのまれるケースが想像されがちだが、船に乗って重大な事故に遭遇することも少なくない。それも「タイタニック号」のような大型客船ではなく、小型の船舶による事故のほうが多発しているのが現状だ。

船に乗っていて不測の事態が発生し、事故に遭遇した人数は近年だと年間700〜900人程度で推移している(海上保安庁調べ)。このうち、海に投げ出されるケースは百数十人に上っており、その後、死亡・行方不明に至るのは半数を超える。

【図表】船舶乗船中の海中転落事故発生状況
海上保安庁「海難の発生と救助の状況」より作成

その際、半数以下の生存者となれるかどうか、その大きな分かれ道になるのが「ライフジャケットを着るか着ないか」だ。

海保の2020年の調査によると、ライフジャケットを着用して海中転落した場合の生存率は、未着用のケースに比べて2倍以上。逆に、着ていなかった場合の死亡・行方不明率は着用時の3倍というデータも別途存在している(神戸地方海難審判庁発表資料)。

【図表】海中転落者のライフジャケット着用・非着用別による死亡率
海上保安庁「令和2年 海難の現況と対策」より

■2018年の法改正によりあらゆる船で義務化

「ライフジャケットが命を守ります!」――国土交通省や海保、水産庁、警察庁は、すべての乗船者の安全を確保するため、ライフジャケットの着用を強く訴えている。相次ぐ船の事故を受け、国は2018年、20トン未満の小型船の乗組者に対してライフジャケットの着用義務化に踏み切った。

以前から20トン以上の船は船員法によって着用が義務化されていたため、この法改正により原則としてすべての船舶乗船者への着用が必須となった。

乗船者も含め、着用していなかった場合には船長(小型船舶従事者)に違反点数2点が付与され、再教育講習を受けなければならない。違反の点数が累積し、行政処分基準に達した場合には、最大で6カ月の免許停止といったペナルティーが待っている。

ライフジャケットそのものにも基準がある。国交省によると、水中で浮き上がる力が7.5kg以上あることや顔を水面上に維持できることなど、さまざまな安全基準を満たした「桜マーク」(型式承認試験および検定への合格の印)が付いたタイプでなければならない。薄手でカラフルなウェイクボード用などは対象外で、仮に着ていても罰則の対象となってしまうから要注意だ。

■有料の遊漁船では着用率は向上した

ルール変更後、2022年に知床遊覧船事故が発生したこともあり、国や関係組織はマリーナや漁港などで、ライフジャケットの適切な着用や出航前の点検など、安全確保へ向けたリーフレットを配布したりパトロールを実施したりして、ルール順守を呼び掛けている。

ライフジャケットの着用を呼びかけるチラシ
ライフジャケットの着用を呼びかけるチラシ

2018年以降、着用率は向上している。釣り客を乗せる遊漁船では、船室内での着用は適用外だが、船長や利用客も含め「救命胴衣」の着用義務が遊漁船業法で規定されており、違反すれば営業停止などの罰則がある。全日本釣り団体協議会の幹部は、「遊漁船での着用率はかなり向上している」という。

■「今から泳ぐ」で適用除外になる運用の穴

一方、プレジャーボートについては、まだ十分な着用状況とは言えないようだ。念のため説明すると、プレジャーボートとはモーターボートやヨット、水上オートバイなどを含む小型船舶の総称。遊漁船などと違って営業を伴わない個人的な海洋レジャーのためのものであり、沖釣りやクルージングなどに利用される。貸切状態になるため「自分だけの空間という感じで、船上でライフジャケットを着用していない人をよく見掛ける」(同協議会幹部)という。

プレジャーボートでも、当然、船内ではライフジャケットの常備・着用が義務だが、遊漁船などとは違った例外もある。「プレジャーボートの場合、船から海へ飛び込んで泳ぐ利用者もいて、着用していなくても『今から泳ぐんです』と言えばOK」(同)という運用になっており、海上で関係機関の巡回や取り締まりで注意を受けてもルール違反に問われないという。こうした例外も着用率が向上しない要因となっているのかもしれない。

海水浴とは違って岸から遠ざかる船では予測不能な事態に巻き込まれる可能性が常にあり、ライフジャケットの着用は必須だ。実際にここ数年、プレジャーボートでの死亡事故も多数発生している。

【図表】船舶事故(過去5年間の推移)
海上保安庁「令和5年における海難発生状況(速報値)」より

■海を熟知している漁師も転落事故で毎年死亡者が出る

「板子一枚下は地獄」と言われるように、船に乗っている間は常に死と隣り合わせの危険な状況にあることを自覚しなければならない。それは、海を熟知しているはずの漁師の例を見れば一目瞭然だ。漁船も当然、2018年から小型船も含めて、ライフジャケット着用は必須条件となっている。

ライフジャケットを着て漁船で作業する漁業者ら
提供=全国漁業就業者確保育成センター
ライフジャケットを着て漁船で作業する漁業者ら - 提供=全国漁業就業者確保育成センター

水産庁によれば、漁業協同組合を通じた聞き取りなどによる調査では、2023年の全国平均で着用率が9割を上回った。ただ、徳島県や兵庫県、香川県、愛媛県、大分県など、瀬戸内海に面した地域では率がやや下がる。

その要因について水産庁は、「島が多く周知が進んでいないことに加え、比較的狭い海域で船舶の航行が多いことから、『万が一の時はほかの船が救助してくれるだろう』といった考えもあるのではないか」とみている。

この全国調査が実態をどの程度反映しているかは未知数だが、気になるデータがある。同庁によると、「近年、海中転落した漁業者の着用率は約5割と低い」と打ち明ける。船上で脱いでしまうのか、そもそも出港時から着用していなかったのかはわからないが、「かさばって作業しづらい」「着脱しにくい」「(漁船上の機材などに)引っかかったり巻き込まれたりする恐れがある」といったことが着用しない理由に挙げられている。

こうした状況を反映してか、2023年の海上における漁船の人身事故者は合計252人(海上保安庁調べ)。このうち海中転落者は62人で、半数以上の38人が死亡あるいは行方不明となっている。船舶種類別でみれば最も多い。

【図表】船舶乗船中の海中転落事故発生状況(左) 船舶種類別 海中転落事故による死者・行方不明者数(右)
※海上保安庁「令和5年 海難の現況と対策」より作成

着用義務化前の2017年と比べると事故者数などは減少傾向にあるが、実際に昨年、ライフジャケットを着けずに海に投げ出され、死亡・行方不明になった漁師も多くいたことは確かだ。

■岸壁や防波堤での釣りにもライフジャケットを

ライフジャケット着用のメリットは、体が沈まないというだけではない。海に放り出されれば体温と水温の差で確実に冷えてきて体が震え、意識が遠のくまで長い時間はもたない。ライフジャケットには一定の保温性があることに加え、浮力の維持で体力の消耗を減らすことにもつながり、長く浮いていられれば救助される可能性は高まる。

車のシートベルト着用と同様に、海に投げ出されたときにライフジャケットが命を守る効果は明らかだ。海水浴での着用を強制するのは難しいだろうが、少なくとも船に乗るならルールに従って、かさばろうがどうであろうが着ることが賢明であろう。

海保では不測の事態に備え、そのほかにスマホをストラップ付き防水パックに入れ、全地球測位システム(GPS)機能をONにして乗船することも重要とPRしている。

また、船と違って着用義務化はされていないが、磯場や岸壁、防波堤で釣りなどを楽しんでいる際に海へ投げ出される例も多く、ここでもライフジャケットの着用の有無が生死を分けたとみられるケースが多数報告されている。

【図表】釣り中の海中転落者のライフジャケット着用率及び死亡率(乗船中の釣りを除く)
海上保安庁「海難の発生と救助の状況(2023年発表)」より

この夏も各地で発生した水難事故のニュースが報じられている。楽しい海遊びが悲しい顛末を迎えないよう、ライフジャケットをはじめできるだけの装備をして出かけることを勧めたい。

----------

川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006~07年には『水産週報』編集長。2010~11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。

----------

(時事通信社水産部長 川本 大吾)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください