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「他国から攻撃されても自衛隊、米軍が助けてくれる」は甘い…安全保障のプロによる日本有事シミュレーション

プレジデントオンライン / 2024年8月23日 9時15分

実動訓練「レゾリュート・ドラゴン」の開始式に臨む陸上自衛隊(奥)と米海兵隊の隊員ら=2024年7月28日午前、熊本市の陸自健軍駐屯地 - 写真提供=共同通信社

日本が外国から武力攻撃されたとき、何が起きるのか。東京国際大学の武田康裕教授は「自衛隊は民間防衛より軍事・防衛に注力する。米軍が手助けしてくれるかは不明だ。究極的には自分自身でどうにかするしかない」という――。(後編/全2回)(インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

■「有事」を想定した訓練をしない日本

(前編から続く)

――台湾では2024年7月末に、国民も参加する大規模な防空避難訓練が行われました。韓国でも2023年、国民参加型の防空訓練が行われています。

【武田】台湾は危機意識が高いため、毎年全国レベルの訓練が行われています。しかも一般に「民間防衛」と呼ばれるもので、国民には参加義務があります。「シェルターに退避を」「自家用車を道路に置かないように」と指示が出れば従わなければならない、かなり徹底した訓練を行っています。

一方、韓国の場合は政権によっては北朝鮮に融和的な対応をするため、戦争に対する意識が薄れる時期があります。昨年の訓練は実に6年ぶりに行われたもので、50万人規模で行われたといわれています。

――日本では防災訓練は盛んにおこなわれていますが、軍事的な有事を想定した訓練となると経験がありません。

日本では「国民保護訓練」という名称で実施されており、国民保護法に基づいて地方自治体が主催する形で行っています。

国民保護法は、武力攻撃事態などを想定して、いざというときに国や都道府県及び市区町村、関係機関が協力して国民の生命・財産や経済活動を守るためにできた法律で、安全保障上の「有事」を想定したものです。

■1位は福井と徳島、ワーストは和歌山

2004年に成立し、以降、2005年から2023年までの間に、最も多い都道府県で福井県、徳島県が16回。最も少ない和歌山県は3回の国民保護訓練を実施しています。

【図表】国民保護共同訓練の実施状況(令和5年度末時点)
出典=令和6年6月 内閣官房副長官補(事態対処・危機管理担当)付「令和5年度 国民保護に係る訓練の成果等について」

全国的に訓練回数が少ないのですが、中身も問題です。国民保護訓練のシナリオは、法律では武力攻撃事態などを想定しているにもかかわらず、実際には主に自然災害がベースになっています。

近年、ようやくテロリストや武装した不審者が上陸してきたとか「ミサイルが着弾」という、武力攻撃に準じた事態を想定した訓練シナリオを組み始めていますが、武力攻撃事態となるとまだまだ片手で済むくらいの回数しかやっていません。

特に有事の想定は県知事などの意向に左右されますので、トップがリベラルなスタンスであるなどの場合には、軍事的な有事を想定することが難しい状況があります。

――安全保障環境が厳しく、最も訓練が必要と思われる沖縄でも、わずか5回ですか。

それでも離島などで、「訓練すべきだ」、「住民避難を想定しておかなければ」という声が出てきてはいるようです。しかし日本全体で見ても、国民参加型の防空避難訓練、いわゆる「民間防衛」の訓練については準備も意識も不十分である、というのが実情です。

■「軍事アレルギー」の弊害

――「国民保護」と言われると、国民としては保護されるのを待っていればいいという印象なのですが。

本来は「民間防衛」と言った方がよかったんだろうと思います。英語でも「シビル・ディフェンス」と言い、外国の侵略に遭ったときに国民をどう守るのか、その時、政府や軍はもちろん、国民は何をすべきかという観点を学びます。

諸外国では軍が行う防衛と国民の防衛をセットで考えていますし、ヨーロッパの国々ではシビル・ディフェンスにも一定の予算を割き、シェルターの拡充などを行っています。

日本では「民間防衛」という言葉には、戦前を想起させ、国民を守るというよりも戦争に向けて徴用した、というイメージがものすごく強く残っています。そのため、民間防衛という言葉が使いづらく、「国民保護」としているのです。しかし英語で言うところの「シビル・プロテクション」は自然災害に対する防災や助け合いであって、やはりシビル・ディフェンスとは似て非なるものなんですね。

さらに日本では国民保護の主体は地方自治体ですから、安全保障や軍事の問題は身近ではなく、「ある特定の地方自治体にミサイルが落ちた」という想定でシミュレーションしろと言われても、なかなか難しい。

これに関しては政府が地方を相当に支援してシナリオ作りをし、訓練をお願いするしかないと思うのですが、地方は人も予算もないのが現状です。だからやはり身近で、市民にも説明しやすい「防災」に寄せた訓練や備えを行ってしまうのです。

東京国際大学の武田教授
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京国際大学の武田教授 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■自衛隊に頼れない状況

――国民保護における自衛隊の役割とはどのようなものなのでしょうか。

国民保護を行うのは第一に内閣官房と地方自治体であり、消防・警察が主役です。自衛隊ももちろん、支援・協力はしますが、もし外国からの侵略を受けているというような場合には、自衛隊は侵略してくる敵に対処するのがメインの仕事であって、アセットの大半はそちらに向けることになります。

つまり自衛隊のアセットは主として軍事・防衛に使われるため、民間防衛に使われるアセットは限られてきます。状況にもよりますが、有事の場合、国民保護に関しては自衛隊に頼れないという状況になる可能性もあります。

――それは誤解がありそうですね。災害派遣と同じように、自衛隊が助けに来てくれるというイメージです。

実際にはそうではなく、だからこそ平時の訓練でも市民と自衛隊が組んで訓練を行うという形にはならないのです。

――現状はミサイル警戒システムであるJアラートを使った訓練でも「戦前を想起させる」「撃たれないようにするのが先だ」という反対論が起きます。

しかしいざというときのためにやっておかなければ、実際の事態には対処できません。

■地下鉄の駅はミサイル攻撃には耐えられない

実は前編でも触れた在外邦人保護に関しては、海外でかなり大規模な訓練が行われています。例えばアメリカが主催してタイで行っているコブラゴールドという演習では、日米とタイが連携して、タイの大使館員や領事館員、タイ在住の邦人たちにも協力してもらって、保護訓練を実施しています。

国内での国民保護訓練も、もっと活発にやるべきなのです。また、やりやすいからと言って防災に寄せた形で想定すると、有事が起きたときには対応を間違えることもあります。

たとえば、地震などの際には「地下鉄の駅などに逃げ込め」とよく言われますが、シェルターを視野に入れずに設計された地下鉄の駅はミサイル攻撃には耐えられません。相当に堅牢な補強がなされていない限り、全く安全ではないのです。

地下鉄駅の案内標識
写真=iStock.com/Tapsiful
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tapsiful

台湾や韓国では町中に「避難路」「シェルター」などの表示が出ていますが、これは文字通りのシェルターであって、単なる地下施設とは違います。堅牢で、数日分の食料やガスマスクなども備蓄されています。

日本の地下鉄の駅に逃げ込んでも、シェルターの機能はありません。一次的な爆風をしのぐためにはいいかもしれませんが、物品も災害時用の毛布と軽食くらいしか用意されていません。放射能や毒ガスに耐えられる機能を持つ地下街は、日本には皆無です。

■ボランティアに頼るしかない現状

最近になってようやく、日本でも一部から「シェルター設置の検討を」という話が出るようになりましたが、ヨーロッパのように一定の予算が割かれるところまでは行っていません。実際に有事が発生する蓋然性(がいぜんせい)を考えれば、「今すぐコストをかけて用意すべきものではない」という発想になるのかもしれませんが、国民本位の備えが必要です。

――市民、国民の側から所属する自治体に「シェルターの検討を」「有事を想定した国民保護訓練実施を」と要求するしかないのでしょうか。

市民の側から「訓練を!」という声が出るかというと、相当難しいでしょうね。

国民保護の訓練をするとしたら、地方自治体と連絡を密にする対象は第一に町内会になります。しかし現在の日本の町内会は有事対応など当然、想定していませんし、都市部などでは町内会に入っていない人も多く、そもそも町内会自体が存在しない地域もあるでしょう。

現在、行われている国民保護訓練は、政府や自治体が作ったシナリオに、ボランティアで手を挙げた人が参加してシナリオ通り動いてもらう、というものです。それでもやらないよりはずっといいのですが、期待されているようなものとはずいぶん、差があると思います。

■米軍も守ってくれない

――「軍事忌避」の風潮が行き過ぎると有事を想定することすらできず、結果として自分たちの身も守れないということになってしまいます。

福島原発事故の時もそうでしたが、人々は当初、放射能が流れる方向とかかわりなく避難しようとしました。「事故」を想定した訓練をしていなかったからです。

――当時、事故直後米軍は家族を日本から退避させましたね。日本が事故に対応する姿を見せたら「トモダチ作戦」といって災害派遣には協力してくれましたが。

もちろん日米同盟は存在し、実際に何かあれば協力するという内容を積み重ねてきてはいます。在外邦人の保護も日米協力の一つとして盛り込まれてはいます。

しかし現実はどうかと言えば、米軍としては当然、自国民の安全が第一ですし、アメリカが本気で助けるのは「自国民や国の安全を自分で守ろうとする国」だけです。

■自分の身は自分で守る

その意思と能力を示している国に対しては、アメリカは手助けします。しかしそうでない国に対しては違います。「なぜ自分の身を守ろうとしない国を、アメリカが守らなければならないのか」と。その通りですよね。

武田 康裕編著『論究日本の危機管理体制 国民保護と防災をめぐる葛藤』(芙蓉書房出版)
武田 康裕編著『論究日本の危機管理体制 国民保護と防災をめぐる葛藤』(芙蓉書房出版)

これはトランプ政権に限らず、バイデン政権もそうでした。こうした内向きの姿勢は、次の政権のトップが誰になっても変わらない傾向だと思います。

だから有事であれ、災害対応であれ、在外邦人の保護・救出であれ、「まずは自分で、できるところまでやる」のが大前提です。

米軍ありきの仕組みや意識をもたらしたのは、やはり戦後体制、憲法によるところが大きいでしょう。ともすれば抑止力を持つことすら、否定されてしまうのが現状です。しかし「自分の身は自分で守る」は、国でも個人でも当たり前のことなのです。

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武田 康裕(たけだ・やすひろ)
東京国際大学教授 防衛大学校名誉教授
北海道大学法学部を卒業。東京大学で博士号(学術)を取得。防衛大学校国際関係学科兼総合安全保障研究科教授などを経て現職。専門は国際関係論、比較政治、アジア安全保障。著書に『在外邦人の保護・救出』(編著、東信堂)、『論究 日本の危機管理体制』(編著、芙蓉書房出版)、『日米同盟のコスト』(亜紀書房)、『エドワード・ルトワックの戦略論―戦争と平和の論理』(共訳、毎日新聞社) 、『コストを試算! 日米同盟解体』(共著、毎日新聞社)『民主化の比較政治―東アジア諸国の体制変動過程』(ミネルヴァ書房、2001年/大平正芳記念賞)など。

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(東京国際大学教授 防衛大学校名誉教授 武田 康裕 インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

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