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ハイテク産業国から「電気も水も乏しい国」へ転落…米インテルを1.5兆円かけて誘致したドイツの苦しい台所事情

プレジデントオンライン / 2024年8月21日 10時15分

2023年6月19日、ドイツ・ベルリンで協定書に署名し、握手を交わすインテルのパット・ゲルシンガー最高経営責任者(CEO)、ドイツのオラフ・ショルツ首相ら - 写真=EPA/時事通信フォト

■産業と知力の空洞化が深刻に

ドイツの景気が急激に落ち込んでいる。主な原因として、高すぎるエネルギー価格、高すぎる税金、肥大した官僚主義、労働力不足などが挙げられている。

膨大な書類の処理に時間を取られ、高い電気で高い製品を作って、高い税金を払えば、当然、国際競争力は地に落ちる。煩雑な官僚主義は、多くがEU規制に起因するものだが、高い電気代のほうはドイツが自ら招いていることだ。税金、および社会保障負担も、ドイツはEUではベルギーに次いで2番目に高い。

労働力は、そうでなくても少子高齢化で不足しているのに、良い労働力が海外に流出しており、なおさら足りない。しかも、20年も前から問題視されていた学校の崩壊に歯止めがかからず、今や労働力の質も急激に低下している。

こんな状態なので、結局、誰もドイツに投資したがらず、それどころかエネルギー多消費型の基幹産業が次々とドイツを後にしている。以前は、たとえ製造工程を外国に出しても、企業の頭脳である研究・開発部門は国内に残すと言われたが、今ではそれさえ外国に出ていってしまい、産業と知力の空洞化が深刻な問題である。

■ドイツの半導体大手も海外へ脱出?

当然、ドイツでは現在、倒産の波が止まらない。余力のある大企業は出ていけても、残された関連企業は生き残るのが難しい。連邦統計庁の8月発表の資料によれば、今年7月の倒産件数は前年比で13.5%増。今年の6月だけは例外だったが、それ以外はすでに23年の6月から1年間、コンスタントに前年比2桁台の増加が続いている。

かように不景気な話の重なるドイツだが、8月5日、ドイツ最大の半導体メーカー、インフィニオンが、ドイツ国内での1400人のリストラを発表。それに加え、さらに1400人を条件の良い工場に移動させると言ったので、衝撃が走った。

インフィニオンはフランクフルト証券取引所に上場しており、DAX主要40銘柄の一つだが、今年の4月から6月の売り上げは、昨年比で9%減、利益は半分に落ちた。それもあり、今年の6月の初めにも500人を解雇している。

売り上げ下落の原因は、EV車の売れ行きが落ちたためだが、実は、同社はマレーシアのクリム(ペナン島に近い本土側)という場所に新工場を建設中で、すでに第1期工事が完成し、さる8月8日には開所式が行われたばかりだ。すべて完成するのは26年の終わりか27年の初めの予定で、投資額は合計20億ユーロ。

■“インテル誘致”のために1.5兆円の補助金を約束

それどころか、同社はやはりマレーシアに第2工場の建設も計画しており、追加投資額は50億ユーロ、雇用人員は4000人になる予定だという。つまり、どう見ても、経営状態が悪いわけではなさそうだ。

半導体は、将来、あらゆるものに使われるはずなので、現在、たとえEV車の売り上げが芳しくなくても、インフィニオン社は強気だ。しかも、同社がマレーシアで生産するのは、次世代の半導体と言われるSiC(炭化ケイ素)パワー半導体で、マレーシアは将来、同社の戦略において重要な拠点となると見られる。ドイツでの生産を縮小するのは、要するに、ドイツで作ってもコストが高すぎて儲からないからだろう。

似たような話は他にもある。実はドイツ政府は昨年、米インテル社の半導体工場を誘致するため、100億ユーロ(1兆5500億円)の補助金提供を決めた。1年近くも金額で揉めていたというが、結局、インテルが押し切った形で100億になり、昨年6月、ようやく調印にこぎつけた。これによりインテル社は、旧東独のザクセン=アンハルト州の州都マクデブルク市に、合計300億ユーロで2つの半導体工場を建設することになる。

■負け馬に大金を賭けるようなものではないか

EUは現在、半導体の供給リスクを減らすため、EU製の半導体の世界シェアを10%から20%に伸ばそうとしている。ドイツは、エネルギー政策と難民政策の失敗ですでに破産状態に近いが、ショルツ首相は何が何でもインテルをドイツに誘致し、EUを半導体戦略でリードしたい。

つまり、100億ユーロはそのための大盤振る舞いで、調印の後、氏はいつものポーカーフェイスで、「ハイテク産業立地ドイツへの第一歩」などと大いに自画自賛していた。

ただ、現在、インテルの経営は思わしくない。今月2日、同社は外国の各地の工場での1万5000人のリストラ、そして生産計画の縮小を発表した。「ドイツでの投資計画には影響がない」と、ドイツの公共メディアが火消しに回っているが、実際問題として、ドイツ政府は大量のリストラを行わなければならない企業に、これから大量の補助金を注ぎ込むわけだ。負け馬に大金を賭けるようなものではないかと、皆が懸念するのは、当然のことだ。しかも、その賭け金は国民の血税。

そもそも多くの経済専門家は、当初よりこの誘致には懐疑的だった。半導体の需要は景気に大きく左右されるため、投資計画が安定せず、大枚をはたいて誘致しても、大量のリストラという答えが返ってくる可能性は否めない。

■ドイツで生産しても、必ず供給されるとは限らない

しかも、インテルはイノヴェーションに乗り遅れており、他の半導体メーカーが取り組んでいる次世代型の半導体を作る技術がない。だから、本来なら、ドイツ政府の提供する補助金を新技術の開発に投資すれば良いのだが、インテルにはドイツに研究施設を持ってくる計画はない。

さらにいえば、誘致の目標は半導体の供給安定と言いつつ、ドイツ政府は、何らかの有事で半導体の供給が逼迫した時、マクデブルクで作られた製品がドイツに供給されるという保証を取り付けることが、ついにできなかったという。つまり、このままではいざという時、ドイツで作られた半導体が、国際市場で一番高い値を付けた買い手に流れるという可能性もある。

なお、アイルランドにあるインテルの半導体工場では、毎月60万m3の水を使用しており、これを年間に換算すると、マクデブルク市の水の年間使用量の3分の2に達するという。ドイツ政府はエネルギーの効率化や自然保護を謳(うた)い、多くの投資を制限しており、さらにいえば、ドイツは現在、電気も水も足りないというのに、よりによって、半導体工場というエネルギー集約型の企業を誘致するわけだ。

■「ドイツは見切り品ショップになってしまった」

それどころか、政府はインテルに、1kW時あたり10セントの電気を20年間保証するという。政府は近隣の風力電気をフルに使うつもりだろうが、風はいつも吹いているわけではない。ドイツの通常の産業用電気は20.3セントだから、政府はここでも、かなりの補助を余儀なくされるだろう。インテル誘致計画は、一から十までかなり無謀である。

風力発電所
写真=iStock.com/WillSelarep
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/WillSelarep

なお、ここまで聞いて日本人が思い出すのは、熊本のTSMC社の誘致だ。インテルとTSMCが手にする補助の金額はほぼ同じ。最先端の半導体を作る予定がないところも同じだし、生産のための原料や半加工品の大半が依然として中国や台湾から来ることも、環境問題で綱渡りになりそうなことも同じ。そして、本当にドイツや日本に最終的な利益が落ちるのかという懸念も同じだ。

今年の4月、フランクフルト証券取引所のCEOは、「ドイツは見切り品ショップになってしまった」と語った。つまり投資家は、よほど良い条件が提示されなければドイツには投資しない。それがインテルへの巨額な補助金につながった。ひょっとして、日本もそれと同じなのか。

巷では、「半導体覇権」などという言葉が飛び交い始めている。かつてハイテク産業国として栄えたドイツと日本なのに、その栄光はすでに手からこぼれ落ちかけている。もう一度、テクノロジーを取り戻すには、まずは学校教育を立て直すべきではないか。遠回りであるようでいて、それが一番の近道だと、私は確信している。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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