5P分をさっと読み飛ばし6P目から再開もOK…元いじめられっ子作家が推奨「秒で別世界へ飛べる」本のジャンル
プレジデントオンライン / 2024年8月29日 17時15分
池澤 春菜(いけざわ・はるな)声優・作家・書評家。SFエッセイ集『SFのSは、ステキのS』で第48回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。2020年から22年には日本SF作家クラブ会長を務めた。近著『わたしは孤独な星のように』(早川書房)はじめ著書多数。
■難しいワープ航法の理屈はさっとワープ
SF小説は難しくて、気晴らしで読むのに適さない――。そんなイメージをお持ちの人は多いかもしれません。しかし、それは誤解。SF小説は娯楽です。堅苦しく考える必要はなく、もっと気楽に読んでいいのではないでしょうか。
たとえば時代小説を読んでいるときに「天水桶」という単語に出くわしたとします。天水桶は防火用に雨水を溜めておく桶ですが、どんな大きさでどこに置かれているかというところまで知っている人はそう多くないはずです。でも、その程度のぼんやりした知識でも時代小説は十分に楽しめるし、実際、そこで挫折して読むのをやめる人はいませんよね。
SF小説も同じです。サイエンスの知識がなくて不安だと思うかもしれませんが、わからなければ読み飛ばしてかまいません。かくいう私も、ハードSFの理論の部分はやや苦手。ワープ航法の難しい理屈が5ページにわたって説明されていたら、さっとワープして6ページ目から再開です(笑)。
世界的ベストセラーになった劉慈欣(りゅうじきん)の長編『三体』も、一言一句を理解しなければいけないと気負う必要はないと思います。冒頭の文化大革命を描いたシーンは、歴史が苦手な人にとっては少々大変かも。ただ、そこを抜ければ楽しいSFの世界が待っています。冒頭が読みづらければ飛ばしても読み進めてもいいし、続きを読んだ後に冒頭に戻って「ああ、こういう発端だったのか」と楽しんでもいい。自分が読みやすいように読むのが楽しみ方のコツです。
もっと言えば、一度で理解しようとしなくてもいいのです。私は、本は再読をするものだと考えています。なぜなら、本は書かれた時点から変わらないけれど、それを読む私や、私が置かれた社会は時とともに変わっていくからです。
たとえば私が何度も読み返す一冊にサン=テグジュペリ『星の王子さま』があります。子どもの頃は、王子さまにわがままを言うバラに対して「なんてひどいやつなんだろう」と思っていました。でも、読むたびに印象が変わって、「バラはかわいそう。精一杯の強がりなんだね」と感情移入するようになりました。
「社会が変わった」と実感するのはエドモンド・ハミルトン『キャプテン・フューチャー』。この作品では宇宙船の中でタバコを吸うシーンが出てきます。私が子どもの頃は新幹線でも飛行機でも大人がタバコを普通に吸っていたのでひっかかりませんでしたが、今読むと「宇宙船の中の空気は大丈夫!?」とぎょっとします。
小説全般でいえば、女性の言葉遣いもそう。昔の作品は、女性は「〜だわ」とか「〜かしら」といった役割語を話していて、会話だけでも性別がわかるように描かれていました。でも、実際に今そんな話し方をしている人は少ないですよね。役割語が残った昔の作品を読むと違和感を覚えたので、私自身が小説を執筆したときには意識的に役割語を削りました。
今の価値観で過去を断罪する意図はありません。ただ、以前読んだときに何でもなかったことが気になるのは、社会のありようとともに私自身も変化して前に進んでいるということ。そのことに気づけるから同じ作品を再読するのは楽しいんです。
今の私が昔の私とどのように変わったか。その立ち位置を知るのに最適なのが、SF小説だと思います。作品が書かれた時代を起点に自分の位置を測るときは「作品」と「私」の2点間の測位です。一方、SF小説は「その作品が書かれた時代」「作品で描かれた未来」「それを読む自分」の3点測位になって、過去と今の自分の立ち位置の違いがより精度高く理解できます。
このようにSF作品は時を置いて読むとより楽しめます。ですから一度で理解しようとしなくていいし、途中でわからないところがあったからといって本を閉じなくてもいい。もっと気楽に読んでもらえればと思います。
■時代も国も宇宙も超えて解放される
祖父も父も作家の家に生まれた私は、本に囲まれて育ちました。父のところには書評を求めて絶えず献本が届き、玄関に山積みになっていました。積み上げられた本や父の書庫から私は勝手に本を持っていき、面白ければ自分の本棚に入れ、合わないと思ったら元の位置に戻すことを繰り返していました。
あるとき父の書庫にいくと、3つある棚のうち一番左の奥がよく歯抜けになっていることに気づきました。歯抜けになっているのは、「当たり」で面白い作品が多く、私が書庫に戻していないからです。その一角にあったのは、青、ピンク、それに白の背表紙たち。ハヤカワ、創元、サンリオという3つの出版社から発行されるSF文庫です。父が「それらはSFって言うんだよ」と教えてくれて、初めて私はSF小説が好きなんだと理解しました。
たくさんの本の中でもとくにSF小説をむさぼるように読んだのは、それが可能性の文学だったからでしょう。
どのようなジャンルであれ、あらゆる物語は人間を描くためにあります。人間を描くためには、人が動く箱庭の設定が必要です。歴史小説ならその時代が箱庭になるし、どこか現実の国を舞台にすればその国が箱庭になります。
一方、箱庭に壁がないのがSF小説です。時間や場所を含めて物理法則を変えられるからこそ、よりプリミティブ、根源的に「人間とはどのような存在なのか」を描くことができる。当時は今のように言語化できていたわけではないですが、その自由さに幼い私は魅かれたのです。
実は学校ではいじめられっ子でした。本を読むのは家の中だけではありません。通学で歩きながら本を開いていたし、学校に着くと図書館に直行。クレジットカードの限度額さながらに限界まで借りて、休み時間や給食の時間に読んでいました。下校時には返却して、また限度まで借りて帰る毎日。本の虫だったから友達がいなかったのか、友達がいないから本に逃げていたのか。どちらにしてもいつも一人で大人しく読書している子どもでした。
今でも思い出すのは『エイリアン』のノベライズを読んでいるとき(今思えばそんな小学生は明らかに変わっている!)。男子が「なんだそれ」と言って、開いている本を摑んできたのです。無性に腹が立った私は、「人が読んでいる本に手をかけるなんて万死に値する!」と教室で暴れて大問題になりました。それから私につけられたあだ名は「アリエン」。今なら笑い話として話せますが、当時は「Alienをまともに読めない奴らにバカにされるなんて」とむちゃくちゃ悔しかったのを覚えています。
もし本がなかったら、私は人生に打ちのめされていたでしょう。でも、本を開けば、今ここではない場所に行けて、学校で学べないことを教えてくれる人がいた。なかでもSF小説は自由であり、時代も国も宇宙も超えて私に違う世界を見せてくれました。私にとってSF小説を読むことは、現実の嫌なことからのエスケープ――逃避であり、解放でもあったのです。
幸い今は友達にも恵まれていますが、SF小説が現実の生活から自分をいったん切り離す外側のスイッチとして機能していることは変わりありません。何か嫌なことがあったりリフレッシュしたいと思えば、本を開いて別の世界に行けばいい。一種の逃げ場があるから、また現実に元気いっぱいに向かい合えます。
競走馬にはいろいろな性格の馬がいます。気が散って集中できない馬にはブリンカーという視界を遮る馬具をつけて、まっすぐ走れるように矯正するそうです。もちろんそれで効果的な馬もいるのでしょう。でも、あちこち見える状態で走ったほうが気持ちの落ち着く馬だっているし、ブリンカーをつけている馬だって、生きている間ずっとブリンカーをつけているわけではないじゃないですか。
少なくとも私は、集中するときとそうでないときのメリハリがあったほうがいい仕事ができる。その切り替えスイッチになるのが読書なのです。
もう少し具体的に言うと、私は原稿を書くときはポモドーロタイマーを使っています。25分作業をしたら5分休憩する時間管理の方法を取り入れたタイマーです。ただ、意識的に5分間ボーッとするのは案外難しく、何もしないとやっぱり原稿のことを考えてしまう。そこでたとえば星新一のショートショートを1本読んだりして頭を切り替えます。
私自身は言葉にかかわる職業についていて、書くこと、読むこと、そして喋ることでお金をいただいています。「何足も草鞋を履いて混乱しませんか」と言われますが、むしろ違う草鞋を履くから別の草鞋の良さが見えてくることもあります。
もしブリンカーがついている状態に生きづらさを感じたら、いったん外してみてはどうでしょうか。ほかの草鞋を履くのもあり。SF小説を読むのもあり。視点が切り替わることで新たに見えてくるものがきっとあるはずです。
■人との意見交換もSFの楽しみ方
子どもの頃からずっと一人で本を読んできた私ですが、2010年に「SFマガジン」で連載を持って世界が変わりました。SF小説を語り合える人たちと交流を持つようになったのです。
SF好きは大学の研究会などのコミュニティに属している人が少なくありません。一方、一匹狼だった私には、人とSFについて共有できる世界があるなんて思いもよらなかった。初めてコンベンションに参加したときは、「ここにいる全員、SFについて話しても変な顔しないの?」とテンションが上がりました。
SFのコミュニティは閉鎖的な印象があるかもしれませんが、そんなことはありません。多くの人は、門戸を広げて裾野を広げなければジャンルそのものがなくなってしまうという危機感を持っています。たとえば大森望さんはSF作家を応援したり読者を増やすことにとても力を入れています。照れ屋なので表立ってやらず、むしろワルモノのふりをしていますが、本当はすごくサポーティブな方です。
歴代のSF作家クラブ会長たちも、SFに馴染みがない人たちが親しめるようにすごく努力をしています。なかにはSF初心者を腐す古参がいないわけではないですが、そういう人がいたら私がバールを持って殴りに行くので教えてください(笑)。
SNSが定着して、今は一層「あそこが良かった」「ココの筋が最高」と語り合いやすい時代になりました。このように読書会的に意見交換するのもSFの楽しみ方の一つです。もちろん一匹狼だってかまいません。キャンプだって、みんなでワイワイやりたいときもあれば、ソロキャンプで静かに楽しみたいときもあります。SF小説も思い思いの読書スタイルで、時にはスタイルを使い分けながら、親しんでもらえればうれしいですね。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。
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声優・作家・書評家・第20代日本SF作家クラブ会長
SFエッセイ集『SFのSは、ステキのS』で第48回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。2020 年から22年には日本SF作家クラブ会長を務めた。近著『わたしは孤独な星のように』(早川書房)はじめ著書多 数。
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(声優・作家・書評家・第20代日本SF作家クラブ会長 池澤 春菜 構成=村上 敬 写真(池澤氏)=本人提供 撮影(書籍)=市来朋久)
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