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阪神ファンの応援マナーは昔に比べて良くなったが…いま「スタジアムの外」で起きているプロ野球の大問題

プレジデントオンライン / 2024年8月22日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HJBC

パリオリンピックでは出場選手への誹謗中傷が相次いだ。スポーツライターの広尾晃さんは「オリンピックだけでなく、プロ野球でも深刻な問題になっている。各球団は、誹謗中傷に反対するメッセージを大きく掲げるべきだ」という――。

■誹謗中傷は現場で起きているんじゃない

8月11日に閉幕したパリオリンピックでは、悲喜こもごものドラマが連日放送された。気になったのはSNS上で、敗退した選手などに向けて、誹謗中傷のコメントがあふれかえったことだ。

この誹謗中傷にはプロ野球も対応に苦慮している。

2024年の今シーズン開幕時にNPB(日本野球機構)は、公式サイトにこんなメッセージを掲示した。

プロ野球ファンのみなさまへ ~ SNS等への投稿についてのお願い ~

昨シーズンはSNS等において、懸命にプレーする選手に対する誹謗中傷、侮辱や脅迫等の心ない行為が相次ぎました。(中略)ファンのみなさまには、誹謗中傷等を拡散しないこと、SNS等での投稿にあたってマナーを守っていただくことを改めてお願いするとともに、何より選手の力になる前向きなご声援をたくさん送っていただけることを心より願っています。

また日本プロ野球選手会は昨年9月に顧問弁護士による対策チームを立ち上げ、今年になって「プロ野球選手に対する誹謗中傷行為等への対応報告」というレポートを2度にわたって発表している。

楽天、日本ハム、中日などの球団も誹謗中傷に注意喚起し、法的措置も辞さないというメッセージを出している。

こうした状況を見れば、プロ野球の観客はずいぶん質が劣化したように思える。さだめし観客席でも汚いヤジが飛んでいるのではないか、と思うかもしれない。しかし、NPBの公式戦で、選手に向けて心無いヤジが飛ぶことはほとんどない。今問題になっているのはSNSでの誹謗中傷だ。

■阪神の応援マナーは良くなった

今のプロ野球はほとんどの試合が満員に近いうえに、試合中は応援団が大音量で応援合戦を繰り広げているので、個人のヤジが選手まで達することはほとんどない。

例えば阪神の応援団が最終回に発する「あと一人」「あと1球」コールが「マナー違反ではないか」と言われることはある。

また先日のオールスター戦では、多くの応援団員が、応援コールの最後の部分を「読売倒せ!」に言い換えて叫んでいた。これなども「悪乗り」だといえる。

しかし昨今のプロ野球の応援団のマナーは以前よりは、良くなっている。

筆者は今年、阪神甲子園球場の運営責任者に「2023年の阪神タイガースの優勝と2005年の優勝では、ファン、応援団は変わりましたか?」と聞いた。

「2023年の方がずっとマナーが良くなりました。球団が注意をすれば素直に聞いてくれますし、入退場時のトラブルも少なくなっています」とのことだった。

筆者は昭和の時代から、主としてパ・リーグの球場に通っているが、ヤジは昔の方がずっと多かった。

応援する阪神ファン=2023年10月29日、京セラドーム大阪
写真=時事通信フォト
応援する阪神ファン=2023年10月29日、京セラドーム大阪 - 写真=時事通信フォト

■昔のパ・リーグで聞いた心無いヤジ

大阪球場での南海ホークスの試合では、野村克也捕手兼任監督に向かって

「かんとくー、お前のチームの弱点、おしえたろかー」

というヤジが飛ぶ。思わず野村が客席の方を向くと

「キャッチャーや!」

観客席がどっと沸いた。40歳近くなった野村は、投手のボールをぽろぽろこぼしていたのだ。

日生球場では、近鉄の西本監督に対して

「監督、ここはバントやろー」と声が飛ぶ。

近鉄がバントで送ろうとして失敗すると、

「にしもとー、俺の言うこと聞くなー、俺は素人やー!」

これまた観客席が沸くのだ。

しかしこういう気の利いたヤジだけではなかった。

外国人選手や在日韓国人の選手に差別的なヤジが飛ぶこともあったし、エラーした選手に「やめてまえー」などの心無いヤジも飛んだ。

当時のパ・リーグは多くて数千人しか入っていなかった。だからこうしたヤジは選手にじかに届き、時には選手を傷つけたものだ。ただ、それよりも今問題になっているSNSでの誹謗中傷はさらに深刻といえる。

■なぜプロ野球で誹謗中傷が増加したのか

SNSでは、試合で失策した選手、ファンが反感を覚えるようなコメントをした選手などに、人格を傷つけるような言葉を投げかける投稿を上げる事例が多発しているのだ。

昭和の時代のヤジにも似たようなものがあったが、昔との最大の違いは、そうした誹謗中傷が、選手にピンポイントで届くということだ。

SNSをする人の常として「エゴサーチ(自分の名前を検索エンジンにかけて、ネット上で自分がどのように言われているかを調べること)」をするが、そこには驚くほど攻撃的なコメントが並んでいたりする。

その選手だけでなく配偶者や子供を攻撃するものも多い。

最近は「リア充」を求めて、選手やその家族がプライベートをSNSで公表することも多いが、そうしたものがSNSの誹謗中傷の餌食になるのだ。

「不用意に“リア充”を発信する選手も悪い。軽率なことをするな」という意見もあるだろうが、プロ野球選手が自衛すべきなのは当然としても、誹謗中傷は「傷つけた方」に非があるのは明らかだ。

特に日本ではSNS上の匿名による誹謗中傷が多い。自分は“身バレ”しない安全な立場にいて、物陰から相手を攻撃するのだ。卑劣であり、非は一方的に彼らにある。

プロ野球に、こうした誹謗中傷者が急増したのは、一つにはプロ野球に多くの観客が押し寄せるようになり、ファン層が一気に拡大したことがある。

ベッドに横たわりながら携帯電話を使う女性
写真=iStock.com/seb_ra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seb_ra

■根底にあるのは「ゆがんだ承認欲求」

NPBが観客数を実数発表し始めた2005年、プロ野球の観客動員は1992万4613人、1試合当たり2万3551人だったが、2023年は25.8%多い2507万169人、1試合当たり2万9219人、今季は1試合当たり3万人超えが確実になっている。

ここまでお客が増えれば、その中には卑劣な思いを抱く劣悪なファンも混じってくる。

それに加え、マーケティングの一環として、球団や選手が積極的にSNSで発信をし始めたことも、それに拍車をかけた。

SNSは、より低いコストでファンとの距離感を縮めて、ファン層のロイヤリティを高めることができる。非常に効果的な手段であり、球団側はSNS発信専門のスタッフを設置し、試合前後やオフなどの動画をアップしている。また球団は選手にもショート動画などを発信するように勧めている。

その結果としてSNSを通じてより広範なファンを獲得することができたのだが、その中にはSNSで選手との距離感が縮まったと勘違いして、何とか選手と個人的につながりたい、とか、自分の言葉で選手に影響を与えたい、などと考える人も出てくる。

その果てに、悪感情を持たれてもいいから選手の心に爪を立てたい、と思う人も混じって来るのだ。つまり、誹謗中傷する人間の心理には「ネガティブでもいいから、対象となる人間に認知されたい」という、ゆがんだ承認欲求があるとみるべきだろう。

こうしたパターンは、スポーツだけでなく芸能、文化などあらゆるジャンルで見られる。

■「悪いことをしている」という認識が薄い

2018年、元DeNA、巨人の投手だった井納翔一は、掲示板に夫人の容姿を中傷する書き込みをされた。そこで井納はプロバイダーに情報開示を求めて投稿者を突き止め、書き込んだ女性に191万9686円の損害賠償を請求した。

他の例になるが、被害者から告訴され、損害賠償を支払うことになった人の多くは「ほんの軽い気持ちで書き込んだ」とコメントしている。「悪いことをしている」という認識さえ、希薄なのではないかと思われる。

こうした事例はぼつぼつ出てきているが、匿名の誹謗中傷者を情報開示によって特定して、謝罪させ損害賠償まで持っていくのは、時間もかかるし被害者側にとって大きな負担になる。少しずつ状況は改善されているが、まだ被害者の多くが泣き寝入りしているのが現状だ。

この問題はデリケートだ。確かに誹謗中傷の被害はなくしていきたいが、そのためにSNSのコミュニケーションをやめることはできない。またガードを高めてしまえば、アクセス数が減り、マーケティングに影響が出る。

かつては「有名税」という言葉があった。芸能人やスター選手が、一般人から心無い言葉を浴びされるのは「有名人だから当たり前」。その代わりに「いい思いもしているのだから」。

しかし有名人であっても人権は尊重されるべきだ。有名税という考え方は、今では否定されるべきだろう。

■誹謗中傷をするような人は、もはやファンではない

一部の残念な人にとっては、誹謗中傷が、自らが安全な場所にいて、有名人に対して好き放題の言葉を投げかけることができるレジャーのようなものになっている。そういう人はどんなことでも言いがかりをつけて誹謗中傷するわけだ。

競技団体や選手は、誹謗中傷に対して引き続き、毅然とした姿勢で対応すべきだ。情報開示を請求し、人物を特定して罪を償わせることは当然だが、それに加えて、そういう誹謗中傷がいかに卑劣で、選手を傷つけるかを、世間にもっと周知させることも大事だろう。

しかし誹謗中傷に対する団体、選手のメッセージはまだ控えめで、遠慮がちな印象だ。きついメッセージをすれば、ファンを失うのではないか、と危惧しているのではないか。

しかし誹謗中傷をするような人は、もはやファンではない。

もっとはっきりと誹謗中傷の罪の深さをアピールしなければならないのではないか?

例えば、試合前に各球団のスター選手がスクリーンに登場して

「私たちは、ファンの皆さんのために一生懸命プレーしている。でも、私たちだって人間だ。心無い言葉を投げかけられれば、傷つくし、プレーをする気持ちが萎えてしまう」

などのメッセージを、はっきりと発信してはどうか。

残念な人たちは、そこまで言わないと気が付かない。自分たちがしていることが、どれほど問題があるかに、思いが至らない。

そういう形で、プロ野球界のみならず他の競技も含めた、スポーツ界全体による「No! 誹謗中傷」キャンペーンを展開すべき時期に来ていると思う。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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