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魚も肉も野菜も「生」がおいしい…日本人が「何でも生で食べる生き物」になった"本当の理由"

プレジデントオンライン / 2024年8月29日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yumehana

日本人の食文化にはどういった特徴があるのか。明治大学国際日本学部の小笠原泰教授は「刺身や寿司に代表される生食が日本の伝統だと思われがちだが、実は日本人が魚を生で食べるようになったのは高度成長時代以降だ。生食は文化というよりも、メディアによって刷り込まれたものだろう」という――。

※本稿は、小笠原泰『日本人3.0 新しい時代のルールと必須知識』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。

■生魚を食べていたのは江戸や大阪の一部

そろそろ終焉を迎えそうな生食パンブームのように、いまの日本人は何でも生で食べるのが好きです。それは、わが国の伝統なのでしょうか。「そもそも日本の誇る刺身と寿司は生なのだから、当たり前だろう」、そんな声が飛んできそうです。

刺身は室町時代に始まったと思われますが、カツオが出回るようになる江戸時代になると、刺身は文献にもそれなりに登場します。しかし、生魚を食べていたのは江戸や大阪の一部の人々であり、多くはないです。

当然ながら、主な食べ方は、やはり魚を細く(あるいは薄く)切り、酢を基本にした調味料で和えて保存性を高めたなますです。

ちなみに、なますは中国由来で、獣肉や魚肉を細かく刻んで生で食べていたものが、日本に奈良時代あたりに伝わり、室町時代になると生ではなく酢などで締めるいまのなますになったといわれています。

■江戸前寿司も加工された魚介類が主だった

寿司の系譜も保存食として魚を乳酸発酵させた「熟(な)れ鮨」が基本です。熟れ鮨はタイ北部と中国雲南が発祥とされます。

江戸後期になって、熟れ鮨に代わって屋台で出す「握り寿司」が江戸で人気となります。その大きさは、いまの倍とも、おにぎりくらいともいわれています。江戸の郷土料理です。

江戸前(江戸前島や佃島などの漁場を指す)で魚介類がとれるので生のネタを使えそうですが、当時の衛生環境と冷蔵技術を考えれば、酢締めや醤油漬け、あるいは火を通した素材が主であったと考えるのが現実的です。

このように日本人の「魚食」には長い歴史がありますが、「生で魚を食べる」のは一部の地域の一部の人の話です。それは「鯨を食べるのは日本の食の伝統」という説と同レベルで説得力がありません。鯨食とはそもそも戦後の肉類不足を補うための策でした。

政府の捕鯨政策によって鯨を給食で食べさせられたわけですから、それを「日本の食の伝統」とはいえません。

「鯨食は伝統」と叫んでいたのが、近代捕鯨の発祥地・山口出身の安倍元首相と、古式捕鯨の発祥地・和歌山出身の二階俊博氏というのは、偶然の一致なのでしょうか。

■「とりたてがうまい」とは限らない

実際に日本人が魚を生で食べるようになるのは、第二次世界大戦後の高度成長時代以降です。漁労技術の発達、冷蔵庫の急速な普及、そして冷蔵流通網の発達のおかげです。

このように、日本人が魚を生で食するのは昔からの日本の伝統とはいい難いのです。

最近は、昔は生では食べなかった魚でも、冷蔵輸送技術の進歩で何でも新鮮といって刺身で食べようとしますよね。また、安倍内閣の地方創生政策で後押しされたご当地名物も、これに乗っかっています。「鮮度が重要なので生食はここでしかできませんよ」と煽るのです。それを、メディアのコマーシャリズムが囃(はや)し立てるわけです。

正統派のお寿司や刺身を食べる方ならご存じでしょうが、魚は「とりたてが何でもうまい」というわけではありません。活け締めにして何日か置いたほうが美味になります。ですから厳密に言うと「とりたてがうまい」ではなく「とりたてなら何でも食べられる」といったほうが正しいかもしれません。

漁師は忙しく重労働なので、仕事中の食事には手軽さとカロリーと栄養補給を重視します。結果、生のままや大鍋にして食べるわけです。ですからそれが本質的に美味な食べ方であるかは即断できません。

■湘南の生しらす丼ブームはいつ生まれた?

ここのところ江の島を中心に湘南の生しらす丼が大人気です。

生しらす丼
写真=iStock.com/Ayakochun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ayakochun

私は近くの鎌倉出身です。江の島は私の子供のころから有名な観光地で、多くの人で賑わっていました。1964年の東京オリンピックのヨット競技の会場にもなりました。あの頂上へ登るエスカーは1959年開業です。

しかし、私が渡米した1987年までは、生しらす丼など聞いたことはありません。

実際、しらすブームの先駆けともいえる「とびっちょ」は、「湘南名物のしらすを主役にしたお店を」というオーナーの思いで2002年にオープンしました。最初は、釜揚げしらすが売りでした。そのうち生食ブームに乗って、「生しらすに限っては、通常水揚げされた当日にしか食べることができません」と謳い、それがきっかけで生しらす丼ブームが起こりました。

でも、しらすの本場である鎌倉の腰越(こしごえ)漁港の漁師のおじさんは、「しらすは釜揚げしてすぐ食べるのが一番だね、だけど生しらすは高く売れるからね」と言っていましたね。

■「サラダ」はマヨネーズ業界の戦略だった

こう見ると、昨今の魚の“何でも生食”は「生で食べるほうがうまいはず」と、「生で売るほうが付加価値も価格もアップ」という2つのメリットで強化された海産物ビジネスといえます。文化というよりも、メディアによって刷り込まれたものでしょう。

この生で食べるという刷り込みは、海産物から、肉(牛サシや鳥サシ、O157で禁止になりましたが、牛の生レバーなど)に広がり、野菜へも広がっていますよね。生で食べれば何でもおいしいという刷り込みで、生で食べられるものを探し回るわけです。

最近はトウモロコシも生で食べるくらい、日本人は野菜をどんどん生で食べますが、それは昔からではないです。昔は、漬物が主です。ゆえに野菜も生食を前提には栽培していなかったと思います。野菜の栽培環境からして、衛生的な生食に適していたかも疑問です。

そもそも野菜は生では口にしないものでした。戦後、食の洋風化とキユーピーの戦略で、アメリカから輸入された「サラダ」を食べるようになるわけです。これが、最近は加速化しています。パプリカやズッキーニのはやりも、この流れでしょう。

サラダを混ぜる女性
写真=iStock.com/Thai Liang Lim
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thai Liang Lim

■韓国のキムチのほうが長く受け継がれている

イタリアやフランスと違ってトマトもほぼ生食用です。京都出自のミズナはそもそも、漬けるか鍋(ハリハリ鍋)で食べたので一束はかなり大きかったのです。それが最近はサラダで食べるようになったので、品種改良で一束がとても小さくなっています。

一説によると、いま売られている小ぶりのミズナはアメリカ市場向けにサラダ用に小ぶりに開発されたものが逆輸入されたものらしいです。

タキイ種苗が1993年に「サラダ用みずな」という商品名で売り出しています。現在は「シャキシャキサラダ水菜」として販売されていますが、白い柄の部分が短く、その割りに葉は青々としており、まさにサラダに適した状態のものといえます。

食の伝統という点では、韓国のキムチと日本の漬物のどちらに軍配が上がるかは明白です。減りつつあるとはいえ、韓国では依然として家庭でキムチをつくるようです。

一方、糠床(ぬかどこ)があったり、自宅で漬物を漬けたりする家庭は日本にどのくらいあるでしょうか。

■「日本人は生でものを食べる」イメージの起源

現在は、日常的に何でも生で食べようとするので「生食は日本の食文化」といえなくもないでしょう。問題は「なぜ日本人が何でも生食しようとするようになったか」です。

話は1970年代末に、ロサンゼルスとニューヨークで始まった「スシブーム」にまでさかのぼります。

小笠原泰『日本人3.0 新しい時代のルールと必須知識』(ワニブックス【PLUS】新書)
小笠原泰『日本人3.0 新しい時代のルールと必須知識』(ワニブックス【PLUS】新書)

このブームはアメリカから欧州、そして世界に広がり、日本人は生でものを食べるという強いイメージが生まれます。

このイメージが逆輸入され、外国人に「日本人は何でも生で食べるんですよね」と言われ、「日本人は何でも生で食べるものなんだ。だって生はおいしいから」と日本人自身が思うようになったのではないでしょうか。これもある種の外圧ですね。つまり外国人にいわれるとすぐにその気になってしまうのです。

つまり「何でも生食する日本人」という日本の生食の文化は、「作られたもの」ともいえます。実際、初詣もそうですが、伝統は創られますからね。

■日本人は新奇性を好む生き物である

この「生食」という刷り込みも文化ともいえなくはないですが、胸を張って日本の食の伝統といえるかは疑問でしょう。

ここまでを総括すると「日本人は保守的で伝統を重んじる」という一般論は、実は真逆ではないかということです。日本人はむしろ新奇性を好む生き物で、伝統という“後方”ではなく、新しいもの探しのアンテナの感度を上げて“前方”を向いている気がします。

要は、公権力の教育を通して日本人は「保守的で伝統を尊ぶ」と刷り込まれているだけで、内実は違うのではないでしょうか。ナショナリズムを必要とする公権力としては当然の政策ではありますが、個人はそれに気づくべきでしょう。

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小笠原 泰(おがさわら・やすし)
明治大学国際日本学部教授
1957年、鎌倉市生まれ。東京大学文学部卒、米国シカゴ大学社会科学大学院国際政治経済学修士・同経済学大学院経営学修士。マッキンゼー&カンパニー、フォルクスワーゲンドイツ本社、カーギルミネアポリス本社などを経てNTTデータ経営研究所へ入所。同社パートナーを経て、2009年より明治大学国際日本学部教授となる。NHK「白熱教室JAPAN」で放映された大学の講義が話題を呼んだ。主な著書に『なんとなく、日本人』(PHP新書)、『日本型イノベーションのすすめ』(共著、日本経済新聞出版社)、『2050 老人大国の現実』(共著、東洋経済新報社)などがある。

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(明治大学国際日本学部教授 小笠原 泰)

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