「騒げれば何でもいい」としか思っていない…未来のSNSを予見した古典落語『たがや』が描く「ネット民」の本性
プレジデントオンライン / 2024年8月29日 9時15分
※本稿は、立川談慶『落語を知ったら、悩みが消えた』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
両国の川開きの花火見物。両国橋は大勢の人でごった返している。花火が上がるたびに「玉屋~!」と観衆のかけ声が飛ぶ。
そこに、桶のたが(枠)を作る職人・たが屋が通りかかるが、人々に揉まれてあちこち振り回された挙句、道具箱を落としてしまう。その衝撃で中に入っていたたがが弾けて、同じくそこを通りかかった侍の笠を弾き飛ばしてしまう。
たが屋がどんなに謝罪しても、侍は許さない。判官びいきの観衆は「たが屋頑張れ!」の大声援を送る。たが屋はその声に乗り、斬れるものなら斬ってみろと開き直り、共侍二人をやっつけてしまう。観衆は大盛り上がり。「たが屋は俺の親戚!」と言い放つ奴まで出てくるありさま。
とうとう馬上の侍が槍を手に、たが屋を手討ちにしようとするが、その槍をたが屋に摑まれてしまう。すると、侍は槍から手を離して刀で斬りかかる。両者同時に相対したが、結果侍のほうが一枚上手で、たが屋の首が斬られてしまった。 たが屋の首がスパーンと中天に飛び、それを見ていた見物人たちが言う。
「たが屋~!」
■「騒げればどっちでもいい」のが大衆
大概は「侍の首が切られて、たが屋~」という形で終わりますが、談志流ですと、たが屋の首が切られる形です。
ずっと「たが屋頑張れ!」と応援していたのにもかかわらず、ラストでたが屋がやられてしまっても一切たが屋に同情することなく、非情にも「たが屋~!」と騒いでいるという“大衆の無責任”として談志は演出していました。
騒げればどっちでもいい。これが大衆なのでしょう。
■人間は安全な場所からでしかモノは言えない
『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』(Jam著・サンクチュアリ出版)という本がヒットしましたが、そもそも他人なんて自分にそれほど関心はありません。何度かネットで私も炎上を経験しましたが、向こうは無記名で石を投げてくるだけで、いや石を投げたいだけで、何も考えていないものです。
だからこそ、周囲からの評価なんて一瞬だけのもの。よって「最後の決断は自分でしましょう」という具合に考えてみたらいかがでしょうか。この落語の花火見物の観衆こそ、まさに「ネット民」であります。
この落語で大好きなところは、大衆が「たが屋、悪くない!」と声を上げた途端に首を下げて、侍からの怒りの視線をかわすシーンです。「人間誰しも、安全な立ち位置からでしかモノは言えない」という、未来のSNSの登場を予言しているかのような先進性をこの落語に感じてしまいますよね。匿名性にあぐらをかけば、誰だって一人前のことは言えましょう。
■野党からの質問に「てめえで調べろ」
談志は、落語界初の国会議員になりました。沖縄開発庁政務次官になったとき、「沖縄の失業率を知っているか」と野党から突っ込まれました。そのとき「てめえで調べろよ」と言い放ったそうです。いやあ、いまなら確実に炎上案件のような発言を繰り返していたものです(昨今の政治家の失言なんかかわいく感じますよね)。
また、ある日の街頭演説で、名もなき一般聴衆から「お前なんか国会議員になれるわけがない!」と罵声を浴びせられました。談志はすかさず「あなたより可能性はあります」と言い返したそうです(カッコいいですよね)。
生意気を絵に描いたような人生を走りつづけてきた人でしたが、かのような罵声を浴びせてくる人間の心を見透かしていたようにも思います。
■嫉妬される人ほど、自分を貫いている
ディスりの大半は、嫉妬なのかもしれません。
自分と他人との歴然とした差は、本来努力で埋めていけば成長できるはずなのに、談志は「芸人なんて、そもそもが嫉妬の塊みてえなもんだ」とよく嘆いていたものです。そんな芸人たちのマイナス感情を、若いときにいやというほど浴びてきた談志が誰にも影響を受けずに自分の遺伝子を残したいとの想いで、命がけで作り上げていったのが立川流なのかもしれません。
今振り返ると、前座時代に感じていた厳しさは、その裏づけとなる覚悟の度合いを求めたものだったゆえ、当然だったのではと教えを嚙みしめています。
■大衆の声なんて無視していい
長い人生では、誤解も含めて、あなたも何か悪く言われたりするときがあるかもしれません。そんなときには思い詰めることなく、談志の落語を聞いてみてください。「談志なら俺の気持ちをわかってくれる」という感じで頼ってみましょう。
そして、そんな談志の落語を分かち合えるような友を一人見つけてみましょう。必ず一人ぐらいはいるはずです。よく談志は「俺のファンは、世間に受け入れられない頭のいい奴が、傷口なめ合う感じで落語を聞きにくるんだ」とまで言い切り、ファンを大切にしていたものです。かつては私も、そんな中の一人でした。
自分流を貫く皆さん、談志そして談慶をくれぐれもよろしくお願いします。舞台でお待ちしています。
繰り返します。あなたにとっての“大衆”からの評判は、無視しても大丈夫ですよ。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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