「広読」「精読」「遅読」「狭読」…人の上を行く"ビジネス賢者"は8つの本の読み方を自在に使い分けている
プレジデントオンライン / 2024年9月5日 17時15分
■「速読」だけでは本の「早食い」で終わる
もっとたくさんの本に出会いたい――。そうした思いから、「速読」に飛びつく人は多いでしょう。ただ、何でもかんでも速読で読むのは、どのような料理も早食い競争の勢いで口に入れるのと同じ。それが本当に読書になっているのかどうか疑問です。
記憶と想起、選択と行動、認識と表現といった、情報の出入りのあいだにひそむ営みをすべて編集と捉え、その編集の仕組みを明らかにし、社会に適用できる技術として構造化する「編集工学」。その提唱者である松岡正剛(2024年8月12日逝去)は「読書とは本と交際することである」と説いています。
本を読む醍醐味は、自分の未知のことと既知のことを確認したり、自分はこんなところに関心があったのかという意外性を発見するところにあります。それは、自分の中の鍵穴、つまり隠れた趣向や得意手を、本の中の意外な鍵との出会いによって明らかにする行為と言ってもいいでしょう。
だとすると、相手となる本によってコミュニケーションする方法も変えるべきです。「速読」で理解できる本があれば、逆に「遅読」でなければ理解が難しい本もあります。一字一句を丹念に読む「精読」とラフに流し読む「粗読」、何冊も読む「多読」と読むべき本を絞り込む「少読」、底辺を広げて読む「広読」とつまみ食いで読む「狭読」といったように、読み方は無数に存在します。読み方が読書体験の充実度を左右することもあるでしょう。
いずれにしても大切なのは、本の読み方を柔軟にしておくこと。松岡が説く「多読術」は、本を数多く読む「多読」ではなく、読み方を多様にするという意味での「多読」なのです。
なかには、自分は読書家ではないから多読術は必要ないと考える人がいるかもしれません。ただ、仕事で情報を扱うなら、多読術を身につけておいて損はないと思います。
松岡が設立したイシス編集学校では、情報をうまく扱うコツとして「ナビ・コンデ・キュ」の3つを教えています。「ナビ」はナビゲーションで、情報を扱う段取りをすること。「コンデ」は情報を圧縮・要約して扱いやすくするコンデンセーション。「キュ」は情報を厳選して再編集したうえで置き直すキュレーションです。多読術は、これら3つを上手に行うためのスキルの一つ。普段から本を読もうと読むまいと、情報を扱う以上は必須の技術なのです。
■本屋に入った瞬間から読書は始まっている
さっそく松岡正剛の多読術、「セイゴオ流多読術」を解説します。読みたい本がたくさんあって迷うという声をよく聞きますが、焦りを感じる必要はありません。松岡は読書を「読前」「読中」「読後」の3段階に分けて考えます。
読前は本を開く前にやることで、たとえば書店や図書館での本選びも読前にあたります。魅力的な本にいろいろ目移りするのも読書体験の一つですから、絞り込めないことを無理に否定しなくてもいいと思います。
本選びに焦るのは、本は最後まで読んでから次の一冊に手を出すべきという考え方に縛られているからかもしれません。本は最初から最後まで読まなくてもいいし、他の本と同時並行で読んでもかまいません。実際、松岡はあるテーマについて集中的に知ろうとするとき、十数冊の本を机に積んで2~3時間で読みます。この読書スピードの秘密は後で紹介しますが、ここで強調したいのは、十数冊を並行的に読んでいること。本を開いて数ページ読んでは閉じ、また別の本に手を伸ばしては閉じ、を繰り返します。本はそうやって読んでもいいと思えば、もっと気楽に本を選べるのではないでしょうか。
とはいえ、時間やお金が限られている以上は闇雲に本を買うのではなく、この一冊を先に読めばその後の読書がスムーズになる本――松岡曰く「キーブック」――をまず読みたいという気持ちもわかります。
あるテーマに関するキーブックに出会うには、「系統読み」が近道です。たとえば歴史の本なら、年表や基礎的な史料が充実しているものが候補。また、最初から広く読むより、同じ著者やテーマの本を集中的に読んだほうがキーブックに出会いやすいと思います。
もっとも手っ取り早いのは、自分にとっての司書を持つことです。身近な先輩や読書仲間、好きな書評家など、読み手として信頼できる人が案内してくれる本を取っかかりにするのです。
その意味で松岡の「千夜千冊」は「ナビ・コンデ・キュ」のお手本としてもおすすめです。私にとって科学のキーブックは、まさに「千夜千冊」で紹介されていた一冊でした。実は私は科学に苦手意識があり、科学本に憧れつつも手に取れないでいました。そんなときにピーター・W・アトキンス『エントロピーと秩序』が紹介され、自分に科学的基礎を築いてくれる本だと直感が働きました。実際に読むと一筋縄でいきませんでしたが、模式図を書き写したりしながらエントロピーをなんとか理解。すると、その後の熱力学、さらに量子力学、宇宙論、複雑系についての本も読めてきて、今では科学の本を好んで読むようになりました。
キーブックになる本は人によって違います。その意味で顔の知らない相手にキーブックの候補をおすすめするのはお節介かもしれませんが、「本を読みたいけど読めない人」はおそらく知の技法に関心がある人だろうと想定して、私からも5冊の候補をご紹介します。
まずは松岡正剛『17歳のための世界と日本の見方』。これは松岡が大学で人間文化の講座を持っていたときの講義録。知識のない人に向けた問いの立て方が秀逸で、大人も参考になります。
歴史書ならジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』。小さな歴史の総体が大きな歴史であることがわかります。
スティーブン・J・グールド『人間の測りまちがい』では、科学は自然をありのまま観察するようで、実は観察することによって自然をつくり出し、捏造することさえあると指摘しています。同様に、植物は自然に適応して服従する存在でなく、長い歴史をかけて環境に抗おうとしてきたことを教えるモーリス・メーテルリンク『花の知恵』も、視点や物を見るスケールを変えたいときに読みたい本です。
瀬戸賢一『メタファー思考』は、メタファーの基本を学べます。松岡の編集工学は「世界はアナロジーでできている」と捉えます。メタファーはアナロジーの一つ。世の中にあるすべての理論も考え方も、アナロジーやメタファーが関係していることを知るには最適な一冊です。
これらの5冊は、情報や知識そのものより、その見方を教えてくれる本といえます。ぜひ参考にしてください。
動画でも学ぶ「実践! 読書が得意になる」
プレジデントオンラインアカデミーでは、太田香保さんによる「多読の達人はなぜ、『目次読み』を勧めるのか」のレッスンをご覧いただけます
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。
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松岡正剛事務所代表取締役
慶應義塾大学の図書館司書を経て1989年に松岡正剛事務所に入社。松岡正剛のマネージャー、プランナー、エディターとして、書籍からミュージアムまで、さまざまな編集プロジェクトに携わる。2020年から現職。イシス編集学校・松岡正剛直伝「離」の総匠を務める。
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(松岡正剛事務所代表取締役 太田 香保 構成=村上 敬)
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