ライバル店は「回らない寿司」にシフトしたのに…大手チェーンで「くら寿司」だけが“回転寿司”を続けるワケ
プレジデントオンライン / 2024年8月28日 16時15分
■なぜくら寿司だけが「回転寿司」を続けるのか
回転寿司といえば、その名の通りに寿司が店内のレーンをくるくると回っているのが醍醐味だった。それがここにきて大きな転換点を迎えている。
2023年に一部の来店客がいたずらをした動画がSNSで拡散し、衛生面の不安が広がったことで、各社は「回転」を止める動きに走ったのだ。
そんな中、いまだに回転寿司のレゾンデートルともいえる「回転」を堅持しているのが「くら寿司」だ。同社の辻明宏氏(広報宣伝・IR本部 広報部 マネジャー)によると、各社が回転レーンへ寿司を流すのをやめている一方「社内では、寿司を流すのをやめることは一度も議論されたことがない」と言うほどの、こだわりようだ。
回転寿司業界のトレンドを見れば、一連の騒動がある以前より「回す」から「届ける」へのシフトが顕著だったといえる。つまり、レーンに流れているおすすめの商品やスタンダードな商品を選んでもらうのではなく、客席にあるタブレットなどから客が注文、そのメニューを届けるスタイルだ。
こうしたスタイルは、客の手に取られない商品を減らせることから廃棄率が低く、従来と比較して効率も良いように思える。数ある外食業態の中でも、特に低価格がひとつのウリである回転寿司では、見過ごせない要素だ。
それでもなお、くら寿司が「回転」寿司を続けられるのはなぜなのだろうか。背景には、同社の強みともいえる、さまざまな「システム化」があるようだ。
■寿司を「職人だけの世界」ではなく「ビジネス」に
くら寿司の創業は1977年にさかのぼる。創業者であり現社長の田中邦彦氏は、もともとお酢メーカーで営業をしていた。そこから回転寿司チェーンを興したきっかけは、いわゆる町の寿司店への営業活動だったという。
「当時、田中が担当だった寿司店は白木のカウンターに大理石の床と、かなり立派な店舗がありながら、売り上げのほとんどを出前でまかなっていたそうです。田中はこの点がもったいないと感じ、食材の提案などを通してもっと利益を上げられるとアピールしたそうですが、なかなか職人さんに聞き入れていただけなかったといいます」
この経験から寿司の大きなポテンシャルに気付き、寿司を「職人の世界」ではなく「ビジネス」に変化させようとスタートした出前寿司店が、くら寿司のルーツだ。
その後、くら寿司は全ネタさび抜きや、ラーメンメニュー、寿司のイメージからは遠いコーヒーやパフェといったメニューの提供など、今では回転寿司の当たり前となったさまざまな要素を打ち出していき、寿司を身近に楽しめる業態として、回転寿司を不動の地位まで底上げしていった。
■廃棄率が15%→2%に
寿司を職人の世界から、もっと身近なものとする上では業務効率化や標準化も欠かせない。くら寿司では業界にテクノロジーの波が押し寄せる以前から「科学的な運営」(辻氏)を掲げ、さまざまなシステム化を行ってきた。
例えば、一般的に回転寿司を運営する上では、客の空腹状況やレーンに流れている寿司の状況を見ながら、次にどのような商品を流すか、常に気を付ける必要がある。いわば、職人の勘や経験の世界だ。
一方、くら寿司では、入店時に客が入力する情報(人数や大人、子供など)や、これまでのビッグデータを基にした「製造管理システム」を1998年から取り入れている。これは、客が着席したそれぞれのテーブルで予想される食事量を10分単位に区切って算出するものだ。
「私が入社したころは、まだ店舗スタッフが目視でお客さまのテーブルに積んである皿を数え、レーンに流す寿司の量の参考にしていました。しかし、ある時期に廃棄率が高まってしまった。ここから、トヨタのジャストインタイムのような、必要なタイミングに必要な量を出せるようにできないか、と開発したのが製造管理システムです。滞在時間と合わせてお客さまの状況を把握し、レーンにどんな商品を、どれくらい流すか決めています」
2011年の寿司カバー導入と合わせさらに進化させた製造管理システムは、現在AIカメラを活用し、客がとった皿の枚数だけでなく、寿司の種類まで判別できる。
製造管理システムとこのAIカメラの相乗効果で、適切な補充が可能となり、これまで12~15%あったという廃棄率は、今では2%まで大幅に減少している。だからこそ、一般的に非効率とされるレーンに寿司を流す、回転寿司本来の醍醐味を維持できているわけだ。
■DX本部の役割
また、回転寿司に限らず、飲食チェーンは店舗によって、店長の力量などが売り上げ成績を左右することもある。そのため、いかに店舗ごとのブレをなくしたり、何かあった際にフォローしたりする仕組みを構築するかも、効率化には重要な視点だ。
この点について、くら寿司では1997年ごろから、インターネットを使って各店舗をモニタリングするシステムを導入していたというから驚きだ。
今では各チェーンが導入している、注文用のタッチパネルも、くら寿司が業界に先駆けて2002年に導入したという。
こうした数々のシステムはすべて自社開発だという。取り組みの裏には、システムの自社開発やイノベーションを推進する部署の存在がある。例えば、DX本部はその一つだ。
DX本部の特徴は、ITの専門知識を持った人材だけでなく、店舗のホールや厨房経験者、店長経験者といった「現場」を知っているメンバーも在籍していること。
辻氏は「もちろん専門知識も必要不可欠ですが『これをしたら、こんな問題や結果が出る』といった、現場ならではの知識も重要だと考えています」と話す。
■1997年にQRタグを導入
現場発のアイデアから生まれたものとして、客がテーブルにあるポケットに入れた皿を、洗い場まで水路で運ぶ「皿カウンター水回収システム」がある。もともと、清掃の効率化と「積み上がった皿を見られるのが恥ずかしい」という女性客の声を基に発案したシステムだ。
「通常、皿を洗い場まで自動で運ぶシステムを業者さんに相談すると、まずベルトで運ぶといった案が出てくると思います。もちろん、それは間違いではありません。
しかし、現場視点で考えると、食べ終えた皿をただベルトで運ぶのでは、匂いがこもってしまいますし、衛生面でも問題があります。何かシステムを考える際は、常にこうした現場視点を持っているのが、私たちの独自性であり、強みかもしれません」
もちろん、システム化はあくまで効率良く運営するためのものであり、それだけでは客がくら寿司を選ぶ要因にはなり得ない。冒頭で書いた通り、2023年に各チェーンで多数の迷惑行為が露見し、回転寿司の衛生面に関する視線はこれまで以上に厳しくなっている。
この点についても、くら寿司は以前からシステム化を駆使してきた。
1996年、学校給食で「O157」の集団感染が発生し、外食にも衛生管理に関する厳しい目が注がれた。くら寿司は、翌97年に田中社長主導の下で「時間管理制限システム」を導入。
以前から、レーンを流れる寿司が乾いていないか、1時間に1回確認する体制をとっていたものの、人の目で確認していたためどうしても限界があった。そこで、皿にQRタグを付け、読み取ることで定期的に鮮度を維持する仕組みを構築したという。
■それでも回転寿司を続ける理由
その後、2000年代に入り「SARS」「MERS」といった感染症が流行した際は、飛沫接触や直接接触による感染を防ぐため、寿司をカバーで覆う取り組みに着手。開発に時間がかかったものの、2011年に寿司を覆い、衛生と鮮度を両立する「抗菌寿司カバー鮮度くん」が誕生した。
また、2023年に一部の迷惑行為が回転寿司業界を揺るがす中、いち早く「新AIカメラシステム」を発表し、回転レーンを継続したのも記憶に新しい。
新AIカメラシステムの仕組みはこうだ。まず、回転レーンの寿司を覆う鮮度くんが不審な開閉をした際、本部へアラートで通知。本部担当者が該当店舗へ連絡すると、異常を検知した皿をレーンから撤去し、アラートが出た席の客へ声がけを行う。
こうした仕組みが功を奏し、コロナ禍で2割ほどに落ち込んだという客がレーンから商品を取る比率は、コロナ前の5割程度まで戻りつつあるという。迷惑行為騒動があったことを考えると、驚異的な数値だ。裏を返すと、それだけ来店客が「回転」というエンタメ性を求めているということでもある。
「運営の効率だけを考えると、レーンはなくして注文品だけをお出しする方が良いかもしれません。ただ、回転寿司の特徴は、何よりエンタメ性です。今やテークアウトでもおいしいものがあふれる中、わざわざ外食をするのはなぜか。
われわれは、レジャーに行くようなワクワク感や、目で見ておいしそうだなと感じたものを、手に取って食べる楽しさがあるからだと思っています。そうした記憶に残る外食体験は、回転レーンならではの強みであり、今後も断固維持していきます」
抗菌寿司カバー鮮度くんも製造管理システムも、AIカメラもすべては客にワクワクしてもらうため。大手回転寿司チェーンで唯一回転寿司を続けている、いや続けられている裏には、飲食業界で最先端と言えるテクノロジーがあった。
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フリーライター・編集者
広島カープの熱狂的ファン。ビジネス系書籍編集、健保組合事務職、ビジネス系ウェブメディア副編集長を経て独立。飲食系から働き方、エンタープライズITまでビジネス全般にわたる幅広い領域の取材経験がある。
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(フリーライター・編集者 鬼頭 勇大)
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