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「お疲れさま」と言い合う日本はおかしい…睡眠学者が警鐘「眠らない日本人に起きているこわい変化」

プレジデントオンライン / 2024年8月30日 17時15分

撮影=プレジデントオンライン編集部

日本人の平均睡眠時間は6時間台と、先進国で最も睡眠時間が短い。仕事中に眠気を感じる、電車内でうたた寝をするということはよくあるが、専門家によると実は「異常な状態」だという。ノーベル賞候補と目される世界的な睡眠学者、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史教授に「日本人の睡眠の問題点」について話を聞いた――。(前編/全2回)

■食や運動より先に、睡眠に気を付けるべき

――健康のために「運動、食事、睡眠」が大切と言われていますが、毎日朝から夜遅くまで忙しいと、時間の帳尻合わせで睡眠時間が短くなるという人が多いかと思います。

食事、運動、睡眠の中で、真っ先に取り組むべきなのは、私に言わせると睡眠なんですよ。運動と食事に関しては、今日はどのぐらい体を動かして食べたとか、自分で意識できますが、睡眠だけは、自分では客観的にわかりませんよね。

実は経済産業省の興味深いデータがあって、従業員が「食事、運動、睡眠」のいずれかに問題を抱えている場合、企業にどのくらいの損失リスクを与えるかを試算したんですね。食や運動に問題があると、従業員は生活習慣病のメタボ(メタボリックシンドローム=心臓病や脳卒中になりやすい病態)になる。ところが睡眠に問題があると、損失が約10倍に跳ね上がる。睡眠のエフェクトサイズは凄い。

【図表1】睡眠問題による社員一人あたりの損失増加

■睡眠に問題がある人はメタボになりやすい

――具体的にどのような影響が身体に表れるのですか?

睡眠不足も含めて睡眠が悪いと、長期的にはメタボになる。睡眠不足によって、わずか2週間で内臓脂肪が11%も増えたという報告がある。メタボになるわけです。

【図表2】2週間の睡眠制限でカロリー摂取・体重・内臓脂肪が増加

それだけでなく、メンタルの不調やさまざまな病気のリスク、中高年以上だと認知症のリスクも上がることがわかっている。身体に長期的な影響が出ます。

■徹夜明けの脳は酒に酔っ払った状態

病気になりやすくなるだけでなくて、4時間睡眠を5日間、あるいは6時間睡眠を10日間ぐらい続けると、完徹と同レベルに脳のパフォーマンスが低下する。

徹夜明けの脳のパフォーマンスは、酩酊状態と一緒なんです。アルコール血中濃度0.1%相当で、ほとんど酔っぱらった状態ですね。つまり、徹夜の次の日は脳の認知機能が低下して、本来のパフォーマンスが発揮できないことがわかっている。

パフォーマンスを改善しようと思うなら、食事や運動も大切ですが、何より睡眠を最初に手をつけるべきですね。

――睡眠不足や徹夜明けは、確かに集中力や思考力の低下を体感します。

それだけでなく、最も重要なのは、睡眠を取った時に、クリエイティビティの源泉となるような洞察力が上がることがわかっているんです。洞察力とは、それまでいろいろ経験してきたことの中から「あ、これは実はこうだったんだ」という新しい洞察、いわゆる、「ひらめき」です。睡眠を取ると、このひらめきが起こるんですね。

また、睡眠中に脳内で記憶の整理が起こるので、睡眠不足だと記憶力にも影響が出る。

広い意味で脳のパフォーマンスは睡眠を必要としているわけなんです。それから、感情のコントロールができなくなることも指摘されていますね。

■性格が悪くなり、人間関係もおかしくなる

――感情のコントロールができなくなるとはどういったことでしょうか。

イライラ、くよくよするとか、アンガーマネジメント力、怒りのコントロール力が低下しますね。

ある研究結果では、利他的行為が抑制されるということも指摘されているんです。つまり、人間性に支障をきたすわけです。端的に言えば、性格が悪くなる。人間関係もおかしくなる。

――そうなると会社ばかりか、社会全体に深刻な影響が出ますね。

会社への睡眠の影響については、慶應大学商学部・山本勲教授の研究(「従業員の睡眠と企業の関係性」、正社員約1万人・上場会社700社対象)で、従業員が良く眠っている企業は、利益率が高いことがわかっている。業績が良いから従業員が良く眠っているわけでなくて、彼らが良く眠っているから業績が良い。

利益の高い企業ほど、睡眠時間が短いと一般的に考えられているが、実際のデータは違う。要するに、「眠らないとダメ」っていうことなんですよ。

■よく寝ている国は生産性が高くてリッチ

――社会全体への影響については何かわかっていることはありますか?

世界経済フォーラムが調査した結果、平均睡眠時間が長い国ほど、国民一人あたりのGDP(国内総生産)が高いことがわかったんですね。生産性が高く、リッチな国ほど良く眠っている傾向にある。

ヨーロッパ諸国が上位にある。その真逆に位置しているのが日本です。睡眠時間が最下位。欧米の平均と1時間の差がある。1時間というのはかなり深刻ですね。睡眠を削って働いているけど、いや、おそらくそのせいで、生産性が低いということですから。いろいろな調査で常に睡眠時間が一番下なのが日本なんです。

【図表3】平均睡眠時間(活動量計による計測)
編集部註:矢印を追加

■昭和時代の日本人は今よりずっと寝ていた

――朝早くから深夜まで働く「昭和の働き方」を引きずって、睡眠が少ない状態なのでしょうか。

実はおもしろいデータがあって、「NHK国民生活時間調査」によると、1960年代の高度経済成長が始まった時期は、今より1時間多い、8時間13分も眠っていたんですね。夜10時までに就寝する人が67%もいた。

バブルが弾け、失われた30年間に睡眠時間はどんどんと短くなっていく。夜10時までに寝る人が30%を割った。日本人の睡眠は、深刻化していく。なぜこうなったかはわからないですね。文化的背景なのか。

【図表4】日本人の睡眠不足は大昔からではない

日本語で「お疲れさま」という表現があるじゃないですか。先進国でそういう表現を使うところは日本だけなんじゃないかな。英語では訳せない。「お疲れさま」ということは、疲れるまで働いてくれてありがとうでしょ。欧米の感覚では、疲れるまで働いちゃいけない。逆の発想ですよ。

――ざっくり言えば、現在は日本全体が寝不足状態ということですか。

昼食や給食後に眠いのは当たり前と思っている日本人は多いですよね。国際標準では、昼間に眠いのは、体調不良の兆候って見なされる。

自覚症状が出ない、あからさまに眠気の出ない人もたくさんいる。慢性的な眠気に慣れているのかもしれませんね。こういうものだと思っている。

■寝ている時間はタイパが悪い?

――電車の中で眠っている人を当たり前に思うのはまずいということですね。

衝撃的な数字があるんですけど、アメリカの小児科学の教科書「Nelson Textbook of Pediatrics」には、高校生(17歳)で8時間15分の睡眠を推奨している。中学生(13~15歳)だと9時間15分~45分、小学生(~9歳)だと10時間以上ですよ。日本の子どもでこれだけ寝ている子は少ないでしょう。

【図表5】必要な標準睡眠時間

子どもの頃から、特に小学校高学年以降になると塾やクラブ活動で忙しくなり、睡眠不足が当たり前になっていく。これは非常にまずい。本来、小学生までは朝型の睡眠パターンなのに、大人と同じく夜型になっている。

寝る間を惜しんで過ごすから、デジタルネイティブ世代は「眠る時間は何もしない非効率的な時間」と考えている。彼らにとって睡眠はタイパ(タイムパフォーマンス)が悪いわけですよ。こうした子どもたちが大人になっても、昼間眠いのが当たり前、睡眠不足が当たり前と考えるんですね。

日本人の睡眠不足は、非常に根が深い。

■「失われた30年」を引き起こした“犯人”

――睡眠不足によって脳のパフォーマンスは低下し、人間性にも問題が出ている。日本はどうなっていくんでしょうか。

僕に言わせると、自分はこれでいいと満足しているけど、本来のパフォーマンスの半分も発揮できない人生を送っている。これではもったいないわけですよ。

そして、日本全体が「失われた30年」で衰退している。僕に言わせれば、睡眠不足が原因じゃないかと思いますね。睡眠不足は思考が停止する。大局に立って考える能力が失われるんですよ。つまり、自分自身を客観的に認知する「メタ認知」が低下する。

先進国では過去25年、30年の間に、認知症有病率が徐々に減ってきている一方、日本だけが上昇している。これも、睡眠不足が一因かもしれないと推測するわけです。本当に日本人の睡眠は由々しき事態にありますね。

(効果的な快眠方法については、後編へつづく)

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柳沢 正史(やなぎさわ・まさし)
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授
1960年東京生まれ。筑波大大学院修了、医学博士。文化功労者。1991年に31歳で渡米、テキサス大学サウスウェスタン医学センターとハワードヒューズ医学研究所にて、2014年まで24年にわたって研究室を主宰した。2010年に内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され、筑波大学に研究室を開設。睡眠から健康をつくることを目的に2017年、筑波大発のスタートアップベンチャー「S'UIMIN」を起業。睡眠を「見える化」するため、睡眠中の脳波を自宅で精度よく計測できる有料サービスを提供している。監修本に『睡眠の超基本』(朝日新聞出版)。

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(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授 柳沢 正史 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)

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