5分診療で薬を出しまくる医者が大儲け…和田秀樹「一生薬を手放せない患者を作る精神医療の大問題」
プレジデントオンライン / 2024年8月30日 15時15分
※本稿は、和田秀樹『「精神医療」崩壊 メンタルの不調が心療内科・精神科で良くならない理由』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■「治せる精神療法」より「治せない薬物療法」のほうが儲かる
一般社会では、昭和世代の中高年者が現役を退くにつれ、ハラスメント問題が減り、コンプライアンスが遵守されるようになっています。
「精神科の世界でも、やっかいな古ダヌキがいなくなれば、カウンセリングや精神療法がもっと重視されるようになるのでは?」
そんな声も聞かれます。
確かに医療の世界でも、時代とともに見直される治療法は存在します。慶應義塾大学医学部放射線科の専任講師を務めていた近藤誠先生が、1988年にアメリカの論文をもとに日本の一般雑誌に紹介した「乳房温存療法(乳房に生じたがんの腫瘍だけを取り、あとは放射線で治療を行う療法)」はその代表です。
乳房温存療法の導入により、それまで乳房の全摘治療を余儀なくされていた多くの患者さんのQOL(生活の質)が飛躍的に向上しました。
しかし、乳房温存療法が雑誌で紹介された当初は、日本の乳がん治療を牽引していた教授たちの怒りを買い、近藤先生に対する排斥運動が起こりました。
なにしろ、それまで教授たちは「乳がんは乳房全摘治療をしないと死んでしまう」と患者さんに説明したり、世間に啓蒙したりしていたため、「オレたちに恥をかかせやがって」とカンカンになって怒ったわけです。
そうした教授たちがすべて定年退官したあと、近藤先生の紹介した乳房温存療法が、日本でやっと早期乳がんの標準治療となりました。そこに至るまでに15年の歳月がかかりました。
つまり、欧米のスタンダードの治療が日本に定着するのは、頭の固い教授たちのせいで10年から15年遅れるわけです。
精神医療についてはもっと深刻で、10年、15年の時を経るだけでは変わらないと思います。なぜなら、今の日本の精神医療は、「薬物療法」のほうが儲かるしくみになっていて、「精神療法」はまじめにやればやるほど経済的に困窮するという状況だからです。
■志の高い医者は疲弊し、要領のいい医者が大儲けする不条理
カウンセリングや精神療法に十分な時間を割いて対応すれば、良くなる患者さんは確実に増えます。そうすると、評判が評判を呼んで予約が殺到するでしょう。しかし、1人ひとりの患者さんに時間をかけていると、診療できる患者さんの数は限られます。
しかも、現行の医療保険制度では、話を5分聞いても29分聞いても診療報酬は変わらないうえ(精神保健指定医による5分以上30分未満の通院精神療法の診療報酬は315点=3150円)、精神科を受診する患者さんは、きわめて繊細なメンタルの方が多いことから、カウンセリングを行うときには言葉使い一つとっても細やかな配慮を要します。
その結果、最初は「お金の問題じゃない」「心の病で苦しんでいる人を救いたい」という志に燃え、カウンセリングに時間を割いていた医者もどんどん疲弊していきます。
頑張り続けた末に、自分自身がメンタルを病んで休職したり、経営面で行き詰まったりしてクリニックを閉鎖するケースも少なくありません。
一方で、薬物療法を中心に診療している精神科のクリニックは、5分診療で薬を出して大儲けをしている。
自分のメンタルと生活を守ろうとすれば、5分診療で薬を出して回転率を上げていくしかない――そんなふうに考える医者が増えても致し方ないところがあるのです。
■なぜ、精神療法的なアプローチが軽視されているのか
心の病の治療は、もともと精神療法が主流でした。主流というか、薬が開発されるまでは、精神療法しか治す手立てがなかったといったほうが正確でしょう。
精神分析学のパイオニアとして、オーストリアの精神科医であるフロイトの名は日本でもよく知られていますが、フロイトが活躍した20世紀の前半までは、彼の精神分析が最も科学的な治療法でした。
それが20世紀後半になり、脳の神経伝達物質に作用する抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬などが次々開発されたことから、精神医学は従来の精神療法より、より科学的な薬物療法へとシフトしていきました。
ところが、その後、脳の神経伝達物質を調整するだけでは良くならない病気が大量に出てきました。1970年代にベトナム帰還兵などから発見されたトラウマや、それに起因するPTSDはその代表です。
この頃から、アメリカでは精神療法家の人たちが、「やはり、心の病を薬だけで治すことは難しい」と声を上げ始め、精神療法が見直されるようになりました。
日本は何事においてもアメリカの影響を受けやすい国ですが、精神医療に関しては、アメリカの流れを受けませんでした。
おそらく、日本の精神医療を牽引している大学の医学部では、薬物療法家しか教授選で勝てないという流れを作ってしまったため、薬一辺倒の医療から後戻りできなくなってしまったと考えられます。
もはや患者さんに最適の医療を提供するという医者の本分はなく、とにかく薬物療法家が教授の席を独占することが優先されているのがうかがい知れます。
■日本の薬物療法の3つの大きな問題点
日本の薬物療法は、薬の出し方にも問題があります。診断についてはDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)およびICD(国際疾病分類)という国際的な診断基準ができてからはだいぶ改善されましたが、今でも次の3点がよく指摘されます。
*すぐに薬を出す
なぜ、日本の医者がすぐに薬を出すかというと、医局の教授たちに「正常値主義」をみっちり教わるからです。異常値が出たら薬で正常値にしないといけないと考え、医局で習った通りのことを行います。
医局に所属している限り、自分の判断で勝手に別の治療を行うことは許されません。
それに逆らう医者はいません。なぜなら、「逆らわない人間」が入試面接の時点で選ばれているうえ、医局内での出世を考えたら、逆らわないほうが賢明だからです。
医局で習っていない専門外のことは、『今日の治療指針』という医者なら誰でももっている診療ガイドライン(いわゆるアンチョコ)を見て、その通りの薬を出すのが通例です。
*一度に複数の薬を出す
アメリカの標準治療の考え方では、必要に応じて薬をたくさん出すことは否定していないものの、基本的に併用はしません。
これに対して日本の医者の多くは、薬を一度に何種類も出します。うつ病の患者さんに3種類以上の薬を出すこともしばしばです。私からすると、何を考えているんだと正直、驚きます。
*長く処方し続けることが多い
薬一辺倒で治療をしている日本では、薬を飲んでいる間は症状が抑えられていても、薬をやめると、またぶり返して再び薬を飲み始める、というケースが多く見られます。
そのため、精神科医の中には「薬を飲んでいる間は症状が良くなるなら、一生飲み続けてください」と当たり前のようにいう医者もたくさんいます。そんなことが可能なのは、日本では国民皆保険制度により、誰でも1~3割の自己負担で医療を受けられるためです。
たとえばアメリカでは、保険会社と個人的に高額な契約をしていない限り、保険会社が払ってくれる範囲を超えると診療費と薬代を全額自費で支払うため、大金持ちの患者さん以外は、薬を一生飲み続けるのは困難です。だから、投薬が必要な場合でも、カウンセリングなどを併せて行い、薬をやめられるようにもっていく治療が行われます。
理由はどうあれ、アメリカのような治療が、本来の精神医療のあるべき姿だと私は思っています。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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