1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「石油・天然ガスの禁輸」でも「金融SWIFT制裁」でもない…プーチン大統領に最もダメージを与える制裁とは

プレジデントオンライン / 2024年8月30日 9時15分

プーチン大統領のロシア国民への演説(写真=kremlin.ru/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

ロシアのウクライナへの軍事侵攻が続いている。東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授は「西側諸国がロシアの資源に依存しているのと同様に、ロシアは西側諸国に対して、さまざまな工業製品の分野で依存している。これを経済制裁の対象にするのが、比較的効果があるだろう」という――。(第1回)

※本稿は、鈴木一人『資源と経済の世界地図』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

■ロシアへの経済制裁が成功するために必要なこと

西側諸国は、ロシアのウクライナ侵攻に対して何ができるのか、何を得ることができるのか。

しばしば、ロシアへの経済制裁は、軍事的な支援ができない中で、それに代わる手段として位置づけられ、あたかも経済制裁は「別の手段の戦争」といった理解がなされる場合がある。確かに、経済制裁は「別の手段による戦争」とは言えるが、その効果が軍事的な介入と同等という保証は全くない。

一般的に、侵略戦争に対して対抗手段を講じる場合、その目的は侵略軍を国外に追い出し、占領された地域を取り戻すこと、となるだろう。経済制裁によって得られる効果に対する期待も同様のものだとすると、それは極めて難しいと言えよう。侵略軍が国外に撤退するまでになるには、まず戦争を継続する意思を失うという状態を作り出さなければならない。

では、戦争が継続できない状況を経済制裁によって作り出すためには、どのような条件が必要になるであろうか。

第一に、ロシア国民に耐えがたいほどの経済的な苦痛が与えられ、それによってロシア国内に反戦ムードが高まり、プーチン政権に対して戦争をやめ、制裁の解除を求めるような運動が起きる状態を作り出すことである。

■世論が政策に反映される可能性は低い

しかし、仮にロシア国民に耐えがたい苦痛を与えることができたとしても、それでロシアが戦意を失うということは考えにくい。というのも、国民の反戦ムードが高まり、政権に対して異議申し立てをしようにも、権威主義的国家においてそうした国民世論が政策に反映される可能性は低く、選挙による政権交代も期待できないためだ。

経済制裁で成功した例として、しばしば挙げられるイランの核開発に対する制裁がイラン核合意に至ったのも、イランでは曲がりなりにも国民の声を反映する選挙の仕組みがあり、制裁解除を公約に掲げるハサン・ロウハーニーが当選したことが大きな要因であった。

ロシアにも選挙はあるが、その公正さについては大いに疑義があり、また国民が政府に反対する運動を展開しようにも、警察や治安部隊によって暴力的に抑圧される可能性が高い。

すでに2022年2月の侵攻直後に始まったデモは即座に抑圧され、ロシア国民の間には無関心が広がっている。また反政府運動の中核となり得た野党の指導者、アレクセイ・ナワリヌイは何らかの毒物を盛られ、生命の危険にさらされただけでなく投獄された。そしてウクライナ侵攻開始から丸2年を迎えようという2024年2月16日に死亡した。

■資産凍結の有効性

第二に、プーチン大統領個人やその権力を支えるオリガルヒなどが保有する資産を凍結し、彼らの個人資産を動かせなくする手段もある。これにより経済的な苦痛を与え、制裁解除しなければ自らの富を失うという状況を作り出すことで、プーチン大統領への忠誠心を失わせる、あるいはプーチン大統領が制裁解除に向けて動き出す可能性を高めるという方法である。

しかし、プーチン大統領を支えるオリガルヒの富は、元々プーチン大統領によって庇護されていたものであり、むしろプーチン大統領の意向に反するような要求をすれば、その富が奪われる可能性が高い。

過去にもプーチン大統領と対立した石油会社のユーコスの社長であったホドルコフスキーは財産を没収され、今は亡命生活を余儀なくされている。プーチンに異議を唱えたオリガルヒの中には、ビルから転落するなどして不審な死を遂げた例も複数ある。

第三に、金融制裁、特にSWIFTからロシアの銀行を切り離し、国際的な決済を困難にすることで、ロシアが輸出する原油や天然ガス、小麦などの収入を得難くすることだ。外貨不足でロシア経済が破綻し、戦争継続ができなくなることを期待することもできる。

ロシアルーブル
写真=iStock.com/Elena Chelysheva
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Elena Chelysheva

■金融制裁の効果は限定的

しかし現実は、第三の相互依存の罠にかかっている状態で、西側諸国はロシアの原油や天然ガスへの依存が続いており、ロシアに対して経済制裁をかけながらも、ロシアから原油や天然ガスを調達し、その代金を支払っている。

またロシアの原油や天然ガス、穀物や鉱物に依存しているのは西側諸国だけでなく、中東やアフリカ諸国などもロシアに強く依存している。そのため、彼らが銀行を通じて決済できなくなることは、彼らにも経済的な痛みを与えることになる。第三の相互依存の罠にかかっている以上、金融制裁は中途半端なものになり、その効果は限定的にならざるを得ない。

第四に、これまでロシアの原油や天然ガスの多くを調達していた欧州各国や日本が原油や天然ガスの禁輸をすれば、ロシアの国家収入を相当程度減らし、戦争を継続することが困難になるのではないかと考えられる。

欧州と日本はロシアからの石炭の輸入停止を決定しており、原油に関しても欧州は海上輸送による原油の調達を禁じ、2022年末までに開戦前の90%に減らすことを決定し、実行した。

■天然ガスの完全な禁輸はできない

天然ガスについては、パイプラインによる供給は禁止し、ロシアからの調達を減らして制裁の効果を上げようとしている。だが、天然ガスは欧州にとって極めて重要なエネルギーであり、温室効果ガスの排出が石炭よりも少ないため、脱炭素を進めると同時に脱原発を進める国も多くある欧州にとって、不可欠なものである。そのため、ロシアからのパイプラインでの供給は止めつつも、LNGとしての輸入は認めざるを得なかった。

また、ロシアの原油や天然ガスを禁輸にすれば、それに代わる中東からの原油や天然ガスの奪い合いになり、市場価格が高騰する。それは国内におけるガソリン価格や電気料金の高騰につながることとなり、新型コロナによる行動制限がなくなった後の経済活性化によるインフレと相まって、国内経済に大きな負担となった。

第一、第二の相互依存の罠によってロシアへの依存度を高めた結果、第三の罠にかかった形で、原油や天然ガスの完全な禁輸ができないという制約のもとで経済制裁を実行しなければならなかったのである。EU各国は1年以上をかけてエネルギーの「脱ロシア化」を進めてきてはいるが、そのために被っている影響もまた、看過できないものであった。

環境問題
写真=iStock.com/rmitsch
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rmitsch

■「脱ロシア」「脱炭素」「脱原発」という課題

しかし欧州は「脱ロシア」を進めると同時に、「脱原発」を進め、さらに「脱炭素」も追求している。この三つの「脱」は、同時に成立しないトリレンマである。ロシアへの依存から脱却し、脱炭素を追求するとなると、温室効果ガスを排出しない原発に頼らざるを得ない状態となる。

ロシアへの依存を減らしながら原発も稼働させないとなると、中東からのLNGの価格が高くなり、石炭に頼らざるを得なくなる。石炭を排除し、脱原発を進めるなら、ロシアからのエネルギー輸入を継続しなければならなくなる。このように、「脱ロシア」「脱炭素」「脱原発」は同時に成立しないトリレンマなのである。

日本では、侵攻開始から1年がたった2023年2月の『日本経済新聞』の世論調査で、「ロシアのウクライナ侵攻により生活に影響を受けている」と答えた人が64%に達している。「影響があったとしても制裁を続けるべきだ」と考える人が66%、「制裁をより強めるべきだ」と考える人は実に70%以上となっている。

だがその一方で、原油高の影響を受けて輸送費が高騰し、その価格が転嫁されたことも含む物価高に対しては、特に2023年に入ってからは連日「我慢の限界」といった社会の声も報道されており、政府も対応に頭を悩ませる状況に至った。

■ロシアが西側諸国に依存していること

このように、第三の罠にかかった西側諸国が、ロシアが戦争を継続できない状況を作り出すことは極めて困難である。では、ロシア制裁で何を得ることができるのであろうか。そのカギは「相互依存の罠は双方にかけられる」という点である。

西側諸国がロシアの資源に依存しているのと同様に、ロシアは西側諸国に対して、半導体や工作機械、自動車部品など、さまざまな工業製品の分野で依存している。

ソ連が崩壊した後のロシアは急速に市場経済に統合されることになったため、比較優位にある石炭や原油、天然ガスといったエネルギー資源を輸出することで国家財政を安定させる一方、ソ連時代には輸入することのできなかった西側諸国の工業製品などを輸入し、競争力のない国内産業に代わって輸入に依存する経済へと転換していった。

その結果、ソ連時代には何とか国内で供給できていた半導体や工作機械などは、より優れたものを輸入することに依存し、国内ではそうした製品を作ることはできなくなっている。

■国際競争力がほぼゼロのロシアの半導体産業

とくに、ロシアの半導体産業は事実上存在しないというほど国際競争力がなく、半導体製造は西側諸国の企業にほぼすべて依存している。また航空機などの部品も西側諸国に依存しており、ロシア製のドローンで使われている電子部品などは、西側諸国の電化製品などから流用したものとの報道もある。制裁によって、武器の調達だけでなく部品の調達ができないことでロシア国内での兵器生産に影響を与え、「弾切れ」状態にするというのが制裁の一つの目的である。

鈴木一人『資源と経済の世界地図』(PHP研究所)
鈴木一人『資源と経済の世界地図』(PHP研究所)

ロシアはすでに第一の相互依存の罠にかかっており、国内経済の構造が圧倒的に西側依存を前提したものになっている。そのため、第二の相互依存の罠で、プーチン体制が強権化し、政治体制がより権威主義的になりながらも、ロシアの経済構造が変わることはなく、継続して西側諸国に依存していた。

ゆえに、ロシアに対してもっとも効果的な経済制裁は、プーチンやオリガルヒの資産凍結でも、金融制裁でも、エネルギー資源の禁輸でもなく、半導体や工業製品の禁輸となる。しかもそれによってロシア経済全体に影響を与えるのではなく、ロシアが戦争継続に必要とする兵器や弾薬の製造に必要な物資を獲得できないようにするという、極めて限定的な効果に期待せざるを得ない。

このように、資源、エネルギーのみならず、特定の物資がこうした制裁の対象となることもあり、そうした物資は時に「戦略物資」とも呼ばれる。

----------

鈴木 一人(すずき・かずと)
東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所所長
1970年生まれ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究(IOG)設立に伴い所長就任。2012年、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で第34回サントリー学芸賞受賞。

----------

(東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所所長 鈴木 一人)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください