自分の家なのに「ハンコ代」だけで150万円の出費…円満相続のはずが「泥沼相続」に陥った夫婦の"盲点"
プレジデントオンライン / 2024年9月3日 10時15分
■身内の遺産相続協議はきれいにまとまったが…
伊集院家は、旧街道の宿場町にある名家です。
江戸時代に建てられたとされる築150年以上のお屋敷がありました。父はすでに亡くなって、母の千代と長男の正蔵夫婦がそのお屋敷で同居していました。長女の君代は嫁に出ています。
母の千代が亡くなり、正蔵と君代が相続することになりました。
土地・建物の資産価値は3000万円、預貯金は8000万円。正蔵は土地・建物と預貯金2500万円の計5500万円、君代は預貯金5500万円をそれぞれ相続することになりました。
兄弟での争いごとは一切なく、円満に遺産分割協議はまとまりました。これで一件落着かと2人とも思っていました。
■「リノベーションしてカフェを開きたい」で問題発覚
正蔵の妻であるひかりは以前から、「古民家をリノベーションしてカフェを開きたい」という夢をよく語っていました。そこで正蔵は相続を機に、ひかりの願いを叶えることにしました。
しかし、正蔵が不動産の相続登記をしようとしたところ、祖父の名義のままになっていたことが判明。そうなると、勝手に建物を正蔵の名義で登記することはできません。
■権利者は30人もいた
正蔵は祖父の戸籍までさかのぼり、権利者を確定させましたが、祖父は祖母と二度目の結婚だったことがわかったのです。権利者は、なんと総勢30人にものぼりました。
正蔵はすべての権利者に手紙を送り、5万円のハンコ代を渡して相続の権利を放棄してもらうように依頼しました。
ほとんどの権利者は「5万円ももらえるならラッキー」とばかりに、権利放棄の書類にハンコを押し、返送してくれました。
■「絶対にハンコなんか押さない」
ところが、なかには固辞する権利者が現れました。それは、祖父の前妻の子どもたちです。
どうやら祖父は、前妻を捨てて不倫相手の祖母と再婚したらしく、祖父の前妻は女手ひとつで苦労して子どもたちを育てたようでした。前妻の子や孫たちはそのことを根に持っていたのです。
「なんで、母を捨てた元夫の子孫の相続の手伝いをしなきゃならないんだ!」という心境なのでしょう。
正蔵は祖父の前妻の子や孫らに連絡を取ってみましたが、「絶対にハンコなんか押さない」「なぜ、あんたの相続に協力しなければならないの」と、にべもなく押印を拒否されました。
正蔵はもうヘトヘトです。「古民家のリノベーションに2000万円くらいかかるし、こんな大変な思いまでしてやることないよな」と、あきらめることにしました。正蔵が消耗している姿を見ていたひかりも、「しょうがないわよ」と同意してくれました。
■国土の約20%は「所有者不明」
正蔵が古民家をリノベーションするためには、銀行からリフォーム資金の融資を受ける必要があります。そのとき、土地と建物を自分の名義にして抵当権の設定登記をしなければ、融資を受けることはできません。
銀行に「あれ、おじいちゃん名義ですね。これじゃ融資は出せませんよ」と言われてしまうでしょう。
日本には、登記簿上の所有者が死亡していたり連絡先が不明だったりして、誰のものかわからない土地(所有者不明土地)がたくさんあります。その広さは、2016年時点で約410万ヘクタール(国土交通省調べ)。
これは国土の約20%を占め、九州の面積を大きく上回ります。つまり、九州の広さ以上の土地が「持ち主不明」なのです。
■調べてみると「名義が何代も前から変わっていない」ことも
この大きな原因は、相続登記をしていないことです。土地を相続した人が「私が相続しました」と登記するのがルールではありますが、実は、これは長い間義務化されていませんでした。
相続登記をするには、手間もお金もかかります。そのために相続登記をしないケースが多発し、相続未登記問題が深刻化したのです。
実際に、私自身、相続や不動産登記をお手伝いするとき、相続登記されていないがために手間取ることが少なくありません。
たとえば、次のようなケースがありました。家屋敷に代々の長男が住んでいて、あるとき、土地の一部を買いたいという人が現れました。「いらない土地なので売ろう」となったのですが、登記簿を調査したら、名義が何代も前のもの。本人は「えっ⁉」と驚いていましたが、これではすぐには売れません。相続登記をしなければならないからです。
■登記と違う人が住んでいても問題ない
「なぜ、登記している人と住んでいる人が違っていても、問題にならないの?」と疑問に思うかもしれませんね。それが、何の問題もなく住むことはできるのです。
土地情報には、不動産登記簿謄本のほかに、固定資産課税台帳、農地台帳などがあり、目的別でいろいろな公的データベースが作成されています。
たとえ住んでいる人と登記している人が別人でも、固定資産税を納めていれば、自治体としては何も問題はないのです。
本家の家屋敷に長男一家が住んでいる場合、長男には法定相続分による持分権があると考えられます。わずかでも持ち分があれば居住する権利は認められますし、長男が住んでいることに対しては兄弟姉妹もほかの親戚もまったく違和感を持たないでしょう。
■「司法書士がアドバイスした可能性」も
今回の伊集院家のケースでは、建物の相続登記が漏れていたわけですが、なかには土地は相続登記されていても、建物は漏れているというケースがあります。
ちょっと不自然だと思うでしょうが、こうした場合、司法書士がアドバイスした可能性があります。
司法書士が「建物は取り壊したときに滅失登記すればいいから、わざわざ建物は登記しなくてもいい。その分、登録免許税が安くなるから」とアドバイスするケースを聞いたことがありますが、価格の安さでしか自らの価値をアピールできない士業や専門家も、一部には存在します。
ただし、目先の登録免許税を惜しんだばかりに、あとあと相続のときに大変な思いをするかもしれません。読者のみなさんには、土地も建物も相続登記を怠らないでいただきたいと思います。
■相続登記は2024年から義務化
所有者不明土地問題や空き家問題があまりに深刻化していることから、ついに国も対策に乗り出しました。
2021年に相続登記を義務化する法案が可決され、2024年4月1日から施行されたのです。
通常の法律は、施行されて以降の事象が対象です。ところが、この法律は過去にさかのぼって適用されるという点が珍しく、つまりこれから相続する人はもちろん、過去に相続した人も相続登記をしなければなりません。
どこまで厳格に適用されるかはまだ不透明ですが、罰則規定も設けられています。
将来の相続、あるいは不動産の売買や活用などを考えても、きちんと相続登記をしておくようにしましょう。
■「もしかして、共有の山林はありませんか?」
遠山家では父の森夫が亡くなり、残された妻の美紀と長女の由紀、長男の町夫が相続について話し合いました。
由紀と町夫は「お母さんのこれからの生活があるから、全部もらっておきなよ」という意見で一致。こうして森夫の財産は、妻の美紀がすべて相続することになりました。
美紀は、司法書士に自宅の土地と建物の相続登記を依頼しました。遠山家は代々山間部に住んでいます。それを聞いた司法書士はピンと来ました。
「もしかして、共有の山林はありませんか?」
「なんか、あるって言っていた気がするわね……」
「それ、どこかわかりますか?」
「えーと……。あのへんの山かしら」
「たしかにお宅のエリアだと、この辺りの山林の可能性が高いですね。調べてみましょうか?」
「お願いします」
■共有者は100人以上
司法書士が調べてみると、やはり森夫は山林を共有名義で所有していました。共有者の数は、実に100人以上です。
森夫の権利部分の名義は、森夫の父のままでした。そこだけ相続登記が漏れていたのです。
司法書士が「山林の持ち分は、おじいさんの名義ですよ」と美紀に伝えると、「ええっ!」と驚いていました。
「これを機に、相続登記をしますか? 今やっておかないと、権利者がどんどん増えて大変になりますよ」
「それじゃ、お願いします」
司法書士は戸籍をたどって権利者たちを特定し、権利を放棄してもらいました。こうして美紀は無事に、山林の持ち分を相続登記することができたのです。
■「山林の共同所有」田舎ではよくあること
山林を共同所有しているのは、田舎ではよくあることです。この話と同じく、まるで分譲マンションのように100人以上がひとつの山を共有しているケースも珍しくありません。
かつては山で薪(たきぎ)や山菜、獲物などを取っていて、山は文字通り「宝の山」でした。
「この山のこのエリアは、この集落のみんなのもの」といった入会権のようなものがあったのでしょう。
ところが今は、価値のない山がとても多く、相続したところで農地のようにお荷物になりかねません。
さらにこの事例のように、自宅の土地・建物はきちんと相続登記をしたのに、共有している山の名義の書き換えが漏れているというのが、田舎ではよくあります。
■「共有の山があるかどうか」を必ず確認
私は、共有の山林の登記が漏れているケースをそれこそ山ほど見てきました。だから山林の近くに住む方からの相談では、「共有の山をお持ちではないですか?」と必ず確認します。
すると、「そういえば、お父さん、何か山があるとか言っていたかも」「子どものときに山に連れていかれて『この山は俺のもんだ』と自慢していたわ」といった話が出てくるものです。
そこから「共有者名簿はないですか?」「何かヒントになる資料はないですか?」と深掘りすると、何かしら出てくることが意外にあるのです。
■明治時代のあいまいな公図に基づいていることがほとんど
また、山林は、都会の住宅地のように境界が明確ではなく、明治時代に描かれたあいまいな公図に基づいていることがほとんどです。
共有者名簿が残っていても、いったい山のどの部分が自分の所有地なのか、わからなくなっていることもあります。
古くから山に入り慣れている森林組合のベテランは、木の植え方を見れば誰の土地かわかることもあるそうですが、一般の人にはとてもわからないでしょう。
山林を共有しているからといって、相続のときは他の共有者の同意などは不要です。自分の持ち分の相続登記をするだけでかまいません。
かつてはゴルフ場開発で山林が買い取られるケースもありましたが、今はそうしたチャンスはほとんどないようです。オートキャンプ場などに活用するケースもありますが、立地によりけりですから、やはりお荷物になりやすい資産といえます。
相続登記が義務化されたこのタイミングで、共有の山林があるかどうか、今一度チェックしてみることをおすすめします。
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あす綜合法務事務所グループ・田舎相続不動産代表
早稲田大学政治経済学部を卒業。在学中に、司法書士、行政書士、宅地建物取引士等の資格試験に合格し、2008年に当時埼玉県内の開業司法書士として最年少の24歳であす綜合法務事務所を創業、現職。地元を中心に東京都や関東全域から、相続・遺言関連、不動産関連、企業法務関連等の幅広い依頼が寄せられて飛び回り、特に相続・遺言関連業務の受託件数は年間100件を超える。埼玉県庁、寄居町役場、埼玉県商工会連合会、埼玉りそな銀行等主催セミナー・講演会での講師実績多数。地域に根ざしながらも、ラジオ法律相談に定期出演、日本行政書士会連合会「行政書士法人の手引」の校正校閲、弁護士事務所とのアライアンス、雑誌やネットメディアへの執筆等、地域や資格の枠を超えた活躍で注目されている。著書に『あるある! 田舎相続』(発売:講談社、発行:日刊現代)がある。
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(あす綜合法務事務所グループ・田舎相続不動産代表 澤井 修司)
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