「帰ってこない息子よりも頼りになる」一人暮らしの母親の全財産3000万円をつけ狙う「田舎の営業マン」の手口
プレジデントオンライン / 2024年9月10日 10時15分
■「資産家の母親」は一人暮らしだった
85歳の鶴子は、300坪の広大な敷地にある兜造りの立派なお屋敷で一人暮らしをしています。
鶴子の夫は10年前に他界。子どもたちは家を出て、長男の亀男は東京、次男の熊男は駐在先の中国・上海で暮らしていました。
■営業マンが次から次へと訪れる
見るからに立派なお屋敷には、訪問販売系の営業マンが次から次へと訪れます。
彼らがこぞって、布団から貴金属の買い取り、リフォーム、保険に至るまで、さまざまな商品をアピールするのがもはや日常の光景でした。
そんなある日、生命保険の営業マンの銭本がやってきました。
鶴子さんは「私は保険には入らないわよ」と断っていましたが、銭本は毎日のように足しげく通っては、庭の草むしりをしたり、切れた電球を取り替えたりしてくれました。
ときには1時間くらい話し相手にもなってくれたり、「クルマがないと不便ですよね。買い物のお手伝いをしますよ」とスーパーへの送り迎えをしてくれたこともありました。
■孫のように思えてきた
鶴子は、銭本が孫のように思えてきました。
「息子たちは全然帰ってこないけど、すぐに来てくれる銭本さんのほうが頼りになるわ」
いつしか鶴子は、銭本が来るのを心待ちにするようになりました。
しばらくして、銭本は次のように鶴子に話しました。
「お金を銀行に入れていても、金利なんて雀の涙でしょう。生命保険にしたほうがずっとお得だと思うな。相続対策にもなりますしね」
■定期預金を解約して、3000万円の保険に加入
鶴子は2000万円の定期預金のほかに、保険商品にも加入していました。
銭本は、それらをすべて解約して、自分が提案する保険商品に1本化したほうがいいと主張します。総額は3000万円にのぼりますが、銭本を信頼しきっていた鶴子は「あなたが言うならそうなんだろうね。それじゃ、その保険に入るわ」と承諾しました。
生命保険協会の「高齢者向けの生命保険サービスに関するガイドライン」によると、高齢者が保険を契約する際、親族らが同席するのが原則とされています。
銭本からそう説明を受けた鶴子は、長男の亀男に電話をかけて頼みました。
「保険に入るから、あんた、立ち会ってよ」
「は? どういうこと?」
「銀行に預けるより、保険に入ったほうが得なんだって」
「おふくろ、大丈夫かよ。だまされてんじゃない?」
「営業の銭本さん、とても親切よ。あんたよりよっぽど頼りになるんだから」
■「高齢者をだますのもたいがいにしろよ!」
不審に思った亀男は急遽帰省して、鶴子と一緒に銭本からの説明を受けることにしました。
銭本は「途中で引き出すこともできますよ」などと、口なめらかに保険商品のメリットを説明しますが、亀男の顔はみるみるうちに硬直していきました。
まさか不動産以外の全財産3000万円を生命保険1商品に突っ込むとは思っていなかったからです。
「あのさ、あんた、やりすぎだろ。おふくろにどうやって取り入ったか知らないけど、高齢者をだますのもたいがいにしろよ!」
亀男は激怒して銭本を追い返しました。
亀男の剣幕に鶴子もようやく我に返って事の重大さを悟ったのか、しょんぼりしてしまいました。
そんな鶴子を見て、亀男は反省して言いました。
「あのさ。俺、もうちょっと帰省するようにするよ」
■「生命保険で相続税対策」はウソではない
銭本は「生命保険を相続対策に活用できる」と鶴子に言いましたが、これはウソではありません。というのも、生命保険は、亡くなった人の遺産ではなく、受取人固有の財産と見なされるからです。
ということは、生命保険は原則として遺産分割対象ではありません。
相続財産ではないので、相続人が相続を放棄しても受け取ることができるのです。
つまり、被相続人が特定の人にスピーディーに財産を渡して、スピーディーに現金化させたいときに、生命保険は大いに役立ちます。
■特別受益と見なされるケースも
ただし、巨額の生命保険がかけられていたとすると、受取人以外の相続人からすれば、たまったものではありません。
相続人の間であまりにも不公平があると、生命保険の受取金は特別受益と見なされて、相続財産に巻き戻して遺留分を計算するという最高裁判例があります。
たとえば、生命保険の受取金が1億円で、遺産は1000万円しかないといった極端なケースだと、裁判所はそうした判断を下す可能性が高いため、注意が必要です。
■すべてを生命保険に投じるのはリスクが大きすぎる
生命保険で特定の人に財産を渡せるといっても、財産を残す側の本人がどれだけ長生きするかはわかりません。
それなのに、健康なうちにまとまった財産を生命保険に移してしまうのは、相当な覚悟を要することです。
自分の残りの人生を考えると、ある程度は自分の手元にキャッシュを残しておきたいところです。
とりわけこの事例でいえば、営業マンの銭本が鶴子さんのライフスタイルや価値観、相続のことまで考えて提案しているかは怪しいものです。
自分の営業成績を上げるための提案なのか、それとも顧客のことを考えての提案なのか? それを見極めるのは難しいと思います。
それでも、長男の亀男が「母のことをよく考えてこの商品を提案してくれた」と思えるなら、加入すればいいと思います。そうでなければ、さすがにキャッシュをすべてひとつの生命保険商品に投じるのはリスクが大きすぎます。
■生命保険の受取金は500万円まで非課税
また、生命保険は、相続「税」対策にも有効です。
実は、生命保険の受取金は、法定相続人1人あたり500万円まで非課税です。相続人が3人いたら、1500万円まで非課税になるわけです。
なかには、1億円くらいの預貯金を持っていて、相続税を課されるくらいの資産があるにもかかわらず、生命保険に入っていない人がいますが、これは非常にもったいない話です。
相続税がかかるくらい財産がある人は、生命保険の活用も検討してみていただきたいと思います。
■生命保険には裏ワザがある
生命保険には裏ワザともいえる使い方があります。それは、遺留分侵害額請求の額を抑えるための手段です。
たとえば、父親がいて、法定相続人がAとBの子ども2人だとしましょう。父親が1億円を持っていて、「Aに全財産を相続させる」という遺言を書くと、Bの遺留分は4分の1の2500万円です。
これに対し、1億円のうち4000万円分を、Aを受取人とする生命保険に加入します。
すると、遺産額が6000万円になります。「全財産をAに相続させます」という遺言が変わらずあるとして、生命保険の4000万円は遺産ではなくなります。
これによって分母が変わり、6000万の4分の1の1500万円が遺留分になります。
遺産が1億円の場合と比べて、遺留分が1000万円も少なくなるのです。
Aになるべく多く残したいのであれば、Aに全財産を相続させるという遺言を書きながら、生命保険も活用すると、遺留分の額を下げられるのです。
保険営業マンの銭本に限らず、銀行から不動産会社、アパート建築会社、税理士、そして私のような司法書士や行政書士まで、「相続の専門家」をうたう人はたくさんいます。
もちろん、顧客にメリットのある提案をするプロもいますが、一部には顧客の利益を度外視して自分だけ儲けようとする人もいますから、惑わされないようにしましょう。
生命保険やアパート建設は、合理的な相続対策です。私自身も、生命保険の活用をおすすめすることがあります。しかし、100家族の相続があれば、100通りの課題があり、100通りの解決策があります。一つひとつのケースについてベストな対策を考えなければなりません。
自分の選択に不安があるなら、セカンドオピニオンを求めるといいでしょう。たとえば、保険加入に迷いがあるなら、他の保険会社に相談しても、別の保険商品をすすめられるだけです。他分野のプロにセカンドオピニオンを求めれば、思わぬ解決策が見つかるかもしれません。
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あす綜合法務事務所グループ・田舎相続不動産代表
早稲田大学政治経済学部を卒業。在学中に、司法書士、行政書士、宅地建物取引士等の資格試験に合格し、2008年に当時埼玉県内の開業司法書士として最年少の24歳であす綜合法務事務所を創業、現職。地元を中心に東京都や関東全域から、相続・遺言関連、不動産関連、企業法務関連等の幅広い依頼が寄せられて飛び回り、特に相続・遺言関連業務の受託件数は年間100件を超える。埼玉県庁、寄居町役場、埼玉県商工会連合会、埼玉りそな銀行等主催セミナー・講演会での講師実績多数。地域に根ざしながらも、ラジオ法律相談に定期出演、日本行政書士会連合会「行政書士法人の手引」の校正校閲、弁護士事務所とのアライアンス、雑誌やネットメディアへの執筆等、地域や資格の枠を超えた活躍で注目されている。著書に『あるある! 田舎相続』(発売:講談社、発行:日刊現代)がある。
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(あす綜合法務事務所グループ・田舎相続不動産代表 澤井 修司)
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