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橋下徹「なぜ19歳体操選手の五輪出場『辞退』に無責任な自由人ばかりが色めき立ったか」

プレジデントオンライン / 2024年8月30日 9時15分

1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最近の著作に『政権変容論』(講談社)、『情報強者のイロハ』(徳間書店)などがある。 - 撮影=的野弘路

元大阪市長・大阪府知事で弁護士の橋下徹さんであれば、ビジネスパーソンの「お悩み」にどう応えるか。連載「橋下徹のビジネスリーダー問題解決ゼミナール」。今回のお題は「未成年選手の飲酒・喫煙問題」です──。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2024年9月13日号)の掲載記事を再編集したものです。

■Question

単なる「未成年の飲酒・喫煙」とどこが違うか

パリ五輪に出場予定だった体操女子の宮田笙子選手が、代表行動規範に違反した(飲酒・喫煙)として出場を辞退しました。19歳の若者の行動に対してペナルティが重すぎる!と日本体操協会に非難の声も上がるなか、橋下さんは「出場辞退もやむなし」という持論を展開しました。改めてその真意を聞かせてください。

■Answer

リーダーであれば団体規律の重みを理解せよ

今回の出来事は非常に残念です。「未成年者に対しては夢を直ちに奪うのではなく適切な教育・指導が必要」とする意見にも心情的には賛同します。

ただ「宮田選手は2カ月後には20歳になり飲酒も喫煙もできるのだから、ルールをそこまで厳格に適用しなくてもいいのではないか」という温情論には、完全には同調できません。以下の3つに論点を絞り、見ていきましょう。

①未成年者である宮田選手の「飲酒・喫煙」は処罰の対象となるのか
②「自宅などでの喫煙」は、代表辞退に相当する行為か
③「代表合宿での飲酒」はどうか

まず①の未成年者の飲酒・喫煙問題ですが、これは処罰の対象に「ならない」が正解です。「未成年者飲酒(喫煙)禁止法」は、20歳以下の若者の飲酒・喫煙を禁じています。しかしこの法律はあくまでも未成年者の健康を守るためのものであり、飲酒・喫煙の事実が認められたとしても罰せられるのは本人ではなく、未成年者に酒やたばこを勧めた周囲の大人です。

つい誤解してしまうのは、生徒の飲酒・喫煙は悪いことだから停学などの罰を与えるという感覚が学校などにあるからですが、立法趣旨からすれば罰を受ける対象はむしろ教師や親など大人のほうなんです。

こうしたことを考えれば、宮田選手の飲酒・喫煙が事実だったとしても、それが自宅や練習場所以外のプライベート空間のことだけなら「厳重注意」で済むことでしょう。実際、5月のパリ五輪予選の上海大会でも、スケートボードの未成年4選手の飲酒が取りざたされましたが、名前も公表されず、口頭での注意止まりでした。では彼らと宮田選手の違いは何か。それは「飲酒した場面・場所」の違いです。

スケボーの4人は18歳以上の飲酒が合法とされる上海で、飲酒意図がなかったにもかかわらず、スポンサーやスタッフに勧められて少量飲んでしまったとのこと。一方、宮田選手は自らの意思で、日本体操協会によって禁じられている場面・場所で飲酒に及んだとされています。これは些細なようで大きな違いです。

報道によると、宮田選手の喫煙場所は単に「都内」ということなので、これだけなら厳重注意で済む話です。が、飲酒した場所は東京都北区にある味の素ナショナルトレーニングセンター(トレセン)内の居室でした。つまり宮田選手は①②はセーフだったが、③「代表合宿における飲酒は代表辞退になるか」の点で、アウトだったのです。

日本オリンピックミュージアム
写真=iStock.com/Ryosei Watanabe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ryosei Watanabe

トレセンは日本のトップアスリートたちの養成施設です。文部科学省の告示を受けて約370億円かけて設置され、日本オリンピック委員会(JOC)が運営を担当しています。

五輪選手ともなれば莫大な費用と人的投資を受ける身です。スポーツを志す者なら誰もが羨む最高の設備・スタッフ・プログラムを享受できる場。そんな選ばれし選手のみが切磋琢磨し、体調コントロールをする場で「飲酒・喫煙」が禁止されるのは当然です。それは周囲のモチベーションに悪影響を与えるからです。有名大学の運動部レベルでも、活動の場で飲酒・喫煙を公に認めているところなど聞いたことがありません。

公益財団法人日本体操協会の「日本代表選手・役員の行動規範」には、「日本代表チームとしての活動の場所においては、20歳以上であっても飲酒は禁止とする」と明記されています。

そう、仮に宮田選手が20歳だったとしても「代表チームとしての活動場所での飲酒」はアウト。つまり「あと2カ月で成人」云々は関係ないんです。

宮田選手を擁護する人々は、一般市民の誰もが従わなければならない一般規範に照らして処罰が厳しすぎると主張しています。しかし、今回問われているのは一般規範違反ではなく、団体規律違反の話です。ここでいう団体規律とは「オリンピック日本代表体操チーム」という、特定ミッションを帯びた団体内の規律を維持するためのルールのことです。

その団体規律において、トレセン内など代表チームとしての活動の場所では飲酒・喫煙を禁ずると明記しています。宮田選手が未成年であれ成年であれ、団体規律違反を行ったことは事実ですから、いったん代表から身を引いてもらうのはやむをえなかったというのが僕の考えです。

■組織の長が擁護論に回らなかった理由

あとは飲酒や喫煙を禁ずるこの団体規律に妥当性があるかどうかという論点が残りますが、有名大学運動部などの団体規律ルールを参照する限り、合宿所など団体活動の場における禁煙・禁酒ルールは多くあり、日本体操協会の今回の団体規律が著しく不当とは思えません。

そう考える理由は、僕が知事・市長を経験し、団体規律の重要性を理解していることも理由のひとつです。

今回、ネット上で宮田選手擁護論を展開したのは、企業や行政組織の長を経験したことのない「自由人」がほとんど。ただ一人、猪瀬直樹さんだけは東京都知事を経験されましたが、猪瀬さんの場合は巨大組織である東京都庁をマネジメントするというよりも、アイデア豊富な副知事として個別事案に斬り込んでいった実績のほうが大きく、組織の長というよりも作家・自由人の色彩が濃い方です。

組織の長は団体規律を重視します。組織全体を運営する全責任を負うので当然のことです。ですから、今回の宮田選手のような団体規律違反は見逃せません。

環境犯罪学に「割れ窓理論」という有名なセオリーがあります。街や学校などで割れた窓を放置しておくと、注意が行き届いていないことの証左となり、やがて犯罪が増えていくというものです。また、労働災害分野には「ハインリッヒの法則」もあります。細やかな順法精神やミスを見逃していけば、それらはやがて中程度の事故を生み、最終的には大事故や大不祥事に発展するという考えです。

体操女子の日本代表チームは、出場辞退の宮田笙子選手が全員に配ったという髪留めをつけてパリオリンピック本番に臨んだ。
体操女子の日本代表チームは、出場辞退の宮田笙子選手が全員に配ったという髪留めをつけてパリオリンピック本番に臨んだ。

オリンピックは最高峰のスポーツ大会です。団体規律違反を見逃せばチームとしての士気の低下が懸念され、団体としてのパフォーマンスに影響しかねません。また小さなほころび、小さな油断が積み重なれば、大きな怪我や事故につながるおそれもあるでしょう。組織マネジメントの観点から見て、代表として活動する場所での禁酒・禁煙は著しく不合理なルールとはいえないし、団体規律違反による団体からの退場、すなわち代表辞退もやむをえないと僕は考えます。

ただ、世の中に完全無欠な人間は存在しません。五輪選手といえども人間です。ましてや19歳の若さ。今回の出来事で宮田選手の未来が完全に潰されるようなことがあってはなりません。失敗を糧に、宮田選手の再起と団体規律をしっかりと守ることのできる指導・環境をきっちり整えてほしいと願っています。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 撮影=的野弘路 写真=時事通信フォト)

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