「寅子の夫になりたい」航一はなぜ事実婚を提案したのか…お茶の間を騒がせた「問題シーン」に弁護士が唸ったワケ
プレジデントオンライン / 2024年9月3日 8時15分
■思わず「破談か!」とハラハラした数週間
NHKの朝ドラ「虎に翼」では、主人公の佐田寅子と、同僚裁判官である星航一の恋愛・結婚がどうなっていくのか? にハラハラさせられる日が続きました。ともに配偶者が亡くなっており、シングルマザー、シングルファーザーとして子育てしながら仕事をしているという共通点があります。
史実では、2人は法律婚をして、寅子が航一の姓を名乗っていましたが、ドラマでは婚姻届を出さない「夫婦のようなもの」という形をとることになりました。これは現在で言うところの「事実婚」に当たります。
では、法律婚と事実婚、内縁、同棲というのはどのような場合を意味しており、法的な効力にどのような違いがあるのでしょうか。
また、事実婚に落ち着く前に、航一が「結婚はやめましょう」と寅子に告げる場面もあり、「破談か!」と気を揉んだ方も多かったと思います。もし、「別れる」ことを選んだ場合、婚約破棄となりどちらかに損害賠償の支払義務が生じる恐れはあったのでしょうか。そもそも婚約って、どのような場合に成立するのでしょうか?
ドラマの場面を振り返りながら、法律や実務がどうなっているのか一緒に考えましょう。
■事実婚でも法的保護はある程度認められる
法律婚が成立するためには、①婚姻する実質的意思②婚姻届の提出、の2つが必要です(憲法24条、民法739条)。
事実婚とは、双方に婚姻意思があり、事実上の夫婦として生活しているものの、婚姻届を提出しないカップルの生活スタイルを言います。つまり、法律婚の②がない状態です。「内縁」も事実婚と同様の意味に捉えられるのが通常です。ただし、「同棲」は、単にカップルが同居しているだけで、結婚する意思まではない状態を指しますので、結婚の枠組みからは外れていると言っていいでしょう(拙著『新おとめ六法』(KADOKAWA)p174–p177参照)。
事実婚は、婚姻届を提出していないだけで、双方に婚姻意思があり、事実上の夫婦として生活しているわけですから、法律婚と同様の法的保護が認められる場合も多いです。
■寅子と航一が別れていたら「婚約破棄」?
例えば、法律婚と同様に、同居・協力・扶助義務、生活費分担義務を負いますし、別れる場合の財産分与や慰謝料の支払義務も負います。一方で、法定相続人になれなかったり、子どもが生まれた時に父がそのまま親権者になれなかったり、税制面の優遇制度が受けられないというデメリットもあります。
では、寅子と航一が「別れる」道を選択していた場合、どうなったでしょうか? その時点で婚約が成立していたかどうか、単に交際していただけで、将来結婚する意思まではなかったのかにより、さまざまな違いが出てきます。
婚約というのは、「結婚の約束(予約)」です。当事者双方の約束があればよく、特にそれ以外の要件はありません。問題は、一方が「婚約している」と思っていたのに、もう一方は「婚約まではしていない」と思っていた、というケースです。
■法的に「婚約」と認められるのはどんな場合か
交際しているカップルが「いつか結婚したいね」等と何気なく話すことはよくあるでしょうが、それだけで「婚約した」とは言えません。結納を交わす、結婚式場を予約する、婚約指輪を購入する、結婚後の住宅を購入・賃貸するなどの事情があれば、認められやすいと言えます。
また、そこまでいかなくても、両家の顔合わせをする、職場や友人に「婚約者」として紹介する、すでに同居している、結婚式場の下見を重ねている等の事情が複数ある場合も、婚約と認められる場合があります。
婚約が成立していたのに一方が不貞行為をした、莫大な借金や前科があることを隠していた場合などは、それを理由に婚約破棄をすることに正当な理由がありますので、相手に慰謝料を支払う義務はありません。ただし、破棄の原因を作った人は、相手から慰謝料を請求される可能性は高いでしょう。
ところが、「性格の不一致」「親の反対」などによる婚約破棄の場合、「正当理由がない」ということで、婚約破棄した人が、慰謝料を請求されることがあります。これは実務上の運用なのですが、私自身はおかしなことだと思っています。婚約していても、徐々に相手の性格が露(あら)わになり、「この人とはとてもやっていけない」と思うことは少なくないからです。
慰謝料を請求されないために、無理して結婚しても何もいいことはありません。離婚は、婚約破棄の何倍も大変なことが多いのです。
■寅子と航一の婚約は成立していない?
少し話がズレますが、結婚を決意する際、相手に気になる点があっても、「結婚したら直るだろう」「子どもが出来たら変わってくれるだろう」と根拠なく信じて結婚し、結婚後に「全然変わってくれなかった」と後悔して離婚相談に来る方はたくさんいます。
恋愛中や婚約中は、相手のいいところだけ過大評価する傾向にあると思いますが、「結婚前に気になっていた相手の悪い点は、結婚後にさらに悪化する」と考えるのが無難です。その欠点も含めて受け入れられるか、結婚前に正直な気持ちを伝えて改善されるまで待ってみるのか、一度立ち止まって考えてみましょう。
話を「虎に翼」に戻します。寅子と航一の場合、婚約が成立していたか? というと、微妙なところで、私個人としては、「成立していない」と判断されるように思います。結納は交わしていなかったようですし、結婚式には「心が躍らない」寅子ですので、結婚式場の予約などという話は一切出ていません。
2人が交際していることは、家族や親しい友人に話しているものの、「結婚する予定だ」という話はしておらず、航一が何度か遠回しなプロポーズをしても、寅子が気づいていない状態が続き、友人に「結婚する意味がわからない」というような相談もしていたからです。
仮に婚約が成立していて、別れることになっても、寅子と航一であれば、どちらかが慰謝料を請求するということはなく、穏やかに「信頼できる同僚」に戻ったかもしれません(『新おとめ六法』p180–p181参照)。
■法律婚を受け入れられなかった寅子の思い
さて、寅子と航一が法律婚を検討するに当たり、一番の大きな壁は「どちらの苗字を名乗るか」ということでした。現行民法は、夫婦同姓制度を定めており、夫か妻の姓のどちらかを名乗らなければなりません。
寅子は「星寅子になると、弁護士や裁判官として生きてきた佐田寅子が消えてしまう気がする」等と悩みます。そのため、航一は「僕が佐田航一になる」と宣言するのですが、航一の義母が「絶対に認めない」と強い意思を表す場面もありました。その結果として、誰もが納得するであろう、「結婚はするけれど婚姻届は出さず、夫婦のようなものになる」という「事実婚」を選択した2人でした。
この問題は、令和の今も日々生じています。姓を変更したくないために事実婚を選ぶ夫婦は少なくなく、「選択的夫婦別姓制度」を求めて裁判所に訴える人が後を絶ちません。姓を変更すると、それまでの人間関係や仕事上の立場の連続性がいったん切れることがありますので、「変えたくない」という気持ちはよくわかります。
■姓を統一すれば「家族の一体性」は保たれるのか
私自身は同姓婚を選びました。その方が法的に保護される場面が多いからです。ただし、弁護士の職名は、旧姓である「上谷」を使用しています。途中から姓が変わるのは、仕事上は望ましくないからです。
夫に「上谷」を名乗ってもらうことも話し合いましたが、珍しい苗字なので、子どもが「あなたのお母さんは弁護士なのね」「あなたも弁護士になるの?」などと言われるのは避けたいと考え、戸籍上はオーソドックスな夫の姓にしました 。
事実上、そのような使い分けができるのであれば、「選択的夫婦別姓制度」など不要ではないか、とも考えられますが、戸籍名と職名が違うため、公的手続き等で必ずその旨を申告したり、多くの書類を出さなければならなかったりするなどの煩雑さからは逃れられません。
「選択的夫婦別姓制度」に反対する人は、「姓が違うと家族としての一体性が壊れる」という理由を挙げています。しかし、離婚件数は、1年で約18万件です。私もこれまで数百件の離婚相談を受けてきましたが、その方たちは全員姓が同じ夫婦でした。姓の統一は家族の一体性とは直接関係ないように思います。人の価値観はそれぞれですから、夫婦同姓か別姓かを選べる「選択制」は合理的ではないでしょうか。
さて、寅子と長女は、航一の義母、長男、長女が住む家で同居を始めました。生い立ちやこれまでの生活、価値観などが異なる者どうし、色々と問題が生じ始めているようです。今後、どのような法律問題が出てくるのか、注目したいと思います。
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弁護士 第一東京弁護士会所属
福岡県出身。青山学院大学法学部卒。毎日新聞記者を経て、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。元・青山学院大学法科大学院実務家教員。保護司。
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(弁護士 第一東京弁護士会所属 上谷 さくら)
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