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「セブン&アイ買収」は日本企業のチャンスになる…ひと昔前なら即刻拒絶された衝撃提案の"歴史的意味"

プレジデントオンライン / 2024年8月30日 10時15分

セブン&アイ・ホールディングスのロゴマーク - 写真提供=共同通信社

■ひと昔前なら「ハゲタカ」として即刻拒絶だった

カナダの流通大手、アリマンタシォン・クシュタールによる、セブン&アイ・ホールディングスへの買収提案の行方に注目が集まっている。ひと昔前ならば日本企業を狙う「乗っ取り」「ハゲタカ」として、会社側が即刻拒絶したに違いない。だが、時代は変わりコーポレート・ガバナンスの強化が重視される今、経営者も「株主の利益」を真摯に検討する態度を取らざるを得なくなった。大幅な円安で、今後、日本企業の海外からの買収が増加すると見られる中、セブン&アイの買収劇がどういう結末を迎えるかは、歴史的に大きな意味を持つことになりそうだ。

買収提案の話が伝わった8月19日、東京株式市場では、セブン&アイ株に買い注文が殺到。値幅制限いっぱいのストップ高である前週末比400円高の2161円で取引を終えた。19日時点の時価総額は5兆円で、実現すれば世紀の買収劇となる。セブン&アイ側は社外取締役からなる特別委員会を設置、提案が企業価値の向上につながり株主の利益に合致するかどうかの検討を行っている。

■ここ数年「外圧」にさらされてきた

もちろん、経営陣からすれば、海外大手による買収は、自らの経営権を奪取されることを意味しており、心情として両手を上げて賛成、という話にはなりにくい。今回の提案の具体的な内容は明らかにされておらず、出資比率や株式の取得方法も不明だが、アリマンタシォンとの連携を受け入れるにせよ、拒絶するにせよ、セブン&アイの一段のグローバル化など成長戦略が重要になってくる。

というのも、セブン&アイはここ数年「外圧」にさらされ続けてきた。2023年3月、セブン&アイの発行済み株式の4.4%を握っていたアクティビスト(モノ言う株主)の米投資ファンド、バリューアクト・キャピタル・マネジメントが、セブン&アイに対して「株主提案」を行った。5月25日開催の定時株主総会で、井阪隆一社長ら取締役4人の退任と、それに代わる新たな取締役4人の選任を求めたものだった。

■「イトーヨーカ堂」の分離を求めたバリューアクト

バリューアクトによる株式保有が明らかになったのは2020年。傘下に不採算事業を抱え続けてグループ全体の収益力を削いでいる「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれる状態を解消するために、好調なコンビニエンスストア事業に特化することを求めた。こうした要求に対してセブン&アイ側は2022年、百貨店の西武・そごうの売却検討を公表、社外取締役の増員などを打ち出したが、バリューアクト側は不十分だとして攻勢を強めた。焦点は不振が続くスーパーの「イトーヨーカ堂」の分離だったが、井阪社長らは「祖業」であるイトーヨーカ堂の切り離しに抵抗。2023年5月の総会に向けての委任状争奪戦となった。

結果は会社側の提案の議案が通り、井阪社長らの続投が決まったが、株主の支持を集めるために、改革策を打ち出さざるを得なかった。2023年3月には、社外取締役だけで構成する「戦略委員会」を設置、「株主価値の最大化」に向けた提言を行うこととした。委員は8人で、委員長にはスティーブン・ヘイズ・デイカス氏を据えた。結局、井阪氏らは経営権を握り続けるために、株主価値の最大化に向き合っている姿勢を取らざるを得なくなったわけだ。

■イトーヨーカ堂の分離に事実上踏み出した

2024年4月の記者会見で井阪社長は、イトーヨーカ堂を含めたスーパーマーケット事業について、2027年以降の株式上場に向けた検討を始めると発表した。これは戦略委員会の提言に基づいたもので、長年拒絶し続けてきたイトーヨーカ堂の分離に事実上、踏み出すものだった。さらに、ガバナンスの強化にも踏み出し、取締役会議長と最高経営責任者の分離を決定。デイカス氏を取締役会議長に据えた。これに対して、バリューアクトは賛成意見を表明。5月の株主総会で井阪社長の再任に賛成する姿勢を見せた。

こう見てみると、井阪体制は、海外のアクティビストの要求にジワジワと追い詰められてきたことが分かる。西武・そごうの百貨店事業も2023年にファンドに売却され、スーパー事業の切り離しもスケジュールに乗った。そうした中で、アリマンタシォンがセブン&アイに買収提案をしてきたわけだ。「コングロマリット・ディスカウント」が解消されることが確実視されるようになったからだ。

池袋東口(2023年)
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■不採算事業をなかなか手放せない日本企業

伝統的な日本企業は「コングロマリット・ディスカウント」の構造が経営に染み込んでいる。不採算事業を抱えていても、なかなかそれを売却して切り離したり、廃業することができない。実力者である会長や社長の出身部門が赤字だとしても、取締役がそれに異を唱えることは難しい。ましてや、その会社の発祥に遡る「祖業」に手を付けることは事実上不可能というケースが少なくない。本来、こうした不採算事業を切り離して収益性の高い部門に資源を集中することこそが経営で、「リストラクチャリング(構造改革)」のあるべき姿だが、日本では「リストラ」は人員削減の代名詞になり、事業整理を意味しなくなっている。

持ち株会社の下にさまざまな事業がぶら下がるホールディングス体制を採る企業が増えて、株主や投資家にも、不採算事業が鮮明に見えるようになった。モノ言う株主が事業再編を求めるようになってきたのはそのためだ。アクティビストと呼ばれる海外投資ファンドは特に収益性の高い事業への特化を求めることが多い。

こうした「外圧」が日本の伝統的な経営スタイルを徐々に変えていると言ってもいいだろう。

積み上げたコインを守っている手
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

■日本の経済社会のカルチャーを大きく変える可能性

これまで海外企業からの日本企業へのM&Aがなかなか起きなかった一因は、「コングロマリット・ディスカウント」を内包した企業経営スタイルでは、傘下に収めても経営が難しいと見られてきたことがある。日本の場合、企業の従業員の解雇をすることが難しく、外資が買収したとしても、自国流に不採算部門の従業員をクビにすることは難しい。日本企業を買収する際、自分たちが必要な事業だけを買うことができるようになれば、相乗効果などを測り易い、というわけだ。

もうひとつ、アリマンタシォンによるセブン&アイの買収提案が、日本の経済社会のカルチャーを大きく変える可能性もある。外国資本を受け入れていくには、経営スタイルを国際標準に合わせて変えていくことが求められるが、従来はともすると、日本で企業買収がうまくいかない理由が、日本企業の経営が異質だからという結論になりかねなかった。今回は海外投資家にも信頼を得てきたデイカス氏が検討する社外取締役の特別委員会を束ねており、株主が納得できないような理屈で提案を拒絶することはないだろう。

■「コア業種」分類への格上げを申請したという

セブン&アイが政府に対し、「外国為替及び外国貿易法」(外為法)に基づく、外国企業による株式取得の事前届け出が必要な「コア業種」分類に格上げするよう申請したと報じられている。提案があった直後に申請しているという話で、社外取締役の判断ではなく、井阪社長ら経営陣が申請したのだろう。

外為法のこの規定は、安全保障に関わる重要産業を中国などが買収することを牽制するために設けられた規制で、セブン&アイは規制が緩い「コア業種以外」に指定されている。経営陣の中に、買収防衛のために、政府の規制を利用しようと考えている人がいるとすると、国際社会からは「やはり日本は異質だ」という声が上がる可能性もある。もちろん、国粋主義者からすれば、日本のコンビニチェーンが外国企業に買われるのは問題、ということになるのだろうが、コンビニチェーンはセブン&アイの独占事業ではないし、インフラを供給している唯一の企業でもない。

■セブン&アイが成長する上でのメリットは十分ある

日本社会は今後、大幅な人口減少に見舞われることが確定的で、国内小売業などを存続させるのは難しい。アリマンタシォンにしても、ジリ貧の日本国内での事業を手に入れたいわけではなく、コンビニ運営や商品開発のノウハウなどを獲得することが目的だろうと思われる。今後の出資形態などにもよるが、セブン&アイがグローバル企業として成長していく上で、国際的な大手流通業と手を組むメリットは十分にあるように思われる。セブン&アイにとどまらず日本企業の経営が国際化し、世界に通用する経営力を獲得していくための大きな一歩になることを期待したい。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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